2008/07/20 - 2008/07/28
4286位(同エリア4916件中)
まゆままさん
ハノイ一日目後半はホーチミンの家や大統領官邸などを見学した後、各国の大使館やフランス邸宅建築が立ち並ぶ通りを散策しつつ、美術博物館へ向かった。
美術博物館見学後は100年前の寺院を改装したレストラン、ブラザーズカフェで昼食を。
ハノイ大聖堂を見学し、夕方からはこの日のメインイベントのハノイ本場の水上人形劇へ。
水上人形劇では思わぬアクシデントが・・
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
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公園でひとしきりバドミントンで盛り上がった私たちだったが、子どものぐずりで我に返り、観光を続行することに。
ホーチミンの家を目指して歩く。 -
現在共産党中央渉外部の建物は1919年に学校施設、リセ・アルベール・サローとして建設されたもの。
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大統領官邸、1902年築。
建設当初から国のトップのための館として位置づけられていた。
フランスの地方の城館を想わせる建物となっている。
質素な生活を好んだホーチミンはここで住むのを断り、近くの素朴な高床式の家で暮らしたという。 -
門越しに見た大統領官邸。
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そしてそのホーチミンが暮らした家へ。
1958年に建てられた瓦屋根の木造高床式の住居。
フランス式教育を受けたベトナム人建築家が設計したもので、ベトナムのオリジナルな建築デザインが表現されている。 -
2階へ上がり廊下から室内を覗くことができるが、ホーチミン愛用の机や時計など生前のままの佇まいを見学することができる。
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この洋館はホーチミンが1954年から亡くなる1969年まで執務を行った大統領府。
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自然を愛したホーチミンの家は緑に囲まれている。
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1975年にできたホーチミン廟はホーチミンの遺体がガラスケースに入れられ安置されている。
見学時間が限られていて、この日はもう時間が遅く入ることはできなかった。 -
1990年にホーチミンの生誕100周年を記念して建てられた博物館。
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この後、美術博物館まで付近の建物ウォッチングしながら歩いて向かった。
窓の周りの装飾が美しい家。 -
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この辺りはいろいろな国の大使館が立ち並ぶ。
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蓮の実、花を売る人。
ちょうどお客さんが実の束を買ってたけど、お供えにでも使うのだろうか?
それとも食用?! -
美術博物館へやってきた。
美術博物館は以前インドシナ大学学生寄宿舎だった建物。1940年代築
インドシナ様式の後のアンナン様式と呼ばれる頃の建物で、西洋建築の躯体にベトナム伝統建築の屋根が
載せられている点が特徴。
アンナン様式の建築の中では最大規模のもの。 -
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木製の扉は伝統建築の意匠が使われている。
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そして展示品の中にホンノンボで使われるミニチュア陶器があった。
ホンノンボで使われるなんて説明はなかったが、他にもこのミニチュア陶器の使い道はあるんだろうか〜? -
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古い装飾が残された洋品店の建物。
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コロニアル風な建物に漢字が入れられている。
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美術博物館を一通り回って、ゆっくり過ごした後は、お昼ごはんに
「ブラザーズカフェ」へやってきた。
ここは約100年前の寺院を改装した、「カイシルク」のオーナー、ホアン、カイ氏がプロデュースする新スタイルのレストラン。 -
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ヨーロピアンな柱に中国風の文様が調和。
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調度品も素敵。
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緑のある中庭のテラス席へ。
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ここの食事はビュッフェ形式になっていて、その場で作ってくれるや台風のコーナーもある。
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食事の後は旦那はマッサージへ行きたいと言っていたので、その間に私はちょうど近くにあるスーパーで買い物を。
と思っていたのに、ガイドブックに載ってたマッサージ屋さんは、なんとそこにはなかった。
スーパーで買い物後、ホテルへ帰る家族と別れることに。
タクシーを止めようにもハノイのタクシーは表示が見にくくて、安全タクシーとの見分けが
つきにくく一苦労。
ようやくハノイタクシーをつかまえ、私だけ大聖堂の近くで降ろしてもらう。
ハノイ大聖堂はパリのノートルダム教会を手本として造られたゴシックの教会建築。
表面をセメントで仕上げたレンガ造りなのだそう。
高温多湿の気候により外壁がところどころ黒ずんでいる。 -
正面の扉
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教会の敷地内にあったホンノンボはミニチュアもやっぱり十字架に掛けられたキリスト像が。
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夕方からはこの日のメインイベントの水上人形劇へ。チケットは売り切れることがあるというので大聖堂の後、水上人形劇場へ行き一等席をゲットしていた。
席はラッキーなことに最前列のど真ん中だった。 -
1000年の歴史を誇る伝統芸能である水上人形劇は1960年代まで北ベトナム以外ではほとんど知られてなかったもので紅河デルタの水田で働いていた農民たちが始めたもの。
農民が水上はダイナミックな舞台になるかもしれない、と思って始めたという説、水が氾濫してる間、従来の人形劇をアレンジしたという説があるという。
劇に登場するのは村人自身や動物といった日常生活に根付いたものや龍や鳳凰、一角獣といった神話の生き物など。
耐水性があるというイチジクの木を彫って人形は作られている。
現在は腰くらいの深さの四角いタンクが舞台として使われ、人形を操る仕掛けが見えないように、水はにごっている。
木製の人形は最大で高さ50cm、重さ15kgあり、毎日のように使った場合、人形の寿命は大体3〜4ヶ月なので、ハノイ近郊には、人形製作を専業に生計を立てている村がいくつかあるそう。
人形劇の上演には最低でも3年の訓練を積んだ11人の人形遣いが携わっている。
人形を操るには相当な技術が必要で、この技術は昔から門外不出とされ、父から息子へのみ継承されてきたという。 -
民族楽器の演奏が始まった。これが結構長かった。あまりの長さに息子は人形劇の本題に入るまでに寝てしまったのだ。
せっかくの本場ハノイのしかも最前列の特等席で見れた水上人形劇なのに無念…前フリは短めにしてもらいたいものだ。
内容的にはホーチミンで見た人形劇とだいたい似通ったものだったが劇場が大きいだけあり、人形も大きめ。 -
人形劇もそろそろ佳境に入ったころ、目の前に人影が動いた。
人形劇の池の淵に腰掛けようとしているけどあれは何……??
えっ、あ、あれは…うちの息子じゃないかっ!?
慌てて息子を抱えて席に連れ戻す。なんと息子は寝ぼけて、池の水を触ろうと?フラフラ歩いていってたのだ。はぁぁびっくりした〜
「水上人形劇場で子どもが池に転落、人形劇中断・・」という見出しが思わず頭を駆け巡ってしまった。
もう少しでうちの子が水上人形劇の池に落ちるという前代未聞?の珍事件に発展するところだった… -
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人形劇の後はベトナム料理にそろそろ飽きてきた私たちはインド料理の夕食を。
帰りは安全タクシーを探して止めるのは至難の業だと思ったのでお店で呼んでもらうことに。
お店の人から声がかかったので出て行くと、なんと店の人はその辺にいたタクシーを適当に呼びつけた。
そんな・・・それじゃせっかく頼んだ意味ないじゃないか! -
その辺にいたタクシーはあんのじょう胡散臭いタクシーでメーターの上がり具合が速い上に道を間違えやがった〜。ワザとか?!
メーターがおかしいんじゃないのか?と指さして訴えると、逆切れ気味で食ってかかる運転手。
ひょっとしてあんたは今どきのキレやすい若者?!
とりあえず、ホテルへ着くまでは自分たちの命を運転手に委ねているわけで、変に刺激するのはよくない。
とにかく目的地のホテルへ到着させてから、家族を車から降ろし、自分も降りた。
降りてから自分の納得いく金額を渡し、ドアを怒りにまかせ、叩き付けるように閉めた。
運転手は車の中からメーターを指差し、何事かを叫んでいたが道を間違えたのはお前のミスだ!と強い口調で叫び返すと去っていった。
指定通りの金額を払う気がなければ、やはり車から降りて安全確保?してからお金を払わないと、運転手の怒りをかってそのままどこか連れ去られても恐いしなあ・・
ほんとにタクシーごときでなぜこんなに神経を使わなければならないのかなあ・・
疲れる。
やっぱりできるだけイヤな思いや争いはしたくないのでハノイでは自分一人の時はバイタクもタクシーも出来る限り乗らずに歩いた。 -
こうしてハノイ一日目の夜が更け、残すところ後一日となった。
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