ジェラシュ 旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ジェラシュは首都アンマンの北約50kmの位置にあり、<br />ローマ時代の町の面影をほぼ完全な形で残す数少ない遺跡です。<br />その壮大、華麗さで、ペトラに次ぐヨルダンの&quot;the sightseeing must&quot;とも言うべき場所です。<br /><br />ローマ軍が紀元前64年にジェラシュをローマの植民地にした後、<br />ダマスカス、ペラ、ウムカイスなどの10都市からなる<br />連合「デカポリス」のひとつに数えられました。<br />アカバやペトラ、東方の都市とも交易路がつながり、富が蓄積され、3世紀ごろにジェラシュは絶頂期を迎えた。<br />7世紀になってペルシャ軍が襲来し、636年にはイスラム軍が制圧。<br />8世紀には大地震により多くの建物が倒壊。<br />その後隊商の行き交う道は東に移り、ジェラシュは徐々に輝きを失い、人々から忘れ去られた廃墟となってしまいました。

ペトラ遺跡・死海とアラビアのロレンスの舞台 ヨルダンの旅その12~ジェラシュ

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2007/12/30 - 2007/12/30

53位(同エリア77件中)

ジェラシュは首都アンマンの北約50kmの位置にあり、
ローマ時代の町の面影をほぼ完全な形で残す数少ない遺跡です。
その壮大、華麗さで、ペトラに次ぐヨルダンの"the sightseeing must"とも言うべき場所です。

ローマ軍が紀元前64年にジェラシュをローマの植民地にした後、
ダマスカス、ペラ、ウムカイスなどの10都市からなる
連合「デカポリス」のひとつに数えられました。
アカバやペトラ、東方の都市とも交易路がつながり、富が蓄積され、3世紀ごろにジェラシュは絶頂期を迎えた。
7世紀になってペルシャ軍が襲来し、636年にはイスラム軍が制圧。
8世紀には大地震により多くの建物が倒壊。
その後隊商の行き交う道は東に移り、ジェラシュは徐々に輝きを失い、人々から忘れ去られた廃墟となってしまいました。

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  • ウムカイスから約1時間、11時過ぎにジェラシュに来ました。<br />ジェラシュの北側手前の丘から、ジェラシュ遺跡を遠望しての一枚。中央やや左寄りに柱廊通りの北の端が見えます。

    ウムカイスから約1時間、11時過ぎにジェラシュに来ました。
    ジェラシュの北側手前の丘から、ジェラシュ遺跡を遠望しての一枚。中央やや左寄りに柱廊通りの北の端が見えます。

  • もう少し近づいた場所でもう一度クルマを停めてくれました。親切なドライバーです。<br />柱廊通りの北端の門が修復中。奥に北劇場と右端にアルテミス神殿の柱群。

    もう少し近づいた場所でもう一度クルマを停めてくれました。親切なドライバーです。
    柱廊通りの北端の門が修復中。奥に北劇場と右端にアルテミス神殿の柱群。

  • 入口はぐるっと南側に回り込みます。<br />これはチケット売り場を出たところ。<br />Non Jordanian Vister 8JD(1360円)。

    入口はぐるっと南側に回り込みます。
    これはチケット売り場を出たところ。
    Non Jordanian Vister 8JD(1360円)。

  • 最初の見どころ凱旋門が見えてきました。

    最初の見どころ凱旋門が見えてきました。

  • 凱旋門は129年に皇帝ハドリアヌス帝が訪れたの記念して造られました。英語表記はHadrian&#x27;s Arch。

    凱旋門は129年に皇帝ハドリアヌス帝が訪れたの記念して造られました。英語表記はHadrian's Arch。

  • ヨルダンで買ったガイドブックに出ていた写真では真ん中のアーチ状の石から上は全くない状態でした。同じものに見えないくらいすっかり修復が進んでました。

    ヨルダンで買ったガイドブックに出ていた写真では真ん中のアーチ状の石から上は全くない状態でした。同じものに見えないくらいすっかり修復が進んでました。

  • 左側にHippodrome(競馬戦車競技場)、160m×65mの広さ。

    左側にHippodrome(競馬戦車競技場)、160m×65mの広さ。

  • ローマ時代の競技の寸劇をしているようです。

    ローマ時代の競技の寸劇をしているようです。

  • 勇壮なローマ軍兵士の衣装

    勇壮なローマ軍兵士の衣装

  • すごいマッスル。こんな人と闘いたくはありません。

    すごいマッスル。こんな人と闘いたくはありません。

  • 遺跡に隣接するジェラシュの町。けっこう広い。

    遺跡に隣接するジェラシュの町。けっこう広い。

  • 遺跡内のレストラン。ここで帰りの待ち合わせをして一旦ドライバーさんとお別れ。

    遺跡内のレストラン。ここで帰りの待ち合わせをして一旦ドライバーさんとお別れ。

  • しばらく行くとSouth Gate 南門。この門の手前でチケットを確認されます。左上にはゼウス神殿。

    しばらく行くとSouth Gate 南門。この門の手前でチケットを確認されます。左上にはゼウス神殿。

  • ゲートを抜けると右手先の方にフォーラムの列柱が見えてきました。

    ゲートを抜けると右手先の方にフォーラムの列柱が見えてきました。

  • 卵型をした広場、フォーラム

    卵型をした広場、フォーラム

  • フォーラムより、右手奥に延びる列柱通り、左側の丘の上にはアルテミス神殿の柱群。

    フォーラムより、右手奥に延びる列柱通り、左側の丘の上にはアルテミス神殿の柱群。

  • ゼウス神殿下の遺跡

    ゼウス神殿下の遺跡

  • ゼウス神殿は修復途中

    ゼウス神殿は修復途中

  • 青空にそびえるゼウス神殿の柱群

    青空にそびえるゼウス神殿の柱群

  • 南劇場に入る手前より、フォーラム・列柱通り、右奥にはジェラシュの町

    南劇場に入る手前より、フォーラム・列柱通り、右奥にはジェラシュの町

  • 南劇場にやってきました。

    南劇場にやってきました。

  • 左側のおじさんは観光客向けの楽団員

    左側のおじさんは観光客向けの楽団員

  • 歩き方の勧めに従い南劇場の最上段まで登ってきました。劇場の奥には遺跡の未発掘の場所が広がります。

    歩き方の勧めに従い南劇場の最上段まで登ってきました。劇場の奥には遺跡の未発掘の場所が広がります。

  • しばらくすると楽団が演奏を始めました。<br />何故か曲はバグパイプによる「歓びの歌」でした。

    しばらくすると楽団が演奏を始めました。
    何故か曲はバグパイプによる「歓びの歌」でした。

  • 3000人収容の南劇場はほぼ完全な状態で保存されています。毎夏2週間開かれるジェラシュ・フェスティバルがここで開催されます。

    3000人収容の南劇場はほぼ完全な状態で保存されています。毎夏2週間開かれるジェラシュ・フェスティバルがここで開催されます。

  • 座席は美しい曲線ラインを描いています。いくつか見た劇場の中ではNo1です。

    座席は美しい曲線ラインを描いています。いくつか見た劇場の中ではNo1です。

  • フォーラムはイオニア式の列柱に囲まれています。市場か宗教儀式に使われていました。

    フォーラムはイオニア式の列柱に囲まれています。市場か宗教儀式に使われていました。

  • 列柱通りを北に進みます。長さ約600Mに渡り石畳が続きます。<br />かつては左右に各々260本の円柱が並んでいました。

    列柱通りを北に進みます。長さ約600Mに渡り石畳が続きます。
    かつては左右に各々260本の円柱が並んでいました。

  • 惚れ惚れする美しさ

    惚れ惚れする美しさ

  • 少し進むと左側にあるのがアゴラ

    少し進むと左側にあるのがアゴラ

  • ここは集会所または市場として使用されていました。

    ここは集会所または市場として使用されていました。

  • 右側は台座のみ残されている南四面門。四面門は北側にもあります。

    右側は台座のみ残されている南四面門。四面門は北側にもあります。

  • 列柱通りをさらに北上します。

    列柱通りをさらに北上します。

  • 大聖堂

    大聖堂

  • 191年に建てられたニンフェエウムは、列柱通りに向かって半円形に大きく開いた噴水。

    191年に建てられたニンフェエウムは、列柱通りに向かって半円形に大きく開いた噴水。

  • アルテミス神殿への階段

    アルテミス神殿への階段

  • 綺麗に修復された北四面門

    綺麗に修復された北四面門

  • 左側に北劇場への入り口

    左側に北劇場への入り口

  • 北劇場に来ました。客席は14段、1600人収容。<br />ここもきれいな状態で保存されています。

    北劇場に来ました。客席は14段、1600人収容。
    ここもきれいな状態で保存されています。

  • 北劇場より北側を望む

    北劇場より北側を望む

  • アルテミス神殿が見えてきました。

    アルテミス神殿が見えてきました。

  • 12本の柱が林立するアルテミス神殿は元々ニ重の列柱で囲まれていましたが、現在残るのは前面の一部のみ。若いPolicemanらしき人が休憩してました。

    12本の柱が林立するアルテミス神殿は元々ニ重の列柱で囲まれていましたが、現在残るのは前面の一部のみ。若いPolicemanらしき人が休憩してました。

  • お約束の見上げアングルで一枚

    お約束の見上げアングルで一枚

  • ジェラシュの「新市街」

    ジェラシュの「新市街」

  • 聖コスモス・ダミアン教会跡の床を覗き込む人々

    聖コスモス・ダミアン教会跡の床を覗き込む人々

  • 聖コスモス・ダミアン教会跡のモザイク

    聖コスモス・ダミアン教会跡のモザイク

  • この通りの左側にオスマン時代の住居跡

    この通りの左側にオスマン時代の住居跡

  • 帰りに南門をもう一枚

    帰りに南門をもう一枚

  • ジェラシュから南下する途中から見たダム湖(左側に小さく見えます)

    ジェラシュから南下する途中から見たダム湖(左側に小さく見えます)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ぱぶさん 2008/10/16 10:42:59
    楽しくヨルダン旅行記を拝読させていただきました。 m(__)m
    匿名で・・・さん:

    13編のヨルダン旅行記をとても懐かしく、楽しく読ませていただきました。とても精力的にまた、何でも見てやろうのような精神でガイドさんとのやり取りや、諸々の交渉、ハイライトの説明、素敵な画像等楽しみました。

    一つ、ちょっと間違いかなと思う点を書かせていただきます。それは、アカバの大国旗(?)です。この旗はヨルダン国旗ではなく、歴史のしがらみを残すもので、アラブ連邦旗だそうです。

    比べて見られるとハッキリしますが、

    アラブ連邦旗:上から黒、緑、白で旗竿近辺の赤の三角形の中にはマークがありません。(アカバのもの)

    ヨルダン国旗:上から黒、白、緑で旗竿近辺の赤の三角形の中には白の星マークがあります。(アンマン市内のもの)

    まあ、ちょっと見には違いがわかりにくいので、多くの人がヨルダン国旗と間違われるのですが、他の人の為に、アカバの一番目につく旗ですので、ご指摘させていただきました。

    素晴らしい、旅行記ですので、1票も入れさせていただきました。

    それから、もし興味ありましたら、ヨルダンの全て(生活、文化、歴史、風景等)をとても充実してあげられている以下のHPを紹介させていただきます。

    お時間取れるとき、少しづつでもご訪問下さい。(友人の一人が個人で作成されたもので、プロフェッショナル級=日本語、英語もパノラマ他の画像・画質選択等もあります!著者の2年間滞在の成果でもあります。)

    http://panoramamman.com/index_j.htm

    でいめくと

    でいめくと さんからの返信 2008/10/17 22:55:53
    RE: 楽しくヨルダン旅行記を拝読させていただきました。 m(__)m
    ぱぶさん

    こんばんは。
    ご丁寧にも私の旅行記の誤りをご指摘頂き、
    本当にありがとうございました。
    遅れ馳せながら訂正させて頂きました。
    それなのに投票まで頂けてまことに恐悦至極です。

    > それから、もし興味ありましたら、ヨルダンの全て(生活、文化、歴史、風景等)をとても充実してあげられている以下のHPを紹介させていただきます。
    > http://panoramamman.com/index_j.htm

    さっそく訪問させて頂きました。
    ぱぶさんの旅行記にもお邪魔できればと思いますので、
    これからも何とぞよろしくお願いします。

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