2008/02/23 - 2008/02/23
3339位(同エリア3887件中)
koiさん
イタリア周遊8日間 7泊8日〜 197000円 ♪♪
フィレンツェは、人口約35万人が住みかつてのフィレンツェ共和国、トスカーナ大公国の首都で、イタリア統一後(1865〜1871)イタリア王国の首都がおかれました。『花の都』フィレンツェは、今もルネッサンスの華やかな雰囲気が残り、ルネッサンスを開花させたメディチ家の紋章(百合の花と丸薬)をいたるところで見かけます。中世からルネサンス期にかけて、フィレンツェはヨーロッパの商業・金融の重要な中心地のひとつで、文化の中心としても発達し、美術、建築の傑作が数多く残されています。町には美しいアルノ川が東西に流れ、北側は町の中心地となり、美しいクーポラのドゥオーモとジョットの鐘楼、市庁舎であるヴェッキオ宮、ボッティチェッリの作品でお馴染みのウフィツィ美術館、メディチ家ゆかりのサン・ロレンツォ教会、ミケランジェロも眠るサンタ・クローチェ教会、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会があります。アルノ川南には広大なボーボリ庭園を持つピッティ宮(パラティーナ美術館)、サント・スピリト教会、フィレンツェの街が一望できるミケランジェロ広場など必見スポットがいっぱいです。フィレンツェはメディチ家統治時代にルネッサンス文化が花開いた街です。街の歴史的な中心部は世界遺産で、花の聖母寺ドゥオーモ、シニョリーア広場とヴェッキオ宮殿(市庁舎)、ミケランジェロ広場、ピッティ宮殿、ヴェッキオ橋とアルノ河、サンタ・クローチェ教会をはじめ、ミケランジェロやボッティチェッリ、ダ・ヴィンチ等の巨匠達の作品を鑑賞できるウッフィツィ美術館、アカデミア美術館、パラティーナ美術館、サンマルコ美術館、バルジェッロ美術館、メディチ家礼拝堂など見所はつきません。
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♪ホテルはワンランク上の快適な滞在!♪
■パスタやピザはもちろん各地の郷土料理を含んだ名物料理。
■朝食はボリュームたっぷりアメリカン又はビュッフェスタイル!
1日目 大阪発 ルフトハンザドイツ航空でミラノ着
途中フランクフルト乗り継いでミラノへ。
夜:着後、コモのホテル。
2日目 コモ発 ミラノ着
ミラノ観光 ◆ドゥオーモ(約15分)、◆ビットリオ・エマヌエーレ2世アーケード、◆スカラ座、フォルツェスコ城。
ショッピング店へ。 昼食:ミラノ風カツレツ。
ミラノ発 ベローナへ
世界遺産ベローナ観光(約1時間) ◆ジュリエットの家、◆シニョーリ広場、アレナ。
夕刻:水の都ベネチアへ。 ホテルへ 夕食:魚料理 ベネチア泊
3日目 ベネチア
世界遺産ベネチア観光 ベネチアの中心に位置する◆サンマルコ広場、◆サンマルコ寺院(約15分)、歴代のドージェ(ベネチア総督)の居城であった◆ドゥカーレ宮殿、ためいき橋。
ロマンチックなゴンドラ遊覧(約30分)、ベネチアンガラス作りの実演(約1時間)。
昼:イカスミスパゲティ 夕食はトスカーナの前菜 その後フィレンツェへ フィレンツェ泊。
4日目 フィレンツェ発 ピサ
世界遺産フィレンツェ歴史地区観光◇ウフィッツィ美術館(約1時間)、◆ドゥオーモ、シニョーリア広場。
その後ショッピング「革製品」(約1時間)へ
午前:ピサ観光(世界遺産の◆ピサの斜塔を見学。) フィレンツェ泊。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
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世界遺産フィレンツェ歴史地区
最も高い部分で107メートルある丸いクーポラには、464段の階段を使ってのぼることが可能で、フィレンツェの町をじっくりと堪能できます。地下には、サンタ・レパラータ教会の跡があり、クリプタ(地下聖堂)とも誤って呼ばれています。1972年8月このクーポラの設計者であるフィリッピ・ブルネッレスキの墓が発見されました。
クーポラの開館時間 開館時間 月曜〜金曜:8:30-19:00 土曜:8:30-17:40 第一土曜のみ:8:30-16:00 5月1日:8:30-17:00 ※入館は閉館時間の40分前まで
休館日 日曜、祝日 1月1日、1月6日 聖木曜日、聖金曜日、聖土曜日(復活祭の前の曜日)、復活祭(パスクア)、6月24日、8月15日、9月8日、11月1日、待降節(クリスマス前の4週間)の第一週の月曜日と火曜日、12月25日、12月26日量〜料金 6ユーロ 便利情報 入り口はドゥオーモの北側のドアから463段の階段を歩いて登ります。エスカレーターはありません。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツエを代表する大教会の天井に描かれた宗教画。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツエを代表する大教会の宗教画。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツエを代表する大教会の天井の宗教画。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツェを代表する大教会の屋上から見た市街。ここからの眺めは、素晴らしく感動ものである。一般のツアーでは、ここまで連れて行かない所だけに、狭い階段を上って屋上まで行くには、大変で体力を要する場所である。最近になり日本人がこの建物の屋上の展望台に大学名や自分の名前を落書きした事で大問題となっている。この建物は、フィレンツエを代表する立派な建物で、ここに落書きする不届き物が多くいる。私もここに登ったとき、柱や壁一面に落書きがあった。世界遺産に指定されている物に落書きをするとはもってのほかです。徹底的に書いた本人を見つけ出して糾弾するべきです。ここに書くとと幸福になるとか、ペンを売っていたとか? とんでもない言いわけをする日本人がいるようだが、もってのほかである。旅の恥は、日本の恥にならないようにして貰いたい。日本では、京都嵯峨野の竹林に入り名前などの落書きをするものがたえないと先日テレビで報道していた。この際、日本各地の文化財やや世界世界各地の建築物に書かれている落書きをインターネットに掲載して本人を見つけ出し徹底的に糾明すべきである。そうもしないと落書きは、なくならない。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツエを代表する大教会の屋上から見たクーポラの上からの景色は最高です。赤い屋根が並ぶフィレンツェの町並みを一望でき、ジョットの鐘楼も見下ろせます。写真のにょきっとした建物は、ドゥオーモの隣にあるのがジョットの鐘楼です。ドゥオーモのファザードの濃淡、色彩にインスピレーションを得たジョットが1334年に構想しましたが、3年後に死去、その後はアンドレア・ピサーノ、フランチェスコ・タレンティが仕事を引き受けました。形状は正方形をしており、高さ84.70メートル、幅14.45メートル。414段の階段で上部テラスへ上ることができますが同じ上るならクーポラの方がお勧めです。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
イタリアのフィレンツエを代表する大教会の屋上から見た市街。 -
世界遺産フィレンツェ歴史地区
八角形の洗礼堂
ドゥオーモ正面にある八角形の洗礼堂で、屋根は尖塔型をしています。ドゥオーモと同じく美しい色大理石を用いており、1059年に建築が開始されました。偉大なる詩人ダンテもここで洗礼を受けています。八角形には3つのブロンズの扉が出入り口となっていて、南の扉はアンドレア・ピサーノの1330年の作品で、1336年にドゥオーモ正面のメイン扉となる東側に設置されましたが、1452年にギベルティの天国の扉に取って代わりました。東の扉はドゥオーモ正面のメイン入口となり、ミケランジェロが『天国の扉』と名付けたロレンツォ・ギベルティの最高傑作(1425年)で、現在はその複製が設置されています。北の扉は『十字架の扉』と呼ばれる、天国の扉と同じギベルティの作品です。 -
大聖堂『花の聖母教会』
1296年から約175年の歳月をかけて建設された大聖堂で、フィレンツェ共和国時代の宗教の中心。約3万人が一堂に会することができる大聖堂です。この『花の聖母教会』で最も特徴的なのが1417年にフィレンツェの大建築家ブルネッレスキによって着工されたクーポラ(円屋根)で、当時のフィレンツェ=メディチ家の繁栄のシンボルでもあります。町のどこからでも望むことができ、『丘のようだ』と形容されるその姿は、建築学上の奇跡とされ、フィレンツェ赤い屋根の中でもひときわ目を引きます。内部はには、ベネデット・マイアーノの木製の十字架、アンドレア・デル・カスターニョとパオロ・ウッチェロによる2つの騎馬肖像画、ヴァザーリとその弟子たちによる『最後の審判』のフレスコ画などがあります。 -
ウフィッツィ美術館の入口
ウフィッツィ美術館は、イタリアのフィレンツェにあるイタリアルネサンス絵画を所蔵した世界最大級の美術館で、1591年より部分的に公開されてから現在に至るまで、ヨーロッパ最古の近代式の美術館の1つといわれています。このウフィッツィ美術館は、初代トスカーナ大公コジモ1世の名により、ジョルジョ・ヴァザーリの設計で1560年に着工、最初はフィレンツェの行政機関の事務所として使われていたことから、現在の「ウフィツィ」(uffici)というイタリア語の名前となりました。イタリア国内の美術館としては収蔵品の質、量ともに最大で、1982年に世界遺産フィレンツェ歴史地区の一部として認定されています。中世から現代にいたる絵画や古代彫刻、緻密画、タペストリーなど、所蔵作品は数千点を数えます。ボッティチェッリの「春」が所蔵されていることで有名です。内部は、撮影禁止のため残念ながら写真はありません。
【ウフィツィ美術館の予約】予約電話番号 Piazzale degli Uffizi, 50122 Firenze055 2388651 055 294883
(月曜日〜金曜日8:30-18:30、土曜日8:30-12:30)休館日 月曜日、1月1日、5月1日、12月25日開館時間 火曜日〜日曜日:8:15〜18:50(最終入館16:45)料金 1名:6.5ユーロ+4ユーロ(入館料+美術館がとる予約手数料、2008年4月1日より4ユーロに変更されました)※特別展開催時は入館料が割り増しになります。注意事項 日本語音声ガイド(トランシーバー型のオーディオガイド)あり。一人用4.65ユーロ、二人用6.20ユーロ(借りるにはパスポートなどの身分証明書と引き換えになります)子供料金や学生割り引き料金はユーロ諸国の国籍の人が対象です。日本人は幼児を含めて上記一般料金となります。特別展などが開催される場合は入館料が変わる場合があります。入館料金についてはご自身の責任で下記公式サイトでご確認ください。2008.7.5現在 -
ウフィッツィ美術館から見たヴェッキオ橋
写真は、ウフィッツィ美術館から見たアルノ川にかかるフィレンツェ最古の「ヴェッキオ橋」です。
ウフィッツィ美術館には、メディチ家歴代の美術コレクションが収蔵されておりイタリアルネサンス絵画の宝庫です。展示物は2,500点にのぼり、古代ギリシア、古代ローマ時代の彫刻・モザイク、ボッティチェッリ、レオナルドダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどイタリアルネサンスの巨匠の絵画を中心に、それ以前のゴシック時代、以後のバロック、ロココなどの絵画が系統的に展示されています。
1737年にメディチ家出身の最後トスカーナ大公であるジャン・ガストーネが死去して、メディチ家が断絶した時、メディチの血を引く唯一の相続人のアンナ・マリア・ルイーザは、「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」を条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈しました。彼女のこの功績とても偉大で、もし私財として残っていたならば、この膨大なコレクションは様々な人の手に渡り、系列立てて同時に閲覧することはほぼ不可能となっていたでしょう。ちなみにアンナ・マリア・ルイーザの像はサン・ロレンツォ教会の裏にひっそりとたたずんでいます。 -
ヴェッキオ橋
アルノ川にかかるフィレンツェ最古のヴェッキオ橋。ヴェッキオとは「古い」という意味で、この橋がある場所はアルノ川が最も幅狭いところで、その分洪水なども絶えませんでした。第2次大戦中、ドイツ軍は北に逃れる際、連合軍の追っ手を遮るためにアルノ川にかかる橋が全て破壊されました。しかしながら、一人のドイツ将校はこのヴェッキオ橋を愛しており、壊すのには惜しいほどの美しさと考え、唯一破壊を免れた橋となるのです。この橋の上には貴金属、宝石店が軒と連ね大変特徴的です。また写真からわかるように店の上には「ヴァザーリの回廊」とよばれる通路が隠されており、メディチ家が敵から逃げるときの避難通路として、ウッフィツィ美術館からピッティ宮殿までつながっています。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
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