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みかの原<br />わきて流るる<br />いづみ川<br />いつみきとてか<br />恋しかるらむ    中納言兼輔<br /><br />【写真はこの和歌にある「みかの原」にあった聖武帝の夢の都・恭仁の宮の跡地】<br /><br /> 京都は南の果て、かぎりなく奈良に近い「木津市」という町に、大学時代の友人が住んでいます。このN氏、ずっと埼玉のほうで役所勤めをしていたのですが、めくるめく変化する今という時代に愛想が尽きたのでしょうか、それとも熟年の恋に血道をあげた末、失恋に至り、人生の無常を痛感したのでしょうか、退職を機に、西行法師さながら、大和の茅屋(ぼうおく)にひとりわび住まいをするに至りました・・・<br /> すみません。ついキーを叩きすぎました。「茅屋」と「ひとりわび住まい」は嘘です。N氏のお宅は我が家よりも大きい近代住宅ですし、かいがいしい奥方様もいらっしゃいます。<br /> できれば、西行や鴨長明風のほうが話としては面白いのですが・・・<br /> おっと、いま鴨長明の名を思わず、口走ってしまいましたが、このN氏のお宅はこの鴨一族の地名の持つ、「加茂町」にあります。<br /> さて、我が春の旅は、夜行バスで京都駅に降り立ったところから始めましょうか。それとも、京都駅から約50分、JR線に揺られて、木津駅でN氏と、再会したところから始めましょうか。

みかの原わきて流るるいづみ川

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2008/04/02 - 2008/04/02

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スキピオ

スキピオさん

みかの原
わきて流るる
いづみ川
いつみきとてか
恋しかるらむ    中納言兼輔

【写真はこの和歌にある「みかの原」にあった聖武帝の夢の都・恭仁の宮の跡地】

 京都は南の果て、かぎりなく奈良に近い「木津市」という町に、大学時代の友人が住んでいます。このN氏、ずっと埼玉のほうで役所勤めをしていたのですが、めくるめく変化する今という時代に愛想が尽きたのでしょうか、それとも熟年の恋に血道をあげた末、失恋に至り、人生の無常を痛感したのでしょうか、退職を機に、西行法師さながら、大和の茅屋(ぼうおく)にひとりわび住まいをするに至りました・・・
 すみません。ついキーを叩きすぎました。「茅屋」と「ひとりわび住まい」は嘘です。N氏のお宅は我が家よりも大きい近代住宅ですし、かいがいしい奥方様もいらっしゃいます。
 できれば、西行や鴨長明風のほうが話としては面白いのですが・・・
 おっと、いま鴨長明の名を思わず、口走ってしまいましたが、このN氏のお宅はこの鴨一族の地名の持つ、「加茂町」にあります。
 さて、我が春の旅は、夜行バスで京都駅に降り立ったところから始めましょうか。それとも、京都駅から約50分、JR線に揺られて、木津駅でN氏と、再会したところから始めましょうか。

  • 【木津駅】<br /><br /> 結局、旅行記は木津駅から始めることにしました。<br /> この近代的な駅で、キャップに眼鏡にマスクという出で立ちで、N氏は待っていました。<br /> そのN氏が、愛車の軽四輪に我ら夫婦を招じ入れ、最初に向かったのは、平重衡の首の落ちたる地点。木津駅のすぐ近くだと、N氏のたまう。どうやら今度の旅は、血なまぐさい話から始まるようです。

    【木津駅】

     結局、旅行記は木津駅から始めることにしました。
     この近代的な駅で、キャップに眼鏡にマスクという出で立ちで、N氏は待っていました。
     そのN氏が、愛車の軽四輪に我ら夫婦を招じ入れ、最初に向かったのは、平重衡の首の落ちたる地点。木津駅のすぐ近くだと、N氏のたまう。どうやら今度の旅は、血なまぐさい話から始まるようです。

  • 【不法侵入すれすれの我々】<br /><br />まあ、梶井基次郎の短編ではありませんが、桜の木の下には死体が埋められているらしいから、これもまたよいか、と妙に納得しながら、単なる民家のあいだに入って行きます。すると・・・

    【不法侵入すれすれの我々】

    まあ、梶井基次郎の短編ではありませんが、桜の木の下には死体が埋められているらしいから、これもまたよいか、と妙に納得しながら、単なる民家のあいだに入って行きます。すると・・・

  • 【重衡の首を洗ったと言われている池に立つ説明書き】<br /><br />そこに柿の木を植えたがついに実を付けることがなかったので、「不成柿(ならずのかき)」と呼ばれているそうな。

    【重衡の首を洗ったと言われている池に立つ説明書き】

    そこに柿の木を植えたがついに実を付けることがなかったので、「不成柿(ならずのかき)」と呼ばれているそうな。

  • 【平重衡の墓】<br /><br /> 武運拙く、はやばや一の谷で俘囚の憂き目となり、鎌倉へ送られた平重衡は、東大寺を焼いた咎により、宗門たちにこの地で首を切られ、般若寺にさらされました。<br /> 満開の桜の下、重衡は静かに眠っていました。

    【平重衡の墓】

     武運拙く、はやばや一の谷で俘囚の憂き目となり、鎌倉へ送られた平重衡は、東大寺を焼いた咎により、宗門たちにこの地で首を切られ、般若寺にさらされました。
     満開の桜の下、重衡は静かに眠っていました。

  • 【安福寺】

    【安福寺】

  • 【桜咲く安福寺】

    【桜咲く安福寺】

  • 【福寿園】<br /><br /> 重衡の墓を詣でた後、車はしなしなと狭い道を曲がりくねり、茶の福寿園に向かいます。山城は、なんと言っても茶の名産地です(山城宇治茶)。

    【福寿園】

     重衡の墓を詣でた後、車はしなしなと狭い道を曲がりくねり、茶の福寿園に向かいます。山城は、なんと言っても茶の名産地です(山城宇治茶)。

  • 【資料館の鍵】<br /><br /> 古いかんぬきなので写真を撮ったが、驚くべきことに bulldog と英語が書かれていた。

    【資料館の鍵】

     古いかんぬきなので写真を撮ったが、驚くべきことに bulldog と英語が書かれていた。

  • 【福寿園の工場】<br /><br />モッ君と宮沢りえさんの「伊右衛門」はここでつくられています。

    【福寿園の工場】

    モッ君と宮沢りえさんの「伊右衛門」はここでつくられています。

  • 【旧家、福寿園の雨樋】<br /><br />「伊右衛門」の「イ」の文字が・・・

    【旧家、福寿園の雨樋】

    「伊右衛門」の「イ」の文字が・・・

  • 【福寿園】<br /><br /> 車の中で、モッ君は行田だか、桶川だかの市長か町長の孫で云々云々と、蘊蓄を傾けるN氏にいちいち頷いていました(「だかだか」は僕の記憶のなせる業、N氏の記憶の曖昧さではありません)。<br /> そうか、加茂町と埼玉の町がモッ君で繋がっているのか・・・変に納得。そうしながらも、車は次のポイント、高麗寺跡にと向かいます。

    【福寿園】

     車の中で、モッ君は行田だか、桶川だかの市長か町長の孫で云々云々と、蘊蓄を傾けるN氏にいちいち頷いていました(「だかだか」は僕の記憶のなせる業、N氏の記憶の曖昧さではありません)。
     そうか、加茂町と埼玉の町がモッ君で繋がっているのか・・・変に納得。そうしながらも、車は次のポイント、高麗寺跡にと向かいます。

  • 【高麗寺跡】<br /><br />右手に、ペンギンスタイルのN氏<br /><br /> この高麗寺は、飛鳥寺とほぼ同じ時代の創建らしく、最も古いお寺で、帰化人高麗一族の勢力圏を示すものです。するとここでもまた、埼玉との関連性が浮上して来ます。武蔵の国では、高麗川から東京都の狛江まで、帰化人高麗一族の足跡は、地名調布(帰化人の織物の集積地)とともに色濃く残っているのです。

    【高麗寺跡】

    右手に、ペンギンスタイルのN氏

     この高麗寺は、飛鳥寺とほぼ同じ時代の創建らしく、最も古いお寺で、帰化人高麗一族の勢力圏を示すものです。するとここでもまた、埼玉との関連性が浮上して来ます。武蔵の国では、高麗川から東京都の狛江まで、帰化人高麗一族の足跡は、地名調布(帰化人の織物の集積地)とともに色濃く残っているのです。

  •  高麗寺は、その礎石だけでかつての栄華を示しているに過ぎませんが、この地の、ひいては大和の発展に寄与した帰化人たちの足跡でもあるのです。

     高麗寺は、その礎石だけでかつての栄華を示しているに過ぎませんが、この地の、ひいては大和の発展に寄与した帰化人たちの足跡でもあるのです。

  • 【恭仁(くに)の宮跡】<br /><br />我々が、次に向かったのは、たった3年余の、聖武帝夢の都だった恭仁の宮跡でした。

    【恭仁(くに)の宮跡】

    我々が、次に向かったのは、たった3年余の、聖武帝夢の都だった恭仁の宮跡でした。

  • 【恭仁の宮の跡】<br /><br /> 宮跡にある十三重のの塔と不思議な木。

    【恭仁の宮の跡】

     宮跡にある十三重のの塔と不思議な木。

  • 【恭仁の都跡の説明書き】<br /><br /> 紫式部の曾祖父は、平安の都にありて、加茂川の堤に屋敷を構え、堤中納言として優雅に暮らしていたそうな。<br /><br />みかの原 わきて・・・をよみながら・・・

    【恭仁の都跡の説明書き】

     紫式部の曾祖父は、平安の都にありて、加茂川の堤に屋敷を構え、堤中納言として優雅に暮らしていたそうな。

    みかの原 わきて・・・をよみながら・・・

  • 【みかの原拡大】

    【みかの原拡大】

  • 【山城国分寺跡の碑】<br /><br /> 現在は礎石だけ残っている。左手の公園で、ゲートボールが盛んに行われていました。

    【山城国分寺跡の碑】

     現在は礎石だけ残っている。左手の公園で、ゲートボールが盛んに行われていました。

  • 【賀茂駅近くのカフェ・レストラン「Ryu」】<br /><br />恭仁の都を見学したあとは、腹ごしらえ・・・<br />N氏は賀茂駅近くのカフェ・レストランに向かいました。N氏はどうやらオーナー・シェフと昵懇らしく、親しげに話をしておりました。

    【賀茂駅近くのカフェ・レストラン「Ryu」】

    恭仁の都を見学したあとは、腹ごしらえ・・・
    N氏は賀茂駅近くのカフェ・レストランに向かいました。N氏はどうやらオーナー・シェフと昵懇らしく、親しげに話をしておりました。

  • 【今日のメニュー】<br /><br /> このメニューをご覧下さい。超安のセットメニューです。味ですか? もちろん、おいしいですよ。<br /> ちなみに、陶器の小皿など、超安で販売しておりました。僕たちは、小皿4枚を200円なりで、買いました。今、重宝しています。

    【今日のメニュー】

     このメニューをご覧下さい。超安のセットメニューです。味ですか? もちろん、おいしいですよ。
     ちなみに、陶器の小皿など、超安で販売しておりました。僕たちは、小皿4枚を200円なりで、買いました。今、重宝しています。

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