2008/02/19 - 2008/02/19
108位(同エリア496件中)
obaqさん
入国手続き(ボーテン国境)
出入国カード(持参)を提出・この時間は中国人がいないためすいていました。 荷物も特に降ろす必要もなく簡単に入国できました。
ラオスでは、両替不要ドル、タイバーツが直接使える
1$=9000キープ 最近ではドルのレートが下がり8000キープで換算する店も。 1バーツ=28キープ
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12:40〜13:00 昨年完成したという中国カジノの視察。 周辺は一大中国タウンとなっている。レストラン、従業員宿舎、店、畑など数万人が暮らしている。 ガイドの話では、三段階の中国人が暮らしていて 下級労働者、商人、金持ち。 辺境許可書さえあれば、中国人はここまではパスポートがいらないで国境を越えてくることが出来るそうです
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周辺では中国元しか使えない治外法権地域になっていて夕方には娼婦がカジノの前に並びラオスの人が近づくと意識的に距離をとると言うことでした。
カジノのホテルは1泊580元 カジノのチップは50元から。トイレだけ借りて退散しました。やはり中国のトイレは汚い -
13:25〜14:15 ナトィにて昼食。
最初に出てきたのが可愛いザル・・・何でしょう -
毎三食ごとに必ず出てくるラオスの主食餅米です
大変美味しくて、これから毎食食べ過ぎないようにするのにとても苦労しました -
そのほかの料理も野菜や肉など、日本人に合っていて油も中国よりずっと控えめ。最後まで美味しく食べられました
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食堂の向かいにあるお店に少数民族の人が買い物
ラオスの概況
面積 23.6万㎢=日本本州とほぼ同じ。全国 540万人(女性が3、男性が1) 平均寿命55才 8割が農業に従事 約48の民族 大きく3民族に分けられる。
平地(低地)ラオ→ラオ・ルン 40%、中地ラオ→ラオ・トゥン30%、高地ラオ→ラオ・スン30%
ラオ・ルン=タイのイーサンと同じ(タイも三つに民族を分類) -
タケノコを食べたらとても美味しかったので買い求めました。
家庭では男が嫁ぐ。名前は女性の姓を名乗ります。高齢者ラオ語が話せないラオス人もいるそうです。 ラオスの友好国はベトナム。タイと中国はかなり嫌われているようです -
14:25〜14:30 中国からの車には鳥インフルエンザの消毒をします。中国では寒い寒いと言っていたのに、クーラーを入れるほど暖かい
ラオスの農業
北部−今までは焼き畑→稲
◯最近はゴムが多く植えられる。中国が投資してゴムの木を植え、栽培方法も指導 中国との合弁ゴム会社の看板が目立つ そのため開墾した若いゴムの林が多い(5年以内)まだ若いため禿山に見える
◯稲作−米は年1回 河・湖が近いところでは2回 米は餅米が8割
◯北部以外の全般−最近は、畑を耕すのにはトラクターを使用 水牛$300、牛$100 -
車の消毒を見に来る子供たちです
ラオスの自然
森林の被覆率は35%→昔は70%、今は20%程度
UNESCOより伐採を禁止され、政府は公式には禁止しているが、現地では生活用に伐採。最近は、チークの木を植林。
北部にわずか200頭前後の象が生息している -
ラオスの政治
かつてのパテト・ラオが現政権→小学校・中学校しかで出ていない、教養のない人間が多い。 反政府運動、野党は禁止されている 反政府運動をすると死刑。反政府運動をしていたモン族のグループは、昨年大量に逮捕されました。
国道13号線のルアンパバンとビエンチャン間には、外務省の渡航自粛が出ています。そのため今回はその間を飛行機で移動します -
時差の変更(日本と時差2時間 中国と1時間)後ウドンサイへ向かって出発。車窓から
バス23人乗りのマイクロバス(TOYOTA) ・ラオスと中国は左ハンドル タイと日本は右ハンドル・ ガソリン10,240キープ/? -
中国と一転して、のんびりとした風景が続きます。
ラオスの経済
電力・材木を輸出雅趣でしたが最近、材木の輸出は禁止
経済的には問題が累積し、かなりの部分は援助で成り立っている
電力の輸出がされてはいるが、北部は中国から、南部はタイから逆に電力を輸入している。
1人平均収入年間220$。 現金収入があるのは国民の30%、国民の70%は現金収入がない。 例えば500人の大学生の卒業後、450人ほどは仕事がないとのこと -
ラオスの歴史
1945〜1975年フランス撤退後、アメリカが統治。アメリカの物資が多く入り、タイより豊かだった。
1975〜1985年 鎖国
1991〜 観光開放
1996〜 日本人観光客が入ってくる
▽1946年〜1954年までを第一次インドシナ戦争(対フランス) 1960年〜1975年までを第二次インドシナ戦争(対アメリカ)と現地では呼mでいます。 -
15:00〜15:05 道端の露天商で写真ストップ
ラオスの宗教
◯大半が上座部(小乗)仏教を信仰。小乗仏教80%、その他20%→お金をあげて信者を増やすやり方でキリスト教が増えている。 仏教が90%との説もあります(ガイドブック資料)
◯宗教の歴史
ガイドの説明(確かではない)では、8〜12世紀 ヒンドゥー教 12世紀 仏教が入る -
なんと、フクロウが食料品として売りに出されていました。(6000キープ)
・日本政府は、毎年15人の留学生を招聘
・ここ2・3年で自動車は韓国製、バイク・電化製品は中国製が増え、中国製バイク$500→すぐ壊れる 日本製ホンダ$1500→長持ち、中国製のテレビ3台分の金額で、日本製は1台しか買えない。出来れば日本製が欲しいが・・ -
主に筍が売られているがネズミも食料品です
・日本軍は1945年に3ヶ月だけ、ラオスに入る
・衛星テレビ 50チャンネル パラボラアンテナをつければ、日本・中国・タイ・その他が無料で見られる -
こちらは小鳥・・収入が少なく自給自足が主で野生の動物を食べなくてはならない
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ラオスでの葬式については 8割火葬 親の墓を子供がお寺に作る(夫婦で入る)
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ラオスの土地
◯土地は基本的には個人所有で1990年以降、土地は証明書さえあれば、元の所有者に返還、自由に売買ができる但し、国が管理
・「ラオスは、飢えている人はいますか?」の答えは「米は自給自足。おかずは最低でもこうもり、ねずみ、蛇がいっぱいいるし、草もたくさんあるから大丈夫」・・・ -
・国境から昆明までのバス220元、ビエンチャンまでのバス150〜160元
・道路は舗装してるけどルアンパバンまでボコボコ。重い車が多く通るためだが、ガイド曰く「中国製の道路はダメ」 -
・中国国境ボーデンより20km、ルアンナムターまで37km 昆曼高速(昆明・バンコク)の高速道路の一部として、ボーデン→ルアンナムター、ルアンナ ムター→フェイサイの途中まで完成。中国が投資、工事も行う(労働者も中国人)
・ラオス南北長さ1700km -
16:10〜16:15 (青空)トイレ休憩
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16:40〜17:05 コーノイ村の見学
・日本が援助して建設した小学校です -
日本の援助によるマークが張ってありました
ラオスの家族の子供の数
村 4〜5人 多い夫婦では10人
町 2人 多い夫婦では5〜6人 -
古い校舎です。既に放課後になっていたため、生徒や先生に会うことが出来ませんでした
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コーノイ村 子供たちがサッカーに興じています
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日本の蹴鞠に似ていますが、ルールバレーボール。 ラオスではかなり流行っているそうです
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コーノイ村を散策 どこの家にもはたおり機が・・やはり自給自足
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典型的な子供の抱っこ方法
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沢山の人たちが表へ出てきて子供を見せてくれます
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そして必ず「サバディ!」(こんにちは)
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こうした団らんが一日の中で多くを占めています
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逃げそうにしていた子たちが、「サバディ」と言ったらにこっと笑ってこちらを向いてくれました。しかも「サバディ」と応えながら
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河での水浴び風景です
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この川は洗濯、お風呂など色々に使われています
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・ウドンサイへ入りました。ムアンサイ(MUANG SAI)とも呼び漢字では勐寨と書きます
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簡易バス、トゥクトゥク とても便利なシステムです
17:30 ホテル着(国境より120km) (標高600m) -
19:00〜 ホテルから10分ほど歩き、秋篠宮も食べたというKANYAN’Sレストランにて夕食
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ラオス料理は、甘くて辛いものが多い。もっと辛くして食べるには、ナンプラー+唐辛子の「シーユーマッペ」を注文します
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レストランからの帰り道、ホテルの前にCAVE JAPANという看板をつけた屋台が・・
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どんなものなのか早速注文、見ていると・・
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なんとクレープが出来てきた。確かフランスの食べ物では・・ 店のおばさんはタイで覚えたそうだ
スリーフォーン・ホテルへ戻ります
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