2008/01/24 - 2008/01/29
345位(同エリア554件中)
ターニャさん
以前から行ってみたかったモンゴルでテレルジへの2泊3日ツアー、ザハでの買い物、市内散策を楽しんできました。
行き当たりばったりの旅でしたのでハプニングの連続でしたが、予想以上のの寒さの中、モンゴルの人々の温かさに助けられて無事にすごすことができました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
-
ウランバートル空港の入国ゲートはこぢんまりしていて、入国審査ブースが6ヶ所くらいしかなかった。モンゴル人も外国人も一緒に並んだ。
何やら数十人の人だかりがしている。何だろうと身に行ってみると、日本の相撲中継をテレビでやっていた。空港の中でほかにも人が集まっているところがあったがどれも相撲中継のテレビを見る人たちだった。
入国審査を終えて出口をでると、出迎えではない感じの男性が人待ち顔でたくさんいる。数人が私のそばに寄ってきた。
どうも白タクらしい。
モンゴルでは白タクが普通だと聞いていたが、今回私が泊まる宿は二泊以上だと空港への無料へ送迎つきとなっていたので、早速公衆電話を探すがどうしても見つからない。
電話か?と言って携帯を差し出す男性がいたので、宿の電話番号を見せてかけてもらうことにした。
電話に出た女性は 、今日は忙しくて車が出払っているからタクシーで来て下さいと言った。
なんか話しが違うと思ったが15000Tgで来れるはずだから白タクとこの値段で交渉してといわれたので、そう高くないしいいかと思い早速白タクに変わった携帯の男性と値段交渉することにした。
宿の地図をみせると20000Tgrと言われたので、15000Tgr!と言ったらすんなり交渉が成立した。単位を間違われたら困るのでメモ帳に15000Tgrと書き、さらに確認してもらって外に出た。
空港を出て2秒で鼻の中が凍った。
いきなり冷たい空気を吸い込んだせいか咳も出た。
白タク屋はいつの間にか二人になっていた。
二人とも体の大きな男性だった。
案内された車は中型のセダンで、助手席に乗るように言われた。
男性のひとりは後ろに乗り込み、真ん中から身を乗り出してきて何やら楽しげにしゃべり出した。
車はウランバートル市内(たぶん)へ向かって走りだし、車内にはモンゴルの演歌っぽい曲が流れた。
運転する男性は、これがモンゴリアンミュージックだ!と自信たっぷりに言い、気持ちよさ気にうなっている。
相手が男性二人と気付いたとき、これはもしかしたら危険かもと少し思ったが、パスポートと現金をそっとジャンバーの上から押さえつつ、貴重品は全部身に着けているし、何かあったらドアを開けて逃げようと思った。
しばらくして車は市内中心に入ったが、たぶん宿はこの辺というところで二人は迷いはじめ、同じところをぐるぐる廻ったり、行き止まりに入ってしまったりして30分ほどもうろうろした。
地図をみてああでもない、こうでもないと話し合う二人を見ているうちに、案外悪いひとではないかもと思った。
通行人に聞いてやっと宿にたどり着いたところで、大きく手を振って笑顔で二人を見送った。
※写真は白タクの助手席から撮った郊外の風景です。
本当にウランバートルへ連れて行ってもらえるんだろうか・・・と不安に駆られながら撮りました。 -
今回宿泊を予約したゲストハウスは南ゴビからきた家族が経営しているとのことだったが、訪ねてみると六十年配のお母さん、よく似た顔立ちの長女オギー、一見ロシア人かと思うようなはっきりした顔立ちで暗めのブロンドの次女イクーシ、今アメリカ留学中の三女の5歳になる一人娘ウィエンがリビングでにこにこと出迎えてくれた。
実はその場にもう一人小さな男の子がいて、その子はどうみてもマレー系にしか見えなかったので、いまどきの家族事情はいろいろあるのかも知れないと勝手に納得していたのだが、あとでその子は宿泊客のマレーシア人の子供とわかった。
「疲れたでしょう。」とお母さんが紅茶とパンを持ってきてくれた。
ベリー系のジャムとチーズが乗った固めのパンで、おなかがすいていたのと宿にたどり着いてほっとしたのとでがつがつと食べてしまった。
案内された部屋は8畳くらいの広さでキングサイズのベッドと簡単な応接セット、シャワールームとトイレがついていたが、びっくりしたことにトイレットペーパーもタオルもなかった。
たいがいどんな安いホテルにでもトイレットペーパーとタオルくらいはあると思っていたが、値段も安いし(1泊朝食付き14USドル)これがゲストハウスというものかなと納得することにした。
テレビや湯沸しポットが無いのもまあ仕方が無いとあきらめた。
寝るにはまだ早い時間だったので、荷物を部屋に置いたあと、イクーシに近くまで案内して貰ってモンゴル料理の店に行った。階段を下りて地下の店に入るとかなり高級そうな雰囲気。 メニューをみると韓国料理とピザばかり。値段も一桁多い。
きっと店を間違えたのだろうと思い、何も頼まず店を出た。
目指すモンゴル料理店は隣にあり、今度は本もののモンゴル料理にありつくことができた。
羊肉のスープとSouer Cardという飲み物を頼んでみた。両方で250円くらい。
10分ほどで料理が運ばれてきた。
スープは塩味がきいていて骨付き羊肉のぶつ切りと人参、じゃがいもがたくさん入っている。
羊肉のだしがしっかり出ていてとてもおいしい。
だがサワーカードは全く未体験の味で、例えるならば甘いヨーグルトドリンクにバターを溶かしこんだホットドリンクという感じで、体が受け付けず一口しか飲めなかった。
店を出たあと、すぐそばのノミンデパートに行ってみようかとも思ったが、スリの集団がいて物騒だと聞いたので、今日のところはおとなしく宿に戻ることにした。
明日は9時出発でテレルジまで、予定していた一泊二日の小旅行に行くことになった。・・・と思ったらよく聞くと2泊3日らしい。しかも3日目は私一人で現地からバスに乗ってウランバートルまで戻らねばならないとのこと。
周りがモンゴル語しか話さない人ばかりだったらどうしよう・・・と心配になったが、その時までにイクーシに段取りを相談しておこうと思った。
ツアーのアレンジだけお願いしたつもりだったが、どうやらオーナー(おばあちゃん)、通訳(次女のイクーシ)、ウィエンが同行する家族旅行のような体裁になっていたが、まあ、それも楽しいかと思うことにした。
ツアーの中で、馬だけでなく、らくだにも乗りたいとイクーシにリクエストしたところ、今は寒いので多分らくだはいないとのことだった。
明日からの旅行にわくわくしつつも、ゲストハウスにたどり着くまでの緊張でだいぶ疲れていたようで、この日は携帯に日記だけを入れて早々に寝ることにした。
※写真は、モンゴル料理店で食べたスープとサワーカードです。サワーカードは一口しか飲めませんでしたが、大きなカップになみなみ入っていました。 -
2日目
ゲルでの宿泊になると普段の生活であって当たり前のものがいろいろ無いのではと思い、懐中電灯、ウエットティッシュなどを日本から用意してきていたが、極力荷物を少なくしようと選択した結果、携帯電話のライトを懐中電灯の代わりにすることにして置いていくことにした。
翌朝起きると、宿のお母さんが私のために装備を一そろい準備してくれていた。
持ってきた装備で十分だと思っていたのだが、これが全く不十分だったようで、厚手の靴下3足、厚手のスパッツ、ナイロン地の厚いズボン、耳あてのついた帽子、フェルトのスリッパ、そして分厚いフェルトのブーツが用意されていた。
言われるままに全部身につけると雪だるまのようになり、暖かい室内ということもあり汗が噴き出してきた。
出発の準備を終えてリビングに行くと、ドライバー兼英語ガイドのビッキーが来ていた。
ビッキーは小柄でがっしりした体格のモンゴル男性だ。
タオルで汗を拭きつつ他の家族の支度をしばらく待ったのち出発した。
途中、宿のお母さんの弟さんが経営するゲストハウスのツアーも合流して、車2台でテレルジへ向かうことになった。
テレルジに向かう途中、道路の脇にラクダが2頭いるのをを見つけた。ラクダはモンゴル語でテメーというそうだ。
テメーの活躍するのは主に夏で、冬はあまり需要が無いのでいないらしく、今日こうして出会ったことはかなりラッキーらしい。
弟さんの方のお客のオーストラリア人の女性と二人でテメーに乗ることにした。
このテメーはフタコブラクダで、こぶとこぶの間に乗って前のこぶにしっかりとつかまるのが正しい乗り方らしい。
人を乗せるとき、テメーは長い足を折りたたんで地面に座りこんだ。両手でつかんだこぶは長い毛に被われていて少し暖かい。
テメーの飼い主のおじさんが二頭まとめて引っ張って歩く。
歩き出すときテメーは不思議な声で上唇を震わせて悲しげに鳴いた。
※写真はテメーに乗っているところです。
このあと立ち上がりました。 -
お昼を回り、「亀石」という、亀が首をもたげた形をした自然の巨石のそばの観光ゲルで食事を取ることになった。
昨日と同じような羊肉と野菜のスープに、ピロシキに似た揚げパンでどちらもおいしい。
パンは中身が以外にジューシーで油断しているとおつゆがこぼれた。
食後トイレの場所を聞くと、小さな掘っ立て小屋を案内された。
行ってみると、何とかドアと鍵はあるものの、便器は無くただ床にぽっかり穴があいているだけのものだった。床に開いた穴から中を見ると底はかなり深く、しかも雲湖がまるで東京タワーのような形で高い塔を作っていた。
穴はけっこう大きく床板に微妙な傾斜がついていることもあり、足を滑らせると恐ろしいことになりそうだったので慎重に用を足した。
※トイレです・・・。 -
有名な亀石を近くで眺めた。50メートルくらいの高さはありそうだ。夏はてっぺんまで人が登るそうだが今は雪で滑るので危険だと言われた。
再び出発してしばらく雪原を走ったところでガイドのビッキーが車を止めた。そこでイクーシが、これから向こうの山に見えるお寺に行きましょうと言った。
見るとだいぶ先の山の上にお寺が見えた。
重装備に分厚いフェルトブーツでよちよち歩くのも精一杯なのに、この上山登りなんて私は絶対無理!と言ったが、みんなに押し切られて結局登ることになった。
雪だるま状態の重装備に加えての運動不足がたたり、予想した通り足が上がらず少し歩いては休みを繰り返しての道中となり、こんなにきついのはもしかしたらここはかなり標高が高いから高山病か?とも思ったほどだった。
きつそうに歩く私を見てイクーシが「タカコさんは心がワルイですか?」とカタコトの日本語で聞いてきた。
何でそんな内面のことまでわかるんだろうこの人は・・・とぎくっとしたが、よく聞くと心が悪いというのは性格や本当の意味での心ではなく、俗に言うどこかからだに悪いところがあるという意味のようで、単に日本語のボキャブラリーの問題であることがわかって少しほっとした。
途中つり橋を渡った。
板張りの橋だがいかにも頼りない。板と板の隙間が広いところもあって下が見える。
どこからか、勇ましい顔をした黒い大きな犬がきて先に橋を渡った。
犬について私も渡った。
お寺はだいぶ近づいてきたが、いよいよ手前は石段になっていて、ここできつさがピークに達した。
大人になってまで何が悲しくてこんなにきつい思いをしなければならないんだろうと、高校時代の宝満登山を思い出して悲しい気持ちが沸き起こってきた。
ただ、ここまできたら引き返すわけにもいかないので、上を見るのを止め、途中休みを入れつつ石段だけを見て黙々と登っていったらとうとうお寺にたどり着いた。
着いたとたん、ひどくのどが渇いているのに気づき「あとで水か何か飲みたいんだけど・・。」とイクーシにリクエストしたところ、「朝、バタバタしていて水を持ってくるのを忘れた。このへんの雪はウランバートルと違ってきれいだから食べて大丈夫よ。」と言われた。
のどが渇いてたまらなかったので、おそるおそる雪をすくって口に入れてみた。
無味無臭でいける感じ。ひとまず喉の渇きがおさまるくらいに雪を食べた。
お寺は台湾などで見るような感じでカラフルな彩りに包まれており、外壁の上のほうには曼陀羅が描かれていた。
曼陀羅は地獄絵図になっていて、オオカミに生きながら腸を食われる地獄、鬼に頭から真っ二つに斧で割られる地獄、煮えたぎった鉄を無理やり飲まされる地獄などが色鮮やかに描かれていた。
外周には名前は忘れたが、一回まわすと一回ありがたいお経を唱えたのと同じ効果がある回し車がぐるりに巡らせてあった。
お寺から下を見ると今まで歩いてきた道が見え、これからまたあの上り下りを繰り返すのかと思うとぞっとした。
帰り道、再びつり橋を渡ってのちのゆるい上り坂は疲れた足にはつらく、何度も立ち止まった。するとガイドのビッキーが、「ターニャ、おぶってやる。」と言って背中を向けてきた。
びっくりして 「大丈夫、大丈夫!それに私はとても重いのよ!」と言うと、イクーシが「モンゴルの男はみな力持ちだから気にすることはない。」と言ったが、丁寧に断った。
ビッキーは最初に私の名をタカコと教えたら「おータカホ!」と言い、いつの間にかタカナ、タカナと呼びはじめ、「タカナじゃなくてタカコ。タカナは日本じゃ漬物の名前なの。」と言ったら今度は「ターニャ!」と呼び始めた。
そのうちだんだん訂正するのも面倒になり、それからのちは新たに自己紹介するたびに「私はターニャです。」と言うことにした。
※写真はつり橋の上ですが、着膨れてモコモコです・・・。
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