2008/01/24 - 2008/01/29
397位(同エリア478件中)
ターニャさん
モンゴルでの2泊3日テレルジツアーでのココロオドル日々を綴ってみました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
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-
夕方遅くほぼ日が落ちるころ、今日泊まるテレルジのゲルに着いた。
今日の宿はお母さんの古い友達のゲルで、十代の息子さん二人と娘さんがいた。
薄暗いゲルの中に入るとテーブルいっぱいに食事の支度が整っていて、隅に子羊が一頭繋がれていた。
メニューは羊肉の塩茹で、揚げパン2種、乾燥ヨーグルト、バター茶。
食後トイレに行こうと思ったら今度は屋根と床の穴だけのシンプルな小屋でドアはなく、一緒に行ったイクーシは外でツルンとおしりをだして用をたしていたので、次回からは私もそれに習うことにした。
外に出たとたん、空を見上げて驚いた。空全体が星の重さで落ちてくるんじゃないかと思うくらい星でいっぱいになっていて、文字通りの満天の星がまたたいていた。
オリオン座は手が届きそうに近く、明るく見えた。
これを見たことだけでもモンゴルに来たかいがあったと感動し、しーんとして全く音の無い外でしばらく空を仰いでいた。
食後は隣のゲルに移ってゲームをした。私はそばで見物していたが、羊のくるぶしの骨を数十個集めて駒にしたものを指ではじいて他の駒に狙って当てるもので、お母さんから5才のウィェンまでがエキサイトして延々と続け、宿の兄弟たちも興味津々で覗き込んでいた。
夜も更けて、皆が寝る支度をはじめた。
ゲスト用ゲルには4つのベッドがあり、オーストラリア人の女性、私、あちらのグループのドライバー男性、お母さんとウィェンがベッドを使い、イクーシとあちらのガイド女性は床に敷物を敷いて寝袋にもぐった。私用の寝袋は宿のお母さんが用意してくれていており、羊の毛皮が内側に張ってあって首までもぐると暑いくらいだった。
ズボンや靴下を脱いでゲルの天井の骨組みに掛けて乾かしながら寝ることにした。
真っ暗になっても薪ストーブの火でゲルの中はほのかに明るかった。
夜中にトイレに行きたくなったのでジャンバーを着込み、ブーツを履いて手探りでドアを探していると、ゲルのおばさんがベッドの中から懐中電灯を振ってくれたので受け取って外に出たらまた驚いた!
今度は大きくあかあかと輝く月が出ていて、星は月あかりでほとんど見えなくなっていたがトイレに行くには明るくてよかった。
昼間イクーシから このへんにはオオカミがたくさんいると聞いていたので、なるべくゲルの近くで用を足すことにした。
ゲルに戻ると、首の紐をはずされて自由になった子羊が、塩味でもするのか一生懸命誰かの靴の裏を舐めていた。
※写真はゲルでの夕食の様子です。
テーブルいっぱいにご馳走が並んでいます。 -
ウランバートル行きの飛行機の中から感じていたことだが、私はモンゴル人に対して、ひどく親しみを感じていた。
それは韓国人にも中国人にも感じたことのない不思議な親近感だった。
社交辞令かもしれないが、「あなたは本当に日本人か?モンゴル人の顔をしている」と何度もいろんなひとに言われた。
この旅行を通じて、モンゴル人のおおらかさ、温かさ、おおざっぱさ、そして実際モンゴルの人々と触れ合って発見した少しシャイなところがとても好きになった。
ゲルのこどもたちのうち、いちばん幼い子は14才だったが、学校で使うノートが出してあるのをみると、log関数をやっていた。日本では高校生がやっている内容だ。
夜は薄暗くてしかも今日のようにお客があれば座るところも無いような環境の中でよくやっているなと感心した。
イクーシから 「あなたも含めて日本人はみんな実際の年よりかなり若く見えるがなぜか?」と聞かれた。
なんと答えようか迷ったが、「いつもハッピーなことばかり考えているからでしょう。」と答えておいた。
本当は、私も含めて中身が大人として成長しきってない人が多いからじゃないかなと思ったのだが、それを言うと変に誤解を招きそうだったので言うのを止めた。
※写真が泊まったゲルです。右の車で雪原を移動しました。 -
夜が明けた。
8時に起きて食堂のゲルに行ってみた。ゲルのおばさんとこどもたち、ガイドのビッキー、親戚のイドレゲストハウスのドライバーでお茶を飲んでいた。私も早速バター茶を振舞われた。
ビッキーが玉子を取り出してきて何やら料理を始めた。玉子の殻をうまく割れず、ぐしゃりと潰してしまった。
見かねた私が、やりましょうと言って2個割って見せると、ビッキーとドライバーの青年が「グッドシェフ!」と誉めてくれた。
玉子に塩、砂糖、小麦粉を混ぜて薄いクレープを作っていた。
ターニャは日本ではどんな会社に勤めているのかと聞かれたので、わかりやすく答えようと携帯を見せて、この会社と答えた。
するとドライバーの青年が「携帯の会社でコックをしているのか?」と言ったので思わず笑ってしまった。
朝食に出た乾燥ヨーグルトは夕べも食べたが、何だかくせになる味で気になったので、「少しお土産にもらっていってもいいですか?」とゲルのおばさんに尋ねたら、喜んでたくさん袋に入れて持たせてくれた。
※写真はゲルの横の家畜小屋から牛たちが放牧場に歩いていく様子です。 -
二日目はまた雪原の道のないところをどんどん車で走った。途中、牛や馬がたくさん放牧してある中を通り、ぶつからないようゆっくり走った。
今日はこのあとお目当ての馬でのトレッキングだった。
ゲストハウスの家族とビッキーは、私を馬のガイドに託したあと、ウランバートルへ戻るとのことだった。
昼前に到着したナショナルパークの入り口には、こげ茶色のデールを着た大柄の男性が葦毛と栗毛の2頭の馬とともに待っていた。
今までの装備は乗馬用には厚すぎると思い、履いていた大きなフェルトブーツを、ビッキーが履いていたトレッキングシューズと交換してもらった。分厚いズボンも脱いで身軽になり、栗毛の馬に乗って出発した。
この馬は素直で軽く、反鐘が低かったので2年半ぶりの乗馬にも関わらず何だか上手くなった気がした。
今日のトレッキングは約3時間の予定らしかった。
途中お茶をよばれに入ったゲルにはお父さんと小学校高学年くらいの男の子がいて、ストーブのそばには狩ってきたばかりの鹿がごろんとおいてあった。
鹿は何故か膝から下が切り取られていてまだ死後硬直しており、珍しいので写真に撮ったのだがちょうどメモリがなくなってしまっていて、いろいろやってみているうちに間違って消してしまった。
ゲルの横にある建物には、今までお父さんが狩ってきたいろんな獲物の剥製が飾ってあった。鷲やキツネ、イノシン、テン、ヒグマ、狼、山猫もいた。
狩猟をしながら生活している人というのを初めて見て驚いた。
※写真は馬のガイドさんです。
ゲストハウスのお母さんの弟さんです。
優しくて親切な方でした。 -
トレッキングのあと、馬でそのまま町に入った。
男性は一軒の家の前で馬を止めてつなぎ、私に手招きをして先に中に入って行った。
わけもわからずついて入ると、小学校一年生くらいの女の子とその母親らしい若い女性がいるリビングに通された。
そのあいだに男性はデールを脱いで着替え始めていた。どうやらここは男性の家らしかった。
デールを脱いでみると男性は特に大柄でもない中肉中背の人だった。デールには恰幅を良くみせる効果もあるようだ。
椅子に座るよう示されて待っていると、さきほどの女性が皿に冷たいごはん、羊のひき肉を塩味で炒めたもの、にんじんと赤ピーマンのコールスローを持ってきてくれた。
とてもお腹が空いていたのでがつがつ食べた。おいしかった。
そのうち女の子が教科書を出してきて国語の勉強をはじめた。女性は私にどこからきたのか?モンゴルの印象は?と聞いてきた。
この子はあなたの子かと聞くと一番下の妹だと答えた。
なんと彼女は19才でモンゴル大学の一年生だそうだった。男性は夫ではなく彼女のお父さんで、お母さんは仕事に出かけているらしい。どうりでずいぶん若い奥さんだと思った。
彼女は両親と姉妹の写真を出して見せてくれた。いつの間にか妹もきて、覚えたてのモンゴルのあいうえおを聞かせてくれた。
三人で楽しく話していると、今日の宿になる、ゲストハウスのお母さんの妹にあたるおばさんがやってきた。
あまり笑わない人で、高価そうな熊の毛皮のコートを着てベレー帽を被っていた。
身振りでついてくるように言われ、後に付いて歩いた。
※写真はゲルの男の子が馬で牛たちを追っているところです。鞍つきのよさに惚れ惚れしました。
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