2007/10/30 - 2007/11/06
7291位(同エリア8887件中)
明石DSさん
サリナホテルのレストランは明るく広かった
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2007.平成19年11月3日(土):晴れ
■シェムリアップの朝
アンコール・トム、アンコール・ワットへの観光に相応しい天気になった。
朝起きて朝食を食べにレストランに行く。
大きなレストランで明るく綺麗だった。日本人の若い男女のグループもこのホテル内でもちらほら見かけた。ここでこの様子ならこのシェムリアップの街に日本人観光客はさぞかし沢山きているのだろうなあと思った。
旅先のホテルでこんなに多くの日本人と一緒になるのは初めてかもしれない。それだけこの地が観光地だということの証なのだろう。
アンコールワットの遺跡が日本人には魅力的なのか?欧米人にとってもそうなのか・・・いや、韓国中国人も多いから、やはり世界の誰しもが見たい遺跡なのだろう。
メニューはどことも同じようなもので、特別変わった物もなく。ようするに食い物にはあまり関心のない私だから知らないというだけのことで食えそうなものを食う。フランスパンや食パンはハノイ同様美味しかった。
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こんな雰囲気です
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こんなん食いました
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中庭に小さなプールもあります
明るい食堂でした -
ホテルの玄関を出て左方向に行けば道に出ます
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腹ごしらえをし、部屋に戻り8時半ロビーで待ち合わせに備えて準備し、部屋を出てとりあえずホテルの周囲を散歩した。
昨日ここに着いた時はすでに暗く状況はさっぱり分からなかったが、朝から天気快晴、今朝の外出第一歩も爽快だった。 -
ホテルから道に出て左方向を写す
毎日良く歩いた道です
写真、右斜め前方が小さな市場で
雑貨屋で毎日ジュースや水を買って帰りました
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ふ〜ん、こんなところだったのか・・・と、ホテルの外で見るその風景に少し驚いた。
ビルも無いし、道はアスファルト舗装とは言えない状態で歩道もこれから工事をするのか?ひどい状態の道路だった。 -
ホテル前の道の右方向を写す
こんな感じです
真っ直ぐ歩くと国道6号線に出ます
埃舞う道を歩きます -
道からサリナホテルへの入り口を写す
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これが小さな市場の入り口で
道沿いの雑貨屋です -
小さな市場の中
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ホテル付近で托鉢をする僧
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途中托鉢する少年僧に出会い写真を撮ってお布施も壷に入れた。彼は礼などしない、礼をするのはこっちの方?日本の托鉢僧はどうなのだろうか?
シェムリアップは、一見し、ようするに田舎町である。
ハノイ同様ホテル前で出て来る旅行者を客にしようと何人かの男たちが声を掛けてくる。バイクタクシーやトゥクトゥク(バイクの後ろに幌つきの座席を付けた乗り物)の運転手たちである。 -
道から入り口を入るとサリナホテルはこんな感じです
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サリナホテル玄関正面
4日の朝、午前9時に
スウェットがあの椅子に坐って私の出て来るのを待っていました -
アンコールトムでのC君
シャツは公認ガイドの制服
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■C君との出会い
ぶらっとホテルの近辺を散歩し、シェムリアップの街の空気に触れたけど不思議な町と言う感覚だった。
そして8時半の待ち合わせの為にホテルに戻って来た。ロビーの椅子に坐ると、一人の青年が近寄ってきて私の名前を書いた紙を持って、「○○さんではないですか?」と言って来た。
私がホテルに戻ってきた時にはすでに彼はここに居たのだろう。
名前はメモが無くなって忘れたのでC君とする。C君は中国系の青年で7人兄弟の下から二番目の大家族で育った。1983年生まれということは我が家の三男と同い年なのか。24歳である。ハノイ・シェムリアップでは数え年の25歳。 -
アンコールワットでのC君
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お爺さんが中国の北京からこの地にやってきて結婚し彼は三世になるようだ。C君のお母さんはカンボジア人だと言っていた。今、両親はプノンペンに住み、C君もプノンペンで高校まで親元で暮らし、その後シェムリアップに出てきて日本語学校に通いガイドの資格も取ったとのこと。
でも今のガイドの仕事も、フリーのガイドで仕事のある時は旅行社から声が掛かるが、繁忙期と閑散期とでは仕事の量が大きく変わり収入も大きく変わる。だから雨期の時期の仕事の無い時の為に11月末ごろからの繁忙期に稼いでクローズの時期に備えて蓄えておかなければならないと言っていた。
彼の当面の目標は、大学に進学したいということと旅行社のスタッフ(正社員)になることだそうで、そうなれば収入も安定し結婚も出来るそうである。今は彼女も無く、また彼女を作ることも考えられないそうだ。カンボジアの女性の全てがどうなのか?知らないがC君が結婚相手に選ぶようなカンボジア女性は収入が安定していないと、はなから結婚相手として付き合ってくれないようだ。
7人兄弟の長兄・次兄はシェムリアップに住んでいてすでに結婚し子供もいるとのこと、兄二人はマイカーを持っていると言っていた。それなりの収入があるのだろう。今日も私のガイドの仕事が終われば長兄宅に行って夕食を食べるそうだ。兄嫁は優しいと言っていた。
彼は下から二番目で、弟はクアラルンプールで暮らし、商売に長け、その道で修行に励んでいるとのこと。
このC君が遺跡巡りの途中でちょっと休憩した時に、何んのきっかけだか忘れたが、シェムリアップの韓国ガイド事情を長々と口角泡を飛ばし捲くし立てた。憤りで一杯だという表情と話し口調で・・・私もそれに頷き相槌を打つから余計にヒートアップして・・・(笑)。
ハノイのホアン君も言っていたが、その時はあまり気に留めず聞き流してしまったが、「韓国人ツアーのガイドは韓国人がやってます」とのこと・・・。「ふ〜ん、そうなんか」と思っていたが。
でもここシェムリアップでは、カンボジア人ガイド内では韓国ツアー及び韓国ガイドには怨念があるようだ。
一言で言えば「カンボジア人に韓国語を話せる者が極端に少ない」から「韓国人のツアーは韓国人ガイドが担う」ということである。何故?かと言えば、シェムリアップのカンボジア人は韓国人若しくは韓国が嫌いであり、「韓国語は絶対?勉強などしたくない」と言うのである。
日本語と英語はダントツで人気外国語らしいが・・・。
因みにC君は中国系なので中国人や中国人ツアーの悪口は言わなかった・・・し、私もつい聞きそびれてしまった。そんなC君だからこそ今の中国や中国人ツアーに対しての思いを聞いて置くべきだったと残念であり反省している。
以下は彼が語った韓国について
韓国人がカンボジアで経済活動することには異論はない。しかし彼らはカンボジア人を見下し人間扱いしていない。例えば韓国人が運転する車でカンボジア人を轢き殺しても、彼らはカンボジア人の命は安いものだ¥1,000ドル払ってやるから・・・と、言う。
そして韓国人ガイドは説明の声も大きく周囲に迷惑を掛けても気にしない。列も並ばない。遺跡にツアー客が手を触れても注意しない。ガイドの資格も持たず説明も何でも「7世紀の王」がと言っている。カンボジア人ガイドとのトラブルも頻発し暴力沙汰になることもある。等など、滔々と韓国ガイドの悪口を言っていた。
韓国ガイドはドイツ語ガイドと同じくらい希少でガイド料も高いようだが、C君曰く「それでもカンボジア人は韓国語など勉強する気がしない」とのこと・・・やはり小中華思想の成れの果てで、気がついているのか?気がつかないのか?韓国人が海外で尊大で見栄を張ったり横暴な態度で自己満足している哀れな民族だからなのだろう。
最後にC君は「韓国人は韓国の旅行社を使って、韓国人の作ったホテルに泊まり、韓国人ガイドでカンボジアの遺跡を利用して金を儲けている・・・」と吐き捨てるように言っていた。これがカンボジア人の思いなのだろう。
でも無論、韓国人にも言い分はあるのだろう。カンボジア人の韓国語ガイドがいないからガイドは韓国人がシェムリアップに来てやるしかない。
それに日本だって、現地の日系旅行社も沢山あり日本人スタッフの駐在員も沢山いる。それに日系ホテルもあると思うし、でもガイド自体は日本人はあまりというか、やっていないようだ。日本人団体ツアーは山ほど居たが、日本人らしき者が説明している姿は一人も見かけなかった。少しは居るには居ると思うけど・・・。
シェムリアップに進出している日本と韓国の企業や人間、同じような状況もあるのだろうが肝心なところで違うのだと思う。それが好き嫌い両者になって顕著に現れているのだ。電化製品もサムソンが溢れているが、人気は日本製で「高い」「安い」の差の選択であるようだ。
車はハノイ、シェムリアップとも10台の内8〜9台が日本製、トヨタがその8割、残りホンダ、そしてちらほら日産マーチなどを見かけた。少ないがBMやベンツもある。でも韓国の現代車の車は気づかなかった。例え有ったとしても分からないけど。でもその内、安い中国産の車や韓国車が幅を利かせる様になるかも知れず・・・ではあるが。 -
アンコールトムに向かう車中
一人貸切ツアー¥8,000円也
車・運転手・日本語ガイド・昼食付き・・・安い?高い?
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■午前の部:アンコール・トム(大きな町)に向かう
専属の車と運転手、そしてガイドのC君。客は私一人。日本で申込み銀行に¥8,000円を振り込んだツーがこれである。1日入場券¥20ドルは現地払いで、昼食付き。
ガイドブック(地球の歩き方)のアンコール二大遺跡探訪の最初の書き出しに以下のようなことが書かれている。
一部抜粋
『世界文化遺産のひとつとして知られるアンコール・ワットは、今から約150年前にはその存在を知る人すらいなかった。フランス人博物学者アンリ・ムオが再発見するまで、密林の奥深くに眠り続けていたのである。』
実は私も現地に行くまで漠然とだがそう思っていた。何故なら、私の家内の実家は和歌山の山奥であり、「山に還る」という言葉を良く聞いていたし、私も現実に目の当たりにしていたので密林に隠されていたというのも不思議なことでは無かったからである。
家内の実家の横に姑が住んでいた廃屋が有った。私も家内と結婚した当初、その廃屋は家として姿・形もあり、しいたけ栽培にも使われていた。
しかしそれから10年、20年の歳月が経つうちに倉庫としても使わなくなり、気がついた時にはその廃屋は山と一体になり、今では知らない人が通り掛ってもそこに家があることを気がつく者は誰も居ないと思う。
廃屋の存在を知っている私でも意識して見ない限り分からない。木や草が生い茂りちょっと離れただけでも気づかない。
そうなって初めて「山に還る」という意味が実感できた。だからアンコールの二大遺跡もそうなんだろうと信じていた。でもガイドのC君にそのことを問うとあっさり翻された。
C君曰く「そんなことはないです。昔からこの地で住民は遺跡とともに暮らし、ここでも農作業をやっていました」・・・ムムム、そうだったのか・・・である。そりゃあそうだろう、こんなデッカイ遺跡、というより大きな都市なのだから、ようするに遺跡としての存在を白人が知らなかっただけのことなのだ。
「アメリカ大陸をコロンブスが発見した」
・・・これを聞いた先住民族は、「ふざけるな!なら俺たちもヨーロッパ大陸を新発見したと言うぞ」と同じことである。世界史もやはり地球を牛耳る白人たちの歴史に置き換わってしまうのである。安易に騙されるな。
ホテルからアンコール・トムの入り口に20分足らずで着いた。今日一日この辺りの遺跡全部見放題券¥20ドルで購入した。三日券¥40ドル、7日券¥60ドルの三種類がある。当日券でも、あちこちの遺跡でチェックされるので持っていなければならない。
もう朝から凄い観光客である。一体何ヶ国の人間がこの日、この時、この地に集っているのか?大いに興味はあるが分からない。只色分けとしては白・黄は一杯居るが黒はほとんど見かけなかった。これも世界の現況を示しているのだろう。 -
アンコール遺跡観光券売り場
1日券¥20ドル、3日券¥40ドル。7日券¥70ドル -
神々(左)と阿修羅(右)の像が並ぶ欄干
正面が南大門
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■バイヨン寺院
神々(左側)と阿修羅(右側)の像が左右に並ぶ欄干、その橋を通って南大門をくぐる。
くぐった後そこから又車に乗って行ったと思うけど・・・宇宙の中心:トムの中心でもあるバイヨン寺院へ。 -
阿修羅ですが
54体並んでます、神々の像も左右で108
108って除夜の鐘?煩悩の数?
何か曰く因縁でも・・・。知りませんが -
南大門を仰ぎ見る
思えば遠くに来たものだ
まさかアンコールトムに来ようとは
最近まで思っても見なかったのに -
南大門をくぐってからバイヨン寺院まで像に乗って行けます
金かかりますが
私は専属車両で行きました -
前方に見えるのが宇宙の中心:バイヨン寺院
創建は12世紀末
今から800年と、もうちょっと前頃のことです
日本は平安時代の終わりから鎌倉時代の初め -
■バイヨン寺院
神々(左側)と阿修羅(右側)の像が左右に並ぶ欄干、その橋を通って南大門をくぐる。くぐった後そこから又車に乗って行ったと思うけど・・・宇宙の中心:トムの中心でもあるバイヨン寺院へ。
観音菩薩像が溢れている。いろんな撮影スポットがあり、C君が教えてくれる。三人の菩薩が斜目一直線に移る場所。菩薩とキスしているように写せる場所・・・など。
寺院の解説もしてくれたが記憶になく、知りたければ今やWeb上で一発検索すれば山ほど情報は出てくるので、余計に覚えようともせずここに書く必要も感じない。詳しく知りたい方はお調べあれ。 -
第一回廊、第二回廊・・・と、C君も詳しく説明してくれましたが
その甲斐も無く、私の脳裏には、その時頷いて返事していたことしか
記憶に残っていないという甚だ情けないいつもの結果です
この白人たちの脳裏には何が残っているのでしょうか? -
この写真が撮影スポットから写した観音菩薩三連チャン写真です
一番奥が京唄子菩薩像です
誰かこのことを京唄子に教えてあげて下さい
・・・・・・・・・
観音菩薩の中に関西芸人“大口?”で有名な「京唄子」に似た像がある。カンボジア人の日本語ガイドがここぞとばかりに日本人客に話して笑いを取っている。「ガイドさん確かに似てるわ、そやけどホンマよう、知ってるなあ〜」などのバリバリの関西弁でしゃべっている観光客も多かった。
バイヨン寺院の中でC君が自由時間をくれたので、遺跡見学しながら人間ウォッチングである。確かに京唄子そっくりだった。京唄子はこのことを知っているのか?否か?そしてここに来て対面したことが有るのかないのか?無ければテレビの旅番組として作る価値がありそうだと提案したいです・・・が。
寺院の中は人で一杯、平和を思う。ポルポト派との内戦時の弾丸後は如何なる様子か?と、聞いたけど、理由は知らないがC君によれば「ここにはほとんど無く、アンコールワットの遺跡には沢山弾痕跡がある」ということであった。 -
これが関西芸人:京唄子観音菩薩
ホンマそっくりです
関西人よ、アンコールトム、バイヨン寺院に行って
京唄子観音菩薩像を拝んでください -
民族衣装を着た人と写真を一緒に撮れます
その時お金を払います。彼らはそれが仕事です -
約200mの空中参道の向こうにバプーオンがある
参道は地上と天界とをつなぐ架け橋
・・・・・・・
■バプーオン(隠し子:Baphuon)寺院に行く
ここで腰を掛け小休止、その間この寺の伝説を -
参道から写す
今も修復工事中
C君は隠し子伝説も分かり易く説明してくれた -
そこら中に転がっている修復を待つ遺跡の石
番号が書いてあるのが多い
修復完成まであと一体何年の歳月が必要なのか?
その時、地球は如何に?
地球と言う星は平然と残るが、人類は? -
なるほど象のテラスや
王族たちが閲兵を行った王宮前にあるテラス
壮観だったろうな:兵どもの夢の跡
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■象のテラスとライ王のテラス
象のテラスとライ王のテラスとは並んで作られている。
ライ王とは・・・。
『ライ病にかかった王という説と、ヒゲとキバがあったことから閻魔大王とする説もあるらしい。』
そしてライ王のテラスは「三島由紀夫の戯曲で良く知られたテラスだが・・・。」とガイドブックにあるが無論私は何も知らない。 -
北朝鮮の悪人?を乗せた車列が通過した
C君が教えてくれた
北の国旗が車に掲げてられていた
つまらん物と遭遇してしまった
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この後、遺跡内を歩いているとパトカーに先導された10台くらいの車列が通った。一体あれは何?って見ると、北朝鮮の国旗を掲げた車であり、北朝鮮の悪人がこの遺跡に来ていたようだ。こんなところで遭遇するとは・・・残念ながら写真を取れなかったけど見たのは見た。 -
何か、コマーシャルで見たような木があり
写真を撮る
・・・・・・・・・・・
他にも遺跡はトムの中に一杯あるようだけど、私は一日ツアーなので詳しくは見ないようだし、私には雰囲気を感じれただけで十分だった。
規模としても大きいし石造りの遺跡は迫力もありレリーフも綺麗に残っているのでこの辺りの歴史に興味を持つ人にとっては魅力あるところには違いない。 -
王のテラス北側
これは三つの頭を持つゾウがハスの花を絡め取っている
そんな彫刻である -
ライ王のテラス
-
レリーフも立体感があり見事な物が多い
彫刻の好きな方、必見かも -
こ、こ、これは何や分かりまへん
ガイドブックの写真と見比べて検討したけど
その内、分かれば記します
行って、見て、写したのは確かです -
ピミアナカス(Phimeanakas)寺院
「天上の宮殿」「空中楼閣」という意味がある
11世紀初頭
ピラミッド型造形
ふ〜ん、そうなんか
写真に撮ってるから見たことは間違いない・・・が
ムムム記憶には・・・?いや、あるんや。 -
サマヒアップ(SHMPHEAP)レストラン
「地球の歩き方」にも小さく紹介されている店
ガイドブックの紹介には
「早い、安い、おいしいと評判」
・・・と、書いてある
その通りでした
・・・・・・・・・
■サマヒアップ(SHMPHEAP)レストランで昼食す。
アンコール・トムを出て昼食場所であるシェムリアップの街のレストランに向かった。
そこはシェムリアップ川のほとりにあるレストランだった。最近改修が終わり昨日か?今日から?再営業を始めたようなことを言っていた。ガイドブックにも紹介されているが、小さくである。そこには「早い、安い、おいしいと評判」との紹介が(笑)
確かに早い、そして美味かった。
到着時の客は私一人、でもテーブルには団体ツアーの予約が入っているのだろうズラッ〜と用意がされていた。その内客はボチボチ入って来た。私が食事中も横にウェイトレスが一人専属で付きっ切り状態なので、慣れない私はつい食い急ぐ。それに酒も飲まないし、ひたすら食う。
ここでも又水とスカイジュースを頼む。C君は車の中で運転手と待機中。
40分くらいしてC君が迎えに来てホテルに一旦戻り、午前の部は終了。午後の部は3時ロビーで待ち合わせ、アンコール・ワット遺跡の観光とプノン・バケン山からの夕陽の観賞である。 -
先に入っていくC君
でもここで食べるのは私だけ
C君と運転手は外で待機です -
まだ11時過ぎだったので、ガラガラでした
注目の的?の私でしたが・・・。 -
バイキング形式ではなく
あらかじめの料理を運んでくれます
料金によって内容も違うのだと思いますが
私のはこんなものでした
旨かったです。文句はありません -
出てきた料理は全部旨かったです
やっぱし、ご飯はパサパサで美味しくないです -
ホテルのバスタブ
部屋は清潔感もあって綺麗だが
お湯は溜めているのか?ボイラーの性能が悪いのか?
お湯がしばらくするとどんどん水に近づく
・・・・・・・・・
■トゥクトゥクで市内周遊する
ホテルに帰って来たけどまだ12時過ぎだったし、次の観光まで3時間余りあるので1時頃までちょっと昼寝をしたあと又のこのこと出てゆく。 -
なんでこんなむき出しなのか?
もうちょっと工夫したら
湿気るし、水が掛かかる恐れも -
バイク洗い屋
小さな町に洗車場は沢山あった
道が悪いから汚れる
マスクして歩いている地元の人もちらほら -
空の色はくすんでいないけど
人がうごめく下界は埃っぽい
こんな所でず〜と住んでると気管支も肺もダメージを被るだろう -
道沿いの彫刻置物の店
商品は埃を被ってなんぼです -
この日この時1時間周遊し
次の日に貸切をしたトゥクトゥク運転手
スウェットさんで〜す
・・・・・・・・・・・・
最初はホテルを出ていつもように歩いていたけど、トゥクトゥクに乗って1時間ほど街中をぐるぐる回ろうと思い立ち、その時たまたま近くに居た運転手に声を掛けて交渉した。
「1時間市内周遊幾ら?」と“ワンナワー、グルグル幾ら?と英語?と日本語と身振り手振りで”聞くと「5ドル」と言うので「リエラなら?」と聞き直すと「2万リエラ」(640円)と言うので、ぼったくりではなくそんなものだろうと乗って周遊した。 -
シェムリアップの町をゆっくり回りました
ふ〜ん、こんな街なんか・・と
・・・・・・・・・・・・
オートバイの後部に幌つきの座席を牽引する。このおっちゃんのは三人乗れる。幌屋根は常時付いているが雨が降らない限り周囲はオープンなので風が吹きぬけ爽快だが、埃も被りまくり砂粒も飛んでくるので目にゴミが入りそうだった。
市内をゆっくりと走りながらその内市外へも出て行き大きく迂回しながら又市内に戻って来た。最後はセンターマーケットで降りるからと言っていたので1時間のドライブのあとセンターマーケットに到着した。
シェムリアップの町は小さい町で、市郊外には何もなにもなく田園風景が広がるぐらいのものである。アンコールの遺跡群で成り立っている町であることが良く分かる。この小さいな町にホテルは凄く多い。というよりホテルばかりという感じさえする。
勿論、市場や車の修理工場、洗車場、携帯電話の店、などなど普通の町にあるものは何でもあるのだろうけど・・・。
工場や大きな会社というのは無いのだろう。街中に信号機はいくつあるのだろうか?10〜20ヶ所と言えば少なすぎるのかもしれないが印象としてはそうだ。ほとんどないし、ホンノ所々にちゃっちい信号機が突っ立っているだけだ。 -
こんなちゃっちい信号機がところどころに
なかっても別にええんちゃうのって思ってしまいますが
ここはカンボジア第二の都市、信号ないと話しにならぬ
夕方、渋滞だって見たぞ -
バタバタバタって走ると直ぐに郊外
周囲はおおむねこんな風景が広がります
・・・・・・・・・・
のどかな景色を見ながら明日の予定も何も決まっていないし、このおっちゃんのトゥクトゥクを貸し切って取り敢えずそこらの観光地でも巡ろうか・・・と、考えていた。
そして降りて金を支払いガイドブック片手に交渉した。「明日ここと、ここと、ここと、三ヶ所行きたいのだけどAM9時からPM3時まで貸切幾ら?」と聞くと、おっちゃんは本を手にとって場所を見ながら「地雷博物館は片道30kmもあるし、戦争博物館の道はこっちだし、トレンサップ湖はこっちだし、三ヶ所とも方向が違うし・・・う〜ん¥20ドル」と言った。
私は直感で安いなあ・・・と、思ったけど、それでも一応「高いなあ、もっと安くして」と言うと、「ガソリン代もいるし」と頭を左右に横に振る。1時間5ドルだったのにAM9〜PM3までの6時間なら単純計算ならば¥5ドル×6時間=30ドルなのに・・・。
しばし頭を捻って考える振りをしながら・・・一拍置いて「OK!AM9時〜PM3時まで、ここと、ここと、ここと、三ヶ所行って¥20ドル、OK?」と念を押した。彼は笑顔で商談成立と頷いた。
「なら明日の午前9時、サリナホテルの前に来て、分かった?」
「サリナホテル、OK、OK、9時に行く」「じゃあ・・」と、そこで互いに分かれた。
不思議だが私は英語なんて単語だけ、彼の方は私より遥かに英語が出来るけど、そんな二人の会話だが、こうやって日本語で書くと、あの日あの時シェムリアップで二人がちゃんと意志の疎通が出来ていて、まるで普通に話をしていたかのようでホンマ面白い。
センターマーケットでウィンドウショッピングをして、3時の待ち合わせに間に合うように歩いてホテルに戻った。 -
たむろするトゥクトゥク
客はいないのか?
稼ぎは無くても構わないのか?
それとも嫁が稼ぐのか?
女性ライダーは皆無だった、何故? -
午後2時過ぎのセンターマーケット内
店はぎっしり人影さっぱり
何度も行ったが、買い物客で一杯はなかった
観光客ちらほら程度 -
センターマーケットかシェムリアップの路地裏を歩いて戻る
こんな感じの街です
舗装無く、雨期はどことも道は凄いことになるようです -
街中の佇まいです
郊外の家々は高床式のバラックという感じです -
道端で働く女性労働者
目だけ出して顔と頭は帽子とタオルで覆っていました
歩道を作るのか?
こんな仕事、ほとんど女性でした
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