2007/10/17 - 2007/10/17
2584位(同エリア11755件中)
こざくらさん
ゆっくりゆったり一人旅。がコンセプトのはずだったのに。
貧乏性には勝てないようだ。肩に力が入っている。
時間に追われて額に汗して、歩いている。楽しいの?自問自答。楽しいに決まってるヨ~ン。
次はグラバー園に向かう。
噂のグラバースカイロード。斜行エレベーターって、どんなのかな?興味津々。修学旅行生も大勢並んでる。乗ってみたら普通のエレベーター、動き出すと、私達は斜めにすーっと運ばれていく。エレベーターごとエスカレーターに乗ったみたい。快適快適、途中何度か止まって、坂の上にお住まいの方々の生活の足にもなっている。観光、日常生活に一挙両得ですね。
こんどは垂直エレベーターに乗り換えて、グラバー園の第二ゲートに着いた。ここで園内案内マップにしたがって歩こうね。
次は暗くなる前に出島に向かう。出口から延々と続く坂道の脇に並ぶおみやげ物屋サン。修学旅行生にさかんに声がけしている。
大浦天主堂前に大勢の修学旅行生が並んで入場準備をしている。
それを尻目に、外観だけ写真納め、先を急ぐ。
カステラ神社?ガイドブックに出ていたなぁ。鼈甲店もちらりと眺め、本当に本鼈甲なの?と眺めては、あっつ!時間が無い!
大浦天守堂下から電車に乗る。築町で乗り換えて出島で降車。
出島は復元整備が進んでいる。
18時には閉園するので、30分は見て回れる。
時間までいたがあまり感動は受けなかった。
出島から電車で駅前に向かう。アミュプラザをみて回る。
5Fのアミュちゅうぼーの回転寿司で夕食。ホテルには19時すぎに辿り着く。今日も楽しくお疲れサマ。
2010年雑感
トーマスグラバーさん、
亀山社中とも取引し、討幕派を支援しながらも幕府とも取引していたしたたかな商人。
グラバー邸には隠れ屋根裏部屋があったのがうなずける。
犬猿の仲の人たちがこの屋敷に出入りしていた裏づけにもなる。
龍馬も屋根裏部屋に隠れたことがあったかも知れない。
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分岐に戻ってグラバースカイロード方面は?
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通りを渡って。エレベーターまであと100m。
通りかかったバスは神の島1丁目行き。 -
石橋電停から徒歩2分。
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斜行エレベータ。傾斜角度は31度
エレベーター部分約100m。高低さ50m。 -
斜行エレベーター
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平成14年完成。
日本で初めて道路として位置づけられた斜めに動くエレベータ。
乗り口から1分程度で終点。 -
垂直エレベータに乗り換え。
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垂直エレベーターから
斜行エレベータが見えた! -
グラバー園第2ゲートに向かう途中からの眺望
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第2ゲート。
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旧三菱第2ドックハウス。
1896年明治期建築の典型的スタイル。
当時は修理船の乗組員の休憩宿泊施設だった。
修学旅行生が寛いでます。 -
学生におこぼれ貰ってたの?鯉がたくさん。
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旧三菱第2ドックハウス内
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黒船の模型
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2Fからの眺望
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壁泉
涼しげな水の音 -
旧ウォーカー住宅
日本海運業に多大な功績を残したロバート.N.ウオーカーの次男の旧宅。
ロバート.ネール.ウォーカーと兄ウイルソン.ウォーカーはグラバーとともにキリン麦酒の前身を設立。 -
旧ウォーカー住宅
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旧ウォーカー住宅陽だまりの談話室
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旧ウォーカー住宅のに庭からの眺め
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旧長崎地方裁判所長官舎
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旧長崎地方裁判所長官舎
明治16年居留地以外に建てられていた。 -
明治時代の水道共用栓
明治24年に創設。当時は水道の殆んどが街路に立てられた共用栓で市街水栓番が朝
水を出し、夕方に止めに回っていたそうです。 -
強面の鯉
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プッチーニの像
オペラ「マダムバタフライ」の作曲者 -
日本人オペラ歌手三浦環像
マダム・バタフライのヒロイン蝶々夫人を演じた。
グラバーの妻ツルが接客の時いつも蝶の紋の着物を着ていたことから、そのモデルになったと言う説がある。 -
フリーメイソン・ロッジ
長崎に住んでいたイギリス人の住居の門柱に使った。 -
旧リンガー住宅
英商フレデリック・リンガーの旧邸。南欧風バンガロー形式。 -
旧オルト住宅
タスカン様式の列柱。ポーチ横には日本最古最大の木香バラが茂っている。残念ながら花は終わっていた。 -
旧オルト住宅内
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旧スチイル記念学校
明治20年アメリカ人スチイル博士の資金によって東山手9番地に開設された東山学院の本館。 -
日本初のアスファルト舗装と石製ローラー。
案内板の後方にアスファルト。
庭園内にある日本初のテニスコートを造る際、整地用に使われた石製ローラー。 -
旧自由亭
明治13年草野丈吉が馬町に建てた西洋料理
「自由亭」
2Fは喫茶室
入り口のオリーブの木は
昭和48年マリア・カラスが植樹した。 -
旧自由亭内。
当時は内外の貴賓、地元高官などの社交の場に使われていただけに、往時を彷彿とさせる豪華な屏風 -
階段を上がって2Fの喫茶室で一休み。
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自由亭喫茶室
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旧自由亭喫茶室
ダッチ珈琲とチーズケーキセット。 -
西洋料理発祥の地
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グラバー邸の向こうに港が見える。
トーマスグラバーさん、かなりしたたかな商人。故郷を捨てるようにアジアに赴いた彼、とうぜん帰郷は選択肢に無い。故郷を捨てて片道切符で日本に根付き明治41年には外国人初の旭日十重光章を受章し、44年には東京で死亡。
幕末は討幕派、幕府、利益になると成れば誰とでも武器の取引に応じた。
明治元年には日本初の蒸気機関車を走らせたり、高島炭鉱を開発し、後に岩崎弥太郎の三菱に買収された後はその経営者として日本に残る。
経営危機のスプリングバレーブルワリーの再建に関し岩崎弥太郎に参画を勧め、後の麒麟麦酒の基礎をつくった。・・・そうです。 -
旧グラバー住宅
江戸時代末期に建てられた日本最古の木造洋風建築
国重要文化財指定。 -
住宅模型
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ツル婦人の部屋に行く途中、天井裏に隠し部屋
坂本龍馬は海運業(亀山社中)の傍ら、倒幕運動を展開していた。グラバーたちと交流があり、ここにも訪れていたらしい。 -
当時の食事
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この写真を撮ったあたりにアレがあったんです。
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第1ハート発見。
石畳が敷き詰められている園内に
2個あるハートストーン。
恋が叶うとか。修学旅行生が覗き込んで騒いでいた。
若いねぇ〜 -
展望台に向かいながら「振り返ると奴がいた」
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動く歩道。
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港の向こうに稲佐山が見える
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旧グラバー住宅の門
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第2ハートストーン発見♪
けっこうムキになって探してる私。 -
長崎伝統芸能館
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長崎伝統芸能館
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十六番館
1860年(万延元年)初代アメリカ領事館員の宿泊所として開館。グラバー園出口からすぐの所にある歴史資料館。 -
大浦天守堂
出島に行くため先を急ぐ。修学旅行生が2〜30人くらい入場待機していた。 -
祈りの丘絵本美術館
時間があったら寄ってみたい。 -
四海楼
ちゃんぽん発祥の店。
食事時間のタイミングが合えば食べたかった。 -
大浦天守堂下電停から乗車。
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電車内
どこまで行っても100円。信じられなぁ〜い!!
乗継ぎ券もらって築町で乗り換え。
札幌は170円です。 -
アレに見えるは出島?
本当に埋め立てられてる。島じゃないでしょ。 -
西側護岸石垣
四方を海で囲まれた出島の周囲には護岸石垣があった。 -
出島では史跡西側を復元ゾーン。復元建造物10棟。
東側を交流ゾーン。明治期の建物で出土遺物の展示等に活用。 -
1636年寛永13年、江戸幕府はポルトガル人によるキリスト教布教を禁止するため、長崎の有力な町人達に命じて15000?の人工の島を築き、ポルトガル人を収容した。
1636年、鎖国令によりポルトガル船の来航を禁止。出島は無人島になった。
1641年、平戸のオランダ商館が移転。1859年まで218年間、西洋に開かれた唯一の窓口となり、日本の近代化に貢献した。 -
18時閉館まで30分あまり。
また駆け足で周る。
一番船船頭部屋
オランダ船(一番船)船長、商館員の居宅。 -
ヘトル部屋
オランダ商館の商館長次席の住居
1Fは総合案内所、ショップ。 -
天秤量り
オランダ船が運んできた輸入品砂糖などを計量する。 -
砂糖などの計量シーンのジオラマ
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出島から出土した遺物
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出島から出土した遺物
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出島から出土した遺物
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これは何のために作られたのか?
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ブロンズ製12ポンド砲
1640年製でアムステルダム支部所属の船舶に搭載されていた。 -
出島外周の塀
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居留地時代の地番境石
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旧出島神学校
1878年明治11年に建てられた
わが国最古のキリスト教プロテスタントの神学校。 -
旧長崎内外クラブ
明治36年長崎に在留する外国人と日本人の親交の場として建てられた。 -
長崎駅
今日も無事辿り着きました。
さて、アミュプラザを見てまわろっ!
やっぱり疲れた〜
平和公園は明日にします。
もう、こんなに暗くなっちゃった。
旅行は日の長い頃にしなくては・・・。
今頃気づいたトホホの私。
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