2007/09/26 - 2007/09/30
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belleduneさん
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ナポリに来て疲れが出たのか、体調が悪くなったので、無理せずに行動していたため、まだサンタルチアへ行っていませんでした。
今日はガッレリアからヌオーボ城、サン・カルロ劇場、王宮、卵城、そしてサン・エルモ城、サン・マルティ−ノ修道院などへ行く予定です。お天気も快晴で、駅前からR2の巡回バスで出かけました。土曜日ということもあり、結婚式後の撮影のカップルが多く見られました。ナポリ湾からヴェスヴィオス山が正面に見え、そのスケールが程よい大きさで、絵になる景色でした。
2007年当時は、それ程建築に詳しくなかったので、今振り返ってみると、もう少し調べてから行けば良かったと思います。河村英和著「ナポリ建築王国」にナポリバロック時代から新古典様式までの建築史が説明されています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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19世紀後半にイタリア全土で、ネオルネッサンス様式が広まりました。ナポリは不衛生な路地が多く、1884年にコレラが大流行したため、衛生化(Risanamento) によって、不衛生な路地が一掃されました。1887年から90年にかけて、エマヌエーレ・ロッコとアントニオ・クッリの設計で、建設されたウンベルト一世のガレリアは、入口が4つの通りに面しています。サン・カルロ通り、トレド通り、サンタ・ブリジダ通り、ヴェルディ通りです。58mの高さを持つアーケードのあるウンベルト1世のガッレリアの外観です。ネオルネッサンス様式で建てられ、化粧柱の石材は、ナポリ産のものではなく、中部イタリアのトラバーチンを使用しています。
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内部は1912年まで古きよき時代に音楽家や芸術家が集まってカフェ・カンタントがあったそうです
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ここでも結婚式を挙げたカップルが写真撮影に来ていた
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ナポリで有名なカフェ・ガンブリヌス
1890年の創業当時は、画家や作家など芸術家が集まっていた -
17世紀建築家ドメニコ・フォンターナの設計で着工され、1753年に「ブルボン家の王宮」が完成しました。1階nポルティコは、1751年、バンヴィテッリの補強工事で、1つ置きに壁で埋められました。1837年にナポリ王宮の大改修が行われ、新古典主義様式の王宮建築家ガエターノ・ジェノベーゼが設計しました。ジェノベーゼは、この他、ナポリ市役所として使われているサン・ジャコモ館を設計しています。内部はナポリで初めてのガレリア建築となっているそうです。
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1888年m歴代のナポリ君主像が壁龕に設置されました。フランチェスコ・イェラーチェ作のヴォットリオ・エマヌエーレ二世像
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ファサードの壁龕にはジョアッキーノ・ミュラ像。1806年、ナポレオンのイタリア遠征で活躍した軍人で、ナポリ王となり、ナポリの都市計画や主要建築物は1815年まで続いた仏軍支配下で、新しい新古典様式で建設されていったという。
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ラッファエーレ・ベッリアッツィ作のブルボン家のカルロ三世像
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ヴィンチェンツォ・ジェミト作のカール五世像
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アキッレ・ドルシ作のアラゴン家のアルフォンソ一世像
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トンマーゾ・ソラーリ作のアンジュー家のシャルル一世像
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エムヌエレ・カッジャーノ作のホーエンシュタウフェン家のフリードリッヒ二世像
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エミリオ・フランチェスキ作のノルマン王ルッジェーロ像
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現在、内部は王宮歴史的住居博物館になっている
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18世紀の豪華な室内装飾は圧巻
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王宮の2階のテラスからベスビオスを見る
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プレビシート広場中央にあるサン・フランチェスコ・ディ・パオラ教会は、1824年に完成。スイスの建築家ピエトロ・ビアンキが設計競技で選ばれました。外観も内部もローマのパンテオンを模したデザインで、教会の両側は、ドーリス式のポルティコとなっています。
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ナポリで一番広いプレビシート広場。1815年にシチリア王フェルディナンド一世(ナポリ王フェルディナンド四世)がナポリに戻ると、ナポリ王宮に面したこの広場は「宮殿の広場」と呼ばれていましたが、雑多な建物があり、それを一掃して、新しい広場なりました。その際、宮殿の聖ルイージ教会、サント・スピリト教会が取り壊されました。
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プレビシート広場から少し下ったところがサンタルチア地区
晴れていて、気持ちが良い。 -
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ちょっと歩きつかれたので、ビールを飲んでひと休み
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ベスビオスを眺めながら飲むビールは格別です...
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卵城を目指して、パルテノペ通りを歩いていると、「巨人の噴水」がありました。丁度ホテル・エクセしオールの向かい側です。17世紀に、彫刻家ミケランジェロ・ナッケリーノとピエトロ・ベルニーニの共作で、大理石の三連開口アーチのある凱旋門型。当時は、巨人像がある王宮近くのジガンテの坂道に設置されていましたが、1815年、港にあるインマコラテッラ館(Palazzo dell'Immacolatella ) の近くへ移築されました。1906年に現在の場所に再移築されたということです。
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卵城は、城の基礎に埋め込まれた卵が壊れると、同時にナポリの町も城と滅びるという伝説に由来しています。ローマ帝国時代にルクルスが建築した、豪華な別荘だそうですが、11世紀になって、ノルマン人のオートヴィル家がナポリを支配下にすると、此処を要塞として拡張しました。13世紀に仏アンジュー家出身のナポリ王カルロ一世がフランスのアンジュ城を模して改築し、アンジュ砦と呼ばれていました。税を納める倉庫として使用していたそうです。幾度の戦闘で大きな被害を受けましたが、15〜18世紀に掛けて、改築されています。正面に3つの円筒形の塔があり、2つの塔の間に凱旋門があります。
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城を出て、昼食を取りにすぐ傍のツィ・テレーサへ。勿論、魚料理とワインで。
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ここにも結婚式を挙げたばかりのカップルとカメラマンが写真を撮りまくっていました。
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ガッレリアの裏手のトレド通りには、歩行者天国で、また土曜日の午後ということもあって、買い物客で溢れかえっていました。
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ピアッツァ・アウグストにあるフニコラーレ・チェントラーレの駅
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フニコラーレの内部
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4つ目の終点、ピアッツァ・フーガ
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少し歩くとエスカレーターがあり、後は坂道を登って行きます。
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もっと遠いかと思っていたら、あっけなくエルモ城に着きました。サン・エルモ城(Castel Sant'Elmo ) は、ヴォメロの丘の上に建ち、1275年頃、アンジュー家が初期の城郭を造り、その後、拡張されました。16世紀にスペイン人がナポリを支配して、星型の近代城郭に改築されました。
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エルモ城からの眺め
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中央からやや右にスパッカナポリ(Spaccanapoli) が縦に通っています。その奥に、丹下健三設計の中央官庁区(チェントロ・ディレッツィオナーレ)の高層ビル群が見えます。
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サン・マルティーノ修道院は17世紀のナポリ・バロック様式の最高傑作のひとつで、ファンザンゴ設計の回廊など豪華な装飾が残っています。
撮影禁止だったので、荷物をすべて預けて内部にある国立美術館を見て廻りました。
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