2007/08/10 - 2007/08/10
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ケントマイルドさん
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2007年8月3〜11日のタイ旅行。前半はイサーン散策、後半はバンコク潜伏(?)の日々。その第3弾として北部ドゥシット地区を探検(?)した。この地区といえば、チーク材建築で有名な「ウィマンメーク宮殿」や「旧国会議事堂(アナンタ宮殿)」、そして動物園・競馬場などもある。国民から今も敬愛され続けているラーマ5世の偉業である。
そんな地区を、私なりの感覚(気まま)で散策した。以前、観光バスで行ったことのある「ウィマンメーク宮殿」はおのずとパスした結果、散策したのは政治・行政の中心地「ドゥシット地区」をかすめて、庶民の生活が漂う「サムセン地区」に偏ってしまった。これも何かの性なのか。まぁ、ガキンチョの・・お気に入りの写真が撮れたので良しとしたい。
参考文献:「図説・バンコク歴史散歩」河出書房新社
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BTSでアジアホテルまで行き、そこから歩いてペプリ通りまで出る。
定宿のスクインビットから、タクシーで飛ばして来ればそれまでだが、金は・・無いが暇だけは有るので出来る限りバスを利用。 -
愛用(?)の白バスに乗車。白バス・赤バスは一律料金だから、いちいち車掌に行き先を言わなくても済む。
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白バスは、サムセン通りに突き当たるT字路が終点だった。そこは混沌とした市場の様相で、街角に立つと「あれっ、以前に来たような・・」という不思議な気持ちになった。バンコクは大きな街なのに、似たような風景が多いから。
サムセン通りを南下して、パドゥンクルンカセム水路を渡る。最初の目的地、高さ40メートルの仏像があるインドラヴィハーン寺院を探す。がっ、なかなか見つからない。 -
この寺院、敷地の回りは古い民家に囲まれていて入口がなかなか判らなかった。結局、ぐるっと半周して入口の門を発見。(・・・日本に戻って細かい地図で調べると、サムセン通りと交差するウィスカサット通り、アンダーパスになっている側道より入る。)
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40メートルの立身仏像は、見ていてもなかなかの壮観である。
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ファラン(西洋人)が結構多く見受けられた。
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立派な仏像だ。1824年の完成というのだから、歴史もある。
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帰りは来た所の別の出口(裏口)が有ったので、挑戦した。方向的には近道で先程の橋に行くはずである。
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裏門らしき祠。
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細い路地が続く。静かな住宅街といった感じ。
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こんな店があった。貸し洗濯機屋。まぁ、コインランドリーみたいなもの。露天である。
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出口に近づくにつれ、だんだん飲食関係の店や屋台が増えてきた。
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ごちゃごちゃとした住宅密集地の出口付近は、けっこう大きな食堂になっていた。店内はこぎれいなテーブルを並べ、地元の人達で賑わっている。
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正面の橋(屋台の裏側)から、先ほど写真を撮った。「なんだ、ここから来れたのか・・・。」
今度は、サムセン通りを北上してチャオプラヤ川に接するコンセプション教会を目指す。 -
途中、国立図書館を過ぎると、小さな公園が有った。その中を小川のような水路流れている。
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そして標識が立っていた。「ター」だからタイ語で船着場であろうが、現在使われている様子がなく、おそらく歴史的に意味のある場所なのだろう・・・王室の。
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通りを歩いていると、写真のような軍服(?)を来た学生らしき集団に出くわす。どう見ても高校1年生っぽい。というのも、路地裏で4〜5人が椅子に座って靴紐の締め方を練習してたり、駄菓子屋で買い食いしてたりと、ほのぼのとした光景が見れて楽しかった。タイの新学期は9月?、大方「新入生ガイダンス」でも開かれたのだろうか。明日のタイの国防を担う学生達よ、頑張ってくれたまえ。
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目的地に近づいた。路地を入って少し歩くと、私立小学校「セントガブリエル校」の校庭が見えた。本によるとここはポルトガル系子孫の集落だそうだ。『人々はホセなどとポルトガル式の姓を今でも名乗り、カトリックの篤い信者である。小学校も教会の運営でる。しかし、宗教以外はまったく他の住宅地と変わらない。この集落の歴史は300年を超えるという。バンコク建設以前、アユタヤ時代に遡る。・・ポルトガル系住民のタイ社会への同化と信仰の根強さを物語る一断章である。』
由緒ある学校・・・記念に写真を一枚撮ったら・・・。 -
すると瞬間に、どこから沸いてきたのかガキンチョ(男子)が、「ヘイ ユー」「ワッチャ ネーム」などと叫びながら金網越しに集まってきた。(・・・どこの国の子供も最初に覚える会話単語(?)は一緒である)
「日本から来た」「お前ら東京を知っているか」(・・というような感じで)タイ語で話しても、更なる英単語で攻め立てられた。あんまり話すとこちらのレベルの低さがばれてしまうので、適当にあしらって手を振ってその場を離れた。
これから、タイの社会を背負って立つエリート小学生達よ、頑張りたまえ。 -
ガキンチョ達と(逃げるように)別れて、さらに路地を曲がった正面がこの写真。英語で「ザビエル修道院」と書いてある。
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住宅地内部にある墓地。地元(信者?)と思われるおばさん達数名が、目の前のベンチに座って雑談していた。「写真を撮ってもよいですか?」と一応ことわって撮影。
何年前からの墓なのか知らないが、非常にきれいに整備(掃除)されていたのが印象に残る。 -
墓地の入口を正面がこの写真。ガイドブックに書いてあったように、小さな道を何回か曲がってたどり着く。
ただ、住民が書いたと思われる「手製の道案内の矢印」が要所に張ってあり助かった。日本で言うところの「お通夜・お葬式」の道案内標識のようで・・。 -
住宅街の中に、ひっそりと建っていた。
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チャオプラヤ川を見守るように建っていた。
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これは何て呼ぶものなのだろうか。教会の前庭に鎮座(?)している。私は無信仰な人間で、日本では教会など縁が無くこのような物の存在すら知らなかった。
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全体の表現が非常に細かく描かれており、初めて見る者にとっては、ある意味不気味にも思えてくる。
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正面の細い道を通り抜ける。
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チャオプラヤ川に出た。
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対岸を望むと、おおぅ、「リバーサイドバンコク」ホテルではないか。そして、岸壁に停泊しているのはリバークルーズ船。数年前、タイに通いだした初期の頃、この船のナイトクルージングで魔都(?)バンコクの虜になった。ライトアップされたバンコクの夜景は幻想的であり、川風に涼みながら時間が止まったような一時、こんな世界もあるのかと、ここから私の現実逃避の旅は始まった、といっても過言ではない。
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がっ、夢想してる間もなく、眼前に広がる現地の人々の生活、容赦なく現実に引き戻される。
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この船で生活しているのだろうか。
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さてと・・・、もと来た道をしっかりと戻り、ホテルの帰路につく。
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しっかりと、庶民の白バスに乗って。
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