2006/04/29 - 2006/05/07
68位(同エリア110件中)
瑞樹さん
チベットでは魅力的な風景に沢山出逢いました!
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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道行く人々は個性いっぱい。可愛い子供たちはまだまだ居ました。
後ろに組んだ手がたまりません。
もう既にチベット仏教の何たるかを知り尽くしたような後姿。 -
皆、トイレ休憩。
私はその辺をふらふら。 -
皆がトイレ休憩のときに、反対側の歩道でダンスしていた子。
最初は恥ずかしそうにしていたけれど、
何度かカメラを向けるとこんな笑顔。 -
踊っている女の子の近くにつながれていた猫と犬。
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郵便局に到着〜。
結構大きな郵便局です。 -
郵便局内部。
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郵便局の前に有った、可愛いポスト。私の葉書も、無事日本まで宜しく〜。
郵便局では、ガイドのHさんに助けられながら切手を買いました。 -
なんだろう?
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これから、ポタラ宮の前にある大きな通りを挟んだ南側にある広場へ。記念写真を撮るには持って来いの場所。
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緑溢れる敷地で、チベタンの憩いの場となっているようです。
観光客のほかには、お喋りを楽しむ家族連れやのんびり午後のひとときを過ごすおじさんなどなど、平日の昼間とはいえ、結構人は居ます。 -
清々しい空に白い雲、青々とした緑に荘厳なるポタラ宮。
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中には、こんな方も。
私たちが思い思いに写真を撮っていると、「宜しければモデルになりますよ」いや「撮ってください」いや「撮りなさい」と云わんばかりに、にこやかにポーズを決めてくれたお坊さん。
遠慮なく撮らせて頂きました。
強い陽光に法衣と白い手すり、合うなぁ。 -
見よ、この美しさ!今生のものとは思えません。
このときは多少風が吹いていたので、生憎と池面が波立っていますが、
風が無ければ鏡のように見えるんだろうなぁ。 -
この後、この前で集合写真を撮りました。
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昨年のチベット自治区50周年に合わせて、改修工事が行われたそうで、なるほど真新しい部分が多い。
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只今13:20、やっと昼食です。
ラサ市内のレストランへやって来ました。
お店のお姉さんも、民族衣装で登場。
お、機内みたいにおしぼりサーブ。 -
レストランに居た物体。これは…?
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3秒前。
仔猫でした。 -
しかし目黒で生まれた回転卓がチベットにまで普及しているとはね。
なんだか不思議〜。
今日の昼食は、チベットならではのものがあります。
大根の漬物、春雨のサラダなど幾つかの前菜の後、写真手前のチベタンコロッケ。
それと写真奥のチベタン小龍包「モモ」、赤いチリソースにつけて食べます。
これは現在の餃子の原型だとか。 -
両方とも美味しい
モモなどはヤクの肉でした。
思ったよりくせもなし。
そして、これはチベットうどんのトゥクパ。
麺が長くて、自分の皿に移す時ずるずる引きずってしまいました。 -
ちょっとみんなが引いていたのが、大きな写真手前、コロッケの隣のチーズの入ったモモ。
カッテージチーズ(多分これもヤク(ギ)のチーズ)の入ったもので、ちょっと甘いので「おかず」と思って食べるとびっくりするかも。
モモは何れも蒸してありました。
で、こっちは牛骨スープ。
シンプルなのが美味しい〜。
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その他にはお粥や西瓜などが出ました。満腹満腹。
やっぱりお茶や米が出ると、ほっとするな〜。 -
満腹になったところで、バスに乗りラサの北凡そ5kmほどのところにある、セラ寺へ来ました。
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セラ・ウツェ山の麓に建つこのセラ寺は、デプン寺、ガンデン寺と合わせゲルク派三大寺院と呼ばれています。
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またデブン寺と並ぶゲルク派の学問寺であり、多くの高僧を輩出してきた寺でもあります。
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創建は1419年で、ツォンカパの信頼厚く高弟であったジャンチェン・チョジェ・シャキャ・イェーシェー(1352〜1435)により、最盛期には五千人から八千人もの僧侶が修行したそうです。
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ツォンカパが明の永楽帝に招かれた際名代に派遣されたのが、このシャキャ・イェーシェーで、1434年にシャキャ・イェーシェーは明朝から大慈法王に封ぜられてしまったとか。
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日本人であることを隠し、鎖国時代のチベットに仏法を求めて修行した河口慧海や多田等観も、この寺に滞在をしてチベット仏教を学びました。
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四つあった学堂の内ガクパ堂、チェーパ学堂、メーパ学堂の三つが残っています。チェーパ学堂(チェ・タツァン)、メーパ学堂(メ・タツァン)では仏教基礎、顕教が講じられガクパ学堂(ンガパ・タツァン)ではその上のコースとしての密教が講じられているそうです。
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寺の裏山が鳥葬場になっているそうですが、現在は観光客の見学は出来ません。
当局は、鳥葬(風葬、天葬)は非衛生的だとして火葬を奨励していましたが2006年になり、撮影や報道を禁ずる条例を公布して、伝統文化を保護することにしました。 -
チベットには約1000カ所の鳥葬用石台があるそうですが、関係者以外による撮影や見物、及び鳥葬用石台近くの採石など開発行為も禁じられています。
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それというのも、以前チベットを訪れた外国人がインターネット上に鳥葬の写真を載せ”チベット人は野蛮人だ”と書いたことが発端のようです。
その外国人がチベットの人々を”野蛮人”だと思うのは勝手ですが、それをインターネットに載せるのって一体どういう了見なんでしょう。
そんなことをする人のことを、野蛮人っていうべきででしょう。 -
そんなことより。
セラ寺は、かつての比叡山の様に荒くれ者の僧兵達もいたそうで、「荒くれ坊主のセラ寺」という別名もあったとか。
例の如く内部の写真はないのですが、内部には四天王像や、シャキャ・イェーシェーの塑像や菩薩塑像を従えたツォンカパの銅像、明の永楽帝からシャキャ・イェーシェーへ贈られた永楽八年版大蔵経(カンギュル)108箱等がずらりと並んでいます。
なんの建物か忘れましたが、中央の三段になった部分に洗濯物が干してありました。
なんか…おおらかだなぁ。 -
セラ寺にはそのほかにも、子宝に御利益が有るといわれる馬頭観音像や明の第三代皇帝・永楽帝から贈られた白檀製十八羅漢、十一面観音、無量光仏、壁一杯の仏画などの素晴らしい仏教美術を観ることが出来ますが、やはり何で有名って、中庭で繰り広げられる問答修行でしょう。
この庭に近付くと、大きな声が響いてきました。 -
只今15時半過ぎ。
問答修行は平日のこのくらいの時間に二時間ほど、行われることが多いそうです。
何処を見ても、坊さん坊さん坊さん坊さん坊さん。。。
本来は二人一組になって行われるもので、立っている人が質問をし、座っている人がそれに答える。
ただ、見ていると四人一緒にいたり、三人のところも有ったりして(その場合は一人が質問して、二人が答えているようでした)色んな形で行われているようです。
高い位の僧と思われる人や観光客が近くに居ると、明らかに気の入り方が違うんですけれど(笑)。 -
「俺、さっきあそこで新しい問答考えたんだ」
「へぇ、やってみろよ」 -
「人は生まれ、何に向かっていくか?」
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「シェー(死へ)」
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失礼致しました。こんなこと喋っている訳がありませんが、質問は何でもよいそうで、例えば「釈迦はいつ生まれたか?」「なぜ出家するか?」など。教義が中心のようです。
質問を云い終わる時、上に上げた右手を大きく振り下ろし左手に当てます。
答えは、”自分の答え”で良いそうですが、質問した方はその答えが「合っている」と思えば、自分の左手の平に右手の平を合わせぱちんと叩き、「間違っている」と思えば、右の手の平を返し甲をぶつけます。
目立ちたい人は観光客から見易い場所に陣取り、明らかにカメラを意識しています。坊様たち、それで良いのでしょうか。っていうか、こんなに観光客に開放しちゃって良いのでしょうか。
それも修行の内なのだろうか。。。 -
質問に答えられなくて、苦笑い?
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楽しそう。
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動きが大きく、まるで踊りを見ているようで素晴らしかった
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かわいい少年僧。問答には参加していなかった様。
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