2007/08/08 - 2007/08/08
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satoshi.s2さん
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暑い中、世界遺産薬師寺を参拝して来ました。
薬師寺
680年、天武天皇が菟野讃良皇后(うののさららひめみこ)(のちの持統天皇)の病気平癒のため発願され、創建された法相宗の大本山。創建当時は藤原京に建てられたが、718年に平城遷都に伴い現在の場所に移転。造営は808年頃まで続いた。しかし、数度の災害と1528年の兵火により、当時の建造物は東塔のみが現存。金堂は1976年に、西塔は1981年に、中門は1984年に、回廊は1991年に一部がそれぞれ有縁の人々のお写経勧進によって復興されている。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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東塔(国宝)
白鳳時代の偉容を今日に伝える東塔、昭和に白鳳が再現された西塔。二つの塔は一見六重の塔に見えるが、実は三重の塔。これは各層に裳階(もこし)といわれる小さい屋根があるためで、この大小の屋根の重なりが律動的な美しさをかもし出し「凍れる音楽」という愛称で親しまれている。塔は本来、お釈迦様のお墓で、梵語の「ストゥーパー」が中国語に音訳されて「卒塔婆(そとうば)」となり、それが「塔婆」、更に「塔」となったもの。塔の上屋部を相輪(そうりん)というが、実はこれが卒塔婆で、その基部へ仏舎利を納め、お墓にさしかけた日傘が九輪(くりん)になり、尊い塔が火災にあわないようにと水の煙、水煙(すいえん)を造り祈った。 -
西塔
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金堂
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日光菩薩
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薬師如来
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月光菩薩
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大講堂
2003年の再建。本尊の銅造三尊像(重文)は、中尊の像高約267センチの大作だが、制作時期、本来どこにあった像であるかなどについて謎の多い像である。かつては金堂本尊と同様、「薬師三尊」とされていたが、大講堂の再建後、寺では「弥勒三尊」と称している。 -
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金堂(大講堂から)
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鐘楼
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興祟門
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不動堂
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西僧坊
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大宝蔵殿
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東回廊
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東院堂(国宝)
東塔の東側にある建物。養老5年(721)に皇女吉備内親王が母元明天皇の一周忌にあたって創建したと伝えられるが、現在の建物はその棟札から鎌倉時代後期の弘安8年(1285)に再建されたことが知れる。桁行7間(24.270メートル)、梁行4間(11.786メートル)、入母屋造り、本瓦葺きで、もとは南面だったものを、享保15年(1733)の修理の際に、いまのように西面させたもので、旧位置については不明とされている。堂は、比較的高い基壇上に立ち、縁をめぐらせて、正面三間に階段を設けている。基壇が高いのは湿気を避けるためと考えられる。内部の空間は低い穏やかな構成で、この種のものとしては法隆寺の聖霊院などと類似しており、この建物の年代をよく表している。鎌倉時代の仏堂の特徴には、内部構架をみせて、ダイナミックな空間構成をとるものと、この堂のように低く平らな天井を張り、立体的な内部空間をつくらないものとの二種があるが、この堂は後者を代表する建物のひとつである。そして、鎌倉時代に、南都六宗再興の波に乗って再建された堂宇のひとつとして、伝統的な平面を維持しながらも、若干の新風をみせた、奈良地方における鎌倉時代の仏堂の代表的なひとつにあげることができるだろう。 -
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聖観世音菩薩(国宝)
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東回廊
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薬師寺近くのそば・うどん・丼店
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昼食、天ぷらそば(880円)
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