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暑い中、世界遺産薬師寺を参拝して来ました。<br /><br />薬師寺<br /> 680年、天武天皇が菟野讃良皇后(うののさららひめみこ)(のちの持統天皇)の病気平癒のため発願され、創建された法相宗の大本山。創建当時は藤原京に建てられたが、718年に平城遷都に伴い現在の場所に移転。造営は808年頃まで続いた。しかし、数度の災害と1528年の兵火により、当時の建造物は東塔のみが現存。金堂は1976年に、西塔は1981年に、中門は1984年に、回廊は1991年に一部がそれぞれ有縁の人々のお写経勧進によって復興されている。

世界遺産薬師寺参拝

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2007/08/08 - 2007/08/08

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satoshi.s2

satoshi.s2さん

暑い中、世界遺産薬師寺を参拝して来ました。

薬師寺
 680年、天武天皇が菟野讃良皇后(うののさららひめみこ)(のちの持統天皇)の病気平癒のため発願され、創建された法相宗の大本山。創建当時は藤原京に建てられたが、718年に平城遷都に伴い現在の場所に移転。造営は808年頃まで続いた。しかし、数度の災害と1528年の兵火により、当時の建造物は東塔のみが現存。金堂は1976年に、西塔は1981年に、中門は1984年に、回廊は1991年に一部がそれぞれ有縁の人々のお写経勧進によって復興されている。

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車
  • 参道

    参道

  • 休ヶ岡八幡宮

    休ヶ岡八幡宮

  • 薬師寺:休ヶ岡八幡宮 (重要文化財)  <br /> 南門の南約50メートルのところにある。わが国古来の神道と、外来の仏教とが信仰的に併存し合い、伽藍守護のため鎮守神として祀る形式に発展した。休ヶ岡八幡宮には平安初期に造られた日本最古の神像彫刻である僧形八幡神像、神功皇后像、仲津姫像の(国宝)三神像が祀られていた。 <br />

    薬師寺:休ヶ岡八幡宮 (重要文化財)
    南門の南約50メートルのところにある。わが国古来の神道と、外来の仏教とが信仰的に併存し合い、伽藍守護のため鎮守神として祀る形式に発展した。休ヶ岡八幡宮には平安初期に造られた日本最古の神像彫刻である僧形八幡神像、神功皇后像、仲津姫像の(国宝)三神像が祀られていた。

  • 休ヶ岡八幡宮前の近鉄踏切(すぐ近くを近鉄が走っています)

    休ヶ岡八幡宮前の近鉄踏切(すぐ近くを近鉄が走っています)

  • 孫太郎稲荷神社

    孫太郎稲荷神社

  • 中門<br /> 天禄4年(973)の火災により仁天王像と共に焼失した。寛和2年(986)に復元されたが康安年間では地震による倒壊・再建を経て、享禄元年(1528)の兵火により再度焼失したまま復興をみることはなかった。昭和59年(1984)お写経勧進により復興復元された。昭和56年中門復興計画に伴う発掘調査により裸形の仁王像ではなく武装した二天王像と判明した。平成3年(1991)に復興復元された二天王像は薬師寺創建時、白鳳再現をもとに時代考証し、中国西安大雁塔の門框の両脇にある線彫の仁王像や法隆寺の橘夫人厨子の扉絵等を参考とした。 <br />

    中門
    天禄4年(973)の火災により仁天王像と共に焼失した。寛和2年(986)に復元されたが康安年間では地震による倒壊・再建を経て、享禄元年(1528)の兵火により再度焼失したまま復興をみることはなかった。昭和59年(1984)お写経勧進により復興復元された。昭和56年中門復興計画に伴う発掘調査により裸形の仁王像ではなく武装した二天王像と判明した。平成3年(1991)に復興復元された二天王像は薬師寺創建時、白鳳再現をもとに時代考証し、中国西安大雁塔の門框の両脇にある線彫の仁王像や法隆寺の橘夫人厨子の扉絵等を参考とした。

  • 仁王像

    仁王像

  • 仁王像

    仁王像

  • 金堂<br /> 七大寺巡礼記によれば「金堂五間四面、瓦葺、重閣おのおの裳階(もこし)あり、すなわちその造様四蓋也」と記されており、東塔と同じ意匠ですべて統一されていることがわかる。裳階(もこし)を施した金堂のたたずまいの美しさは、「龍宮造り」と呼ばれて、人々の目を奪った。また、堂内も美をつくし、妙をきわめた荘厳さで、灯火がなくてもさんぜんと光り輝いたと伝えられている。享禄元年(1528)の兵火によって焼失。昭和51年(1976)有縁の人々のお写経勧進によって金堂再建。

    金堂
     七大寺巡礼記によれば「金堂五間四面、瓦葺、重閣おのおの裳階(もこし)あり、すなわちその造様四蓋也」と記されており、東塔と同じ意匠ですべて統一されていることがわかる。裳階(もこし)を施した金堂のたたずまいの美しさは、「龍宮造り」と呼ばれて、人々の目を奪った。また、堂内も美をつくし、妙をきわめた荘厳さで、灯火がなくてもさんぜんと光り輝いたと伝えられている。享禄元年(1528)の兵火によって焼失。昭和51年(1976)有縁の人々のお写経勧進によって金堂再建。

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