2002/02 - 2002/02
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2002年のベルリン旅行は、折しもベルリン国際映画祭の最中でした。
【付記】1989年のベルリンの壁崩壊3ヶ月後のベルリンと、東西統一5年前の東ベルリン
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世界遺産「博物館島(ムゼウムスインゼル)」の5つのミュージアムのうちの一つ、ペルガモン博物館。
(この頃の旅行記はまだフィルム写真なのですが、スキャンが上手に出来ないこともあってあまり鮮明な写真ではなく、お見苦しいことと存じ、申し訳ありません。) -
古代ギリシャのペルガモン(現在はトルコ領内)から発掘された紀元前2世紀のペルガモン王国の巨大なゼウスの祭壇が、遺跡からそのまま運ばれ博物館内に復元・展示されています。
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この祭壇の階段を登って見学も出来ます。
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他にも、BC2世紀のミレトゥスの市場門、古代バビロニア時代のイシュタール門などの古代遺跡が運ばれ展示されており、これらの巨大な古代遺跡をそのまま収容しているペルガモン博物館は、圧巻でした。
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旧東ベルリン側の大通り、Unter den Linden のフリードリヒ?世の騎馬像(左奥)
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旧東ベルリン側のベルリン大聖堂
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ベルリン大聖堂内部。
フリードリヒ1世が建てたベルリン最大のネオ・バロック様式の大聖堂で、ちょうどこの時パイプオルガンが、圧倒的な迫力で聖堂内に鳴り響き、実に荘厳でした。 -
同じくベルリン大聖堂内部です。
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旧西ベルリン側のカイザー・ヴィルヘルム教会。
フリードリヒ・ヴィルヘルム皇帝によるドイツ帝国統一(1871)を記念して建てられ第二次世界大戦で半壊したこの教会は、戦争の悲惨さを教訓とするために破壊されたままの状態で保存され、隣にモダンな新教会が建てられています。 -
深い青のステンドグラスが美しい新教会の祭壇。
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旧東ベルリン側のコーミッシェ・オーパー・オペラ座
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1892年に建てられたこのオペラ座は、1945年に屋根やホール部分など多くの部分を大戦で失ってしまったものの、 ネオ・ロココ様式の豪華な客席は奇跡的にほとんど被害を受けなかったとのことで、1950年代に改築されたその現代的な外観と異なり、中に入ると別の建物のように華麗な劇場でした。
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劇場の規模は小さめで、ボックス席もありませんが、美しい内装が宮殿のようです。
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シャンデリアも華麗です。
この時の演目はプッチーニ作曲「ラ・ボエーム」でした。 -
宿泊したホテルのロビーです。
偶然ちょうどこの時、第52回ベルリン国際映画祭の最中で、このホテルがプレスなどの会場になっており、報道・映画関係者やインタビューに応じる俳優さんが多くいらっしゃいました。 -
ロビーでインタビューや撮影に応じていらっしゃる俳優さんと思われる方。(すみません、お名前が解りません)
この時のベルリン国際映画祭では日本の千と千尋の神隠しが金熊賞を受賞しました。 -
ベルリン近郊のポツダムにある
サンスーシ宮殿。
1990年、世界文化遺産登録。 -
サンスーシとは「憂いのない」という意味で、フリードリヒ?世の夏の宮殿として使われ、人生の多くを過ごした憩いの場所だったとのこと。
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サンスーシ宮殿前の大階段。
階段状のぶどう園は、冬枯れで寂しく残念でした。
青く茂っていたらどんなに美しいことでしょう。
やはりサンスーシ宮殿は夏の離宮だったのですね。 -
上の宮殿側から見ますと、多少青々としています。
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サンスーシ宮殿で入場を待つ人々。
内部は靴の上から直接大きなスリッパを重ねて履いて見学します。 -
華麗なロココ調のサンスーシ宮殿室内
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サンスーシ宮殿から遠くに小さく見える人工の廃墟
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18世紀、プロイセン王国の戦勝記念碑として、ギリシャ神殿の門をモデルにして建てられた凱旋門、ブランデンブルグ門。
この門の周りに最初に壁が造られ、長い間東西分断の悲劇の象徴であったと同時に、壁崩壊後はドイツ統一の象徴ともなったブランデンブルグ門はこの時修復工事中でカバーで覆われていました。
(後でデジタル化した写真を見てクリックしたかと思ってしまいました。) -
【付記1】1989年のベルリンの壁崩壊3ヶ月後のベルリン
このベルリン旅行を遡ること12年前、
1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した3ヵ月後の1990年2月初旬に、夫がベルリンに行った時の写真がありましたので、この旅行記と共に以下に載せたいと思います。
更にこの7ヶ月後の1990年8月に東西ドイツが統一条約に調印したわけですが、歴史の大きな転回点にその場所にいたということで、大変感動したようでした。
こんなに早くこの日が訪れるとは、当時想像もしていなかったベルリンの壁崩壊でした。
写真はブランデンブルグ門の前の壁の上に乗っている人々です。 -
ベルリンの象徴の熊の着ぐるみを着た人。お祭り騒ぎのようでもありますが、何だったのでしょう。
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車が東と時代を感じさせます。
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チェックポイント・チャーリー。
何かまだ戦後という雰囲気がします。 -
線路を寸断してその上に建てられている壁。
電車の線路の跡だけが残っています。 -
壁を壊している人。
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壊した壁の破片を売っている人。
現在ではケースに入れて売られているようですね。 -
半分壊されている壁。
東側と西側の二重になっていることが解ります。 -
このベルリンの壁の破片(写真)を夫が記念に持ち帰ったのですが、最近、ベルリンの壁にはアスベストが含まれているということを聞き、写真だけ残して何重にもくるんで廃棄しました。
それまで十数年も保存していたのですが…
この時、壁を壊していた方々は健康の方は大丈夫でしょうか。心配です。 -
【付記2】統一前の東ベルリン(1985年1月)
更に時を遡って東西統一より5年前、
1985年当時のベルリンの壁 -
チャーリー検問所(1985年当時)
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ベルリン・フンボルト大学 (1985年当時)
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東ベルリンの大通り、Unter den Linden (1985年当時)
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Unter den Linden のフリードリヒ?世の騎馬像 (1985年当時)
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この旅行記へのコメント (14)
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- MILFLORESさん 2009/11/11 07:11:48
- 貴重な資料
- waterlilyさん
早速 お邪魔いたしました。
おぉ〜 ブランデンブルグ門の壁は1990年2月にはまだあったのですね!
結構早々と取り払われたのかと思っていました。
このお写真は、まるで新聞の一面を飾るような素晴らしいお写真ですね。
85年のチェックポイント・チャーリー
今の賑やかさが嘘みたいです。
ウンター・デン・リンデンもビックリ!
なんていうか・・・ そう、「無色」・・・
今もある騎馬像や歴史的建造物なのに、全体的に寂れたこの風景から当時の東ドイツ国民の生活を想像できそうです。
20年の歳月って、ひとつの街にこんなに変化をもたらすものでしょうか?
それとも、やはりベルリンの歴史は特別でしょうか?
貴重な資料を4トラにて公開していただき、ありがとうございます。
MILFLORES
- waterlilyさん からの返信 2009/11/11 13:56:51
- RE: 貴重な資料
- MILFLORESさん、いらっしゃいませ♪
ご訪問くださってありがとうございます。
> おぉ〜 ブランデンブルグ門の壁は1990年2月にはまだあったのですね!
> 結構早々と取り払われたのかと思っていました。
そうですね。この頃はまだ壁崩壊の喜びにベルリン市内が湧いていた最中の時期だったように思います。
この時、夫は旅行ではなく仕事で行ったのですが、行くことが決まった頃から壁崩壊のニュースが入り始めて、もう驚きの日々でした。
近寄ることすら出来なかった壁の上に、今や何の咎めも無く乗っている人々の喜びが感じられますよね。
東ベルリンの町の色、ほんと「無色」ですよね。真冬であったこともあり、人通りも少なく一層寒々としていますね。
2002年に今度は家族旅行で旧東ベルリンを訪れた時でさえ、重厚壮大ではあるけれどモノトーンの感じでしたので、壁崩壊前のこの当時は如何ばかりかと思います。
2002年当時でも旧東ベルリンから旧西ベルリンに入った時、全く雰囲気や空気が異なる感じがしたのですが、現在は如何でしたか?
ベルリンの歴史は冷戦の象徴として本当に重く特別ですね。
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- スーポンドイツさん 2008/03/30 21:11:09
- 貴重な体験(*_*)
- 劇的な時期に巡り会われて・・素晴らしい旅行記です。
実は1980年に東ドイツを周りましたので、懐かしくまた驚きを持って拝見しました。ここでスポクロさん(失礼m(__)m)を発見!立ち寄らせていただきます。
オペラもご覧になったようですね。前回パリでは一日違いで大好きな「シモン・ボッカネグラ」を見ることが出来ず、オケに変更しました。日本で予約なさったのですか?
- waterlilyさん からの返信 2008/03/30 22:13:13
- RE: 貴重な体験(*_*)
- スーポンドイツさん、こんにちは♪
御覧くださってありがとうございます(^^)
そうそう、こちらのスポクロさんと混同してしまったんですm(__)m
スーポンドイツさんもスポクロさんも響きが何とも素敵なHNですね!
それで以前スポクロさんにも、その由来をお尋ねしたのですが、
スーポンドイツさんのHNの由来は何でしょうか?
オペラのチケットは現地で購入しました。
それにしても、1980年に東ドイツにいらしたって、すごいですね〜!
1980年当時の東側はまだまだ日本からの観光客は少ない時期だったかと思うのですが、HNからもドイツに何かご縁がおありなのかと思いました。
是非ともスーポンドイツさんのドイツのお話を聞かせて頂きたいです(*^_^*)
- スーポンドイツさん からの返信 2008/03/31 08:47:44
- HN・・
- HNは失敗だったかも??ドイツを期待して立ち寄ってくださった方はがっかりされたことでしょう。でもその「あしあと」のお陰で懐かしのドイツ旅行の疑似体験をさせていただいています(*^^)v
ドイツは大好きです。1978年のローテンブルクのEisenhut、フッセンのLISL UND JAGER HAUS、ウィスバーデンのNASSAUER HOF は夢のようなホテル♪独身ならではの贅沢旅行でした。
waterlilyさんは家族でネグレスコにお泊りになって素敵な時間を過ごされたことでしょう。華やかな明るさの伝わってくる旅行記の数々、楽しませていただきます。
- waterlilyさん からの返信 2008/03/31 09:34:34
- RE: 貴重な体験(*_*)
- いえいえ、とっても素敵なHNですよ〜(^^)/
スーポンという言葉の響きが印象的です♪
ネグレスコは泊まったのではなくて、泊まったのはその近くのホテルだったのですが、一日チャーターした車の運転手さんが、なぜかそのホテルの中を案内してくださって、見学して来たんです(^_^;)
ニースのランドマークとも言えるようなホテルだからでしょうか。
高級ホテルではあるのですが、テーマパークのような、何とも不思議なホテルでした。面白い体験が好きな方なら楽しめると思いますが、もしかしたら好みは人によって分かれるかも?
あの雰囲気のホテルは初めて見たと言っていいかもしれません。有名人が多く泊まったホテルらしく、壁にその方々の写真が沢山貼ってありました。私たちは、面白いね〜と、驚きとともに楽しんで見学して来ました(^^)
スーポンドイツさんも是非、ドイツ旅行記UPしてくださいませ〜(*^_^*)
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- dana7さん 2007/09/07 16:39:49
- 貴重なお写真ですね!
- こんにちは、dana7です。
私もベルリンの旅行記にお邪魔しました〜
カイザー・ヴィルヘルム教会は中に入る時間が無かったので
この美しい青いステンドグラスをwaterlilyさんの旅行記で楽しむことが出来てよかったです(^^)
ご主人が撮影された壁崩壊直後のベルリンの写真がとても興味深かったです。
歴史を感じますよね〜。
今のベルリンは町外れにいくと閑散としたそっけ無い感じの東っぽい雰囲気も無くは無いですが、中心部は大再開発が進んで
壁があったことすら忘れてしまいそうな感じですが、
ベルリンの壁の悲しい歴史はきちんと記憶にとどめないといけませんよね。
またお邪魔させてくださいね!
ではでは
- waterlilyさん からの返信 2007/09/08 14:15:08
- RE: 貴重なお写真ですね!
- dana7さん、こんにちは♪
ベルリンは旧東側と西側では今でも急に雰囲気が違うので驚きますが、昔は更に、東側は閑散とした感じですよね。
統一前の写真を見ますと、重厚とも言えますが、やはり重苦しい空気が伝わって来ます。
これがたった20年前だなんて思えないような雰囲気ですよね。
第二次世界大戦直後のような気さえします。
こんな日が突然来るなんて、当時は感動と共に本当に驚きました。
時代を変えることは不可能ではないと感じた出来事でした。
カイザー・ヴィルヘルム教会のステンドグラス、
写真が下手な上に、古い写真をスキャンしたものなので、綺麗ではないのですが、楽しんで頂けて良かったです(^_^)
私もまたdana7さんの旅行記にお邪魔させて下さいね。
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- sate8さん 2007/08/22 21:02:30
- 大きなスリッパで見学
- こんばんは。大きなスリッパで見学するサンスーシ宮殿。楽しそうですね。
ベルリンの壁が崩壊した当時は、ちょうど私は学生でした。
日々移り行くベルリンや東欧情勢を日本の新聞でチェックしていた頃が懐かしいです。
学校の課題でスクラップブック作ってたのですが、
なくしてしまった気がします。
- waterlilyさん からの返信 2007/08/23 16:29:54
- RE: 大きなスリッパで見学
- sate8さん、こんにちは☆
大きなスリッパ、面白いですよね(^_^)
裏が布になっていて、床を汚したり傷つけたりしないようにという保護の意味からだと思うのですが、忍者のかんじきみたいで、娘は面白がってスーッと滑って楽しんでいました(^_^;)
ベルリンの壁の時はsate8さんは学生さんだったのですね。
スクラップブックまで作ってお勉強されていたなんて偉いです!
ところで、sate8さんのハンドルネームの由来は何でしょう?
もし差し支えなければ、教えて下さいね。
- sate8さん からの返信 2007/08/23 18:54:08
- 玉すだれ
- waterlilyさん、、こんばんは。
さっそく、お返事ありがとうございました。
スクラップブックを作っていたときは、
数日後に急激にベルリンの壁が崩壊するとは、思っていませんでした。
昔は、ニュースが日本に到達するまで、今より時間がかかっていたということなんでしょうか。
さて、私の名前の由来ですが、
名前にあまり凝りたくなくて、いいかげんに付けました。
急に話題を変えるときの「さて」という接続詞です。
「♪さては南京玉すだれ〜」の「さては」から、取っています。
waterlilyさんのお名前は、涼しげで良いですね。
- waterlilyさん からの返信 2007/08/23 23:59:46
- 良いですね〜!
- 南京玉すだれの「さて」ですか!
それは想像もしなかったお答えでした。
sate8さんの発想が何とものびのびとユニークで良い!!ですね(^_^)
私のハンドルネームも、何もすぐに思い浮かばなくて、焦っていいかげんに付けたんですよ(~_~;)
変えたい気もするのですが、涼しげとおっしゃって頂き、嬉しいです。
ベルリンの壁崩壊は、本当に急激でしたから、当時皆、思いもよらなかったことで、驚きましたよね。
命を落とされた方々も多く、あんなに乗り越えるのに大変だったベルリンの壁に登っている人々をニュースで見た時は、感動と共に衝撃的でした。
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- sportcrossさん 2007/08/20 22:46:58
- すばらしいです!!
- ベルリンの壁崩壊直後のドイツに行かれているだけでなく、
こんな貴重な写真が見られるとは・・・感動です!
当時はまだまだ小さかった私ですが、壁の存在や
ドイツが統一したこと、東西の冷戦があったことを知るうちに、
「いつかここに行きたい!」と思ってきました。
(まだ実現していませんが・・・)
壁にはアスベストが含まれているんですね、危ない危ない。
- waterlilyさん からの返信 2007/08/21 00:37:19
- RE: すばらしいです!!
- スポクロさん、(と、お呼びしてよろしいですか?)
ありがとうございます。
感動なんておっしゃって頂いて、古い写真も載せた甲斐があります。
今ではベルリンの壁崩壊は社会科の教科書に載るような出来事で、あのような悲劇が繰り返された時代があったというのが、信じられないような気さえしますよね。
私は壁崩壊をニュースで生中継で見た世代でして、鮮明に記憶に残っている事件なのですが、sportcrossさんはまだお若いのに、様々な事に関心を持っていらっしゃって本当に偉いと思います。我が家の娘もsportcrossさんを見習って欲しいと思います。
アスベスト含有のことは最近知ったのですが、廃棄するまでリビングに飾ってあったんですよ(涙)
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