2007/05/11 - 2007/05/11
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さすらいおじさんさん
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織田 信長(おだ のぶなが1534−1582年6月21日)は、家臣の明智光秀(1528頃−1582年7月2日)の謀反(本能寺の変・1582年6月21日)により本能寺で自害した。本能寺(ほんのうじ)は、法華宗の寺院で当初は本応寺という寺号で、1415年現在の仏光寺周辺に日隆によって創建されたが本能寺の変で焼失後、1587年豊臣秀吉の命で現在の地点に移転された。伽藍の再建は1592年で現在の御池通りと京都市役所を含む広大な敷地であった。現在は京都では目立たない静かな寺だ。
本能寺に近い三条大橋周辺は観光客や市民でいつも賑わっている。鴨川河畔では市民が腰掛けて川の流れを眺めたり、散歩したりしている。鴨川は都心のオアシスだ。
(写真は本能寺)
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本能寺の正門。
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本能寺の正門横の日蓮聖人(1222−1282年)像。
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本能寺の正門横の碑。
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信長公の墓。
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信長公廟の説明板。
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信長公廟を参拝する修学旅行生。
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本能寺の本堂。
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本能寺の裏門は狭い路地の前にある。
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本能寺の裏門前にある石碑。
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京都市役所。1592年にはここも本能寺の境内だった。
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京都市役所前の花壇。
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三条近くの鴨川。
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三条大橋。
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三条大橋欄干の擬宝珠(ぎぼし)。
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三条大橋たもとの弥次喜多の像。十返舎一九(じっぺんしゃ いっく1765−1831年)が1802年から1822年にかけて出版した滑稽本・東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)に登場する江戸神田八丁堀に住む栃面屋弥次郎兵衛(やじさん)と食客喜多八(きたさん)。東海道を江戸から京都、大坂へと上っていく様子を、コミカルに描いた滑稽話「やじきた」は現代も人気がある。
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弥次喜多の像の説明板。
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三条大橋近くに出されていた鴨川の床。
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京阪三条駅に近い檀王法林寺(だんのうほうりんじ)。
京阪三条駅の北側、三条通りに面して「浄土宗だん王」の石柱が目につく檀王法林寺。
1272年、「悟真寺」として創建。応仁の乱などで廃寺となったが、1611年「檀王法林寺」として復興、正式寺名は「朝陽山栴檀王院無上法林寺」というが、地元では「だんのうさん」と呼ばれる。
場所は三条大橋東詰京阪三条駅からすぐ。 -
檀王法林寺(だんのうほうりんじ)の説明板。
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檀王法林寺には高村光太郎の詩が掲示されていた。
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