2007/05/11 - 2007/05/11
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さすらいおじさんさん
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高瀬川(たかせがわ)は、豪商・角倉了以(すみのくらりょうい1554−1614年)、角倉素庵(すみのくらそあん1571−1632年)父子によって開削され、1614年から1920年まで300年間も利用された運河。二条大橋の南で鴨川西岸を流れる鴨川の分流「みそそぎ川」から取水し、二条から木屋町通に沿って西側を南下し、十条通の上流で鴨川に合流、総延長9.7キロ。「国家安康」「君臣豊楽」の銘文が家と康を分断し豊臣を君主とするものだとして徳川家康の怒りにふれ、豊臣家滅亡のきっかけになったとされる鐘で知られる方広寺大仏殿の再建(1610年から1614年の間建造、徳川家康が豊臣家の財源を窮乏させるための計略だったとの説がある)の物資運搬が目的だった。家康は全国の大名から資金を集めたそうだが、京都大阪間の水運にずいぶん貢献した運河だ。森 鷗外(もりおうがい1862−1922年)が人間の欲望と安楽死をテーマにした『高瀬舟』(1916年、たかせぶね)によって高瀬川は親しみのある運河だったが、木屋町二条の船着場だった一之船入跡には伏見の酒樽を積んだ高瀬舟が繋いであり昔の高瀬川を偲ぶことができる。
京都三条から四条までの高瀬川沿いは木屋町(きやまち)、先斗町(ぽんとちょう)など有名な歓楽街になっている。先斗(ぽんと)という地名の語源はポルトガル語のponta(「先」の意)と言われるが諸説ある。1960年代に和田弘とマヒナスターズが歌った「お座敷小唄」で全国的に有名になった。
「お座敷小唄」
富士の高嶺に 降る雪も
京都先斗町に 降る雪も
雪に変わりは ないじゃなし
とけて流れりゃ 皆同じ
高瀬川と木屋町、先斗町は京都の風情を味わえるところだ。
(写真は一之船入跡に展示されている伏見の酒樽を積んだ高瀬舟)
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