済州島 チェジュ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<2001年5月1日(火)><br /><br /><朝食の店><br /> 済州島での宿泊は1泊だけで、仁川に向かいました。朝食前のチェックアウトの時、荷物も纏めて出ました。泊まった宿は、中々こぎれいな宿で、まずまずでした。出かけるとき、フロントには誰も見えなかったので、キーだけを置いてきました。早い出発では、よくあることです。何しろ韓国の朝は遅く始まります。<br /> 荷物の預け場所ですが、フェリーターミナルにコインロッカーがありましたので、これを利用する事にして、そこまで歩いて移動する事にしました。少し距離がありますから、その前に朝食です。<br /> 朝食の店は、例の三叉路近くで見付けました。勿論スンドウプの看板が出ている店です。その店は、三叉路の南側で、広い通りに面した西側です。一帯が地中化されたメインストリートです。<br /> 店は開いていましたが、ほかにお客はいませんでした。中々美味しいスンドウプでたたが、何時もの味とは、かなり違う風味がしました。まず、スンドウプに2品あり、どちらかに決めてくださいと言われました。<br /> 店の女将さんでは、少し会話が通じないところがありましたので、奥から旦那さんを呼ばれました。すると、ステンレスボールに入れた見本を持ってきて、説明してくれました。それは、肉入りか、牡蠣入りかと言う事でした。それで、躊躇なく、生牡蠣入りの方を選択しました。余り値段が違わないし、高い方でも5000ウォン、500円でした。<br /> また、そのスンドウプ定食の食べ方を、女将さんが身振りで指南してくれました。白く大き目の容器に、韓国野菜であるナムルがセットしてありました。これにご飯を入れて、ビビンバ風に仕上げるようでした。コチュジャンは、自分の好みで量を加減できます。<br /> それだけでも、中々の朝食セットなのですが、豆腐そのものの風味が独特でした。これも女将さんが説明してくれました。と言うより、店に張ってあったポスターから、有機栽培の大豆を使ったものであることが知れました。<br /> 観光地では、値段ばかり高く、中身でがっかりする事が多いのですが、今日の朝食は違いました。十分に満足できました。<br /><br /><西帰浦へ><br /> 市外バスセンターからは、西帰浦行きのバスが何本も出ていました。どれに乗っても西帰浦に行くといった感じであり、これは昨日調べておいたことでした。フェリーターミナルのコインロッカーに荷物を預けましたので、その後は、身軽に行動できます。しかし、残念ながら、天候が思わしくなく、小雨がぱらついてきました。<br /> 昨日は、もし、天候がよければハンナサンのトレッキングも考えていましたが、2000mに近いこの山を、侮ってはいけないので、装備無しの登山は諦めました。バスのコースも、登山に便利なハンナサンの西側コースでなく、西帰浦に最も近い東側コースにしました。<br /> 途中、ハンナサンの麓では、バスの中からブナの原生林を眺める事ができました。雨と言うより、霧がかかった原生林の新緑は、幻想的な雰囲気を湛えていました。<br /> 雨に濡れて真っ黒な幹に、淡い新緑が何ともいえないコントラストをなしていました。浅い新緑なので、ブナの個性的な曲線をした幹を通して、林の奥までが見えました。つい、途中で下車して、高原の散策を楽しみたい思いに駆られました。<br /> 開けた牧場付近では、白樺や、丁度満開の牡丹桜があり、下車できないのが、全く残念でした。前回の旅行でも経験した事ですが、済州島には素晴らしい自然が、まだまだ多く残っています。<br /><br /><潜水艦観光><br />潜水艦観光の案内所は、天地淵瀑布からは、更に南に歩いた位置にあります。海近くのこの滝は、前回見学しましたので、今回は見学をパスしました。<br /> 案内所には多少人だかりがしていましたが、混み合っていると言う状況ではありませんでした。潜水艦観光の案内パンフレットでは、予め予約をしないと駄目なように書いてありましたが、それ程混んでいなかったので、1時間ほど後に乗船できることが分かりました。それで早速、申込見用紙に書き込んで申し込みました。ここには、日本語が上手な係員の人がいましたので、便利でした。<br /> 17時頃には、済州市に戻って、仁川行きのフェリーの手配が必要ですから、その時間に間に合うのに、何とか時間が取れそうでした。観光コースは1時間20分であり、12時過ぎの乗船でも、3時半頃までに帰りのバスに乗るのは問題ありませんでした。<br /> 待ち時間がありましたので、待合室の売店で軽食を摂りました。キンパックとビールです。観光地だけあって、料金は少し割高でしたが、売店のアジュマは親切でした。<br /> 予定通りの時間に潜水艦観光の入場ができました。潜水艦の位置までは、別の船での移動です。<br /> 1回の潜水で30名ほどが乗り込めました。正確にはカウントしませんでした。同じ組の中には、香港からきた女学生グループが6名ほどいました。待合室でも英語で会話をしていたので、それと想像がつきました。それ以外は韓国の人達でした。韓国の方は、家族連れやカップルが多かったようです。<br /> 潜水は、本島からは少し離れた島の周りでした。最高水深が35m程度です。最初は、少し魚が見られればいいと思っていましたが、余りの数の多さに圧倒されました。<br /> 潜水艦観光会社の人と思われるダイバーが潜っていました。これほどの魚群が、潜水艦を避けるどころか、逆に寄ってくるところをみると、餌付けがされているかも知れません。<br /> 大群をなしていたのは、スズメ鯛か笛吹き鯛との説明がありましたが、メモをしなかったので、正確には覚えていません。その一群に混じって、縦に縞が入った石鯛も多く見かけました。結構大きな魚もいました。<br /> 何箇所か場所を替えて潜水を続けましたが、珊瑚の群生場所に来たとき、艦の外部照明でライトアップしました。その時、館内から一斉に歓声が上がりました。十分に見所のある観光でした。<br /><br /><デジカメ><br /> 操舵士のほかに男性の係員が何名か乗船していました。何かと親切で、私のデジカメを見ると、<br /><br /> 「撮ってあげます」<br /><br /> と、日本語で声を掛けてくれました。香港から来た女学生達にも声を掛けて、記念写真の手伝いをされていました。<br /> この乗組員の人は、デジカメに興味があるらしく、何かと話し掛けてきました。香港組もデジカメでした。<br /><br /> 「残念ですが、フラッシュを焚くと光が厚い窓ガラスで反射して、外の魚は上手く写りません」<br /><br /> と、教えてくれました。私のカメラに対し、<br /><br /> 「値段は、いくら位しますか?」<br /><br /> と、聞かれましたので、<br /><br /> 「日本円で6万円くらい、ウォンで60万位ですよ」<br /><br /> と、教えましたら、香港の女学生にも同じことを聞いていました。<br /><br /> 「マイ カメラ イズ メイドイン ジャパン ツー」<br /><br /> と、乗組員と私にカメラを見せて、香港ドルで乗組員に値段を教えていました。動画が撮れる、ニコンか何かのデジカメでした。<br /> 乗組員の人は、その値段の換算が納得できなかったらしく、私に対して、<br /><br /> 「日本でなら、彼女のカメラはいくら位するのか?」<br /><br /> と、再度訪ねてきました。<br /><br /> 「日本円で15万円位、私のカメラより大分高いですよ」<br /><br /> と、教えましたら、一応納得しましたが、独り言のように、<br /><br /> 「日本と香港では値段が大分違うようだ」<br /><br /> と、まだ考えていました。乗船する時、半ば強制的にデジカメで記念写真を撮られましたが、帰りの船の中で、早速売り込みを始めていました。 パソコンを片手に抱えて、写真を再現し、<br /><br /> 「帰りまでには、綺麗なカードが出来上がります」<br /><br /> と、勧めていました。ご年配の方や、子供連れの人は結構注文されていたようです。私も、一応勧められましたが、断ると、デジカメを持っていることが分かっていたようで、「やっぱりね」と、言った顔で、あっさり諦めていました。デジカメに興味を持っていたのは、彼等の商売上の事であったようです。<br /> 予定の時間に潜水艦観光は終わりましたが、余り時間の余裕はありませんでした。それで、バスを探すより、歩いて市外バスターミナルに向かう事にしました。「急がば、回れ」の教訓です。今度は登りですが、たいした距離でもないので、道を急ぎました。<br /><br /><チェジュのKAL事務所で><br /> 西帰から済州市へのバスは一杯出ていましたので、待ち時間無しで乗り込む事ができました。往きと同じで、今度も空いていました。コースはハンナサンの西コースにしました。<br /> 途中、韓日共同のワールドカップの会場建設地横を通りましたので、少し離れていましたが、写真を撮っておきました。西帰と中文の中間地点です。途中、何事もなく、済州市の市外バスターミナルに着きました。<br /> 市外バスターミナルからは、最初にKALの事務所に向かう事としました。今度も、昨日と同じように歩いてです。KALの事務所ビルと、免税店は同じ建物なので、ついでに、こちらも覗いてみる予定でした。<br /> KALの事務所での用事は、日本で予約して置いたチェジュド−ソウル間の予約キャンセルです。風も大分収まってきましたので、フェリーが欠航することはないとの判断でした。<br /> キャンセルは簡単にできましたが、間違ってソウル−名古屋間もキャンセルになってしまっては大変なので、これのだめ押しもありました。<br /><br /> 「キャンセルしておきます。それで、ソウルまではどうやって行かれますか?」<br /><br /> と、確認されました。<br /><br /> 「フェリーにしました」<br /><br /> と、答えますと、少し頭を縦にして頷いていました。この事務所の人に、免税店の入口を教えて貰いました。しかし、免税品は、空港受け取りであるのを思い出し、店を覗かないで、諦める事としました。 <br /> <br /><フェリーで仁川へ><br /> KAL事務所から埠頭までは、市内バスにしました。一日中、動き回ったので、多少草臥れてきたせいもあります。<br /> 17時からの受付開始にはまだ時間がありましたので、待合室で過ごす事にしました。付近を散策する時間はありませんでした。その待合室は、人が疎らで、出航さえすれば、乗りはぐれる事はなさそうでした。<br /> 仁川から着いたフェリーが折返しで運航しているはずなので、念のために到着しているかどうか、確かめておきました。こちらの方も問題ありませんでした。<br /> 17時になりましたので、チケットを購入しようとしましたら、その窓口では、日本人の若い女性が二人、何かを訪ねている風でした。しかし、言葉が通じないでいました。その二人に話を聞いてみますと、<br /><br /> 「フェリーの中では食事はできますか?」<br /><br /> と、言ったことでした。もし、できなければ、買い込んでおく積りだったのでしょう。<br /><br /> 「大丈夫です。食堂がついています」<br /><br /> と、教えましたら、安心していました。後で聞いた話ですが、北海道から旅行に来たと言います。まだ、二十歳少しの、サラリーウーマンになったばかりと言った二人連れでした。学生さんかも知れません。私達が切符を買う時には、日本が流暢なご年配の男の人が横から聞きつけて、<br /><br /> 「2等船室は駄目ですよ。大部屋になります。1等船室だと、少し値段は高いが、個室でベッドになります。是非1等船室にしなさい」<br /><br /> と、さかんに勧めてくれました。しかし、こちらもその違いが分かって、2等に乗りたかったので、親切に感謝しつつ、こちらの予定通りにさせていただいた。<br /> 切符は手に入ったので、少し腹拵(こしら)えする事にしました。最初に、第1ターミナルの2階食堂を覗きましたが、客がいなく、閑散としていましたので、こちらは敬遠しました。昨日の第2ターミナルの店を覗きましたが、今日は閉まっていました。それで仕方無く、第1ターミナルの軽食の店に入りました。インスタント食品だけであり、カップにお湯を注いでくれるだけで、味気ありませんでした。<br /> その後も大分待ち時間がありました。待合室で隣に腰掛けたまだ若い夫婦連れのうち、女性の方(かた)が、<br /><br /> 「日本の方ですか?今日本語の勉強をしています」<br /><br /> と、話し掛けてきました。中々綺麗な発音をされていましたが、<br /><br /> 「まだ、それ程長くは勉強していません。ラジオ放送と少しお金を払って講座にも通っています」<br /><br /> いつものことながら、英語や日本語にしろ、韓国の人の語学力には感心させられます。日本と違って、母音が豊富な言語が母国語のためでしょうか?あるいは、熱心さが違うためだでしょうか?<br /><br /> 「できるだけ近いうちに日本に行きたいのですが、一番安い方法や、どちらへ行くのがいいですか?」<br /><br /> その質問には、<br /><br /> 「フェリーで博多か下関に渡るのが一番いいですよ。値段もそんなに高くないはずです」<br /><br /> 「物価は高いですか?」<br /><br /> 「日本の物価は、韓国の平均2倍以上します。もっと高くつくのもあります」<br /><br /> プサンに住んでいるというお二人は、奥さんのほうは中国語が話せるようでした。何となく中国風の顔立ちで、相当の美人でした。<br /> 時間ぎりぎりまで、質問が続きましたが、できるだけ丁寧に、お答えしておきました。仁川行きの方の改札時間が迫りましたので、<br /><br /> 「是非、日本にいらしてください」<br /><br /> と、最後の挨拶を交わし、お別れしました。<br /><br /><フェリーでの宴会><br /> 待合室での状況から想像したように、フェリーの客室はガラガラでした。定員が601名と記載してありましたが、20名も乗っていなかったでしょう。<br /> 私達も、22名の定員の2等船室に、二人だけで席を占める事ができました。昨年の関釜フェリーの、一人当たり60cmとは大違いです。2等船室にしたのも大正解でした。<br /> この2等船室の定員200人以上のスペースに乗ったのは7、8人だけでした。これだけ閑散としていますと、ばらばらに過ごしているのも不自然です。夜は十分に長いし、15時間余りの船旅です。<br /> 話は余りスムーズには通じませんでしたが、少しお酒が入った後は、それとなく1箇所に集まって、一緒に飲もうと言う事になりました。最初に声を掛けてくれたのは、サッカーで足を傷めたといって、松葉杖をついていた一人旅の人でした。言葉はスムーズに通じませんでしたが、お互いに。身振りで補足しました。一番多いグループでも3人でした。<br /><br /> 「済州島でアパートの電気工事があり、それを終わったので、 仁川に帰るところです」<br /><br /> と、聞きました。<br /><br /> 「それなら、電気の同業者だ」<br /><br /> と、話が一段と盛り上がりました。<br /><br /> 「乾杯!」<br /><br /> の声がかかると、焼酎を飲み干さなくてはいけません。要領が分かりましたので、乾杯を考えて少しだけついで貰う事にしました。<br /><br /> 「済州島の焼酎は甘すぎる。焼酎は真正ジンロ(チャムイスル)に限ります」<br /><br /> 残りが少なくなると、一番若い人が売店まで行って、また新しいジンロ焼酎と、饅頭を買ってきました。その内、<br /><br /> 「何か歌を歌いましょう」<br /><br /> 手拍子で歌いましたが、周りに人もいないので、迷惑をかける事もありません。お開きになったのは0時過ぎでした。思わぬ楽しい船旅となりました。<br /><br /><br />  済州市から西帰浦へ向かうバスにて<br /> 黒き雲千切れて春の山越ゆる<br /><br /> 緩斜面山へと続く春並木<br /><br /> 石垣の畑モザイクに春野菜<br /><br /> 火山島今静かなり八重桜<br /><br /> 山の裾牡丹桜の此処かしこ<br /><br /> 若緑野に萌え枝の先に萌え<br /><br /> 霞立つ山懐の静まりぬ<br /><br /> 若草や山の牧場に人を見ず<br /><br /> 幹黒き山毛欅の林に春遅し<br /><br />  済州市から仁川港へ向かうフェリーにて<br /> 春の風頬に冷たき夜の船<br /><br /> 車座で片言交わす春の旅<br /><br /> 底見せて乾杯幾度春の夜<br /><br /> 韓焼酎酔いも深まる春の海<br /><br /> 遠霞今一度の朝寝入り

2001春、韓国紀行8(4):5月1日:チェジュド・西帰浦で潜水艦観光、フェリーでインチョンへ

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2001/04/29 - 2001/05/03

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旅行記グループ 2001春、韓国旅行記8

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<2001年5月1日(火)>

<朝食の店>
 済州島での宿泊は1泊だけで、仁川に向かいました。朝食前のチェックアウトの時、荷物も纏めて出ました。泊まった宿は、中々こぎれいな宿で、まずまずでした。出かけるとき、フロントには誰も見えなかったので、キーだけを置いてきました。早い出発では、よくあることです。何しろ韓国の朝は遅く始まります。
 荷物の預け場所ですが、フェリーターミナルにコインロッカーがありましたので、これを利用する事にして、そこまで歩いて移動する事にしました。少し距離がありますから、その前に朝食です。
 朝食の店は、例の三叉路近くで見付けました。勿論スンドウプの看板が出ている店です。その店は、三叉路の南側で、広い通りに面した西側です。一帯が地中化されたメインストリートです。
 店は開いていましたが、ほかにお客はいませんでした。中々美味しいスンドウプでたたが、何時もの味とは、かなり違う風味がしました。まず、スンドウプに2品あり、どちらかに決めてくださいと言われました。
 店の女将さんでは、少し会話が通じないところがありましたので、奥から旦那さんを呼ばれました。すると、ステンレスボールに入れた見本を持ってきて、説明してくれました。それは、肉入りか、牡蠣入りかと言う事でした。それで、躊躇なく、生牡蠣入りの方を選択しました。余り値段が違わないし、高い方でも5000ウォン、500円でした。
 また、そのスンドウプ定食の食べ方を、女将さんが身振りで指南してくれました。白く大き目の容器に、韓国野菜であるナムルがセットしてありました。これにご飯を入れて、ビビンバ風に仕上げるようでした。コチュジャンは、自分の好みで量を加減できます。
 それだけでも、中々の朝食セットなのですが、豆腐そのものの風味が独特でした。これも女将さんが説明してくれました。と言うより、店に張ってあったポスターから、有機栽培の大豆を使ったものであることが知れました。
 観光地では、値段ばかり高く、中身でがっかりする事が多いのですが、今日の朝食は違いました。十分に満足できました。

<西帰浦へ>
 市外バスセンターからは、西帰浦行きのバスが何本も出ていました。どれに乗っても西帰浦に行くといった感じであり、これは昨日調べておいたことでした。フェリーターミナルのコインロッカーに荷物を預けましたので、その後は、身軽に行動できます。しかし、残念ながら、天候が思わしくなく、小雨がぱらついてきました。
 昨日は、もし、天候がよければハンナサンのトレッキングも考えていましたが、2000mに近いこの山を、侮ってはいけないので、装備無しの登山は諦めました。バスのコースも、登山に便利なハンナサンの西側コースでなく、西帰浦に最も近い東側コースにしました。
 途中、ハンナサンの麓では、バスの中からブナの原生林を眺める事ができました。雨と言うより、霧がかかった原生林の新緑は、幻想的な雰囲気を湛えていました。
 雨に濡れて真っ黒な幹に、淡い新緑が何ともいえないコントラストをなしていました。浅い新緑なので、ブナの個性的な曲線をした幹を通して、林の奥までが見えました。つい、途中で下車して、高原の散策を楽しみたい思いに駆られました。
 開けた牧場付近では、白樺や、丁度満開の牡丹桜があり、下車できないのが、全く残念でした。前回の旅行でも経験した事ですが、済州島には素晴らしい自然が、まだまだ多く残っています。

<潜水艦観光>
潜水艦観光の案内所は、天地淵瀑布からは、更に南に歩いた位置にあります。海近くのこの滝は、前回見学しましたので、今回は見学をパスしました。
 案内所には多少人だかりがしていましたが、混み合っていると言う状況ではありませんでした。潜水艦観光の案内パンフレットでは、予め予約をしないと駄目なように書いてありましたが、それ程混んでいなかったので、1時間ほど後に乗船できることが分かりました。それで早速、申込見用紙に書き込んで申し込みました。ここには、日本語が上手な係員の人がいましたので、便利でした。
 17時頃には、済州市に戻って、仁川行きのフェリーの手配が必要ですから、その時間に間に合うのに、何とか時間が取れそうでした。観光コースは1時間20分であり、12時過ぎの乗船でも、3時半頃までに帰りのバスに乗るのは問題ありませんでした。
 待ち時間がありましたので、待合室の売店で軽食を摂りました。キンパックとビールです。観光地だけあって、料金は少し割高でしたが、売店のアジュマは親切でした。
 予定通りの時間に潜水艦観光の入場ができました。潜水艦の位置までは、別の船での移動です。
 1回の潜水で30名ほどが乗り込めました。正確にはカウントしませんでした。同じ組の中には、香港からきた女学生グループが6名ほどいました。待合室でも英語で会話をしていたので、それと想像がつきました。それ以外は韓国の人達でした。韓国の方は、家族連れやカップルが多かったようです。
 潜水は、本島からは少し離れた島の周りでした。最高水深が35m程度です。最初は、少し魚が見られればいいと思っていましたが、余りの数の多さに圧倒されました。
 潜水艦観光会社の人と思われるダイバーが潜っていました。これほどの魚群が、潜水艦を避けるどころか、逆に寄ってくるところをみると、餌付けがされているかも知れません。
 大群をなしていたのは、スズメ鯛か笛吹き鯛との説明がありましたが、メモをしなかったので、正確には覚えていません。その一群に混じって、縦に縞が入った石鯛も多く見かけました。結構大きな魚もいました。
 何箇所か場所を替えて潜水を続けましたが、珊瑚の群生場所に来たとき、艦の外部照明でライトアップしました。その時、館内から一斉に歓声が上がりました。十分に見所のある観光でした。

<デジカメ>
 操舵士のほかに男性の係員が何名か乗船していました。何かと親切で、私のデジカメを見ると、

 「撮ってあげます」

 と、日本語で声を掛けてくれました。香港から来た女学生達にも声を掛けて、記念写真の手伝いをされていました。
 この乗組員の人は、デジカメに興味があるらしく、何かと話し掛けてきました。香港組もデジカメでした。

 「残念ですが、フラッシュを焚くと光が厚い窓ガラスで反射して、外の魚は上手く写りません」

 と、教えてくれました。私のカメラに対し、

 「値段は、いくら位しますか?」

 と、聞かれましたので、

 「日本円で6万円くらい、ウォンで60万位ですよ」

 と、教えましたら、香港の女学生にも同じことを聞いていました。

 「マイ カメラ イズ メイドイン ジャパン ツー」

 と、乗組員と私にカメラを見せて、香港ドルで乗組員に値段を教えていました。動画が撮れる、ニコンか何かのデジカメでした。
 乗組員の人は、その値段の換算が納得できなかったらしく、私に対して、

 「日本でなら、彼女のカメラはいくら位するのか?」

 と、再度訪ねてきました。

 「日本円で15万円位、私のカメラより大分高いですよ」

 と、教えましたら、一応納得しましたが、独り言のように、

 「日本と香港では値段が大分違うようだ」

 と、まだ考えていました。乗船する時、半ば強制的にデジカメで記念写真を撮られましたが、帰りの船の中で、早速売り込みを始めていました。 パソコンを片手に抱えて、写真を再現し、

 「帰りまでには、綺麗なカードが出来上がります」

 と、勧めていました。ご年配の方や、子供連れの人は結構注文されていたようです。私も、一応勧められましたが、断ると、デジカメを持っていることが分かっていたようで、「やっぱりね」と、言った顔で、あっさり諦めていました。デジカメに興味を持っていたのは、彼等の商売上の事であったようです。
 予定の時間に潜水艦観光は終わりましたが、余り時間の余裕はありませんでした。それで、バスを探すより、歩いて市外バスターミナルに向かう事にしました。「急がば、回れ」の教訓です。今度は登りですが、たいした距離でもないので、道を急ぎました。

<チェジュのKAL事務所で>
 西帰から済州市へのバスは一杯出ていましたので、待ち時間無しで乗り込む事ができました。往きと同じで、今度も空いていました。コースはハンナサンの西コースにしました。
 途中、韓日共同のワールドカップの会場建設地横を通りましたので、少し離れていましたが、写真を撮っておきました。西帰と中文の中間地点です。途中、何事もなく、済州市の市外バスターミナルに着きました。
 市外バスターミナルからは、最初にKALの事務所に向かう事としました。今度も、昨日と同じように歩いてです。KALの事務所ビルと、免税店は同じ建物なので、ついでに、こちらも覗いてみる予定でした。
 KALの事務所での用事は、日本で予約して置いたチェジュド−ソウル間の予約キャンセルです。風も大分収まってきましたので、フェリーが欠航することはないとの判断でした。
 キャンセルは簡単にできましたが、間違ってソウル−名古屋間もキャンセルになってしまっては大変なので、これのだめ押しもありました。

 「キャンセルしておきます。それで、ソウルまではどうやって行かれますか?」

 と、確認されました。

 「フェリーにしました」

 と、答えますと、少し頭を縦にして頷いていました。この事務所の人に、免税店の入口を教えて貰いました。しかし、免税品は、空港受け取りであるのを思い出し、店を覗かないで、諦める事としました。 
 
<フェリーで仁川へ>
 KAL事務所から埠頭までは、市内バスにしました。一日中、動き回ったので、多少草臥れてきたせいもあります。
 17時からの受付開始にはまだ時間がありましたので、待合室で過ごす事にしました。付近を散策する時間はありませんでした。その待合室は、人が疎らで、出航さえすれば、乗りはぐれる事はなさそうでした。
 仁川から着いたフェリーが折返しで運航しているはずなので、念のために到着しているかどうか、確かめておきました。こちらの方も問題ありませんでした。
 17時になりましたので、チケットを購入しようとしましたら、その窓口では、日本人の若い女性が二人、何かを訪ねている風でした。しかし、言葉が通じないでいました。その二人に話を聞いてみますと、

 「フェリーの中では食事はできますか?」

 と、言ったことでした。もし、できなければ、買い込んでおく積りだったのでしょう。

 「大丈夫です。食堂がついています」

 と、教えましたら、安心していました。後で聞いた話ですが、北海道から旅行に来たと言います。まだ、二十歳少しの、サラリーウーマンになったばかりと言った二人連れでした。学生さんかも知れません。私達が切符を買う時には、日本が流暢なご年配の男の人が横から聞きつけて、

 「2等船室は駄目ですよ。大部屋になります。1等船室だと、少し値段は高いが、個室でベッドになります。是非1等船室にしなさい」

 と、さかんに勧めてくれました。しかし、こちらもその違いが分かって、2等に乗りたかったので、親切に感謝しつつ、こちらの予定通りにさせていただいた。
 切符は手に入ったので、少し腹拵(こしら)えする事にしました。最初に、第1ターミナルの2階食堂を覗きましたが、客がいなく、閑散としていましたので、こちらは敬遠しました。昨日の第2ターミナルの店を覗きましたが、今日は閉まっていました。それで仕方無く、第1ターミナルの軽食の店に入りました。インスタント食品だけであり、カップにお湯を注いでくれるだけで、味気ありませんでした。
 その後も大分待ち時間がありました。待合室で隣に腰掛けたまだ若い夫婦連れのうち、女性の方(かた)が、

 「日本の方ですか?今日本語の勉強をしています」

 と、話し掛けてきました。中々綺麗な発音をされていましたが、

 「まだ、それ程長くは勉強していません。ラジオ放送と少しお金を払って講座にも通っています」

 いつものことながら、英語や日本語にしろ、韓国の人の語学力には感心させられます。日本と違って、母音が豊富な言語が母国語のためでしょうか?あるいは、熱心さが違うためだでしょうか?

 「できるだけ近いうちに日本に行きたいのですが、一番安い方法や、どちらへ行くのがいいですか?」

 その質問には、

 「フェリーで博多か下関に渡るのが一番いいですよ。値段もそんなに高くないはずです」

 「物価は高いですか?」

 「日本の物価は、韓国の平均2倍以上します。もっと高くつくのもあります」

 プサンに住んでいるというお二人は、奥さんのほうは中国語が話せるようでした。何となく中国風の顔立ちで、相当の美人でした。
 時間ぎりぎりまで、質問が続きましたが、できるだけ丁寧に、お答えしておきました。仁川行きの方の改札時間が迫りましたので、

 「是非、日本にいらしてください」

 と、最後の挨拶を交わし、お別れしました。

<フェリーでの宴会>
 待合室での状況から想像したように、フェリーの客室はガラガラでした。定員が601名と記載してありましたが、20名も乗っていなかったでしょう。
 私達も、22名の定員の2等船室に、二人だけで席を占める事ができました。昨年の関釜フェリーの、一人当たり60cmとは大違いです。2等船室にしたのも大正解でした。
 この2等船室の定員200人以上のスペースに乗ったのは7、8人だけでした。これだけ閑散としていますと、ばらばらに過ごしているのも不自然です。夜は十分に長いし、15時間余りの船旅です。
 話は余りスムーズには通じませんでしたが、少しお酒が入った後は、それとなく1箇所に集まって、一緒に飲もうと言う事になりました。最初に声を掛けてくれたのは、サッカーで足を傷めたといって、松葉杖をついていた一人旅の人でした。言葉はスムーズに通じませんでしたが、お互いに。身振りで補足しました。一番多いグループでも3人でした。

 「済州島でアパートの電気工事があり、それを終わったので、 仁川に帰るところです」

 と、聞きました。

 「それなら、電気の同業者だ」

 と、話が一段と盛り上がりました。

 「乾杯!」

 の声がかかると、焼酎を飲み干さなくてはいけません。要領が分かりましたので、乾杯を考えて少しだけついで貰う事にしました。

 「済州島の焼酎は甘すぎる。焼酎は真正ジンロ(チャムイスル)に限ります」

 残りが少なくなると、一番若い人が売店まで行って、また新しいジンロ焼酎と、饅頭を買ってきました。その内、

 「何か歌を歌いましょう」

 手拍子で歌いましたが、周りに人もいないので、迷惑をかける事もありません。お開きになったのは0時過ぎでした。思わぬ楽しい船旅となりました。


  済州市から西帰浦へ向かうバスにて
 黒き雲千切れて春の山越ゆる

 緩斜面山へと続く春並木

 石垣の畑モザイクに春野菜

 火山島今静かなり八重桜

 山の裾牡丹桜の此処かしこ

 若緑野に萌え枝の先に萌え

 霞立つ山懐の静まりぬ

 若草や山の牧場に人を見ず

 幹黒き山毛欅の林に春遅し

  済州市から仁川港へ向かうフェリーにて
 春の風頬に冷たき夜の船

 車座で片言交わす春の旅

 底見せて乾杯幾度春の夜

 韓焼酎酔いも深まる春の海

 遠霞今一度の朝寝入り

同行者
友人
交通手段
鉄道 高速・路線バス 観光バス タクシー
  • 待合室に飾ってあった潜水艦模型です。岸壁ぎりぎりに潜水しますので、ガードパイプで全体を囲ってありました。

    待合室に飾ってあった潜水艦模型です。岸壁ぎりぎりに潜水しますので、ガードパイプで全体を囲ってありました。

  • 撮った写真を基に作られた潜水記念カードです。要らなくても写真を撮ってくれます。ご丁寧に2枚撮られました。

    撮った写真を基に作られた潜水記念カードです。要らなくても写真を撮ってくれます。ご丁寧に2枚撮られました。

  • 11時半過の観光グループのチェックインです。泉水観光の予約を取っていいませんでしたから、この組の後になりました。

    11時半過の観光グループのチェックインです。泉水観光の予約を取っていいませんでしたから、この組の後になりました。

  • 待合室に展示してあった厚さ20cmはあるような潜水艦の窓ガラス(奥)とバッテリー(手前)です。

    待合室に展示してあった厚さ20cmはあるような潜水艦の窓ガラス(奥)とバッテリー(手前)です。

  • いよいよ乗船です。お子さん連れの方は、地元の人のようです。潜水艦の位置までは別の船で送ってくれました。

    いよいよ乗船です。お子さん連れの方は、地元の人のようです。潜水艦の位置までは別の船で送ってくれました。

  • 潜水艦が待つ島まで到着しました。この場所で、浮きドックを中間に使って、潜水艦に乗り移ることになります。

    潜水艦が待つ島まで到着しました。この場所で、浮きドックを中間に使って、潜水艦に乗り移ることになります。

  • 潜水艦に乗る前に、前の組が浮上するところを見学させてもらいました。ちょっとした緊張感もありました。

    潜水艦に乗る前に、前の組が浮上するところを見学させてもらいました。ちょっとした緊張感もありました。

  • この島の岸壁に沿って潜水観光を楽しみました。磯釣にも格好の場所のように見えました。何しろ魚のすごい大群でした。

    この島の岸壁に沿って潜水観光を楽しみました。磯釣にも格好の場所のように見えました。何しろ魚のすごい大群でした。

  • ハッチを開けて、ここが降り口です。慎重に降りないと、かなりの深さがあります。先に村井さんから下りていきました。

    ハッチを開けて、ここが降り口です。慎重に降りないと、かなりの深さがあります。先に村井さんから下りていきました。

  • ハッチから降りてきた赤い服の人です。潜水艦の左右には1m間隔くらいに覗き窓が付いていました。

    ハッチから降りてきた赤い服の人です。潜水艦の左右には1m間隔くらいに覗き窓が付いていました。

  • 操舵室の様子です。一番前に席が取れましたので、左右の窓からと前方のウォッチングを存分に楽しめました。

    操舵室の様子です。一番前に席が取れましたので、左右の窓からと前方のウォッチングを存分に楽しめました。

  • 乗務員さんが日本語で魚の名前を教えてくれましたが、全部は理解できませんでした。これらは鯛の一種のようです。

    乗務員さんが日本語で魚の名前を教えてくれましたが、全部は理解できませんでした。これらは鯛の一種のようです。

  • 乗務員さんが撮ってくれた写真です。フラッシュをオフにしたままでした。この本に収める際、パソコン処理して、大分明るくしました。

    乗務員さんが撮ってくれた写真です。フラッシュをオフにしたままでした。この本に収める際、パソコン処理して、大分明るくしました。

  • 時々、窓際に石鯛や細長い魚がやってきました。お腹が減った魚は、窓の苔をつついたり、気の強い魚は、横目で睨んで行きました。

    時々、窓際に石鯛や細長い魚がやってきました。お腹が減った魚は、窓の苔をつついたり、気の強い魚は、横目で睨んで行きました。

  • 珊瑚が生えた場所で、ライトアップしてくれました。その瞬間、神秘的な美しさが眼前に広がり、皆さんから歓声が上がりました。

    珊瑚が生えた場所で、ライトアップしてくれました。その瞬間、神秘的な美しさが眼前に広がり、皆さんから歓声が上がりました。

  • フラッシュを焚いてもう一度撮影です。Muさんの顔がはっきり映りました。珊瑚の群生地辺りを通過中で、水深は最高30m少しです。

    フラッシュを焚いてもう一度撮影です。Muさんの顔がはっきり映りました。珊瑚の群生地辺りを通過中で、水深は最高30m少しです。

  • この写真ではイメージが沸きにくいですが、浮上する時の光景は見所でした。空気泡が輝いて、実に綺麗でした。

    この写真ではイメージが沸きにくいですが、浮上する時の光景は見所でした。空気泡が輝いて、実に綺麗でした。

  • 西帰浦の港は、済州市の丁度反対側、島南の中央位置になります。高台から見下ろした港方面の景色です。

    西帰浦の港は、済州市の丁度反対側、島南の中央位置になります。高台から見下ろした港方面の景色です。

  • 潜水艦観光の後、埠頭の方向を振り返ったところです。雨は上がったものの、太陽を見る事はありませんでした。

    潜水艦観光の後、埠頭の方向を振り返ったところです。雨は上がったものの、太陽を見る事はありませんでした。

  • 通りから公園に続く道です。僅かなスペースを有効に使って、観光地のイメージアップを図っていました。

    通りから公園に続く道です。僅かなスペースを有効に使って、観光地のイメージアップを図っていました。

  • 市外バスターミナルから港へは、歩いて行きました。この通りから南に降りると、直ぐに海になります。

    市外バスターミナルから港へは、歩いて行きました。この通りから南に降りると、直ぐに海になります。

  • 601名定員のカーフェリーなのに、実際に乗った人は20名弱でした。全くの貸し切り状態でした。前を歩いている人達がその全員です。

    601名定員のカーフェリーなのに、実際に乗った人は20名弱でした。全くの貸し切り状態でした。前を歩いている人達がその全員です。

  • ガラガラの2等船室でしたから、皆が集まって飲もうと言うことになりました。全員と言っても10名に足らない人数です。

    ガラガラの2等船室でしたから、皆が集まって飲もうと言うことになりました。全員と言っても10名に足らない人数です。

  • 船の中で知り合った韓国の人達と記念撮影です。電気工事の仕事で済州島に行かれた人達が、仁川に帰られるところでした。

    船の中で知り合った韓国の人達と記念撮影です。電気工事の仕事で済州島に行かれた人達が、仁川に帰られるところでした。

  • 次々に焼酎や餃子風の饅頭を買って来てくれた人達です。歌ったり、話が弾んだりで、12時過ぎまで大宴会になりました。

    次々に焼酎や餃子風の饅頭を買って来てくれた人達です。歌ったり、話が弾んだりで、12時過ぎまで大宴会になりました。

  • 15時間余りの船旅を終えて、いよいよ仁川に上陸です。向こう岸に、建設中の発電所と鉄塔が見えてきました。

    15時間余りの船旅を終えて、いよいよ仁川に上陸です。向こう岸に、建設中の発電所と鉄塔が見えてきました。

  • 済州島から仁川へ向かうフェリーの船尾です。飛行機で飛べば1時間とはかかりませんが、14時間ほどの船旅を楽しみました。

    済州島から仁川へ向かうフェリーの船尾です。飛行機で飛べば1時間とはかかりませんが、14時間ほどの船旅を楽しみました。

  • 北海道から旅行にきた娘さん達との記念撮影です。話を聞きましたら、かなり向こう見ずな冒険旅行でした。

    北海道から旅行にきた娘さん達との記念撮影です。話を聞きましたら、かなり向こう見ずな冒険旅行でした。

  • フェリーの接岸の瞬間です。タグボートとの連係で、ロープを巻き上げたり、緩めたりして、ゆっくりと接岸されました。

    フェリーの接岸の瞬間です。タグボートとの連係で、ロープを巻き上げたり、緩めたりして、ゆっくりと接岸されました。

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