済州島 チェジュ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<2001年4月30日(月)><br /><br /><朝食><br /> 毎度のことながら、韓国では「夜は遅く、朝も遅い』感じで回ります。それで、早朝と言っても8時過ぎのことです。この時間に朝食の店を探すのが、なかなか骨が折れる仕事です。<br /> この日の朝も、その例に漏れませんでした。開いている店に入りましたら、準備中だったり、大変です。大分探し回って、やっとスンドウプの店を探し出しました。その店は、宿から南に下った所にありました。<br /> このスンドウプ、値段は3000ウォンでした。このあとにも感じたのですが、少しデフレ傾向、一時期と比べ、値段が下がったようです。韓国は、3、4年前、IMFの管理下に置かれ、最悪の時期は脱したものの、未だ完全には経済不況から脱していません。デフレ傾向については、日本と同じかも知れません。<br /><br /><KALの事務所で><br /> 今日も朝から雨が降っていました。まず最初の仕事は、航空券の購入と、昨年購入したが使っていない、束草(ソクチョ)からソウルまでの切符の払い戻しか、切替です。<br /> KALのカウンターには手が空いた人が3人ほどいました。日本人と分かりますと、お互いに譲り合って、一番若そうな女性の方が対応してくれることになりました。しかし、色々とややこしい相談をしたので、結局はベテランの人も呼んできて、3、4人がかりとなりました。<br /> 交渉した順番は異なっていますが、束草からソウルの払い戻しの件を最初に説明します。<br /> 「払い戻しは、日本での手続が必要です」<br /> と、言われましたが、<br /> 「日本のKAL事務所に行きましたが、チケットを買った韓国で払い戻しをして下さいと言われました。一体どっちが本当ですか?」<br /> と、食い下がっても、問題は解決しませんでした。そこで、<br /> 「この分をプサンー済州島に切替ができないですか?」<br /> と、持ちかけたところ、<br /> 「それなら出来ます。差額は***ウォンです」<br /> と、言って、若い人は、すぐに金額を提示してくれました。しかし、この件も簡単にはいきませんでした。ソクチョーソウル間、プサンーチェジュド間とも、飛行料金が変更になっていたからです。<br /> しかし、日本語も上手いベテランの女性、と言っても未だ十分に若い女性ですが、その清算額をチェックして、<br /> 「申し訳ありません。料金が変わっていますので、もう***ウォン払って下さい」<br /> と、流ちょうな日本語で説明をしてくれました。こちらも、大体の様子が読めていましたので、その金額をすぐに支払って、この件は決着しました。<br /> ただし、預かってきたUsさんのチケットだけは、払い戻しの手だては見つかりませんでした。別の機会に、切替えて使用するしか、方法がないようです。<br /> 次は、ソウルー名古屋間と名古屋ープサン間のチケット購入です。日本を出た時には、名古屋ープサン間の片道切符かありませんでしたので、次回の分を含めて、往復切符を買いました。<br /> このこと自体は問題ないのですが、Muさんの話では、エコノミークラスのチケットでは、予約に難色を示され、ビジネスクラスでないとダメなような規程がありそうだとのことでした。このことを、ベテランの女性の方に確認しましたら、<br /> 「予約番号が有ればいいので、ビジネスクラスでなくてもいいです」<br /> との回答でした。それで、今回もエコノミークラスで、往復チケットにしました。その箇所の説明文書を何度読み返しても、なかなか判断が付きかねる部分です。推測としては、エコノミークラスの直前でのキャンセル対策のように思えました。<br /> また、プサンーチェジュド間、日本との往復チケットは買ったものの、チェジュドーソウル間は、他にフェリーという方法がありましたので、購入しませんでした。<br /> 色々とややこしい交渉をしましたので、結構時間が掛かりました。しかし、他にお客さんも来ていませんでしたから、KALさんの業務に、支障は与えなかったようです。<br /> 前回、KALの事務所でチケットを買った時、ウォンでなければ現金での支払が出来なかったことを覚えていましたので、近くの銀行で6万円を両替しておきました。リムジンバスで金海空港までの料金が4500ウォンでしたから、全ての支払が、両替した範囲で十分に間に合いました。<br /><br /><釜山から済州島へ><br /> 初めて済州島に旅行した時は、プサン港から夜行フェリーでした。それで、国内線を使っての移動は初めてです。待合室は広くはありませんでした。しかし、済州島の民家の縮小モデルや、絵画が沢山飾ってあり、待合いの時間を退屈せずに済みました。観光のメインルートのためか、気を遣っていることが感じられました。<br /> 絵画は具象画が多くありましたが、現代アート的な雰囲気の絵も混じっていました。強いライトで、上部から照らしてありましたし、撮影禁止の表示も無かったので、順番に写していました。 ところが、乗務員待合室のような所のドアの横での撮影の際に、そのドアから出てきたスチュワーデスさんに、撮影禁止のような身振りをされたので、写すのはそこで諦めました。<br /><br /><済州空港の総合案内所><br /> 済州市での宿探しは、空港内の総合案内所に相談することにしました。最初、宿探しを頼みましたら、<br /> 「いいホテルは満室で、ほとんど空いていません」<br /> と言って、1泊10万ウォン以上の宿を紹介されそうになりました。そこで、<br /> 「2、3万ウォンの旅館でいいですよ」<br /> と、こちらの希望を言いましたら、<br /> 「それならいくらでもあります」<br /> との返事が返ってきました。それで、港に近い方を希望しますと、<br /> 「オリエンタルホテルの近くです。1泊2万5千ウォンの、このホテルです」<br /> と、渡してくれた宿の名刺には、ハングルでモアホテルと書いてありました。場所を念のために確認しますと、<br /> 「オリエンタルホテルの北の、この付近です。此処からタクシーに乗って行って下さい」<br /> と、オリエンタルホテルの北側、海に近い方を指し示してくれました。<br /><br /><モアホテルを探して><br /> タクシーと言われても素直に従わないのが、今回のメンバーです。バスで近くまで行き、宿探しをすることにしました。<br /> オリエンタルホテルの名前には聞き覚えがありましたし、ガイドさんが指さしで教えてくれた場所も、その記憶通りでした。韓国の方ばかりの観光バスに2日間お世話になった時、2日目にバスを待ち合わせた場所だったからです。その時、観光バスに一番乗りで、まだガイドさんも乗っていませんでした。<br /> バスは、少し大回りをしましたが、途中、見覚えのある場所も通って、チェジュド北部中央付近の三叉路付近に近づきました。右に曲がってしまうと目的地からは離れてしまうので、その手前で降りました。<br /> 三叉路交差点を右方向、東へ行けば済州港であり、左である西に行けばオリエンタルホテル方面です。広いメインストリートにも見覚えがありましたし、オリエンタルホテルの北向かいのデパートもすぐに思い出しました。<br /> その見覚えは、春子オバサンの民宿に泊めてもらったときの記憶です。2、3年ほど間のことですから、まだ最近のことです。プサンから夜行フェリーで済州港に降り立った時、春子オバサンが<br /> 「日本の旅行誌に出ていた、春子オバサンの宿は私の所です」<br /> 「車で案内しますから、乗って下さい」<br /> と、勧めてくれました。その、春子オバサンの宿も、東西のメインストリートから南に1、2本入った所だと記憶しています。石作りの長屋風の建物の一角で、2、3段の石段を上がって真ん中が通路になっていました。その通路は、南北に通じていて、どちらからも宿に入ることが出来ました。とにかく安い値段でした。<br /> <br /><モアホテルはどこ?><br /> ところが、それから先の宿探しが大変でした。空港のガイドさんが指さしで教えてくれた方向は海岸まで近く、とてもこの一帯に旅館があるとは思えませんでした。<br /> 一応は探したものの、予想通りモエホテルはありませんでした。名刺の住所から言えば、このオリエンタルホテル近くに間違いありませんので、ホテル付近を1周して、隈無く探しました。残念なことに、住所と電話番号は書いてあるものの、肝心の地図がありませんでした。<br /> 途中、何度もMuさんが近くの人に尋ねてくれたものの、一向に目的のホテルは見つかりません。それでも、名刺に書いてある案内では、オリエンタルホテルの南方向らしいといいます。又、その方向で道を尋ねましたら、やっと、モアホテルの位置が分かりました。教えてくれたのは、若いビジネスウーマンらしき人でした。<br /> 確かに、オリエンタルホテルの西側をまっすぐ南に下りた所ですが、4、500mは離れていました。教えてもらった場所からも、まだ距離がありましたが、今度は通行中の女子高校生らしき人が、<br /> 「どこかお探しですか?」<br /> と、向こうから、親切に声をかけてくれました。<br /> 「有り難うございます。今、ホテルを教えてもらいましたので、分かりました」<br /> と、モアホテルの方向を指さしてお礼を言いました。さんざん苦労をしましたが、最後はすんなりと目的のホテルにたどり着けました。<br /><br /><済州フェリーターミナル><br /> 宿に荷物を置いた後、国内フェリーターミナルに向かうことにしました。宿から歩いても行ける距離です。海岸近くに出て、東に向かいました。<br /> 日本を出発前に、済州島からソウル方面までは、国内航空便を予約してありました。仁川に新しい国際空港出来てから、金浦(キンポ)空港が、国内線専用になりましたので、ここまでの間です。<br /> しかし、仁川までは済州港からフェリーが出ていますので、夜行フェリーで船旅を楽しむ方法に、二人の意見が合いました。そうすれば、初めて海からの仁川広域市への訪問です。<br /> 空路と海路の比較になりましたが、問題は波浪の見通しです。春一番という強さではありませんが、結構、強い風が吹いていました。島全体に強風が付き物かも知れませんが、少し心配な風況でした。昨年のウルルンドへの船旅のこともありますし、海路の判断は難しいものです。<br /> しかし、ウルルンドの時と違って、余り沖合遠くには航行しないだろうと割り切って、船旅にしました。<br /> それで、時刻表などの下調べのために、国内線フェリーターミナルまで出かけることにしました。ターミナルの建物自体は開放されていましたが、今日の最終便が出た後らしく、閑散としていました。それでも、予約なしで、翌日の夕方17時頃までにターミナルに来れば、乗船できることが確認できましたので、ここで、遅い昼食を摂ることとしました。<br /> 明日乗船する予定の第1ターミナルには、売店と軽食の店がありました。しかし、何となく美味しそうでなかったので、第2ターミナルまで移動して、こちらで昼食を摂りました。歩いて、30秒と言った距離です。<br /> この店で、うどん、キンパップ、おでんなどを期待しましたが、残念ながら、インスタント麺しか置いてありませんでした。アジュマが一人で切り盛りしていました。しかし、カップにお湯を加えるだけでなく、ちゃんと金属製の器にスープを造って、生卵も使ってありました。つまみにキムチをもらって、缶ビールも頼みました。<br /> 「コーヒーを出しましょう。私のサービスです。でも、セルフサービスですよ」<br /> と、簡単な英語で説明しながら、インスタントコーヒーの瓶と砂糖、クリームを出してくれました。カップにインスタントコーヒーをセットしましたら、黙ってお湯を注いでくれました。旅先で、こんな親切に巡り会うと、本当に有り難いものです。心からカムサハムニダ。<br /><br /><市外バスターミナル><br /> 明日は、ハンナサンへの登山か、西帰浦の潜水艦観光をしようと計画していましたので、最初に市外バスターミナルに向かうことにしました。それには、市内バスを使いました。空港からの大回り経路を通ったことで、大体の地形は読めていましたし、前回の旅行で記憶が残っている場所もありました。<br /> バスは、降りるタイミングが難しく、余程知った路線でなければ、気が抜けません。市外バスターミナルの降り場所にも気を遣いましたが、間違いなく、その前で降りることができました。<br /> 済州市から西帰浦(ソキポ)までは5、6ルートあります。その内2ルートは、ハンナサンの麓か中腹辺りを通って、ほぼ真っ直ぐのコースです。<br /> そのルートの途中に、登山道の上り口があると言います。今回は、先ずはそのルートを使用する事にしました。 近道コースなので、いずれも1時間ほどだと分かりました。 <br /> それ以外のコースでは、西海岸周りと、東海岸周りのコースがあり、こちらは3時間以上かかるようです。前回の2日間のバスツアーでも通ったコースです。運賃も大分こちらのほうが高くなっています。その他に中間コース的なものもあり、牧場で乗馬体験をすることができます。乗馬体験はしなかったものの、このコースも前回経験済みでした。<br /> 市外バスについては、何も問題がなかったので、余った時間は市内見物に当てる事としました。<br /><br /><三姓穴と自然史博物館><br /> 市外バスターミナルに近い名所旧跡では、まず三姓穴がります。歩いて直ぐの距離です。済州島民族自然史博物館という長い名前をもった博物館も、その隣なので、併せて見学する事としました。残念ながら、デジカメのメモリーが切れてしまいました。予備をリュックに入れたままでしたから、写真を撮る事はできませんでした。<br /> 三姓穴は、高氏の祖先などが発祥した地と伝説に伝えられる3つの穴が囲いの中に残っているだけです。しかし、島民にとっては、一番の聖地であるようです。今でも、同じ姓の人達が結集していると聞きました。ヤンバン(韓国貴族)の流れです。<br /> この場所も2回目ですが、私にとっては、散策に最も適した環境でした。夕刻、閉門が近く、とにかく境内は静かでした。廟堂の前門にお線香がありましたので、少しだけお賽銭を出して、1本上げさせて頂きました。<br /> そこには、若い人が読書しながら、廟堂をお守りしていました。僧籍の人ではなく、アルバイトと思われる若い女性でした。その廟堂には、遠くから眺めただけですが、三姓に因む人形が飾ってありました。<br /> 自然史博物館のほうは、もう閉館ではないかと危ぶみましたが、表示を見ますと、まだ30分余り時間がありました。<br /> この時間でも結構人出がありました。取り残されないように一緒に周りました。この自然史博物館も2回目です。済州市の歴史や文化、自然が紹介されています。<br /> 歴史では、島を追い出される倭人(日本人)などの人形模型もあり、民族教育の徹底が偲ばれました。島の動物や、特に海の珍しい生物が数多く展示されています。韓国各地にある教育施設として、小学生や、中学生などの修学旅行コースにもなっているようです。<br /><br /><帰り道><br /> 往きはバスでしたが、帰りは歩く事にしました。済州島は、真中に一番高い山がそびえるサツマイモの格好をした島なので、海岸方向へは大体下り坂です。下り坂と、高をくくったものの、歩いてみると結構な距離があり、骨が折れました。<br /> 途中、川沿いと言うより、河川敷そのもので大規模な土木工事を行っていました。その延長線上では、河川敷の上に大駐車場があり、その下は車道や、人道になっていました。どうやら、これと一連の工事であるようでした。<br /> 大分下って、大きな交差点に差し掛かった時、地下道でなければ横断できなかったので、階段を下りることとしました。<br />そこには、意外と大きな地下街が展開していました。 地下鉄が走っているわけではなく、想像外でしたから、意外な思いがしました。ただ、三叉路風のところや、少しややこしい地下構造でしたから、最初に想定した出口を間違えてしまいました。<br /><br /><夕食、テジカルビ><br /> 港の鮮魚店街は、極端に客が少ない状態でした。泳いでいる魚の値段を聞いてみますと、べらぼうに高く、石鯛1匹が20万ウォンクラスです。何となく、泳いでいる魚もくたびれているようでした。店の悪循環の様を見る思いがしました。安いオジンノでも泳いでいないかと探しましたが、大きなイカはいるものの、刺身に手頃な大きさの魚は、皆無でした。<br /> 何となく、港の鮮魚店街はさびれている感じが付きまといました。こんな時は、食事をしてもがっかりする事が多くあります。これは今までの経験則からの判断です。<br /> それで、今日は魚を諦めることとし、カルビの店に的を絞りました。ところが、焼き肉の店は沢山あったものの、牛の骨付きカルビの店がなかなか見つかりませんでした。店の看板絵と文字が、豚と鳥ばかりでした。<br /> 結局、飲食店街を2周りほどして、お客が混んでいて、流行っていような店に的を絞りました。ガラス窓越に、中がよく見える店でした。その店は、かなり混んでいるものの、まだ席が空いていました。その豚カルビ、テジカルビの店にはいることにしました。タイミング良く、店のママらしき人が声を掛けてくれましたので、店の前で躊躇する間もありません。<br /> この店のテジカルビは、大きな石焼き鍋を使っていました。1カ所小さな穴が空いており、そちら側を少し低くして、余分な油を排出していました。野菜もたっぷり出してくれて、最後は、唐辛子風味の焼き飯まで作ってくれました。これが、この店のコース料理のようです。ボリュームたっぷりで、味付けも満足しました。<br /> ビールと焼酎を飲んで、一人当たり千円と一寸でした。やはり、流行っている店を選ぶものです。途中、覗いた店では、全く客がいないか、まばらな店もありました。この選定基準は、最初に村井さんが提案したものであり、私も直ぐに賛成した店探し基準です。この基準は、これからも使えそうです。<br /><br /><br />  済州島へ向かう機内にて<br /> 春陽や雲の上より雲照らし<br /><br /> 立つ霞短き空の旅惜しむ<br /><br />  済州に降り立って<br /> 折傘を畳みて若葉の下を行く<br /><br /> ピバリとは海女のことなり済州言葉<br /><br /> 背伸する暑さよ鉢の菫花<br /><br />  済州市の市場にて<br /> 春野菜夜の市待つ路地の端<br /><br />  済州市の三姓穴観光にて<br /> 香立てて異国の寺に参る春<br /><br /> 春落葉掃清めたる寺静か<br /><br /> 黄海老根は自生か手植えか古木下<br /><br /> 満天星の花や閉門近き寺<br /><br />  済州市内にて<br /> 落椿街路に続く石畳<br /><br />  済州市の埠頭で<br /> 市終えて帰りの人か苗蜜柑

2001春、韓国紀行8(3):4月30日:釜山から韓国・国内便でチェジュドへ、チェジュでの宿探し

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2001/04/29 - 2001/05/03

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<2001年4月30日(月)>

<朝食>
 毎度のことながら、韓国では「夜は遅く、朝も遅い』感じで回ります。それで、早朝と言っても8時過ぎのことです。この時間に朝食の店を探すのが、なかなか骨が折れる仕事です。
 この日の朝も、その例に漏れませんでした。開いている店に入りましたら、準備中だったり、大変です。大分探し回って、やっとスンドウプの店を探し出しました。その店は、宿から南に下った所にありました。
 このスンドウプ、値段は3000ウォンでした。このあとにも感じたのですが、少しデフレ傾向、一時期と比べ、値段が下がったようです。韓国は、3、4年前、IMFの管理下に置かれ、最悪の時期は脱したものの、未だ完全には経済不況から脱していません。デフレ傾向については、日本と同じかも知れません。

<KALの事務所で>
 今日も朝から雨が降っていました。まず最初の仕事は、航空券の購入と、昨年購入したが使っていない、束草(ソクチョ)からソウルまでの切符の払い戻しか、切替です。
 KALのカウンターには手が空いた人が3人ほどいました。日本人と分かりますと、お互いに譲り合って、一番若そうな女性の方が対応してくれることになりました。しかし、色々とややこしい相談をしたので、結局はベテランの人も呼んできて、3、4人がかりとなりました。
 交渉した順番は異なっていますが、束草からソウルの払い戻しの件を最初に説明します。
 「払い戻しは、日本での手続が必要です」
 と、言われましたが、
 「日本のKAL事務所に行きましたが、チケットを買った韓国で払い戻しをして下さいと言われました。一体どっちが本当ですか?」
 と、食い下がっても、問題は解決しませんでした。そこで、
 「この分をプサンー済州島に切替ができないですか?」
 と、持ちかけたところ、
 「それなら出来ます。差額は***ウォンです」
 と、言って、若い人は、すぐに金額を提示してくれました。しかし、この件も簡単にはいきませんでした。ソクチョーソウル間、プサンーチェジュド間とも、飛行料金が変更になっていたからです。
 しかし、日本語も上手いベテランの女性、と言っても未だ十分に若い女性ですが、その清算額をチェックして、
 「申し訳ありません。料金が変わっていますので、もう***ウォン払って下さい」
 と、流ちょうな日本語で説明をしてくれました。こちらも、大体の様子が読めていましたので、その金額をすぐに支払って、この件は決着しました。
 ただし、預かってきたUsさんのチケットだけは、払い戻しの手だては見つかりませんでした。別の機会に、切替えて使用するしか、方法がないようです。
 次は、ソウルー名古屋間と名古屋ープサン間のチケット購入です。日本を出た時には、名古屋ープサン間の片道切符かありませんでしたので、次回の分を含めて、往復切符を買いました。
 このこと自体は問題ないのですが、Muさんの話では、エコノミークラスのチケットでは、予約に難色を示され、ビジネスクラスでないとダメなような規程がありそうだとのことでした。このことを、ベテランの女性の方に確認しましたら、
 「予約番号が有ればいいので、ビジネスクラスでなくてもいいです」
 との回答でした。それで、今回もエコノミークラスで、往復チケットにしました。その箇所の説明文書を何度読み返しても、なかなか判断が付きかねる部分です。推測としては、エコノミークラスの直前でのキャンセル対策のように思えました。
 また、プサンーチェジュド間、日本との往復チケットは買ったものの、チェジュドーソウル間は、他にフェリーという方法がありましたので、購入しませんでした。
 色々とややこしい交渉をしましたので、結構時間が掛かりました。しかし、他にお客さんも来ていませんでしたから、KALさんの業務に、支障は与えなかったようです。
 前回、KALの事務所でチケットを買った時、ウォンでなければ現金での支払が出来なかったことを覚えていましたので、近くの銀行で6万円を両替しておきました。リムジンバスで金海空港までの料金が4500ウォンでしたから、全ての支払が、両替した範囲で十分に間に合いました。

<釜山から済州島へ>
 初めて済州島に旅行した時は、プサン港から夜行フェリーでした。それで、国内線を使っての移動は初めてです。待合室は広くはありませんでした。しかし、済州島の民家の縮小モデルや、絵画が沢山飾ってあり、待合いの時間を退屈せずに済みました。観光のメインルートのためか、気を遣っていることが感じられました。
 絵画は具象画が多くありましたが、現代アート的な雰囲気の絵も混じっていました。強いライトで、上部から照らしてありましたし、撮影禁止の表示も無かったので、順番に写していました。 ところが、乗務員待合室のような所のドアの横での撮影の際に、そのドアから出てきたスチュワーデスさんに、撮影禁止のような身振りをされたので、写すのはそこで諦めました。

<済州空港の総合案内所>
 済州市での宿探しは、空港内の総合案内所に相談することにしました。最初、宿探しを頼みましたら、
 「いいホテルは満室で、ほとんど空いていません」
 と言って、1泊10万ウォン以上の宿を紹介されそうになりました。そこで、
 「2、3万ウォンの旅館でいいですよ」
 と、こちらの希望を言いましたら、
 「それならいくらでもあります」
 との返事が返ってきました。それで、港に近い方を希望しますと、
 「オリエンタルホテルの近くです。1泊2万5千ウォンの、このホテルです」
 と、渡してくれた宿の名刺には、ハングルでモアホテルと書いてありました。場所を念のために確認しますと、
 「オリエンタルホテルの北の、この付近です。此処からタクシーに乗って行って下さい」
 と、オリエンタルホテルの北側、海に近い方を指し示してくれました。

<モアホテルを探して>
 タクシーと言われても素直に従わないのが、今回のメンバーです。バスで近くまで行き、宿探しをすることにしました。
 オリエンタルホテルの名前には聞き覚えがありましたし、ガイドさんが指さしで教えてくれた場所も、その記憶通りでした。韓国の方ばかりの観光バスに2日間お世話になった時、2日目にバスを待ち合わせた場所だったからです。その時、観光バスに一番乗りで、まだガイドさんも乗っていませんでした。
 バスは、少し大回りをしましたが、途中、見覚えのある場所も通って、チェジュド北部中央付近の三叉路付近に近づきました。右に曲がってしまうと目的地からは離れてしまうので、その手前で降りました。
 三叉路交差点を右方向、東へ行けば済州港であり、左である西に行けばオリエンタルホテル方面です。広いメインストリートにも見覚えがありましたし、オリエンタルホテルの北向かいのデパートもすぐに思い出しました。
 その見覚えは、春子オバサンの民宿に泊めてもらったときの記憶です。2、3年ほど間のことですから、まだ最近のことです。プサンから夜行フェリーで済州港に降り立った時、春子オバサンが
 「日本の旅行誌に出ていた、春子オバサンの宿は私の所です」
 「車で案内しますから、乗って下さい」
 と、勧めてくれました。その、春子オバサンの宿も、東西のメインストリートから南に1、2本入った所だと記憶しています。石作りの長屋風の建物の一角で、2、3段の石段を上がって真ん中が通路になっていました。その通路は、南北に通じていて、どちらからも宿に入ることが出来ました。とにかく安い値段でした。
 
<モアホテルはどこ?>
 ところが、それから先の宿探しが大変でした。空港のガイドさんが指さしで教えてくれた方向は海岸まで近く、とてもこの一帯に旅館があるとは思えませんでした。
 一応は探したものの、予想通りモエホテルはありませんでした。名刺の住所から言えば、このオリエンタルホテル近くに間違いありませんので、ホテル付近を1周して、隈無く探しました。残念なことに、住所と電話番号は書いてあるものの、肝心の地図がありませんでした。
 途中、何度もMuさんが近くの人に尋ねてくれたものの、一向に目的のホテルは見つかりません。それでも、名刺に書いてある案内では、オリエンタルホテルの南方向らしいといいます。又、その方向で道を尋ねましたら、やっと、モアホテルの位置が分かりました。教えてくれたのは、若いビジネスウーマンらしき人でした。
 確かに、オリエンタルホテルの西側をまっすぐ南に下りた所ですが、4、500mは離れていました。教えてもらった場所からも、まだ距離がありましたが、今度は通行中の女子高校生らしき人が、
 「どこかお探しですか?」
 と、向こうから、親切に声をかけてくれました。
 「有り難うございます。今、ホテルを教えてもらいましたので、分かりました」
 と、モアホテルの方向を指さしてお礼を言いました。さんざん苦労をしましたが、最後はすんなりと目的のホテルにたどり着けました。

<済州フェリーターミナル>
 宿に荷物を置いた後、国内フェリーターミナルに向かうことにしました。宿から歩いても行ける距離です。海岸近くに出て、東に向かいました。
 日本を出発前に、済州島からソウル方面までは、国内航空便を予約してありました。仁川に新しい国際空港出来てから、金浦(キンポ)空港が、国内線専用になりましたので、ここまでの間です。
 しかし、仁川までは済州港からフェリーが出ていますので、夜行フェリーで船旅を楽しむ方法に、二人の意見が合いました。そうすれば、初めて海からの仁川広域市への訪問です。
 空路と海路の比較になりましたが、問題は波浪の見通しです。春一番という強さではありませんが、結構、強い風が吹いていました。島全体に強風が付き物かも知れませんが、少し心配な風況でした。昨年のウルルンドへの船旅のこともありますし、海路の判断は難しいものです。
 しかし、ウルルンドの時と違って、余り沖合遠くには航行しないだろうと割り切って、船旅にしました。
 それで、時刻表などの下調べのために、国内線フェリーターミナルまで出かけることにしました。ターミナルの建物自体は開放されていましたが、今日の最終便が出た後らしく、閑散としていました。それでも、予約なしで、翌日の夕方17時頃までにターミナルに来れば、乗船できることが確認できましたので、ここで、遅い昼食を摂ることとしました。
 明日乗船する予定の第1ターミナルには、売店と軽食の店がありました。しかし、何となく美味しそうでなかったので、第2ターミナルまで移動して、こちらで昼食を摂りました。歩いて、30秒と言った距離です。
 この店で、うどん、キンパップ、おでんなどを期待しましたが、残念ながら、インスタント麺しか置いてありませんでした。アジュマが一人で切り盛りしていました。しかし、カップにお湯を加えるだけでなく、ちゃんと金属製の器にスープを造って、生卵も使ってありました。つまみにキムチをもらって、缶ビールも頼みました。
 「コーヒーを出しましょう。私のサービスです。でも、セルフサービスですよ」
 と、簡単な英語で説明しながら、インスタントコーヒーの瓶と砂糖、クリームを出してくれました。カップにインスタントコーヒーをセットしましたら、黙ってお湯を注いでくれました。旅先で、こんな親切に巡り会うと、本当に有り難いものです。心からカムサハムニダ。

<市外バスターミナル>
 明日は、ハンナサンへの登山か、西帰浦の潜水艦観光をしようと計画していましたので、最初に市外バスターミナルに向かうことにしました。それには、市内バスを使いました。空港からの大回り経路を通ったことで、大体の地形は読めていましたし、前回の旅行で記憶が残っている場所もありました。
 バスは、降りるタイミングが難しく、余程知った路線でなければ、気が抜けません。市外バスターミナルの降り場所にも気を遣いましたが、間違いなく、その前で降りることができました。
 済州市から西帰浦(ソキポ)までは5、6ルートあります。その内2ルートは、ハンナサンの麓か中腹辺りを通って、ほぼ真っ直ぐのコースです。
 そのルートの途中に、登山道の上り口があると言います。今回は、先ずはそのルートを使用する事にしました。 近道コースなので、いずれも1時間ほどだと分かりました。 
 それ以外のコースでは、西海岸周りと、東海岸周りのコースがあり、こちらは3時間以上かかるようです。前回の2日間のバスツアーでも通ったコースです。運賃も大分こちらのほうが高くなっています。その他に中間コース的なものもあり、牧場で乗馬体験をすることができます。乗馬体験はしなかったものの、このコースも前回経験済みでした。
 市外バスについては、何も問題がなかったので、余った時間は市内見物に当てる事としました。

<三姓穴と自然史博物館>
 市外バスターミナルに近い名所旧跡では、まず三姓穴がります。歩いて直ぐの距離です。済州島民族自然史博物館という長い名前をもった博物館も、その隣なので、併せて見学する事としました。残念ながら、デジカメのメモリーが切れてしまいました。予備をリュックに入れたままでしたから、写真を撮る事はできませんでした。
 三姓穴は、高氏の祖先などが発祥した地と伝説に伝えられる3つの穴が囲いの中に残っているだけです。しかし、島民にとっては、一番の聖地であるようです。今でも、同じ姓の人達が結集していると聞きました。ヤンバン(韓国貴族)の流れです。
 この場所も2回目ですが、私にとっては、散策に最も適した環境でした。夕刻、閉門が近く、とにかく境内は静かでした。廟堂の前門にお線香がありましたので、少しだけお賽銭を出して、1本上げさせて頂きました。
 そこには、若い人が読書しながら、廟堂をお守りしていました。僧籍の人ではなく、アルバイトと思われる若い女性でした。その廟堂には、遠くから眺めただけですが、三姓に因む人形が飾ってありました。
 自然史博物館のほうは、もう閉館ではないかと危ぶみましたが、表示を見ますと、まだ30分余り時間がありました。
 この時間でも結構人出がありました。取り残されないように一緒に周りました。この自然史博物館も2回目です。済州市の歴史や文化、自然が紹介されています。
 歴史では、島を追い出される倭人(日本人)などの人形模型もあり、民族教育の徹底が偲ばれました。島の動物や、特に海の珍しい生物が数多く展示されています。韓国各地にある教育施設として、小学生や、中学生などの修学旅行コースにもなっているようです。

<帰り道>
 往きはバスでしたが、帰りは歩く事にしました。済州島は、真中に一番高い山がそびえるサツマイモの格好をした島なので、海岸方向へは大体下り坂です。下り坂と、高をくくったものの、歩いてみると結構な距離があり、骨が折れました。
 途中、川沿いと言うより、河川敷そのもので大規模な土木工事を行っていました。その延長線上では、河川敷の上に大駐車場があり、その下は車道や、人道になっていました。どうやら、これと一連の工事であるようでした。
 大分下って、大きな交差点に差し掛かった時、地下道でなければ横断できなかったので、階段を下りることとしました。
そこには、意外と大きな地下街が展開していました。 地下鉄が走っているわけではなく、想像外でしたから、意外な思いがしました。ただ、三叉路風のところや、少しややこしい地下構造でしたから、最初に想定した出口を間違えてしまいました。

<夕食、テジカルビ>
 港の鮮魚店街は、極端に客が少ない状態でした。泳いでいる魚の値段を聞いてみますと、べらぼうに高く、石鯛1匹が20万ウォンクラスです。何となく、泳いでいる魚もくたびれているようでした。店の悪循環の様を見る思いがしました。安いオジンノでも泳いでいないかと探しましたが、大きなイカはいるものの、刺身に手頃な大きさの魚は、皆無でした。
 何となく、港の鮮魚店街はさびれている感じが付きまといました。こんな時は、食事をしてもがっかりする事が多くあります。これは今までの経験則からの判断です。
 それで、今日は魚を諦めることとし、カルビの店に的を絞りました。ところが、焼き肉の店は沢山あったものの、牛の骨付きカルビの店がなかなか見つかりませんでした。店の看板絵と文字が、豚と鳥ばかりでした。
 結局、飲食店街を2周りほどして、お客が混んでいて、流行っていような店に的を絞りました。ガラス窓越に、中がよく見える店でした。その店は、かなり混んでいるものの、まだ席が空いていました。その豚カルビ、テジカルビの店にはいることにしました。タイミング良く、店のママらしき人が声を掛けてくれましたので、店の前で躊躇する間もありません。
 この店のテジカルビは、大きな石焼き鍋を使っていました。1カ所小さな穴が空いており、そちら側を少し低くして、余分な油を排出していました。野菜もたっぷり出してくれて、最後は、唐辛子風味の焼き飯まで作ってくれました。これが、この店のコース料理のようです。ボリュームたっぷりで、味付けも満足しました。
 ビールと焼酎を飲んで、一人当たり千円と一寸でした。やはり、流行っている店を選ぶものです。途中、覗いた店では、全く客がいないか、まばらな店もありました。この選定基準は、最初に村井さんが提案したものであり、私も直ぐに賛成した店探し基準です。この基準は、これからも使えそうです。


  済州島へ向かう機内にて
 春陽や雲の上より雲照らし

 立つ霞短き空の旅惜しむ

  済州に降り立って
 折傘を畳みて若葉の下を行く

 ピバリとは海女のことなり済州言葉

 背伸する暑さよ鉢の菫花

  済州市の市場にて
 春野菜夜の市待つ路地の端

  済州市の三姓穴観光にて
 香立てて異国の寺に参る春

 春落葉掃清めたる寺静か

 黄海老根は自生か手植えか古木下

 満天星の花や閉門近き寺

  済州市内にて
 落椿街路に続く石畳

  済州市の埠頭で
 市終えて帰りの人か苗蜜柑

同行者
友人
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー
  • 朝の定食、スンドウプです。9時前に開いている店が少なく、宿からは少し南に下がったところで見つけた店です。

    朝の定食、スンドウプです。9時前に開いている店が少なく、宿からは少し南に下がったところで見つけた店です。

  • 次に来る時のために、朝食の店を写しておきました。食事の途中、店の手伝いらしい人が2人出勤してきました。

    次に来る時のために、朝食の店を写しておきました。食事の途中、店の手伝いらしい人が2人出勤してきました。

  • 国内線待合室に飾ってあった箱庭風のミニチュアセットです。仔細に細部を眺めますと、中々丁寧な作りになっていました。

    国内線待合室に飾ってあった箱庭風のミニチュアセットです。仔細に細部を眺めますと、中々丁寧な作りになっていました。

  • 丁寧な造りのミニチュアセットのアップです。キムチ保存用のミニチュア甕や、藁細工の品も忠実に細工されていました。

    丁寧な造りのミニチュアセットのアップです。キムチ保存用のミニチュア甕や、藁細工の品も忠実に細工されていました。

  • 日本ではゴールデンウィークの混雑が避けられない時期ですが、済州島へ向かう国内線の待合室は、この通りガラガラでした。

    日本ではゴールデンウィークの混雑が避けられない時期ですが、済州島へ向かう国内線の待合室は、この通りガラガラでした。

  • 皐の赤い花は本物です。その他に南国情緒を漂わせる植え込みがありました。どうやら、済州島のPRのようです。

    皐の赤い花は本物です。その他に南国情緒を漂わせる植え込みがありました。どうやら、済州島のPRのようです。

  • 釜山から済州島へ向かう便の機内も空いていました。2〜3割と言った搭乗率でしょう。国際線ですから、日本人観光客は見かけないようです。

    釜山から済州島へ向かう便の機内も空いていました。2〜3割と言った搭乗率でしょう。国際線ですから、日本人観光客は見かけないようです。

  • あっという間の飛行でした。済州島に降り立つと、まるで南国ムードに一変しました。フェニックスや、ビンロウジュが出迎えてくれました。

    あっという間の飛行でした。済州島に降り立つと、まるで南国ムードに一変しました。フェニックスや、ビンロウジュが出迎えてくれました。

  • 初めて食べたビビンバ風セットの付いたスンドウプです。生牡蠣がたっぷり入ったスンドウプは美味でした。少し贅沢品です。

    初めて食べたビビンバ風セットの付いたスンドウプです。生牡蠣がたっぷり入ったスンドウプは美味でした。少し贅沢品です。

  • 朝食を摂った店の前での記念写真です。宿からバス停に向かう途中で見つけたお店でした。立看板にスンドウプの青文字が見えます。

    朝食を摂った店の前での記念写真です。宿からバス停に向かう途中で見つけたお店でした。立看板にスンドウプの青文字が見えます。

  • 空港の観光案内所で紹介してもらった宿を探すのに苦労しました。目標のオリエンタルホテルは分かったものの、そこからは、相当離れた場所でした。

    空港の観光案内所で紹介してもらった宿を探すのに苦労しました。目標のオリエンタルホテルは分かったものの、そこからは、相当離れた場所でした。

  • やっと探し当てたホテルの入り口です。名前は、モアホテルです。

    やっと探し当てたホテルの入り口です。名前は、モアホテルです。

  • 伝統的な家のように見えます。民宿(ミンパク)かも知れません。屋根も塀部分も少し誇張された造りにも見えます。宿探しの際に見かけました。

    伝統的な家のように見えます。民宿(ミンパク)かも知れません。屋根も塀部分も少し誇張された造りにも見えます。宿探しの際に見かけました。

  • 済州市の北西方面です。海岸に近いところでは、大型の建設工事が進んでいました。正面に固定式のクレーンが見えます。

    済州市の北西方面です。海岸に近いところでは、大型の建設工事が進んでいました。正面に固定式のクレーンが見えます。

  • 土鍋焼の豚カルビは、中々の味でした。その土鍋が大きく傾いでいるのは、余分な油の除去のためです。

    土鍋焼の豚カルビは、中々の味でした。その土鍋が大きく傾いでいるのは、余分な油の除去のためです。

  • 焼き飯は、オレンジ色をしています。唐辛子風味がたっぷりでした。スプーンでかき混ぜ、料理鋏で野菜を漉き込んでくれました。

    焼き飯は、オレンジ色をしています。唐辛子風味がたっぷりでした。スプーンでかき混ぜ、料理鋏で野菜を漉き込んでくれました。

  • 海岸近くの遊園地では、大きな船を模したゴンドラが揺れていました。そのゴンドラからは、大きな悲鳴が上がっていました。

    海岸近くの遊園地では、大きな船を模したゴンドラが揺れていました。そのゴンドラからは、大きな悲鳴が上がっていました。

  • この一角だけは全くの別世界でした。若い人達のナイトスポットでした。喧騒が夜遅くまで続いていました。

    この一角だけは全くの別世界でした。若い人達のナイトスポットでした。喧騒が夜遅くまで続いていました。

  • ライトに浮かび上がったバンジージャンプ台です。飛び降りようとした人が、途中で引き返しました。大分待っても、ジャンプは見られませんでした。

    ライトに浮かび上がったバンジージャンプ台です。飛び降りようとした人が、途中で引き返しました。大分待っても、ジャンプは見られませんでした。

  • 朝食のお店の直ぐ近くでの写真です。港にすぐ近くにありました。昨晩見たバンジージャンプの鉄塔も近い場所です。

    朝食のお店の直ぐ近くでの写真です。港にすぐ近くにありました。昨晩見たバンジージャンプの鉄塔も近い場所です。

  • 済州島では、なくてはならない風物詩の1つです。このトルハンバンは、店先に飾ってあったミニチュア版です。

    済州島では、なくてはならない風物詩の1つです。このトルハンバンは、店先に飾ってあったミニチュア版です。

  • 済州市の街路です。済州島では最大の町です。島外からのアクセスには、空路と海路があります。今回は空路の方を選びました。

    済州市の街路です。済州島では最大の町です。島外からのアクセスには、空路と海路があります。今回は空路の方を選びました。

  • 済州市のメインストリートは地中化工事が進んでいました。村井さんの前方の箱がその機器類です。ここは、南北の通りになります。

    済州市のメインストリートは地中化工事が進んでいました。村井さんの前方の箱がその機器類です。ここは、南北の通りになります。

  • 古いタンクに蔦が伸びていました。日本では見かけたことが無い風景ですから、撮影しました。済州市の海岸近くです。

    古いタンクに蔦が伸びていました。日本では見かけたことが無い風景ですから、撮影しました。済州市の海岸近くです。

  • 済州市の北に位置する港です。沢山の漁船が泊まっていましたが、余り活気は感じられませんでした。

    済州市の北に位置する港です。沢山の漁船が泊まっていましたが、余り活気は感じられませんでした。

  • 済州市の中を流れる川は、底が黒っぽい溶岩だらけでした。かつての火山活動を思い起こさせる風景でした。

    済州市の中を流れる川は、底が黒っぽい溶岩だらけでした。かつての火山活動を思い起こさせる風景でした。

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