2007/03/23 - 2007/03/26
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belleduneさん
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昨年8月からプラハに語学留学している友人に会うために、初めてチェコに、モロッコのカサブランカからパリ経由でひとっ飛び、という予定だったのですが、エール・フランスのストで欠航便が続出。
CDGでプラハ行きの最終便に振り替えてくれたのですが、CDGに着いた時には既に飛び立っていました。
大勢の人が同じような理由で、空港近郊のホテルに振り分けて泊まる羽目に。
質素な割には、1泊2人、2食付きで80ユーロでしたが、プラハのホテルを予約していたので、勿論ここは無料です。
プラハが3泊になってしまいましたが、事故ではないので、良かったと思うことに。
夕食のチケットがあったのですが、お腹は空いていないし、眠いしで、ビールとワインを飲んで寝ました。
問題は、面倒なので、大きな荷物は空港に預けたままでしたから、クリーム類は一切なし。
歯ブラシだけ。
お風呂に入って、寝るだけ。
でも、翌朝、5時に起きても、支度の早いこと。
女性は普段どれだけの化粧品を持って移動しているのか、つくづく考えさせられました。
こうして9時半にはプラハに着きました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 航空会社
- エールフランス
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22日午後3時の飛行機も遅れて、やっとモロッコからヨーロッパは渡ります。
上部がモロッコです。 -
眼下にジブラルタル海峡が見えましたが、飛行機の二重窓が邪魔して、上手く撮影できませんでした。
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スペインの地中海岸上空です。
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飛行機の二重ガラスがハレーションを起して綺麗ではありませんが、ジェット雲があまりに見事だったので。
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間もなくプラハ空港着陸。
上空から見たプラハの街。 -
空港でチェコのコルナ紙幣をカードで引き出したところで、4,5人のタクシー運転手が客引きをしていました。
プラハではタクシーがあまり統制されていないようで、街を流しているタクシーの中には、市外へ行って追剥のように身包み剥されるそうです。
空港から旧市街のホテルまで500コルナでした。
市内はトラムが充実しているので、わざわざタクシーに乗る必要はありませんでした。 -
ビジネスセンターとショッピングセンターの中心にホテル・アンゲロ Hotel Angelo があります。
イタリア人のデザイナーによるインテリアは、赤と黒の部屋、黄色と黒の部屋とあり、長期滞在すると変になりそうです。 -
机にDVD機器が組み込まれていて、フロントから借りて見ることもできますが、テレビではNHKの衛星放送も見ることができました。
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ホテル・アンゲロの外観です。
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ホテルの隣がコンプレックス映画館
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この辺りにショッピングモールが集まっています。
ヨーロッパ、特にフランス、イタリア、ドイツ、スエーデンの衣・食・住関連の商品が豊富にありましたが、値段はヨーロッパと同じ程度でしたから、プラハの一般的価格設定からいうと高いので、主に若者向けの衣類などが売れているようです。 -
国民劇場(Narodni Divadlo) で毎週末には音楽会が開催されます。1883年チェコ人ヨゼフ・ジーテクの設計で建てられたネオ・ルネッサンス様式で、内部の彫刻、絵画は全てチェコ人によるものだそうです。
私達も日曜日にここでバレー、プーシキンの”オネ−ギン”を見ました。
咳が出るので、天井桟敷の最後列の200円位の席でしたが、オーケストラが眼下に見え、高所恐怖症の人には無理だと思えるような位置でした。
1、2階やバルコニー席には、ロングドレスの女性がちらほら見受けられました。
オネーギンはJiri Kodym、タチアナはTereza Podarilovaでチェコではかなりの人気バレーダンサーらしく、洗面所で話したおばぁちゃんは「前から楽しみにしていて今日は嬉しい」とちょっとお洒落して来ていました。 -
日曜日、市民マラソン大会がありました。
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もう終わりかなと思っていると、またゆっくりランナーがやって来ます。
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このカフェからマラソンの様子を見ることにしました。
ここは古く、観光客が必ず立ち寄るところです。 -
プラハに着いた日は生憎の雨模様。
でも傘を差して散歩に出掛けました。
ヴォルタヴァ川目指して。 -
ジラスクブ橋のたもとに建つ、ユニークな形をしたビルを見つけたので、行ってみることに。
後で分かったのですが、この建物は、Dancing House ( Fred and Genger)というナショナル・ネーデルランデン・ビル。
アメリカの建築家 Frank Owen Gehry ( フランク・オーエン・ゲーリー)が1995年に設計建築したものでした。
つい最近、青山通りにある (株)ワールドの1階にユニークな木の椅子があったので、受付で訊いてみたところ、ゲーリーのデザインだそうです。
ウラジミール・ミルヒックの原案にゲーリーが手を加えて完成したそうです。
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オフィスビルだったので、中には入れてくれませんでした。
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フランク・ゲーリーの捻れやこんなユニークさが好きです。
ウォルト・ディズニー・コンサートホールも彼の設計です。 -
旧市街の旧市庁舎にある有名な仕掛け時計を探しながら行きましたが、毎時に人形が出て来るのだそうですが、4時だったので、4回鐘がなる間しか見れません。
私達が鐘の音を頼りに辿り着いた時には、既に全ての動きが終了していました。
12時に来るべきでしたね。 -
不思議な天文時計は15世紀に作られ、上部が地球を中心に回る太陽と月、その他の天体の動きと時間を表し、1年かけて1周するため、カレンダリウムと言う。
下部は獣の12宮と農村での四季の作業を描いた暦で1日に1目盛り動くので、プラネタリウムと言う。
毎時になると、二つある円盤の上の天使像脇みある窓が開き、カレンダリウムの傍にいる死神が鳴らす鐘の音と共に、キリスト12使徒が窓の中にゆっくりと現れては消え行くらしい。
最後に時計の上部に現れる鶏が鳴いて終わるという。 -
ゴシック様式の旧市庁舎は第二次世界大戦で3分の2が破壊されたが、修復されて現在に至っている。
1948年に取り付けられた電動装置によって、現在も時計は動いている。 -
雨に煙るティ−ン教会です。
1365年に建てられた2本の塔は高さ80mです。
ゴシック様式のアーケードとルネッサンス様式の飾り屋根を持つ美しい建物で、手前に建つ明るい色の建物と後ろのティ−ン教会の沈んだ色の塔との対比が不思議な感じだった。 -
旧市庁舎広場(Straromeske nam)にあるロシア正教寺院らしい
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つい最近、オープンしたカルティエのブティック
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旧市街広場中心にあるヤン・フス像。
ヤン・フスは、15世紀宗教改革の先駆者でプラハのカレル大学総長だったが、カトリックの世俗化や免罪符の販売などを激しく批判し、異端としてローマに償還され、火あぶりの刑となった。 -
雨が本降りになってきたので、ホテルに帰ろうかと歩いていると、こんな素敵な建物を見つけました。
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ヴォルタヴァ川に戻ってきたら、カレル橋の傍にスメタナ博物館が見えました。
この建物はラジャンスキー宮殿と呼ばれ、1863年から
1869年までスメタナが住んでいた。
プラハにはドボルザーク、ミューシャ、カフカ、モーツアルト、マーハ、ニェムツォーヴァなどの芸術家が多く住んでいた。 -
カレル橋まで歩きました。やはりここは雨が似合いますね。
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1406年カレル4世によって造られた、現存する中央ヨーロッパ最古の石橋。
520mで幅10mで、車の通行禁止のため、ゆっくり歩くことができました。 -
国民劇場でのバレーコンサートは最高でした。
天井桟敷も初めてだったので、興味津々。 -
オーケストラ・ボックスは真下に見ることができました。
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幕がおり、大満足。
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1階に下りて天井部分を見上げたところです。
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うっかりしていて、内部は撮影禁止だったのです。
係りの人に注意されてしまいました。 -
入り口を出たところ。
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