2007/03/02 - 2007/03/10
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アリヤンさん
パクセーには、長居をすることになった。
パートナーが、タイのウボン・ラチャタニで風邪を引き、パクセーでは下痢を起こし、当方が風邪気味となった。
最初の1ヵ月の旅の疲れがでたのか?
すっかり治るまで、パクセーに腰を落ち着ける事とした。
泊まっている、サバイディ2ゲストハウスに集まってくる、世界各国のヒト達の、生態観察はオモシロイ。
日がなメコン河を眺め、地元のヒト達を見ているのもオモシロイ。
タビをしているが、毎日の日常があるので、だんだんと「タビは”すみか”」状態になっていく。
現地ネット環境劣悪のため作成した当時の現地緊急避難ページ。
http://www.geocities.jp/ariyan05/4traemergency_033.html &
http://www.geocities.jp/ariyan05/4traemergency_034.html
旅行データー集は、http://outdoor.geocities.jp/ariyan9906/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
毎日イイお天気。
夜は、満月が窓から見える。 -
ところが、次の日の朝、雨が激しく降った。
スコールだ。 -
パクセーのメインストリート。
交通量は少ないが、時々、バイクや車が先を急ぐ。 -
外人さんも走る、ハシル。
-
イチオシ
お坊さんも先を急ぐ。
ケド、お坊さんは、ええ傘持っとる。
坊様協会からの支給品なのか、大抵、みんな、同じエエ傘を持っている。 -
ワレワレが、雨宿りをしていた軒先の主人。
山口組の若頭とその舎弟? -
この町で一番立派なビル、BCEL銀行。
今日は、ラオスでの1ヵ月の生活費の一部を、両替しに来た。
サバイディー2のMr.Vongのいう通り、この銀行のレートは、他の銀行より良い。 -
BCEL銀行の両替レート表。
1円=78キップ。
1万円=780000キップ。
このころはUS$1=121円くらいだった。 -
その銀行のハス向かいにあるソバ屋さん。
メニューはソバのみ。(ベトナムのフォーのようなあっさり米面)
(1杯8000キップ=約102円)
美味しいらしく、地元のヒト達で賑わっていたので、食べてみた。
オイシカッタ。 -
店の奥に、ここの総頭取のおジイちゃんが、出張っている。
ここを、ワレワレ のティファニーとすることにした。
(「ティファニーで朝食を!」#” &★ ?) -
セドン川がメコン川に合流する地点。
-
パクセーのティファニーで朝食のあとは、メコンのホトリで、ゆっくり静養だ。
-
連絡船は、次々と入ってくる。
近在の村々から、オッチャンも、オバチャンも、オネエチャンも、オニイチャンも、皆、やってくる。
時々、ブタさんやワンコも。 -
-
ン!?
この連絡船の乗客は、チョット他とは違う。
お上品な奥様方が、チャーターしたクルーザーだろうか? -
イチオシ
色鮮やかなパラソルをさして、今日はデパートにお買い物カナ?
-
波止場で客待ちをするトゥクトゥク。
ほとんどが、ダイハツ・ミゼットとおぼしき、オート3輪だ。
どうせ、中国あたりのバッタモンかと、思ったが、
エンジンは、確かにダイハツのものだった。
小生、座席を上げて、エンジンを詳しく調べました。 -
ピックアップトラックは、韓国車が多い。
ほとんどが、ヒュンダイ(現代)ピックアップトラックです。 -
港から船を降りた、テンビン棒のオバチャン。
何を売っているのか?
不思議なので、後をつけていくと、ヒトツ売れた。
じっと観察。
緑色の入れ物は、魔法瓶になっており、中に熱い豆腐が入っていた。
豆腐屋さんだったのだ。 -
ラオス人の生態研究隊(ワタクシたち2人)は、やがてベトナム大使館にやって来た。
-
ベトナムの1ヶ月ビザを取りに来た。
このヒトが自称、総領事。
このヒトの後ろにある、地図をみて驚いた。
ラオスのアッタ・プーから先の道が、ベトナムに通じており、しかもインターナショナル・ボーダーとなっている。
普通、どこにもこの国境は紹介されていない。
自称、総領事さん曰く、
「この国境は万民に開かれている。」 -
黄色い線は道路。
確かに、国境がある。
しかも、総領事曰く、
「外国人にも開かれている」!?
*このルートは2011年現在では確かに外国人にも解放されています。
パクセーからベトナム中部山間部のプレイクという町までの国際バスが運営されています。
まあ、この国際バスは基本的に、ラオスで働くベトナム人労働者用で、先進国の外人BP(バックパッカー)には厳しいもののようです。
⇒http://4travel.jp/traveler/ariyan-eurasia/album/10548766/
地図拡大版⇒http://www.geocities.jp/ariyan9911/22-2.jpg -
帰りに、サトウキビ・ジュースを屋台で絞ってもらって、常宿のサバイディ2に帰った。
-
イチオシ
オーナーのMr.Vongと、奥さんのMadam.Phetさんが、ロビーでくつろいでいた。
-
スタッフの若いニイチャン。
態度が、少し大きいので、オーナーの息子?か
親戚か?
(あとで分かったが、オーナーの息子だった) -
イチオシ
ワレワレがやって来た時から、既に、ここの住人で、すでに、1ヶ月近く滞在している、このアメリカ人。
紹介せずには居られない。
このヘンリー翁、67才は、何と、ベトナム戦争を戦ってきた、生き残りである。
1966年から69年にかけて、ベトナムで戦ったそうだ。
その後、母国、アメリカでは生活がシックリせず、ベトナムに戻り、そして、アジアを転々としながら、真面目に60才まで働き、定年を迎えた。
(石油関連の仕事をしていた。アジア中心に中国でも働いた、という)
子供5人、孫4人。
インターネットでマゴの顔を見ている。
最初は、中々、取っ付きにくいアメリカ人だったが、興味を持ち出して話し始めれば、気の良いヤンキーだ。
冗談のキツイ人だけど、一旦打ち解けると、本当に気の良いアメリカ西部男だ。
(テキサス州出身) -
ヘンリー(愛称ハンク)が、何故、パクセーに長居をしているのか?
色々話をしていると、分かった。
サワンナケートのメコン沿いに、幌馬車スタイルの家を建てていて、その完成を待っているノダ!
完成予想図をみた時、ワタクシは、イッペンにこのハンクが好きになった。
何とユニークな家だ、何と言う発想だ、何と夢のあることか!
ジョークみたいな家だけど、これならだれでもハンクの家だと分かる。
こんなヘンなこと(夢のあること)を、ジョークのように真面目に、やってしまう。
スバラシイ!
ワタクシたちが、アッタ・プー経由でベトナムへ抜ける国境を通って、ベトナムに抜けようかナア、
っと言ったら、
真剣にとめてくれた。
「その道は、カンボジアの山賊が、マシンガン持って、ラッタッタッタッタだ。(マシンガンを打つマネをする)
ベトナムに6年も住んでいた、ワシが危ない、っと思ってるくらいなんだから、止めといたほうが、絶対、いいよ。
どうしても、山賊と戦いたかったら、イイケド。
ベトナムに抜けるんだったら、サワンナケートからラオバオに行くのが、絶対安全だ。」
っと忠告してくれた。
こんな良いオッチャン、お友達になりたい!
っで、ワタクシたちは、ラオスからベトナムに抜ける際に、サワンナケートに滞在 して、ヘンリーの「幌馬車の家」を訪問することを約束した。
ヘンリーは、少し喘息気味で、その健康が心配だが、ラオ・ビールとタバコを控えれば、良くなるだろう。
ヘンリーはアメリカ人がいつも言う
「Take care」を、
ワタクシは
「Take care of your lung」
と言って別れた。 -
-
パクセー・ホテルの、屋上レストランへ行けば、パクセーの街を一望出来る。
これは、ヘンリーが教えてくれた。 -
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パクセーホテルの屋上レストラン。
昼になってもお客はゼロ。 -
サバイディ2のオーナーのムッシュ・フォンは、フランスに27年間も住んでいた。
ワタクシが、彼を指差して、フランスからのお客さんにこう言った。
"Il parle francais comme des oiseaux."
(彼のフランス語は小鳥のさえずりのようだよ)
以来、ムッシュ・フォンはワタクシたち夫婦に、非常に親切になった。
ここの、欧米観光客への気の利いたサービスは、他では見られないほどである。 -
庭に貼ってあるシーパンドンの観光案内。
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滞在中に出来上がった、小さなバックパック。
(パートナー自家製 ) -
ゲストハウスの庭にはハンモックもあり、時々ハンモックでブラブラした。
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庭の小さな池では小さなハスの花が咲いていた。
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