2007/02/06 - 2007/02/06
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satoshi.sさん
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大原や
小塩の山も
けふこそは
神代のことも
思い出づらめ
(在原業平)
在原業平が、かっての恋人藤原高子(二条の后)の大原神社行幸に供奉した際に読んだ歌である。これを知り大原野神社と十輪寺(通称 なりひら寺)に参拝することを決めました。予定を変更
願徳寺→勝持寺→大原野神社→十輪寺→正法寺→三鈷寺→金蔵寺
に参拝して来ました。
このお寺は、「仏華林山 宝菩提院 願徳寺」といいます。
約1、300年前の白鳳7年(678)に持統天皇(天武天皇の皇后)の願いによって向日市寺戸に創建されたお寺です。徳のある願いによって建てられたので「願徳寺」といいます。南北800m東西1、300mに伽藍があった大寺院で、当時の本尊は薬師如来(現在は太秦の広隆寺に安置)でした。平成15年2月、寺院跡地より湯屋(蒸し風呂)の跡が発掘されました。現存する東大寺の湯屋より古く、9世紀を下るものではありません。中興の開山としては、平清盛の弟平教盛の子である小川法印忠快という人がおられます。忠快和尚は東山三条の宝菩提院におられましたが、後に宝菩提院と共に願徳寺へ移られました。
平安時代から鎌倉時代にかけては、天台密教の秘法を行い穴太流や西山派を生みだした密教の大寺院でありました。しかし応仁の乱と信長の兵火によって諸堂ことごとく灰尽となり、江戸時代に家康の加護を受けたものの、平安時代の寺院の面影はなくなりました。昭和に入り諸堂の荒廃が進み、本尊如意輪観音及び諸仏は昭和37年に向日市寺戸より勝持寺(花の寺)に移動安置され、本堂と庫裏はこの地に再建されました。34年を経、本尊如意輪観音及び諸仏は平成8年12月に勝持寺より願徳寺に帰座されました。
住職から本堂で説明を受けました。
如意輪観世音菩薩跏像(国宝)”驚き1,200年経っているのに傷んでいない”、薬師瑠璃光如来、青不動明王、聖徳太子二歳像
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- 1万円未満
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