1992/07/07 - 1992/07/14
3966位(同エリア4774件中)
まゆままさん
トルコ後半戦。
なんでも食べれるだろうと自信を持っていた私がトルコ料理に苦戦し、限界を感じつつも
壮大なカッパドキアの奇景を堪能、
そしてイスラーム文様が織り成す絨毯芸術に酔いしれる・・
更に私たちの持てる最後の力を全て出し切り満喫し尽くしたイスタンブールでのフリータイム二日間。
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
4日目は1日カッパドキア観光の日だ。
朝から大変肌寒い。まずはカイマクルの地下都市へ。
地下都市は外よりも暖かだ。
ワクワクドキドキの地下探検、まるで蟻の巣のように張り巡らされた通路。
同じように見える部屋もそれぞれ教会であったり、墓地であったり役割があるようだ。
どれが自分の家か迷ってしまいそう・・
地下60mほどあるという。16kmも続いているという通路もあった。
天井を触るとボロッと崩れる土、非常に脆くやわらかいのだ。 -
その後、奇岩地帯へ足を踏み入れる。
まずはガイドのペキンさんおすすめの眺めがよいというところで降り写真を撮る。 -
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同じツアーの男の人がおもむろに取り出したるは「きのこの山」
なんでも明治製菓にいる友人にCMで使うからぜひカッパドキアで写真を撮ってきてくれ、と言われたという。(カッパドキアはきのこの形をした岩というイメージで知られている)
が、その時点での岩の形は「きのこ」というよりはとんがった帽子の形・・・そう「たけのこ」だ。
どっちかと言えば「たけのこの里」を持って来た方が良かったね〜との声がかかり、皆笑!
記念に、ということで撮影後の「きのこの山」が皆に振舞われた。
カッパドキアを眺めつつ食べる「きのこの山」、なかなかのものだった。 -
その後は「ゼルベの谷」へ。
ここはここはやわらかい岩は腐食され削り取られ固く黒い岩だけが残り、それがきのこの形をしている。
地層がくっきりと表れている。とても不思議な感じ。 -
-
次はバシャバへ。
壮大な岩が連なる景色、真っ暗闇の洞窟を探検する。
洞窟からでたところでは石灰岩の侵食がすすんだすばらしい奇景を見た。 -
-
-
この後は昼食を取るとのことでユルギュップのレストランへ行く。
この頃からもうすでに私は食事がのどを通らなくなっていた。
オリーブ油たっぷりのトルコ料理を思い出すだけで気分が悪い・・
白いチーズがふりかかったサラダが出、卵をつぶしながら炊いたと言うトマト味の食べ物が出てきた。
皆、これは美味い!という風に食べている。
この料理はトルコの家庭料理で簡単に出来るので独身の男性などが作って食べるそうだ。
ペキンさんが作り方を説明してくれる。
家に帰ったらぜひ作ってみよう、と言う夫婦。私は絶対に作らないだろうと思った。 -
-
荷馬車が通り過ぎてゆく。
山の風景とバッチリ溶け合っているのだ。 -
次はペキンさんのすすめる絨毯屋へ着いた。
我々一行は絨毯がたくさん置かれている一室へ案内された。
床には3枚のすばらしい絨毯が敷かれている。
すばらしく美しい絨毯なので私たちは恐る恐るその絨毯をよけへりを歩いた。
がお店の人は靴で踏んでくださって結構です。と言う。
踏んだくらいじゃこの絨毯はびくともしないとでも言いたげだ。 -
皆にりんご茶が配られ、店の主人が登場し日本語で絨毯の説明を始めた。
「このヘレケの絹の絨毯というのは世界でもNO.1の座を誇り、1cm四方の面積の中に10×10に結び目が織り込まれているのです。
さあ今から絨毯織の実演をお見せしましょう〜 -
そこで現れたのが1人のトルコ人女性、近くの村で絨毯織りの先生をしてるとのこと。
早速絨毯を織ってもらう。
ペルシャ絨毯は一つの織り目に結び目が一つ、トルコの絨毯は結び目が二つなのです。
と強調し、その織り方の違いを見せた。
単純な作業ではあるがものすごく細かい。
年を取るとできなくなるそうだ。指が細く器用に動く間でピークは22〜23歳であるという。
私たちは食い入るように手元を覗き込む。
色彩はほとんどその人のセンスによる。
幼い頃から織っているため色のセンスはちゃんと身についているのだそうだ。
絹で織密度が高ければ高いほど手間がかかり、1枚の絨毯を何年かがかりで織る場合もある。
この伝統工芸のすごさをその店の主人は語り続けた。
私たちはその絨毯の価値、すばらしさは十分理解することができた。 -
一通り解説が済んだ所で巻かれて立てかけられていた絨毯が店員の手で次々と床へ解き広げられていったのだ。
この絨毯の眩いばかりの色彩、複雑怪奇な、時には優雅なイスラム文様!
一枚広げられる度に私たちの間から「おおーっ!」とか「ううーっ!」などの驚きとも感嘆ともつかぬうめき声がもれ聞こえた。
めくるめくこの絨毯攻撃に私たちは酔った・・
だんだんと絨毯のレベルが上がるにつれてどよめきも大きくなった。 -
最後に極めつけ、ヘレケの金の絨毯をお見せしましょう〜!
と言って広げられた絨毯!
「ウッワァオ〜〜ッ!」
ほとんど叫びにも似た声が発せられる。
すばらしーーっ!
やわらかな色彩のその絨毯は金色に光輝いていたのだ。
もう室内では誰もが感動の渦に巻き込まれていた。
もう一つ驚くべきことにはその絨毯はその絹の光沢により見る方向によって色調が七変化するのだ。
2人の助手はその絨毯を担ぎ、くるっと一回転させた。
すると先ほどまで淡い色を放っていた絨毯は一瞬にしてダークで落ち着いた色へと変化した。
私たちが驚いていると助手たちは更に絨毯を回し始めた。
色は刻々と変わっていく。
すばらしい!一枚で2度も3度も楽しめる絨毯。
値段は300万円、日本で買えば一千万円は下らないのだそう。
あちこちからため息が漏れる。 -
皆でこの売り物の絨毯を撫で回す。
絨毯の上で寝そべっても、踏んづけてもかまわないのだ。
絨毯は使われて、そして時を経るほど味が出て骨董的価値が出てくるらしい・・
私たちはすばらしい絨毯芸術を堪能することが出来た。
さて、これから絨毯屋の商売が始まろうとしていた。
こんなすばらしい絨毯なのだから値段の方もさすがに高い。30cm〜50cmほどの壁掛け用ヘレケの絹の
絨毯が5万円と聞いてあきらめた。
同じツアー仲間が交渉するのを皆でよってたかって見学した。
謎の4人衆のうちの1人の女の子が10万円の絨毯を9万円に値切って買う。
潔い買いっぷりに拍手が起こる。
なんと一人参加のおじいさんは自分の持っていた望遠鏡と絨毯を物々交換したそうだ。
腕にはめていたローレックスとも換えてくれと言われたそう・・
絨毯の値段も謎だ〜 -
絨毯屋を後にした私たちはギョレメ谷オープンエアミュージアムへと足をのばす。
そこには隠れキリシタンたちの住処となり教会となった洞窟がたくさん散らばっている。 -
イタリアルネサンスの先駆けとなったような紀元前からのフレスコ画が残っている。
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聖バジル教会、サンダル教会、へびの教会、暗闇教会、アップル教会など付けられた名前がとてもユニーク。
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ダ・ヴィンチの”最後の晩餐”を思わせるような長ーいテーブルをもった食堂も印象的だった。
だがこの地帯も年々浸食作用が激しく、保存状態も良くないのでいずれは消えてゆく運命にあるという。 -
オルタヒサール
こちらも又独特な岩山が見られた。 -
次に行った場所がウチヒサール。
ひたすら岩山を登っていくと眼前に開けた360度見渡す限りのパノラマ
美しいウチヒサールの街の風景が飛び込んでくる。
箱のような家々が散らばっている。
なんて美しい光景・・
頂上にはトルコの国旗が風に翻っていた。
このすばらしい風景をしっかりと心に焼きつけ岩山を下る。 -
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麓には雰囲気のいい骨董屋さんなどがあった。
お店の子どもも田舎だからか素朴で子どもらしく、かわいかった。 -
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ペキンさんが最後の写真スポットと言って止まったのは「ハトの谷」
なめらかに波打った岩肌、本当にたくさんのハトがいる。
最後のお土産屋でカッパドキアの本を買う。
そして私たちはこの不思議で神秘的で、そして壮大であったカッパドキアの風景とさよならし、デデマンホテルへと向かった。 -
デデマンホテルでの夕食は昨日に引き続きトルコ料理のバイキングであった。
昼から気分が悪く、私の体はトルコ料理に拒絶反応を示していた。
トマトとキュウリとスイカの軽い夕食を済ませるとさっさと部屋へ引きこもった。
寝る前になるとさすがにお腹が空いてきた。
友人が持ってきていたカップうどんをもらうことに。
一応何でも食べれるだろうと自信を持っていた私がまさかこんなことになろうとは・・
熱湯を注ぎ待つこと3分・・
私は今までこんなにインスタントのカップうどんを愛しいと思ったことはないだろう・・
このあっさりとした醤油味に救われた思いだ。
空腹が満たされた私は幸せな気分のうち眠りに就いた。 -
5日目、今日はアンカラからイスタンブールへ戻る日だ。
早朝5時30分のモーニングコールで目覚める。
空港へ行くまでにキャラバンサライへ立ち寄る。
岩に施されたイスラム装飾が華麗である、
ここは隊を組んで長旅をしていた商人達の宿泊所となったところだ。 -
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途中で止まったドライブインのお土産屋では私たちのガイドのペキンさんが撮った写真が絵葉書になっていた。
雪が降り積もる冬のカッパドキアである。
私たちはうれしがってペキンさんにサインを入れてもらったりした。
ペキンさんはカメラマンでもあるのだ。
どうりでカッパドキアではすばらしい写真スポットをさくさん紹介してくれたわけである。
ペキンさんはトルコの歴史に並々ならぬ誇りを持っていて行く先々で私たちにかなり詳しい説明をしてくれた。
いずれは自分でトルコの考古学の本を執筆するのだそうだ。
熱心ないいガイドさんに当って私たちはラッキーだった。
これでカッパドキア、ネヴュシュヒールの高原ともお別れだ。
大自然のすばらしい景観をありがとう〜 -
アンカラから1時間弱でイスタンブールに着く。
ツアーでの最後の昼食は海鮮料理のレストラン。あ〜魚でよかった・・
メインは魚のトマトソース煮のようなもの。見た目も味も今までで一番美味しかった、食べれてよかった・・
近くにはアイスクリームの屋台が出ている。
うわさで聞いていたようにトルコのアイスクリームはもちのようにのびる。
お店のお兄ちゃんは派手なパフォーマンスでアイスクリームをこねくり回していた。 -
この後待ちに待ったフリータイム。
日曜はバザールが休みだということなので今日中に買い物を済ませなくてはいけない。
まずはグランドバザールより庶民的なエジプトバザールへ。
すごい熱気だ・・しかしグランドバザールのようにまわりからしつこく声をかけられないので楽。
チーズを売る店、香辛料の店、ジャム、お菓子を売る店いろんな店が軒を連ねる。
歩いてるだけでウキウキしてくる。
別の筋に入るとミュージックテープを売る店が。
私たちがお店のおじさんにおすすめの曲を聞き、交渉しているとトルコ人が続々と集まり出し私たちの周りを取り囲んだ。
皆私たちのやり取りの一部始終をじーーっと見ている。
まるで珍しいものでも見るように・・
そんなに珍しいのか?日本人が・・
さらにグランドバザールへ行き、お土産になるものを探す。
閉まりかけのバザールで焦りながらもウールのスカーフ大量買いの値切り作戦でなんとかノルマを果たす。 -
トルコではお店に入ると必ずといっていいほど出されるチャイ。
独特な小さなガラスのコップにプラスチックの受け皿、アルミのミニスプーン。
金物屋でこのセットを見つける。
印刷のずれたミョーに安っぽいプラスチックの受け皿もなかなかよい。
5客買って満足感にひたる。
家に帰ってスーツケースを開けると3客割れていた・・
果物を売っている屋台が目に付く、ももを買う。
大きな天秤に分銅を乗せて1キロ量る。
袋一杯が80円。
バナナはそんなに日本と値段が変わらなかった。 -
私たちは石段に腰掛けてバナナを食べ始めた。
金角湾に沈んでゆく夕日を見ながら・・
あまりに美しい光景にしばらくぼーーっとする。
バナナを食べながらぼーっとしてる私たちの前に現れた二人の若者。
トルコの大学生らしい。
少し話し、怪しい者ではないと分かり、これから行こうとしてるガラタ塔へ案内してもらうことに。
ガラタ塔からの夜景はすばらしいと聞いたという私たちに、
あんな建物は古くさい、自分はあまり興味がないよ、という若者。
今時の若者らしく新しいもの好きなようだ。 -
ガラタ塔に着き一番上まで上って外へ出てみる。
目の前にすばらしい風景が開けた。
金角湾にかかるガラタ橋、アタチュルク橋、モスク、赤い屋根の民家。
イスンタンブールの全体像を目におさめることが出来る展望台を一周する。
どこをとってもいい眺め。あらゆるものが見事に溶け合い調和を保っている街並み。
なぜこんなにも美しいのか・・
若者の1人がアタチュルク橋を指差し、アタチュルクは偉大ですばらしい人だ、いろいろな改革をした、私はアタチュルクが大好きなんだ、と絶賛した。
やはりトルコの近代化、民主化を促しトルコの父と言われたアタチュルクは若者のヒーローなのだろう。
眺めを十分に堪能したのでホテルへ戻ることに。
明日も観光の案内をさせてくれと言う若者。
しかし、私たちにはもう明日1日しか残っていない上に見るべきもののスケジュールはびっしりだ。
残念ながら若者たちと遊んでる暇はないのだ。 -
タクシーに乗り、ホテルの名刺を見せ「パーク・サ・ヒルトン」だ!と念を押したのにもかかわらず本物のヒルトンへ着いてしまう。地図を見せて何とか説明しようやく到着。
ホテルに帰り着き、友人と2人でももとバナナを食べながら今日の1日を振り返った。
泣いても笑っても明日が最後、悔いの残らないよう見るべきものを全て網羅した強化スケジュールを打ち立てる。
地図とガイドを見ながら立てた最終スケジュールは次の通りだった。
?シュレイマニエジャーミー ?トプカプ宮殿のハレム ?考古学博物館 ?装飾タイル博物館
?トルコ・イスラム美術館 ?カーリエ博物館
?テオドシウスの城壁 ?ミフリマフジャーミー
?シルケジ駅 ?タキシム広場
かなりハードな計画だったが最低限これだけは見るぞと心に誓う。 -
最終日
朝6時半起床。
朝食後まずはシュレイマニエジャーミーへタクシーで向かう。
新市街からガラタ橋を渡って旧市街へ入ると右手前方にシュレイマニエモスクがそびえ立っている。
ブルーモスクと並ぶオスマン建築の最高峰だ。 -
モスクの中へ入るとそこは静寂に包まれていた。
物売りのおじさん以外人っ子一人いないのだ。
私たちの貸切・・
しばらくその朝もやの中のモスクの中庭にたたずむ。
静かな感動が沸き起こってくる。
やっぱり早起きはしてみるものだ。 -
次の目的地はトプカプ宮殿のハレム。
ツアー初日にトプカプ宮殿へは行っていたがハレムだけは別格。入場制限があるので早めに行くことに。
トプカプ宮殿へ行く前に親切なのか変なのか?分からないおじさんにつかまる。
求められた握手に応え、道を聞いてしまったばかりに、分からないトルコ語でマイペースに話しかけられいつまでもついてくる。
私たちが止めたタクシーにまで強引に乗り込んできた。
宮殿に着き、あまりの不気味さにダッシュで逃げる。
ハレムの入り口には5、6人の外人が並んでいたがどうやら1回目で入れそうだ。 -
タイルの張詰められた部屋へ入る。
青緑色をしたタイルがすごくきれいだ。
中庭に貼られ太陽の下で見るタイルはすごく鮮やかですばらしい色彩を放っている。
つたのようにからまる文様、アラビア文字もデザインの一部となっている。
室内の薄明かりに照らし出されたタイルも又すばらしい。闇により鮮やかな色が抑えられている。 -
スルタンの部屋に入れば周りの壁、天井にはモザイク、タイル、貝、金箔などでびっしりと装飾が施されている。これでもか、という感じで。
スルタンに仕えていた女たちはハレムから1歩も外へ出ることはできなかった。
そんな彼女たちの目の楽しみの為にこういった装飾がなされていったということだ。
それにしてもあらゆる文様、装飾はイスラムから来てるのではないかと思うくらい多種多様である。
そしてハレムだけは別格になっているというだけのことはあるすごい所だった。 -
ハレムを見終わり少し休憩する私たち。
隣に座っていたトルコ人の女の子に日本語で話しかけられる。
イスタンブール大学の学生で日本語ガイドになるために勉強しているとのこと。
今から私たちが行く、博物館、美術館へ案内してくれると言う。
海外旅行経験3回目の私たちにはいきなり日本語で話しかけてくる現地人は怪しい、という認識はまだなかった。 -
考古学博物館へ着くと、女の子は次の美術館も案内するので1時間後にここで待っているという。
私たちは博物館へ入った。
おびただしい量の大理石の彫刻が所狭しと並ぶ。
説明書がトルコ語だけなのでいまいちよく分からない。
ここでの目玉となっているアレキサンダー大王の石棺を探す。
それらしきものを見つける。
オリエント博物館の方へ行くとエジプト関連の遺物などがいろいろとあった。
しかしもう展示品が多すぎるのか博物館内には入りきらず、事務所の廊下や外の庭園の中庭なんかに野ざらしになっている。
ここは遺跡があふれかえってるのか、管理が杜撰なのかなんだかスケールが違う。
どちらかというと楽しみにしていた方の向かいの装飾タイル博物館が閉まっていて残念・・ -
博物館を出ると女の子が待っていた。
これからの予定は?との問いにギッシリ詰まった予定を話すと
「日本人はアリのようですね。忙しい。」
と言われてしまう。確かに私たちは典型的な忙しい日本人。
しかし、トルコではどうして働き盛りのおじさんがぶらぶらしてるのか?と聞き返すと
「みんな怠け者なのだ。私もぶらぶらしてるから怠け者だ」とのこと。
しばらく歩くと、タイミングよく女の子のお兄さん、登場。
大阪に住んでいたことがあるというだけあって日本語がぺらぺらだ。
今はちょうど美術館がお昼休みなのでお兄さんのお店で休みましょう〜と連れて行かれる。
怪しさ99%
しかしなぜかついて行く私たち。
お店に入ると皮のコートがずらりと並ぶ。
りんご茶が出され、そこでいとこのお兄さん登場。
日本の有名百貨店に卸しているという。昨日も日本人の女の子が3着買っていったらしい。
絨毯もあるとのことで別室へ案内される。
絨毯にはかなり興味があったので思わず食いついてしまう。
ウール100%だ、とライターで燃やしウールを確認。
ツアーの時に見た絨毯屋の絨毯は手の届かないものだったが3万円のものが2万円に値切ることが出来たので思わず買ってしまう私と友人。
・・・帰ってきて毛、抜けまくりのやっかいな絨毯をつかまされたと知るが時遅し・・
一応、気に入って買ったのでこれも又旅の思い出。 -
コンパクトにまとめてくれたものの絨毯は手にずっしり重い。
女の子にトルコイスラム美術館へ連れて行ってもらう。
入り口に来ると女の子は「ここで私はあななたちとお別れします」と言う。
そりゃ〜もう絨毯も買ってもらえたし、私たちには用はないだろう。
門の前にいた兵隊さんたちが私たちと一緒に写真を撮ってくれという。
しかも、1人ずつ撮るという。
日本人というだけトルコではもうアイドル的存在?!なのだ。
トルコイスラム美術館の建物はイブラヒム・パシャという人の宮殿がそのまま美術館として使用されている。
展示室へ入と真鍮の製品に施された細やかなイスラム文様、大理石の彫刻、コーランの細密画などイスラム美術の世界が広がっている。
すばらしい・・見れば見るほど興味深い・・私は知らず知らずのうちにイスラム文様、装飾、イスラム美術のとりことなっていた。
奥の部屋へ進むと骨董の大きな絨毯が天井からかかっている。
長い時を経て色鮮やかさが失せているが色に深みが増し、その文様は複雑ですばらしい。
カッパドキアで見た店の絨毯とは又一味違う骨董の絨毯。
思わずその美しさにつられて写真を撮る。
とその時警備員さんがやってきて写真はダメ、というふうに合図されてしまった。
さっきの博物館では写真も手で触れてもよかったけど、どうやらここはダメなようだ。
あきらめて見ているとしばらくしてさっきの警備員のおじさんがやってきて一枚だけ撮ってもいいよ、
誰も見つからないうちに、早く!とウィンクしてくれた。
しばらくうっとりと展示品を見回っているとさっきのおじさんが見終わったらこっちへ来てくれという。
しばらく椅子に腰掛けておじさんと片言で話す。
あらゆるものに感動していた私たちはこの感動を表現でき、そこに住むトルコ人に伝えることが出来てうれしかった。
私たちはイスタンブールはすばらしい!!と褒めちぎった。
おじさんはいいものを見せてあげよう、と立ち上がる。
鍵がかかっているドアを開くと涼しい風が吹き込みそこはテラスになっていた。
このテラスからはちょうどブルーモスクとアヤソフィアが見える。
素敵な眺めの場所。
私たちの写真を撮ってくれるおじさん。(写真には全く素敵な眺めは写っていなかったが・・)
おじさんはまだ私たちを引き止めようとしたが
私たちは今日はイスタンブール最後の日でスケジュールがいっぱい、これからカーリエ博物館へ行くのでと話した。
そしてお礼を言いトルコ式別れの挨拶をかわし、私たちは美術館を出た。 -
美術館を出た私たちは絨毯のあまりの重さに耐えかね一旦ホテルへ絨毯を置きに行くことにした。
タクシーを拾おうと大荷物を持って歩いている私たちは注目の的。
またもや2人のトルコ人がやってきて一緒に写真を撮ってくれとアイドルになる私たち。
ようやくタクシーをつかまえパーク・サ・ヒルトンの名刺を出し、OKといわれたのでほっと一息・・
しばらく車に揺られているとタクシーはヒルトンに着いた。
まただ・・何かイヤな予感はしていたがまたもや間違えられてしまった。
どうやら皆一度は間違えないと気がすまないらしい。
やっとホテルに着いたがカーリエ博物館の閉館の4時までに行かなければ!
タクシーでカーリエ博物館へ。
市街からちょっと離れたところにある、トルコの古い住宅が立て込んでる一角だ。 -
チケットを買って中に入るといきなりその天井に施された鮮やかなモザイクが目に入った。
一番奥のドームは明るい光が差し込んでいる。
マーブル模様の大理石に囲まれこぢんまりとして質素で乾いた感じのするこの聖堂も大変すばらしい。 -
隣の部屋に入ると思わずはっと息を呑んでしまう。
やわらかいライトに照らし出されたキリストの弟子たちを描いたフレスコ画。
色がとてもいい、あたたかな感じのする絵。
カーリエ博物館はこじんまりとしているが内部はすごく充実したすばらしい博物館だった。 -
博物館を出、今日も又観光に夢中になってるうちに食事をしていないことに気づく。
さすがにお腹が減ってきたが食べ物屋が近くには見つからずお菓子屋さんへ駆け込み、近くの公園で食べる。
公園では子どもたちがたくさん遊んでいる。
付き添いのお母さんたちにお菓子を食べてる日本人の私たちは注目の的。
珍しいものでも見るように視線を投げかけてくる。
ついに1人のおばさんが見ているだけでは好奇心が止まらなくなったのか、白々しく時間を聞きにやってきた。
時計を見せると満足したのかにっこり笑って戻っていった。 -
-
少し休んでここから歩いていけるテオドシウスの城壁へ。
古く重々しい感じの城壁が残っていた。トルコの旗が翻っている。
この辺り一体は公園のような感じになっていた。
そこにはおびただしい数のおじさんたちが集っていた。
トルコでは普通のおじさんたちが日も暮れないうちからこうして集っているのだ。 -
城壁のアーチをくぐるとシュミット(ゴマパン)を売る屋台があった。
トルコではあちこちにこのシュミットを売る屋台がある。
一度食べてみたいと思っていたので買ってみる。1個10〜20円。
固めのパンにゴマがびっしり張り付いている。香ばしくて美味しい!
シュミットを手に記念撮影していると横を3人組のトルコ人が通りかかる。
わしらも一緒に入れてくれとやってきたので一緒に記念撮影。
みんなとても気さくでフレンドリーだ。
石段に腰掛けてゴマパンを食べていると握手を求めてくる老人や車の中から奇声を発して
冷やかす若者など皆の過剰なまでの反応が面白い・・ -
よそいきの格好をしたきれいな女の人とポーズを決めるおじさん2人。
この少し遅い簡単な昼食を済ませ近くのミフリマフジャーミーへ行く。
イスラム教徒たちが水場で手足を清めてモスクの中に入っていく。
どこかから声が響いてくる。アザーンだ・・
お祈りの時間に皆を呼び寄せる為の声だ。
私たちもモスクの中に入る。
後ろの方で正座していると帽子をかぶるようにと注意された。
建物の中だからと脱いでいたのだがお祈りの時には被らなくてはいけないようだ。
そういえば皆トルコ帽のようなものをきちっと被っている。 -
しばらくしてモスクの外に出る。
さあこれから私たちはあのオリエント急行のアジア側の終着駅であるシルケジ駅へ行くのだ。
近くにあったバスターミナルへ行き、
「シルケジ駅へはどういきますか?」とトルコ語で聞くとみんなが寄ってたかって教えてくれる。
バスに乗り込んだら乗り込んだで後ろに座っていたおじさんが私たちに建物の名前などを解説
してくれる。
みんな面倒見のいい人ばかり。 -
朝通ったヴァレンス水道橋へさしかかろうという時にふと水道橋の上を見ると人が歩いているではないか。
あんなところ歩けるのかー、と思った時にちょうどバスが止まった。
好奇心に駆られ私たちはとっさにバスを降りる。
バスから降りると子どもたちが私たちを見て「ジャポン、ジャポン」と
からかいながら追いかけてくる。
水道橋の上に登る。子どもたちは破れた金網の間からくぐって中に入っている。
ほんとはいけないのだろうが私たちもくぐり階段を登って一番高いところへ来る。
幅2mくらいの水道橋の上、フェンスも何もない。
はるか下には車が通っている。
究極の恐さだ・・
景色を眺めたり子どもたちと写真を撮ったり。
いつの間にか中学生?くらいの団体も加わり、私たちはシルケジ駅へ行く、というと
案内してやるとみんなぞろぞろついてきた。 -
裏道を通るとスイカが山のように積まれて売られていた。
のどが渇いていた私たちはスイカを一玉買う。
なんと一玉140円。スイカ売りのお兄さんが良く切れるなたのような包丁で手際よく切り分けてくれた。生ぬるいけど甘くて美味しい。
スイカを片手にぞろぞろと歩く。みんなで分けたが多くて余ってしまったので道端で世間話をしていた
おばさんや子どもたちにおすそ分け。
私たちと一緒にいた子どもたちがおばさんに「Thank you」って言うんだよと教えるとおばさんは少し照れながら「Thank you」と言って喜んでくれた。 -
しばらく歩くと5つのミナレットを持つファーティフジャーミーが現れた。
子どもたちと入ってみる。
外の暑さに比べて中はひんやりと冷たい。
子どもたちにイスラム式のお祈りの仕方をやってみて、というと1人の子が一通りやってみせてくれた。
回りで見ている少年たちは真面目な顔つきで演じている少年を見てくすくす笑い冷やかしている。
モスクを出たところではバザールが開けていた。
蚤の市のように古いガラクタや本などが売っている。
私たちはシルケジ駅へ行きたかったのでそろそろみんなと別れてタクシーに乗ろうとすると少年が路面電車があると言う。
なんと最近出来たばかりの路面電車は無料で乗れるようだ。
少年たちはエミノニュの動物園へ行こうと言う、
結局動物園へ行くことに。
動物園はお祭りの日のようにお店が立ち並びにぎやか。
歩いていると少年がタバコを吸いたいからお金をくれと言い出す。
未成年のくせにダメだ!と言ってムッとして歩き続ける私たち。しばらくしてまたやってきた少年たちは両手にアイスクリームを持っている。
私たちにプレゼントだという。
一度食べてみたいと思っていたアイスクリーム。
思わず顔がほころぶ。
なかなか気が効く子どもたちではないか・・
またそのアイスが美味しすぎる、ねっとりとした舌触りだが濃厚ではなくさっぽりしているアイス。
私はトルコで食べたものの中でベスト1は間違いなくアイスクリームだと思った。 -
アイスクリームを食べながら歩いているとちょうど動物園の出口へやってきた。
出口を出ると海が目の前に開けている。こんなに海の近くに来たのは今日初めてだ。たくさんの人たちがくつろいでる。
さわやかな風が吹き、景色も抜群だ。
船着場から船が出ている。
向こう岸はアジア側、ふと私たちも船に乗って見たい衝動に駆られる。
しかしもう夕方を過ぎているので今から行って帰れるのかどうか・・と迷いつつフラフラしてると
背後から突如声がかかる。
1人の青年に早口の英語でまくし立てられる。
どうやら私たちが困っているように見えたようだ。
助けが欲しいなら助けてあげるよ、と言っている。
その青年は22歳、パイロット目指して訓練中の学生。
態度がやたらと毅然としている。
その青年はどうやら友人に一目ぼれしたようで自分の写真を取り出し住所と名前を書き、帰ったらすぐ手紙を送れ!というのだ。
それがもうほどんど命令口調で強引なのである。
そして自分は四年後に日本へ行くことになるのでその
時には君たちに案内してもらう、と言っている。
更に挙句の果てに「英語はとても重要な言葉なんだ。君たちはもっと英語を勉強しなければならない!」
と説教までされてしまう。
私たちはその青年のあまりの有無を言わせぬ迫力に引いてしまっていた。
そして最後に全員で写真を撮り、子どもたちや青年と一人づつ握手をし、さよならを言ってタクシーに乗り込んだ。
はーっ、それにしても何と激しい一日であったことか・・友人と共に今日の一日を振り返る。
さまざまなすばらしいものを見、さまざまな強烈な人々と出合った。
やりたいだけやってみたので思い残すことはない。
最後の気力を振り絞った1日であった。 -
最終日朝、目を覚ます・・
昨日のことは夢の中のことのよう。
ふと現実に戻る。
朝9時の集合時間までにまだ時間がある。
ガラタ橋へ行って、もう一度イスタンブールの風景を心に焼きつけておきたい。
最後のあがきだ。
朝靄のガラタ橋に立つ。
私たちが初めて見た時と変わらない風景がそこにある。
このままずーっと変わらないでいてほしい。
ここで見たもの、起こったこと、感じたこと全てを
私の一つの宝物として心にしまう、そしてこの現実に感謝した。 -
イスタンブールよ、さようなら〜〜
この旅行記のタグ
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