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 またまた古いネタで恐縮ですが・・・ <br /> 1996年の暮れに出かけた北イタリアの記録です、この当時は、塩野七生さんの本をよく読んでいたもので、その影響もあったのですね、特にヴェネチアに興味を魅かれて、ちょっと、出かけました。<br /> パート?は、フィレンツェとその周辺、この辺りに来たのは二度目ですけれど、今回は、以前の旅(1988年)では行けなかった、トスカーナの小さな町を訪ねてみました。<br /><br /> 表紙の写真は、古くローマ時代からの北イタリアの要衝、ルッカの町の風景です。

北イタリア 1996、冬の旅 1 フィレンツェとその周辺 (アレッツォ・ルッカ・フェッラーラ etc.)

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1996/12/20 - 1996/12/29

42位(同エリア80件中)

2

37

ももんがあまん

ももんがあまんさん

 またまた古いネタで恐縮ですが・・・
 1996年の暮れに出かけた北イタリアの記録です、この当時は、塩野七生さんの本をよく読んでいたもので、その影響もあったのですね、特にヴェネチアに興味を魅かれて、ちょっと、出かけました。
 パート?は、フィレンツェとその周辺、この辺りに来たのは二度目ですけれど、今回は、以前の旅(1988年)では行けなかった、トスカーナの小さな町を訪ねてみました。

 表紙の写真は、古くローマ時代からの北イタリアの要衝、ルッカの町の風景です。

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
鉄道 高速・路線バス
  • アレッツォ、城砦からの風景<br /> 日本からミラノへの直行便は、夜の八時ごろに到着します、真夜中に安宿を探すのも大変なので、そのまま夜行列車に飛び乗って、トスカーナの町まで行く事にしました。<br /> フィレンツェまでだとまだ真夜中なので、アレッツォまで、此処まで来れば、夜も明けて、明るさも、良い頃合になります。

    アレッツォ、城砦からの風景
     日本からミラノへの直行便は、夜の八時ごろに到着します、真夜中に安宿を探すのも大変なので、そのまま夜行列車に飛び乗って、トスカーナの町まで行く事にしました。
     フィレンツェまでだとまだ真夜中なので、アレッツォまで、此処まで来れば、夜も明けて、明るさも、良い頃合になります。

  • アレッツォ、城癖からの風景<br /> アレッツォの町は、ローマ以前からの、古代エトルリア起源の町だそうです、エトルリア起源の例に漏れず、この町も片側は絶壁で、常に外敵の進入に気を配っていた事が解かります。<br /> 古代ローマを考える時、僕の場合、そのイメージは、ローマ軍の兵士の衣装などが思い浮かび、常に戦争をしていた軍事国家という印象が強いのですけれど、こうしたエトルリアの町の形状を見れば、争いは、遥か以前より当たり前に続いており、むしろローマが、ある一時期(歴史的には、かなり長い間)、その版図に、平和をもたらしたのだと、そうも思うのですね。

    アレッツォ、城癖からの風景
     アレッツォの町は、ローマ以前からの、古代エトルリア起源の町だそうです、エトルリア起源の例に漏れず、この町も片側は絶壁で、常に外敵の進入に気を配っていた事が解かります。
     古代ローマを考える時、僕の場合、そのイメージは、ローマ軍の兵士の衣装などが思い浮かび、常に戦争をしていた軍事国家という印象が強いのですけれど、こうしたエトルリアの町の形状を見れば、争いは、遥か以前より当たり前に続いており、むしろローマが、ある一時期(歴史的には、かなり長い間)、その版図に、平和をもたらしたのだと、そうも思うのですね。

  • アレッツォ、広場の風景<br /> 旧市街の中心、午前九時です、広場にはまだ、殆ど人がいません、日本より、朝はかなり遅いようです。<br /> 中世の、勇ましい時代を偲ばせる、騎士の像が広場を見下ろしています、誰なのかは知りませんけど?<br /><br /> アレッツォの町は、トスカーナでもかなり地味な町ですけれど、僕の中では、隣町(アッシジ)の、セント・フランスェスカ(1182〜1226)が、初めて参加して捕虜になった、戦争相手の町として、インプットされています、彼はこの町との戦争体験が元で、故郷に帰ってからも引き篭もりとなり、人生観を180度変えて平和主義者となるのですね。

    アレッツォ、広場の風景
     旧市街の中心、午前九時です、広場にはまだ、殆ど人がいません、日本より、朝はかなり遅いようです。
     中世の、勇ましい時代を偲ばせる、騎士の像が広場を見下ろしています、誰なのかは知りませんけど?

     アレッツォの町は、トスカーナでもかなり地味な町ですけれど、僕の中では、隣町(アッシジ)の、セント・フランスェスカ(1182〜1226)が、初めて参加して捕虜になった、戦争相手の町として、インプットされています、彼はこの町との戦争体験が元で、故郷に帰ってからも引き篭もりとなり、人生観を180度変えて平和主義者となるのですね。

  • アレッツォ、騎士の像<br /><br /> この像、どうも正面よりも、後姿の方が気に入ってしまったようで・・・ 正面の写真がありません・・・ どなたかは、存じませんけれど・・・ 。<br /><br /> 衣装と言い、足元の兜といい、いかにも勇ましい、中世のイメージにぴったりですけれど、作品としては、ルネサンスよりも、更に、ずっと後の時代ではないかと思います、リアルだし、ちょっと、かっこよすぎますしね、多分・・・ 。

    アレッツォ、騎士の像

     この像、どうも正面よりも、後姿の方が気に入ってしまったようで・・・ 正面の写真がありません・・・ どなたかは、存じませんけれど・・・ 。

     衣装と言い、足元の兜といい、いかにも勇ましい、中世のイメージにぴったりですけれど、作品としては、ルネサンスよりも、更に、ずっと後の時代ではないかと思います、リアルだし、ちょっと、かっこよすぎますしね、多分・・・ 。

  • アレッツォ、広場&井戸<br /><br /> これもまた、中世の町の広場には、何処にでもある、篭城戦には、必要不可欠なアイテムであります。<br /> どれくらい深いんでしょうか?  覗いておりませんので、良く解かりませんです。

    アレッツォ、広場&井戸

     これもまた、中世の町の広場には、何処にでもある、篭城戦には、必要不可欠なアイテムであります。
     どれくらい深いんでしょうか? 覗いておりませんので、良く解かりませんです。

  • アレッツォの街並<br /> この町が日本で一躍、有名と成ったのは、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の町(ロケ地)としてで、特別に有名な建物も遺跡もがあるわけでは無いですけれど、街並は旧く、雰囲気はたっぷりです。<br /> マア、映画が名作かどうかは、いろいろと異論もありましょうけれど、壺に嵌まると泣かされる作品ではあります・・・ <br /><br /> 写真はべつにモノクロではないのですけれど、冬場ですし、朝ですし、カメラの性能もかなり悪いのです、シャッタースピードが狂いっぱなしで(早くなったり遅くなったり)、どうにも思うような絵になりませんし、色彩もおかしい(常に青色に偏向し過ぎ)。

    アレッツォの街並
     この町が日本で一躍、有名と成ったのは、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の町(ロケ地)としてで、特別に有名な建物も遺跡もがあるわけでは無いですけれど、街並は旧く、雰囲気はたっぷりです。
     マア、映画が名作かどうかは、いろいろと異論もありましょうけれど、壺に嵌まると泣かされる作品ではあります・・・

     写真はべつにモノクロではないのですけれど、冬場ですし、朝ですし、カメラの性能もかなり悪いのです、シャッタースピードが狂いっぱなしで(早くなったり遅くなったり)、どうにも思うような絵になりませんし、色彩もおかしい(常に青色に偏向し過ぎ)。

  • アレッツォの街角<br /><br /> 町の路地の風景です、クリスマスのイルミネーションが、ささやかですけれど、飾られています、町もジミですけれど、飾りもジミです。<br /><br /> 店頭の果物に色が付いているので、かろうじて、モノクロでは無いと、解かってもらえるでしょうかね・・・ ホント、苦労させられるカメラであります。

    アレッツォの街角

     町の路地の風景です、クリスマスのイルミネーションが、ささやかですけれど、飾られています、町もジミですけれど、飾りもジミです。

     店頭の果物に色が付いているので、かろうじて、モノクロでは無いと、解かってもらえるでしょうかね・・・ ホント、苦労させられるカメラであります。

  • フィレンツェ (ジョットの鐘楼から)<br /><br /> 花の聖母寺として有名な、ドゥオモの隣に建っている塔からの一枚です、シーズンオフにも替わらず、ドゥオモのクーポラへの階段は、人波で「押すな押すな!」状態なので、人ごみ大嫌いで、並ぶのもうんざりと言う僕としては、仕方がありません、こちらで我慢ですね。<br /><br /> ドゥオモの写真は、他にもあるのですけれど、例によって白い大理石に、シャッタースピードが開きすぎ、フィルムがハレーションを起こして、どうにも成りません、従って、ボツ(涙々)であります。

    フィレンツェ (ジョットの鐘楼から)

     花の聖母寺として有名な、ドゥオモの隣に建っている塔からの一枚です、シーズンオフにも替わらず、ドゥオモのクーポラへの階段は、人波で「押すな押すな!」状態なので、人ごみ大嫌いで、並ぶのもうんざりと言う僕としては、仕方がありません、こちらで我慢ですね。

     ドゥオモの写真は、他にもあるのですけれど、例によって白い大理石に、シャッタースピードが開きすぎ、フィルムがハレーションを起こして、どうにも成りません、従って、ボツ(涙々)であります。

  • アポストリカの鐘 (ジョットの鐘楼)<br /><br /> 鐘楼の上のテラスに置いてあった鐘です、元々は、こいつが鳴っていたのでしょうか、かなりでかいです。<br /> 中世に於いては、鐘の音の聞こえる範囲が、その町の内であったとか、教会の礼拝のみならず、外敵の侵入を知らせたり、市の開催を知らせたり、また、病を打ち払ったり、嵐を鎮めたりの呪術的な意味もあり、実に多様で、共同体にとって重要な役目を果たすものであったとか、ヨーロッパの人々の鐘への愛着は、多分、日本の寺院のそれを超えるものかもしれません。

    アポストリカの鐘 (ジョットの鐘楼)

     鐘楼の上のテラスに置いてあった鐘です、元々は、こいつが鳴っていたのでしょうか、かなりでかいです。
     中世に於いては、鐘の音の聞こえる範囲が、その町の内であったとか、教会の礼拝のみならず、外敵の侵入を知らせたり、市の開催を知らせたり、また、病を打ち払ったり、嵐を鎮めたりの呪術的な意味もあり、実に多様で、共同体にとって重要な役目を果たすものであったとか、ヨーロッパの人々の鐘への愛着は、多分、日本の寺院のそれを超えるものかもしれません。

  • フィレンツェの街並 <br /> ジョットの鐘楼からの眺めです、フィレンツェの町というのは、美しいのですけれど、その美しさには、整然とした、計画されたところがあって、いわゆる中世的な、自然発生的な、ゴミビミした処は殆どありません、その意味で、少し面白みに欠ける、という気もしないではないです。<br /> それからこれも、ルネサンス時代の特徴なのでしょうけれど、建物にも、後のバロックやロココ、更には、ロマン主義の時代のような、飾り気や華やかさと言ったところが無いのですね、殆どが、合理的で機能的に出来ていて、見方によっては、そっけないほどに、余分なものが削られているのですね、いろいろな意味で一番、現代の、我々の時代に近い時代と言えるかもしれません。

    フィレンツェの街並
     ジョットの鐘楼からの眺めです、フィレンツェの町というのは、美しいのですけれど、その美しさには、整然とした、計画されたところがあって、いわゆる中世的な、自然発生的な、ゴミビミした処は殆どありません、その意味で、少し面白みに欠ける、という気もしないではないです。
     それからこれも、ルネサンス時代の特徴なのでしょうけれど、建物にも、後のバロックやロココ、更には、ロマン主義の時代のような、飾り気や華やかさと言ったところが無いのですね、殆どが、合理的で機能的に出来ていて、見方によっては、そっけないほどに、余分なものが削られているのですね、いろいろな意味で一番、現代の、我々の時代に近い時代と言えるかもしれません。

  • フィレンツェ<br />アルノ川&ポント・ヴェッキォ<br /> 有名な橋です、どちらかと言えば、飾り気の無い、シンプルな街並の中では、かなり印象的な、中世期特有の屋根つきの橋で、観光客にも人気のあるところです、今は金細工やら宝石店やら、貴金属店が並んでいるけれど、中世期には、肉屋が並んでいて、相当に臭かったようで、現在のようなお店(貴金属店)が並ぶようになったのは、共和制国家フィレンツェが、トスカーナ大公国という君主国に変って後、肉屋さんたちが、強権でもって立ち退かされた16世紀以降の事であるとか、マアそれでも充分、歴史はありますねえ・・・。<br /> 

    フィレンツェ
    アルノ川&ポント・ヴェッキォ
     有名な橋です、どちらかと言えば、飾り気の無い、シンプルな街並の中では、かなり印象的な、中世期特有の屋根つきの橋で、観光客にも人気のあるところです、今は金細工やら宝石店やら、貴金属店が並んでいるけれど、中世期には、肉屋が並んでいて、相当に臭かったようで、現在のようなお店(貴金属店)が並ぶようになったのは、共和制国家フィレンツェが、トスカーナ大公国という君主国に変って後、肉屋さんたちが、強権でもって立ち退かされた16世紀以降の事であるとか、マアそれでも充分、歴史はありますねえ・・・。
     

  • フィレンツェ<br />ヴェッキォ宮の見える風景<br /> ヴェッキオ宮とは、元メディチ家の宮殿であった建物です、現在は市庁舎として使用されているそうですけれど、中の様子は覚えていません、入ったと思うのですけれど、記憶が無いのですね。<br /> 町の実質的な支配者の館だったのですけれど、建物はかなりジミで、飾り気も、塔以外、殆ど感じるところの無い建物です、建前としては、共和制であったフィレンツェで、支配者が最も恐れたものは、市民の「嫉妬」であったとか、地味な建物は、そのせいでもあるのですけれど、それでもマア、ルネサンス期特有の、シンプルで均整の取れた美しさは感じ取れる、そんな建物です。

    フィレンツェ
    ヴェッキォ宮の見える風景
     ヴェッキオ宮とは、元メディチ家の宮殿であった建物です、現在は市庁舎として使用されているそうですけれど、中の様子は覚えていません、入ったと思うのですけれど、記憶が無いのですね。
     町の実質的な支配者の館だったのですけれど、建物はかなりジミで、飾り気も、塔以外、殆ど感じるところの無い建物です、建前としては、共和制であったフィレンツェで、支配者が最も恐れたものは、市民の「嫉妬」であったとか、地味な建物は、そのせいでもあるのですけれど、それでもマア、ルネサンス期特有の、シンプルで均整の取れた美しさは感じ取れる、そんな建物です。

  • フィレンツェの街角<br /><br /> 街並は、アレッツォなどと比べても美しく、さすがに都会です、心なしか、歩いている人もセンスがありそうな気が・・・ 。

    フィレンツェの街角

     街並は、アレッツォなどと比べても美しく、さすがに都会です、心なしか、歩いている人もセンスがありそうな気が・・・ 。

  • フィエーゾレ、風景<br /><br /> フィレンツェの北、約8k、エトルリア時代からの歴史を持つと言われる丘の上の町です、フィレンツェの町を離れて、少し静かな町でのんびりしたい人向き、僧院とローマ時代の遺跡の残る小さな町です。<br /><br /> 坂道は、Via San Francesco 遥か遠くには、フィレンツェの街並も見えます。

    フィエーゾレ、風景

     フィレンツェの北、約8k、エトルリア時代からの歴史を持つと言われる丘の上の町です、フィレンツェの町を離れて、少し静かな町でのんびりしたい人向き、僧院とローマ時代の遺跡の残る小さな町です。

     坂道は、Via San Francesco 遥か遠くには、フィレンツェの街並も見えます。

  • フィエーゾレの僧院<br /><br /> サン・フランチェスコ教会に付属の僧院があります、小さな僧房に、小さな中庭のある、いかにもフランチェスコ派らしい、質素な狭い僧院ですけれど・・・ 誰も、いませんでした、現役の修道僧は、もういないのでしょうか??

    フィエーゾレの僧院

     サン・フランチェスコ教会に付属の僧院があります、小さな僧房に、小さな中庭のある、いかにもフランチェスコ派らしい、質素な狭い僧院ですけれど・・・ 誰も、いませんでした、現役の修道僧は、もういないのでしょうか??

  • ルッカの風景<br /> フィレンツェから、ローカル電車で約30分、古代ローマ時代には、北の要衝であった町で、ガリアへ遠征していたカエサルが、毎冬ごとに帰ってきて、ポンペイウス&クラッススと共に密談した事で(第一次三頭政治)有名な町です。<br /> アルプスからは、だいぶ離れているのですけれど、ご苦労さんな事ですねえ・・・ いや、たいしたもんです。

    ルッカの風景
     フィレンツェから、ローカル電車で約30分、古代ローマ時代には、北の要衝であった町で、ガリアへ遠征していたカエサルが、毎冬ごとに帰ってきて、ポンペイウス&クラッススと共に密談した事で(第一次三頭政治)有名な町です。
     アルプスからは、だいぶ離れているのですけれど、ご苦労さんな事ですねえ・・・ いや、たいしたもんです。

  • ルッカ、城砦の遊歩道<br /> 町の周囲は、ぐるりと城壁で取り囲まれていて、今もほぼ完全な形で残っています、城壁の上は、広い遊歩道になっていて、車が走れるほどですね。

    ルッカ、城砦の遊歩道
     町の周囲は、ぐるりと城壁で取り囲まれていて、今もほぼ完全な形で残っています、城壁の上は、広い遊歩道になっていて、車が走れるほどですね。

  • ルッカ、城砦の遊歩道<br /> 町自体は、ローマ時代からの町ですけれど、この城壁自体は、ルネサンス以降のものだろうと推測されます(幅の広い城壁は、戦争に大砲が使用されるようになって以降の形態であるとか)。

    ルッカ、城砦の遊歩道
     町自体は、ローマ時代からの町ですけれど、この城壁自体は、ルネサンス以降のものだろうと推測されます(幅の広い城壁は、戦争に大砲が使用されるようになって以降の形態であるとか)。

  • ルッカ、保塁<br /> ルッカは周辺に、フィレンツェとかピサとかの、有力都市国家が存在したのだけれど、中世期(12世紀以降)を通じて、終始独立国家としての立場を堅持したと言われています、マア、小さな町だから、無視されたのかもしれませんけれど、この頑丈な城壁も、有効だったのかも知れません。

    ルッカ、保塁
     ルッカは周辺に、フィレンツェとかピサとかの、有力都市国家が存在したのだけれど、中世期(12世紀以降)を通じて、終始独立国家としての立場を堅持したと言われています、マア、小さな町だから、無視されたのかもしれませんけれど、この頑丈な城壁も、有効だったのかも知れません。

  • ルッカの風景<br /><br /> 城壁の遊歩道から眺める街並は、とても風情があります、周囲4kほどの城壁で、町はいかにもこじんまりとした、良い感じです。<br /><br /> こういう町に育つという事は、多分、良かれ悪しかれ、濃密な人間関係というものを経験する事になるのでしょうねえ・・・ ヨーロッパのパトリシズム(愛郷心)の原型を見るような、そんな思いがします、マア、町が小さすぎて、サッカーチームは無いかもしれませんけれど・・・??。

    ルッカの風景

     城壁の遊歩道から眺める街並は、とても風情があります、周囲4kほどの城壁で、町はいかにもこじんまりとした、良い感じです。

     こういう町に育つという事は、多分、良かれ悪しかれ、濃密な人間関係というものを経験する事になるのでしょうねえ・・・ ヨーロッパのパトリシズム(愛郷心)の原型を見るような、そんな思いがします、マア、町が小さすぎて、サッカーチームは無いかもしれませんけれど・・・??。

  • ルッカの風景<br /> <br /> 同じく、遊歩道から眺めた、ルッカの町の風景です、カメラがいま少し、言う事を聞いてくれれば・・・ と思う一枚であります。

    ルッカの風景
     
     同じく、遊歩道から眺めた、ルッカの町の風景です、カメラがいま少し、言う事を聞いてくれれば・・・ と思う一枚であります。

  • ルッカの街並<br /><br /> 周囲4キロ程度と言えば、ちょうど東京の内堀通り(皇居周辺の通り)より、尚少し短いくらいです、町のスケールが解かってもらえるでしょうか?<br /> 歩いた感じでは、それよりずっと狭いような、そんな感じでした(平坦なせいでしょうかね?)。

    ルッカの街並

     周囲4キロ程度と言えば、ちょうど東京の内堀通り(皇居周辺の通り)より、尚少し短いくらいです、町のスケールが解かってもらえるでしょうか?
     歩いた感じでは、それよりずっと狭いような、そんな感じでした(平坦なせいでしょうかね?)。

  • ルッカ、劇場広場<br /><br /> ローマ時代の円形闘技場の跡地ですね、一目見るなり、それと解かります、今は住居やら、お店やらとして利用されているようです、つぶさずに、歴史的遺物を上手く改造、利用しているのが凄いです、マア、石の建造物だから出来るものでもありますけれど・・・ こんな所に部屋でも借りて、住んでみたい気にさせられるのも、僕だけではないでしょうねえ。

    ルッカ、劇場広場

     ローマ時代の円形闘技場の跡地ですね、一目見るなり、それと解かります、今は住居やら、お店やらとして利用されているようです、つぶさずに、歴史的遺物を上手く改造、利用しているのが凄いです、マア、石の建造物だから出来るものでもありますけれど・・・ こんな所に部屋でも借りて、住んでみたい気にさせられるのも、僕だけではないでしょうねえ。

  • ルッカ、劇場広場<br /><br /> どうも、壁面が白いと、フィルムがハレーションを起こすのですね、微妙にカメラの何かが狂っているようです、パソコンで調整して、これが精一杯です、でもマア、感じは解かって頂けるでしょうか?

    ルッカ、劇場広場

     どうも、壁面が白いと、フィルムがハレーションを起こすのですね、微妙にカメラの何かが狂っているようです、パソコンで調整して、これが精一杯です、でもマア、感じは解かって頂けるでしょうか?

  • ルッカの街並<br /><br /> こちらが広場の外壁です、こちらの方がはっきりと、これが円形闘技場だったことが、良く感じられます、だいぶ修繕の手は、入っているようですけれど。

    ルッカの街並

     こちらが広場の外壁です、こちらの方がはっきりと、これが円形闘技場だったことが、良く感じられます、だいぶ修繕の手は、入っているようですけれど。

  • ルッカの街角<br /><br /> 中世の町ルッカの、細い路地裏です、その細い道を、自転車やらオートバイやらが行き交っております、いかにもイタリアらしい風景、そんな感じです。<br /><br /> 明るい部分は、相変わらずの、露出過剰の感じですね、ホントにまったくの、ポンコツカメラです。

    ルッカの街角

     中世の町ルッカの、細い路地裏です、その細い道を、自転車やらオートバイやらが行き交っております、いかにもイタリアらしい風景、そんな感じです。

     明るい部分は、相変わらずの、露出過剰の感じですね、ホントにまったくの、ポンコツカメラです。

  • ルッカの街並<br /><br /> ロマネスクの鐘楼に、ビザンチン風の丸屋根の僧院?です。<br /> 街角の到る所で歴史を感じさせてくれる、そんな町です。

    ルッカの街並

     ロマネスクの鐘楼に、ビザンチン風の丸屋根の僧院?です。
     街角の到る所で歴史を感じさせてくれる、そんな町です。

  • ルッカッ、サン・ミケーレ教会<br /><br /> ピサ・ルッカ様式と言われているらしい、サン・ミケーレ教会のファサードです、殆ど白大理石の美しい建築物ですけれど、今回のカメラでは、こうした白一色の建物を、上手く取るのは、至難の業と言う感じであります、マア、腕も悪いのでしょうけれど・・・ カバーできないカメラも悪い・・・

    ルッカッ、サン・ミケーレ教会

     ピサ・ルッカ様式と言われているらしい、サン・ミケーレ教会のファサードです、殆ど白大理石の美しい建築物ですけれど、今回のカメラでは、こうした白一色の建物を、上手く取るのは、至難の業と言う感じであります、マア、腕も悪いのでしょうけれど・・・ カバーできないカメラも悪い・・・

  • ピストイア、ドゥオモ&広場<br /> ルッカからフィレンツェに帰る途中に立ち寄った町です、写真は町のドゥオモ、ピサ様式とフィレンツェ様式の折衷であるそうですけれど、何処がピサで何処がフィレンツェかは、良く解からんです? 多分上のファサードがピサで、下の縞々がフィレンツェでは無いかと思うのですけれど・・・??

    ピストイア、ドゥオモ&広場
     ルッカからフィレンツェに帰る途中に立ち寄った町です、写真は町のドゥオモ、ピサ様式とフィレンツェ様式の折衷であるそうですけれど、何処がピサで何処がフィレンツェかは、良く解からんです? 多分上のファサードがピサで、下の縞々がフィレンツェでは無いかと思うのですけれど・・・??

  • ピストイア、洗礼堂<br /><br /> こちらは完全に、フィレンツェ様式という事になるのでしょうか?  フィレンツェの、サン・ジョバンニ洗礼堂を小型にしたようなデザインで、とても良く似ています。<br /><br /> ピストイアも、ルッカと同じく、ピサとフィレンツェの勢力圏の間にあつた町ですけれど、最終的には、ピサがフィレンツェに敗れると共に、フィレンツェの支配するところとなったようです、この洗礼堂などは、まさにその影響を示すものであるようです。

    ピストイア、洗礼堂

     こちらは完全に、フィレンツェ様式という事になるのでしょうか? フィレンツェの、サン・ジョバンニ洗礼堂を小型にしたようなデザインで、とても良く似ています。

     ピストイアも、ルッカと同じく、ピサとフィレンツェの勢力圏の間にあつた町ですけれど、最終的には、ピサがフィレンツェに敗れると共に、フィレンツェの支配するところとなったようです、この洗礼堂などは、まさにその影響を示すものであるようです。

  • ピストイアの街並<br /><br /> ドゥオモの近くの旧市街の、薄暗くて細い路地です、夜ともなれば、いま少しにぎやかになるのでしょうかねえ?<br /> 明後日はクリスマスで、本日はイブ・イブなのですけれど・・・ 日本とは、だいぶ違うようです。

    ピストイアの街並

     ドゥオモの近くの旧市街の、薄暗くて細い路地です、夜ともなれば、いま少しにぎやかになるのでしょうかねえ?
     明後日はクリスマスで、本日はイブ・イブなのですけれど・・・ 日本とは、だいぶ違うようです。

  • プラート、ドゥオモ<br /> ピストイアより、よりフィレンツェに近づいた処の町です、町の歴史も、ほぼフィレンツェと共にあったようで、ドゥオモのデザインも、フィレンツェにならっているのでしょうか? 少なくともピサとは、だいぶ違うようです。<br /> ピストイアもこの町も、かなり駆け足になってしまったので、町としての印象はあまり無いのですけれど、旧市街はこじんまりとして、それなりに楽しめます、でもやはり、ルッカの方が、印象的ではありますね。

    プラート、ドゥオモ
     ピストイアより、よりフィレンツェに近づいた処の町です、町の歴史も、ほぼフィレンツェと共にあったようで、ドゥオモのデザインも、フィレンツェにならっているのでしょうか? 少なくともピサとは、だいぶ違うようです。
     ピストイアもこの町も、かなり駆け足になってしまったので、町としての印象はあまり無いのですけれど、旧市街はこじんまりとして、それなりに楽しめます、でもやはり、ルッカの方が、印象的ではありますね。

  • フェッラーラの並木道<br /> フェラーラは、フィレンツェからヴェネチァへ向う途中の町です、本日はクリスマス・イブ、町はかなり閑散としておりますけれど、とにかく、計画通り、この町で、一泊することにします。

    フェッラーラの並木道
     フェラーラは、フィレンツェからヴェネチァへ向う途中の町です、本日はクリスマス・イブ、町はかなり閑散としておりますけれど、とにかく、計画通り、この町で、一泊することにします。

  • フェッラーラ、エステンセ城<br />  フェラーラの町は、七世紀、ラヴェンナの植民地として歴史に現れた、イタリアの町としては、かなり新しい町?だそうです、その後カノッサ一族の版図だったそうですけれど、発展したのは、13世紀、この地域がエステ家の支配に入って以降の、ルネサンス時代の事だそうです、そのせいか、町は、計画性をもって作られ、通りは広く、整然とした美しさを持っています、フィレンツェほどハデでも、有名でもないけれど、ルネサンスの息吹を感じさせる、そんな町です。

    フェッラーラ、エステンセ城
      フェラーラの町は、七世紀、ラヴェンナの植民地として歴史に現れた、イタリアの町としては、かなり新しい町?だそうです、その後カノッサ一族の版図だったそうですけれど、発展したのは、13世紀、この地域がエステ家の支配に入って以降の、ルネサンス時代の事だそうです、そのせいか、町は、計画性をもって作られ、通りは広く、整然とした美しさを持っています、フィレンツェほどハデでも、有名でもないけれど、ルネサンスの息吹を感じさせる、そんな町です。

  • フェッラーラ、エステンセ城<br /> エステ家というのは、元々はランゴバルト族の一部族で、戦争請負業者のようなものであったとか、言わばこの地の成り上がり者のタイラント(僭主)なのですね、この城のいかめしさは、当然その事に原因があるようで、つまり、必ずしも市民には歓迎されない、君主だったようです、堀をめぐらした城砦状の宮殿は、その事を示しているようです、他の、共和制の歴史を持つイタリアの町とは、その辺り、だいぶ雰囲気が違います。<br /> この城にまつわる有名人としては、いずれも女性で、マントーヴァ公に嫁いで、ルネサンスの庇護者としても有名なイザベッラ・デステ、それから、何度も政略結婚に利用された悲劇の女性、ルクレティア・ポルジア(教皇アレクサンドロ6世の娘)、その終焉の地という処でしょうか。

    フェッラーラ、エステンセ城
     エステ家というのは、元々はランゴバルト族の一部族で、戦争請負業者のようなものであったとか、言わばこの地の成り上がり者のタイラント(僭主)なのですね、この城のいかめしさは、当然その事に原因があるようで、つまり、必ずしも市民には歓迎されない、君主だったようです、堀をめぐらした城砦状の宮殿は、その事を示しているようです、他の、共和制の歴史を持つイタリアの町とは、その辺り、だいぶ雰囲気が違います。
     この城にまつわる有名人としては、いずれも女性で、マントーヴァ公に嫁いで、ルネサンスの庇護者としても有名なイザベッラ・デステ、それから、何度も政略結婚に利用された悲劇の女性、ルクレティア・ポルジア(教皇アレクサンドロ6世の娘)、その終焉の地という処でしょうか。

  • フェッラーラ、エステンセ城<br /> お城の傍にサヴォナローナの像がありました、彼は一時期のフィレンツェの支配者として、有名な僧ですけれど、この土地フェッラーラの出身であるそうです、塩野さんの小説では、悪役で、まるでピエロのようにも書かれていますけれど、ローマ教皇庁の腐敗を糾弾したという事では、宗教改革の先駆者とも評価され、此処フェッラーラでも、それなりの支持者を持っていたようです。<br /> 

    フェッラーラ、エステンセ城
     お城の傍にサヴォナローナの像がありました、彼は一時期のフィレンツェの支配者として、有名な僧ですけれど、この土地フェッラーラの出身であるそうです、塩野さんの小説では、悪役で、まるでピエロのようにも書かれていますけれど、ローマ教皇庁の腐敗を糾弾したという事では、宗教改革の先駆者とも評価され、此処フェッラーラでも、それなりの支持者を持っていたようです。
     

  • フェッラーラ、ディアマンテ城<br /><br /> ダイアモンドカットの外壁が美しい、ルネサンス期に立てられた宮殿で、現在は絵画館となっているそうですけれど、クリスマス休みでしょうか?<br /> 此処だけでなく、何処もかしこも入れないところばかり・・・ 仕方ないので、早めにヴェネチァへ向います。

    フェッラーラ、ディアマンテ城

     ダイアモンドカットの外壁が美しい、ルネサンス期に立てられた宮殿で、現在は絵画館となっているそうですけれど、クリスマス休みでしょうか?
     此処だけでなく、何処もかしこも入れないところばかり・・・ 仕方ないので、早めにヴェネチァへ向います。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • rinnmamaさん 2016/12/12 13:24:38
    猫ちゃんは元気ですか?
    ももんがあまんさん、こんにちは

    何時もありがとうございます。
    中々、書き込みができませんが・・猫ちゃんはだいぶ大きくなったのではありませんか?
    動物には癒されるのですが、長期旅行に行こうとすると大変ですが大丈夫ですか?
    我が家もリン君がいた時は、置いてまで行こうと思えなくて、せいぜい1泊の国内くらいでしたよ^^

    さて、ルッカですが趣があっていいですね!
    今年、夫が行った事がないのでイタリア予定でしたが、私が思いがけず入院・手術で大事をとって中止。。
    でも、来年は一人旅で長期にイタリアを彷徨う予定です。

    フェッラーラ・ルッカなども行けたら行きたいな〜と思っています。
    何処か拠点にして旅しようと考え中です。
    また、アドバイスをお願いいたします。が・自転車は無理ですので、鉄道で移動しやすい街をお願いします^^

    何時も思っていたのですが、長期に旅をなさっていて、撮り貯めた写真はどの様に保存なさっていらっしゃるんですか?
    自転車なのでPC持参は無理でしょうから・・・
    カメラは自転車ではなくて背負っているの?素人目線すぎてごめんなさい^^

    1年間、ご訪問有難うございました。

    年末にむけてご自愛くださいませ。そして、早いですが良いお年をお迎えくださいね。

    rinnmama

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2016/12/12 20:12:06
    RE: 猫ちゃんは元気ですか?
     こんばんわ、rinnmamaさん。
     
     > 中々、書き込みができませんが・・猫ちゃんはだいぶ大きくなったのではありませんか?

     二匹とも、だいぶ大きくなりました、でも、顔つきはまだまだ子猫ですけどね・・・追いかけっこをしたり、プロレスをしたり、二匹でじゃれあって、スクスク育ってます・・・イロイロ、問題行動も有りますけど、猫ですのでね・・・時々、猫語で叱ってるのですけど、解ってるのかどうか?・・・辛抱辛抱・・・ハハ・・・もう少し大きくなったら、少しは大人しくなってくれるかも・・・?

     > 動物には癒されるのですが、長期旅行に行こうとすると大変ですが大丈夫ですか?
     > 我が家もリン君がいた時は、置いてまで行こうと思えなくて、せいぜい1泊の国内くらいでしたよ^^

     ペット屋さんと仲良くして、いざとなったら「長期割引」を期待してます・・ハハ・・それでも、最初は、三カ月は無理ですね・・・せいぜい、ひと月半くらい?

     > さて、ルッカですが趣があっていいですね!
     > 今年、夫が行った事がないのでイタリア予定でしたが、私が思いがけず入院・手術で大事をとって中止。 > でも、来年は一人旅で長期にイタリアを彷徨う予定です。
     > フェッラーラ・ルッカなども行けたら行きたいな〜と思っています。
     > 何処か拠点にして旅しようと考え中です。
     > また、アドバイスをお願いいたします。が・自転車は無理ですので、鉄道で移動しやすい街をお願いします^^

     イタリアは、まだまだ詳しくないので、ワタクシにとっても、次なる目標なのですけど・・・とりあえずのお勧めは、トスカーナの「ルッカ」や「サン・ジミジアーノ」、ヴェネチアの北にある「アーゾロ」、フランス国境の「アプリカーレ」「チェルボ」、南イタリアのプーリア州の「オトラント」「オストゥーニ」等、あまり知られていないマイナーな町や村としては、この辺りでしょうか(サン・ジミは有名ですけどね)・・・いずれも最寄りの街から、バスや鉄道で行けるところです・・・「アーゾロ」「アプリカーレ」「チェルボ」「オトラント」等は、今は「イタリアの美しい村」に認定されているのだとか。

     > 何時も思っていたのですが、長期に旅をなさっていて、撮り貯めた写真はどの様に保存なさっていらっしゃるんですか?
     > 自転車なのでPC持参は無理でしょうから・・・
     > カメラは自転車ではなくて背負っているの?素人目線すぎてごめんなさい^^

     メモリーは「8G」のを、現在八個持ってます、1個で、約1000枚撮れるとして、8000枚は撮れます・・・それを帰ってきてから、思い出しながら整理してます・・・時々、思い出せないのですけど(齢ですね)・・・ハハ・・・自転車を走らせながらも、カメラはいつも、肩から斜めに掛けております、走りながらも、「いい景色!」と思った時に、すぐ撮れるよう、常に準備してます。

     > 1年間、ご訪問有難うございました。
     >
     > 年末にむけてご自愛くださいませ。そして、早いですが良いお年をお迎えくださいね。

     こちらこそ、良いお年をお迎えください・・・rinnmamaさんが、体調を戻して、イタリアへ、ロングの旅が出来ますようにと、願っております。

                      by ももんがあまん

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