1996/12/20 - 1996/12/29
42位(同エリア80件中)
ももんがあまんさん
- ももんがあまんさんTOP
- 旅行記342冊
- クチコミ65件
- Q&A回答26件
- 665,878アクセス
- フォロワー95人
またまた古いネタで恐縮ですが・・・
1996年の暮れに出かけた北イタリアの記録です、この当時は、塩野七生さんの本をよく読んでいたもので、その影響もあったのですね、特にヴェネチアに興味を魅かれて、ちょっと、出かけました。
パート?は、フィレンツェとその周辺、この辺りに来たのは二度目ですけれど、今回は、以前の旅(1988年)では行けなかった、トスカーナの小さな町を訪ねてみました。
表紙の写真は、古くローマ時代からの北イタリアの要衝、ルッカの町の風景です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
-
アレッツォ、城砦からの風景
日本からミラノへの直行便は、夜の八時ごろに到着します、真夜中に安宿を探すのも大変なので、そのまま夜行列車に飛び乗って、トスカーナの町まで行く事にしました。
フィレンツェまでだとまだ真夜中なので、アレッツォまで、此処まで来れば、夜も明けて、明るさも、良い頃合になります。 -
アレッツォ、城癖からの風景
アレッツォの町は、ローマ以前からの、古代エトルリア起源の町だそうです、エトルリア起源の例に漏れず、この町も片側は絶壁で、常に外敵の進入に気を配っていた事が解かります。
古代ローマを考える時、僕の場合、そのイメージは、ローマ軍の兵士の衣装などが思い浮かび、常に戦争をしていた軍事国家という印象が強いのですけれど、こうしたエトルリアの町の形状を見れば、争いは、遥か以前より当たり前に続いており、むしろローマが、ある一時期(歴史的には、かなり長い間)、その版図に、平和をもたらしたのだと、そうも思うのですね。 -
アレッツォ、広場の風景
旧市街の中心、午前九時です、広場にはまだ、殆ど人がいません、日本より、朝はかなり遅いようです。
中世の、勇ましい時代を偲ばせる、騎士の像が広場を見下ろしています、誰なのかは知りませんけど?
アレッツォの町は、トスカーナでもかなり地味な町ですけれど、僕の中では、隣町(アッシジ)の、セント・フランスェスカ(1182〜1226)が、初めて参加して捕虜になった、戦争相手の町として、インプットされています、彼はこの町との戦争体験が元で、故郷に帰ってからも引き篭もりとなり、人生観を180度変えて平和主義者となるのですね。 -
アレッツォ、騎士の像
この像、どうも正面よりも、後姿の方が気に入ってしまったようで・・・ 正面の写真がありません・・・ どなたかは、存じませんけれど・・・ 。
衣装と言い、足元の兜といい、いかにも勇ましい、中世のイメージにぴったりですけれど、作品としては、ルネサンスよりも、更に、ずっと後の時代ではないかと思います、リアルだし、ちょっと、かっこよすぎますしね、多分・・・ 。 -
アレッツォ、広場&井戸
これもまた、中世の町の広場には、何処にでもある、篭城戦には、必要不可欠なアイテムであります。
どれくらい深いんでしょうか? 覗いておりませんので、良く解かりませんです。 -
アレッツォの街並
この町が日本で一躍、有名と成ったのは、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の町(ロケ地)としてで、特別に有名な建物も遺跡もがあるわけでは無いですけれど、街並は旧く、雰囲気はたっぷりです。
マア、映画が名作かどうかは、いろいろと異論もありましょうけれど、壺に嵌まると泣かされる作品ではあります・・・
写真はべつにモノクロではないのですけれど、冬場ですし、朝ですし、カメラの性能もかなり悪いのです、シャッタースピードが狂いっぱなしで(早くなったり遅くなったり)、どうにも思うような絵になりませんし、色彩もおかしい(常に青色に偏向し過ぎ)。 -
アレッツォの街角
町の路地の風景です、クリスマスのイルミネーションが、ささやかですけれど、飾られています、町もジミですけれど、飾りもジミです。
店頭の果物に色が付いているので、かろうじて、モノクロでは無いと、解かってもらえるでしょうかね・・・ ホント、苦労させられるカメラであります。 -
フィレンツェ (ジョットの鐘楼から)
花の聖母寺として有名な、ドゥオモの隣に建っている塔からの一枚です、シーズンオフにも替わらず、ドゥオモのクーポラへの階段は、人波で「押すな押すな!」状態なので、人ごみ大嫌いで、並ぶのもうんざりと言う僕としては、仕方がありません、こちらで我慢ですね。
ドゥオモの写真は、他にもあるのですけれど、例によって白い大理石に、シャッタースピードが開きすぎ、フィルムがハレーションを起こして、どうにも成りません、従って、ボツ(涙々)であります。 -
アポストリカの鐘 (ジョットの鐘楼)
鐘楼の上のテラスに置いてあった鐘です、元々は、こいつが鳴っていたのでしょうか、かなりでかいです。
中世に於いては、鐘の音の聞こえる範囲が、その町の内であったとか、教会の礼拝のみならず、外敵の侵入を知らせたり、市の開催を知らせたり、また、病を打ち払ったり、嵐を鎮めたりの呪術的な意味もあり、実に多様で、共同体にとって重要な役目を果たすものであったとか、ヨーロッパの人々の鐘への愛着は、多分、日本の寺院のそれを超えるものかもしれません。 -
フィレンツェの街並
ジョットの鐘楼からの眺めです、フィレンツェの町というのは、美しいのですけれど、その美しさには、整然とした、計画されたところがあって、いわゆる中世的な、自然発生的な、ゴミビミした処は殆どありません、その意味で、少し面白みに欠ける、という気もしないではないです。
それからこれも、ルネサンス時代の特徴なのでしょうけれど、建物にも、後のバロックやロココ、更には、ロマン主義の時代のような、飾り気や華やかさと言ったところが無いのですね、殆どが、合理的で機能的に出来ていて、見方によっては、そっけないほどに、余分なものが削られているのですね、いろいろな意味で一番、現代の、我々の時代に近い時代と言えるかもしれません。 -
フィレンツェ
アルノ川&ポント・ヴェッキォ
有名な橋です、どちらかと言えば、飾り気の無い、シンプルな街並の中では、かなり印象的な、中世期特有の屋根つきの橋で、観光客にも人気のあるところです、今は金細工やら宝石店やら、貴金属店が並んでいるけれど、中世期には、肉屋が並んでいて、相当に臭かったようで、現在のようなお店(貴金属店)が並ぶようになったのは、共和制国家フィレンツェが、トスカーナ大公国という君主国に変って後、肉屋さんたちが、強権でもって立ち退かされた16世紀以降の事であるとか、マアそれでも充分、歴史はありますねえ・・・。
-
フィレンツェ
ヴェッキォ宮の見える風景
ヴェッキオ宮とは、元メディチ家の宮殿であった建物です、現在は市庁舎として使用されているそうですけれど、中の様子は覚えていません、入ったと思うのですけれど、記憶が無いのですね。
町の実質的な支配者の館だったのですけれど、建物はかなりジミで、飾り気も、塔以外、殆ど感じるところの無い建物です、建前としては、共和制であったフィレンツェで、支配者が最も恐れたものは、市民の「嫉妬」であったとか、地味な建物は、そのせいでもあるのですけれど、それでもマア、ルネサンス期特有の、シンプルで均整の取れた美しさは感じ取れる、そんな建物です。 -
フィレンツェの街角
街並は、アレッツォなどと比べても美しく、さすがに都会です、心なしか、歩いている人もセンスがありそうな気が・・・ 。 -
フィエーゾレ、風景
フィレンツェの北、約8k、エトルリア時代からの歴史を持つと言われる丘の上の町です、フィレンツェの町を離れて、少し静かな町でのんびりしたい人向き、僧院とローマ時代の遺跡の残る小さな町です。
坂道は、Via San Francesco 遥か遠くには、フィレンツェの街並も見えます。 -
フィエーゾレの僧院
サン・フランチェスコ教会に付属の僧院があります、小さな僧房に、小さな中庭のある、いかにもフランチェスコ派らしい、質素な狭い僧院ですけれど・・・ 誰も、いませんでした、現役の修道僧は、もういないのでしょうか?? -
ルッカの風景
フィレンツェから、ローカル電車で約30分、古代ローマ時代には、北の要衝であった町で、ガリアへ遠征していたカエサルが、毎冬ごとに帰ってきて、ポンペイウス&クラッススと共に密談した事で(第一次三頭政治)有名な町です。
アルプスからは、だいぶ離れているのですけれど、ご苦労さんな事ですねえ・・・ いや、たいしたもんです。 -
ルッカ、城砦の遊歩道
町の周囲は、ぐるりと城壁で取り囲まれていて、今もほぼ完全な形で残っています、城壁の上は、広い遊歩道になっていて、車が走れるほどですね。 -
ルッカ、城砦の遊歩道
町自体は、ローマ時代からの町ですけれど、この城壁自体は、ルネサンス以降のものだろうと推測されます(幅の広い城壁は、戦争に大砲が使用されるようになって以降の形態であるとか)。 -
ルッカ、保塁
ルッカは周辺に、フィレンツェとかピサとかの、有力都市国家が存在したのだけれど、中世期(12世紀以降)を通じて、終始独立国家としての立場を堅持したと言われています、マア、小さな町だから、無視されたのかもしれませんけれど、この頑丈な城壁も、有効だったのかも知れません。 -
ルッカの風景
城壁の遊歩道から眺める街並は、とても風情があります、周囲4kほどの城壁で、町はいかにもこじんまりとした、良い感じです。
こういう町に育つという事は、多分、良かれ悪しかれ、濃密な人間関係というものを経験する事になるのでしょうねえ・・・ ヨーロッパのパトリシズム(愛郷心)の原型を見るような、そんな思いがします、マア、町が小さすぎて、サッカーチームは無いかもしれませんけれど・・・??。 -
ルッカの風景
同じく、遊歩道から眺めた、ルッカの町の風景です、カメラがいま少し、言う事を聞いてくれれば・・・ と思う一枚であります。 -
ルッカの街並
周囲4キロ程度と言えば、ちょうど東京の内堀通り(皇居周辺の通り)より、尚少し短いくらいです、町のスケールが解かってもらえるでしょうか?
歩いた感じでは、それよりずっと狭いような、そんな感じでした(平坦なせいでしょうかね?)。 -
ルッカ、劇場広場
ローマ時代の円形闘技場の跡地ですね、一目見るなり、それと解かります、今は住居やら、お店やらとして利用されているようです、つぶさずに、歴史的遺物を上手く改造、利用しているのが凄いです、マア、石の建造物だから出来るものでもありますけれど・・・ こんな所に部屋でも借りて、住んでみたい気にさせられるのも、僕だけではないでしょうねえ。 -
ルッカ、劇場広場
どうも、壁面が白いと、フィルムがハレーションを起こすのですね、微妙にカメラの何かが狂っているようです、パソコンで調整して、これが精一杯です、でもマア、感じは解かって頂けるでしょうか? -
ルッカの街並
こちらが広場の外壁です、こちらの方がはっきりと、これが円形闘技場だったことが、良く感じられます、だいぶ修繕の手は、入っているようですけれど。 -
ルッカの街角
中世の町ルッカの、細い路地裏です、その細い道を、自転車やらオートバイやらが行き交っております、いかにもイタリアらしい風景、そんな感じです。
明るい部分は、相変わらずの、露出過剰の感じですね、ホントにまったくの、ポンコツカメラです。 -
ルッカの街並
ロマネスクの鐘楼に、ビザンチン風の丸屋根の僧院?です。
街角の到る所で歴史を感じさせてくれる、そんな町です。 -
ルッカッ、サン・ミケーレ教会
ピサ・ルッカ様式と言われているらしい、サン・ミケーレ教会のファサードです、殆ど白大理石の美しい建築物ですけれど、今回のカメラでは、こうした白一色の建物を、上手く取るのは、至難の業と言う感じであります、マア、腕も悪いのでしょうけれど・・・ カバーできないカメラも悪い・・・ -
ピストイア、ドゥオモ&広場
ルッカからフィレンツェに帰る途中に立ち寄った町です、写真は町のドゥオモ、ピサ様式とフィレンツェ様式の折衷であるそうですけれど、何処がピサで何処がフィレンツェかは、良く解からんです? 多分上のファサードがピサで、下の縞々がフィレンツェでは無いかと思うのですけれど・・・?? -
ピストイア、洗礼堂
こちらは完全に、フィレンツェ様式という事になるのでしょうか? フィレンツェの、サン・ジョバンニ洗礼堂を小型にしたようなデザインで、とても良く似ています。
ピストイアも、ルッカと同じく、ピサとフィレンツェの勢力圏の間にあつた町ですけれど、最終的には、ピサがフィレンツェに敗れると共に、フィレンツェの支配するところとなったようです、この洗礼堂などは、まさにその影響を示すものであるようです。 -
ピストイアの街並
ドゥオモの近くの旧市街の、薄暗くて細い路地です、夜ともなれば、いま少しにぎやかになるのでしょうかねえ?
明後日はクリスマスで、本日はイブ・イブなのですけれど・・・ 日本とは、だいぶ違うようです。 -
プラート、ドゥオモ
ピストイアより、よりフィレンツェに近づいた処の町です、町の歴史も、ほぼフィレンツェと共にあったようで、ドゥオモのデザインも、フィレンツェにならっているのでしょうか? 少なくともピサとは、だいぶ違うようです。
ピストイアもこの町も、かなり駆け足になってしまったので、町としての印象はあまり無いのですけれど、旧市街はこじんまりとして、それなりに楽しめます、でもやはり、ルッカの方が、印象的ではありますね。 -
フェッラーラの並木道
フェラーラは、フィレンツェからヴェネチァへ向う途中の町です、本日はクリスマス・イブ、町はかなり閑散としておりますけれど、とにかく、計画通り、この町で、一泊することにします。 -
フェッラーラ、エステンセ城
フェラーラの町は、七世紀、ラヴェンナの植民地として歴史に現れた、イタリアの町としては、かなり新しい町?だそうです、その後カノッサ一族の版図だったそうですけれど、発展したのは、13世紀、この地域がエステ家の支配に入って以降の、ルネサンス時代の事だそうです、そのせいか、町は、計画性をもって作られ、通りは広く、整然とした美しさを持っています、フィレンツェほどハデでも、有名でもないけれど、ルネサンスの息吹を感じさせる、そんな町です。 -
フェッラーラ、エステンセ城
エステ家というのは、元々はランゴバルト族の一部族で、戦争請負業者のようなものであったとか、言わばこの地の成り上がり者のタイラント(僭主)なのですね、この城のいかめしさは、当然その事に原因があるようで、つまり、必ずしも市民には歓迎されない、君主だったようです、堀をめぐらした城砦状の宮殿は、その事を示しているようです、他の、共和制の歴史を持つイタリアの町とは、その辺り、だいぶ雰囲気が違います。
この城にまつわる有名人としては、いずれも女性で、マントーヴァ公に嫁いで、ルネサンスの庇護者としても有名なイザベッラ・デステ、それから、何度も政略結婚に利用された悲劇の女性、ルクレティア・ポルジア(教皇アレクサンドロ6世の娘)、その終焉の地という処でしょうか。 -
フェッラーラ、エステンセ城
お城の傍にサヴォナローナの像がありました、彼は一時期のフィレンツェの支配者として、有名な僧ですけれど、この土地フェッラーラの出身であるそうです、塩野さんの小説では、悪役で、まるでピエロのようにも書かれていますけれど、ローマ教皇庁の腐敗を糾弾したという事では、宗教改革の先駆者とも評価され、此処フェッラーラでも、それなりの支持者を持っていたようです。
-
フェッラーラ、ディアマンテ城
ダイアモンドカットの外壁が美しい、ルネサンス期に立てられた宮殿で、現在は絵画館となっているそうですけれど、クリスマス休みでしょうか?
此処だけでなく、何処もかしこも入れないところばかり・・・ 仕方ないので、早めにヴェネチァへ向います。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- rinnmamaさん 2016/12/12 13:24:38
- 猫ちゃんは元気ですか?
- ももんがあまんさん、こんにちは
何時もありがとうございます。
中々、書き込みができませんが・・猫ちゃんはだいぶ大きくなったのではありませんか?
動物には癒されるのですが、長期旅行に行こうとすると大変ですが大丈夫ですか?
我が家もリン君がいた時は、置いてまで行こうと思えなくて、せいぜい1泊の国内くらいでしたよ^^
さて、ルッカですが趣があっていいですね!
今年、夫が行った事がないのでイタリア予定でしたが、私が思いがけず入院・手術で大事をとって中止。。
でも、来年は一人旅で長期にイタリアを彷徨う予定です。
フェッラーラ・ルッカなども行けたら行きたいな〜と思っています。
何処か拠点にして旅しようと考え中です。
また、アドバイスをお願いいたします。が・自転車は無理ですので、鉄道で移動しやすい街をお願いします^^
何時も思っていたのですが、長期に旅をなさっていて、撮り貯めた写真はどの様に保存なさっていらっしゃるんですか?
自転車なのでPC持参は無理でしょうから・・・
カメラは自転車ではなくて背負っているの?素人目線すぎてごめんなさい^^
1年間、ご訪問有難うございました。
年末にむけてご自愛くださいませ。そして、早いですが良いお年をお迎えくださいね。
rinnmama
- ももんがあまんさん からの返信 2016/12/12 20:12:06
- RE: 猫ちゃんは元気ですか?
- こんばんわ、rinnmamaさん。
> 中々、書き込みができませんが・・猫ちゃんはだいぶ大きくなったのではありませんか?
二匹とも、だいぶ大きくなりました、でも、顔つきはまだまだ子猫ですけどね・・・追いかけっこをしたり、プロレスをしたり、二匹でじゃれあって、スクスク育ってます・・・イロイロ、問題行動も有りますけど、猫ですのでね・・・時々、猫語で叱ってるのですけど、解ってるのかどうか?・・・辛抱辛抱・・・ハハ・・・もう少し大きくなったら、少しは大人しくなってくれるかも・・・?
> 動物には癒されるのですが、長期旅行に行こうとすると大変ですが大丈夫ですか?
> 我が家もリン君がいた時は、置いてまで行こうと思えなくて、せいぜい1泊の国内くらいでしたよ^^
ペット屋さんと仲良くして、いざとなったら「長期割引」を期待してます・・ハハ・・それでも、最初は、三カ月は無理ですね・・・せいぜい、ひと月半くらい?
> さて、ルッカですが趣があっていいですね!
> 今年、夫が行った事がないのでイタリア予定でしたが、私が思いがけず入院・手術で大事をとって中止。 > でも、来年は一人旅で長期にイタリアを彷徨う予定です。
> フェッラーラ・ルッカなども行けたら行きたいな〜と思っています。
> 何処か拠点にして旅しようと考え中です。
> また、アドバイスをお願いいたします。が・自転車は無理ですので、鉄道で移動しやすい街をお願いします^^
イタリアは、まだまだ詳しくないので、ワタクシにとっても、次なる目標なのですけど・・・とりあえずのお勧めは、トスカーナの「ルッカ」や「サン・ジミジアーノ」、ヴェネチアの北にある「アーゾロ」、フランス国境の「アプリカーレ」「チェルボ」、南イタリアのプーリア州の「オトラント」「オストゥーニ」等、あまり知られていないマイナーな町や村としては、この辺りでしょうか(サン・ジミは有名ですけどね)・・・いずれも最寄りの街から、バスや鉄道で行けるところです・・・「アーゾロ」「アプリカーレ」「チェルボ」「オトラント」等は、今は「イタリアの美しい村」に認定されているのだとか。
> 何時も思っていたのですが、長期に旅をなさっていて、撮り貯めた写真はどの様に保存なさっていらっしゃるんですか?
> 自転車なのでPC持参は無理でしょうから・・・
> カメラは自転車ではなくて背負っているの?素人目線すぎてごめんなさい^^
メモリーは「8G」のを、現在八個持ってます、1個で、約1000枚撮れるとして、8000枚は撮れます・・・それを帰ってきてから、思い出しながら整理してます・・・時々、思い出せないのですけど(齢ですね)・・・ハハ・・・自転車を走らせながらも、カメラはいつも、肩から斜めに掛けております、走りながらも、「いい景色!」と思った時に、すぐ撮れるよう、常に準備してます。
> 1年間、ご訪問有難うございました。
>
> 年末にむけてご自愛くださいませ。そして、早いですが良いお年をお迎えくださいね。
こちらこそ、良いお年をお迎えください・・・rinnmamaさんが、体調を戻して、イタリアへ、ロングの旅が出来ますようにと、願っております。
by ももんがあまん
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ルッカ(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
37