2006/12/05 - 2006/12/05
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satoshi.sさん
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思いつきで斑鳩の里を散策してきました。シーズンオフか少し寂しかったですが堪能できました。桜、コスモスのシーズンには混雑するそうです。
法隆寺→中宮寺→法輪寺→法起寺
中宮寺
法隆寺の東院伽藍に接し東隣の「中宮寺」は、聖徳太子の母穴穂部間人皇女(あなほべノはしひと、第31代用明天皇の皇后)の御願によって、太子が西の法隆寺と対照的な位置に、太子の宮居斑鳩宮を中央にして創建された、聖徳太子建立七カ寺の1つですが、創建当時の旧地は、現在の「中宮寺」東方3丁(約550m)の所に土壇が残って居り、昭和38年などになされた発掘調査で南に塔跡、 北に金堂跡が確認され、四天王寺式配置伽藍であった事が判りました。創立年代については諸説あるけど、飛鳥時代の瓦が多数出土しているので、飛鳥時代建立と考えられ、それも飛鳥の向原寺(桜井尼寺)と同系統の瓦で、中宮寺も創建当初から尼寺であった事を伺わせます。その後、平安時代には寺運衰退してましたが、鎌倉時代に興福寺の信如尼(しんにょに)が来住して、荒廃した寺を復興し、1274年(文永11年)法隆寺の国宝「綱封蔵」から飛鳥時代に作られた国宝の天寿国繍帳(てんじゅこくしゅちょう)を発見しました。また、1510年頃(永正年間)寺地が現在地に移されたらしく、1540年頃(天文年間)伏見宮貞敦(さだあつ)親王の皇女尊智女王(そんちノおおきみ)が入寺され、以後は皇女が入寺する門跡寺院になり、中宮寺御所または斑鳩御所と呼ばれています。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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