2006/06/03 - 2006/06/04
27位(同エリア54件中)
botaさん
旅のスケジュールは予定であって決定では無い。
今回も予定変更する価値のある面白い事を探してうろうろ、
いつもの朝の散歩、ピマーイ遺跡をざっと見た後遺跡の裏にあるワット ドゥームへ、
わずか三泊四日の旅、短い時間の半分を使う大幅予定変更、大満足の予定変更だった。
-
朝六時頃宿を出てピマーイ遺跡へ、遺跡奥まで行くと外にお寺が、
ピマーイには昼頃までいる予定なので遺跡は朝食後もう一度来る事にしてお寺へ。
お寺へ着くと何か変、こんな早い時間におじちゃんおばちゃんたちが暇そうに座っている、今までに見た事の無い雰囲気、おそるおそる奥へ行くと人混みが、中央で青年が髪を剃っている、彼らの出家のために集まった人たちだった。 -
髪の毛だけでなく髭も眉毛も、首から上の毛は全部剃ってしまう
-
きれいに剃り上がるとお寺の隅に行き、体に着いた髪の毛を洗い落とし、頭に白い物を塗り白い衣を着て表れた。
出家用の着物はレースのきれいな柄で涼しげ、でも無造作に塗った白い頭にどのような意味が有るのだろうか。
(日本に帰って白い頭のわけが解った、髪を剃ると細かい傷で痛い、その痛みを押さえ消毒をする薬で、特別な意味は無いらしい)
叔父さん叔母さん、従兄弟一同と何度も入れ替わって記念撮影、何組位の家族が集まっているのか、結構時間がかかった。 -
記念撮影がすむと大音響で音楽が流れ、ブルーのベストを着たおばちゃんたちが先頭で踊りながらお寺を出て一般道へ、パレードが始まる。
-
パレードはピマーイ遺跡の西側の道へ、大きなスピーカーを積んだトラックの上に乗り込んだ青年の演奏でリズムがガンガン響き、前を行くブルーのおばちゃんたちのテンションはどんどん上がる、
このおばちゃんたち親戚ではなさそうだけど踊り専門に雇われた人? -
遺跡公園から本通りに出てきた一行は西へ、少し行った所で待機していたトラックの荷台へ新米僧侶は乗り込みパレードは続く。
-
ブルーのおばちゃんたちがリードする一行は、チャクラワット運河を渡った所で全員待っていた数台のトラックに乗り込む、当然ここでお別れかと思っているとトラックに乗ったブルーのおばちゃんたちが、乗れ乗れと手招き、
さあどうしよう、どこへ行くのか、何キロ先か、帰りの乗り物は・・・・・悪い頭がフル回転、
ええい乗ちまえ
せっかくのチャンス、くそ暑い道を五キロでも十キロでも歩いて帰れば良いか、腹を決めトラックの荷台へ -
一行は2163号線(国道か県道か解らないけど地図に有る数字)を右に、三キロほど走り左折した農道で下車、再び歩いてのどかな畑の道をパレード。
-
一キロほど歩くと小さな集落が、家の前でお祝いの挨拶をする人や一緒に踊り出す人も、
子どもたちの出迎えを受け彼らの家へ。 -
敷地内に入ると朝食が始まり私にも席に付くようにと、
でもそれどころではない、友人と連絡を取らなければ、身振り手ぶるで携帯電話を貸して欲しいと悪戦苦闘、やっと携帯を確保したが今度はかけ方が解らない、なんとか電話はつながり友人に事情を説明迎えに来るように言うとつれない返事、「そんな説明では道解らないよ」
大まかな説明ではとても来られる距離では無い。
そうだ、バイクを借りよう。
先ほどのお兄ちゃんにガイドブックを見せ泊まった宿を指さす、
次にバイクを指さし、座るまね、アクセルをふかすまね、自分を指さす、町の方を指さす、
思いつくことは何でもやった、しばらくすると彼が自分を指さし私を指さす、バイクを指さし町の方を、彼の運転で宿にたどり着く事が出来た。
友人とドライバーを連れてもう一度彼らの家へ、ようやく朝食とビールにありつく事が出来た。
今日のスケジュールは、二時から僧侶がきて出家の儀式を行い、夜はパーティーをするとのこと、それまでピマーイ観光に行くことにする。 -
二時頃行くと昼食を勧められ、ビールを飲みながら僧侶を待つが僧侶はなかなか来ない。
普通なら知らないお宅を見せていただく機会はなかなか無いが、こんな時だから見て回る事が出来た、このお宅の敷地は結構広く、豚を五十頭ほど飼っていて設備もかなり近代的できれいにしている。
自宅も今まで見る機会が有った家よりかなり広く立派、家族で美容師を呼んだのか、頭をセットしてもらっている。 -
三時過ぎ二人の僧侶が到着、式が始まった、
外はかなりの暑さ 部屋の中には四十人以上の人が入っているが、建物の構造なのかそれほど暑さは感じない、気がつく男性は表のテントに部屋にいるのは女性ばかり、出家出来ない女性は多くの徳を得るために、なるべく近くに居るのだろうか。 -
しばらくお経が続いた後、意味は解らないが片方の僧が質問をするように独特なフレーズで何かを言う、するともう一人の僧がそれに答えるように、、時々出席者の笑いを取っている、 浮気っぽいタイ人のこと「男は浮気をする生き物、ほかの宗教のように一夫多妻にしたらもっと幸せになるのでは」 「ぉおぉぉぉ それはなかなか良い意見だ、だけど私は僧侶のみ、女性は修行のじゃまになる」まさかそんなこと言ってるわけ無いよね。
その後枕を渡される、黄色のカバーは国王の生まれ曜日月曜日に関係有るのだろうか -
両親の方へ向きを変え手を合わせ頭を下げる、両親は背中を代わる代わる何度も何度もなでる、まるで泣きやまない子どもをなだめているように。
-
バナナの葉と白い布でくるまれた、部屋中央の蓮の花で出来た柱をほどき、葉を布で巻き彼らの腕の上へ。
-
二十センチほどに切った凧糸のような糸を女性が配り始める、その糸を両親から順番に彼らの腕に縛って行く。
-
今度は食事、スプーンで水を飲ませてもらい食べ物を口に入れてもらう、背中をさすってやり、物を食べさしてやり、子どもになって出家するのかしら。
-
式はたっぷり2時間、最後にお世話になった僧侶にキャラメルほどの大きさの箱十品ほどをくるみ、立てた棒に1000B三枚を挟んだお礼の品を渡し新米僧の見送りで帰っていった。
-
僧侶を見送り振る向いておどろいた、中庭には大きなスピーカーも準備してあるので、当然パーティーは結構広い中庭を使い数十人の出席者で行うと思っていたが、なんだこりゃー! ものすごい準備が出来ている。
上の写真は午前中に写した物、日本に帰り写真を見るとテントは確かに写っているが、午後来たときにはこんなステージ気づかなかった、いつの間にこんな物が出来ちゃったの。 -
8人座れるテーブルが百五十テーブル、想像を超える出席者のパーティーだ。
六月のタイは雨季、イサーンは雨が少ないらしいがスコールが来たらどおするの。
ここでパレードの先頭を行くブルーのおばちゃんたちの正体判明、テントの中で料理を作っているおばちゃんだった、出家のお祝いのパーティーはテーブルセットから料理、歌謡ショウまですべてを仕切る業者がいるらしく、パレードの景気付けも一仕事のようだ。 -
パーティーは五時からと聞いていたがお客さんがちらほら集まりだしたのは六時頃、
きれいに飾り付けた受付でお迎えする両親もタイの正装、お父さんのシルクの服も光沢が良い立派な物だ、私はTシャツから浴衣と下駄に着替て行くと純日本的服装に友人が、「家族の人すごく喜んでいるよ」だって、少々はずかしい。
お客さんはご祝儀をテーブルの箱に入れて行く、金額の相場は500〜1000Bほどらしい。 -
お客さんは適当に席に着くと料理が一品ずつ運ばれてきて、それぞれ勝手に宴会が始まる。
日が沈み暗くなる頃、ほとんどの席は埋まっていった。
テーブルを回り会場を雰囲気を写していると、お客さんたちの楽しい反応、私の浴衣姿に堂々と見つめる人、はずかしそうにちらっちらりと見る人、びっくりしたような顔の人、こちらがにこりとすると相手もにっこり、ただ一人の外国人、しっかり目立ってしまった。 -
すっかり暗くなった頃から歌謡ショーが始まった。
このステージ半端じゃない、歌手が四名、ダンサーも含めて十人以上、照明も本格的スモークも出る、ステージの下が控え室になっていて、歌手やダンサーは何度も衣装を変えるかなり本格的な歌謡ショーだ。 -
お客さんもそろったところで主催者の挨拶と来賓の祝辞、パーティーの規模から考えてもこのお宅かなりのお金持ち、この町の地名人だろう数名が挨拶、言葉は解らないが時々ピマーイと地名が聞き取れる、きっと「ピマーイの学校を優秀な成績で卒業し」とか「我がピマーイの町が誇る優秀な二人」などと言っているのでは、最後に二人の首にメタルをかけセレモニーは終わり、観客の盛大な拍手の中来賓がカラオケを歌い出し、しばらくはカラオケ大会。
-
カラオケも一段落して歌謡ショウ第2部、踊り子たちの露出度も増し、踊りも色っぽくなって行く、観客は歌手や踊り子にチップを手渡しステージはどんどん盛り上がる。
これって出家のパーティーだよね、彼ら二人は明日から女性に触れることの出来ないお坊さん、タイって何でも有りの楽しい国だ。 -
パーティーも宴たけなわ、踊り好きの客はステージの前に集まり踊り出す、グリーンの仕事着に着替えたブルウのおばちゃんたちも踊りに参加、
友人も踊って飲んで、飲み過ぎはしゃぎすぎ、帰りの車でダウンしてしまった。 -
翌朝七時頃おじゃまし、ビール付きの朝食をいただく、部屋の中では僧侶十人ほどが新米僧とビール無しの食事をしている、朝からビールとは言わないが、晩飯食べないから晩酌が出来ない、タイのお寺の生活私には絶対無理。
-
食事がすむと一人の僧侶が隣の男性が持つ器の水を部屋にいる人々に掛けて行く。
やはり今日も部屋には女性だけだ。 -
食事をしていた僧は帰り皆庭に出る。バケツにきれいな花を浮かべた水を新米僧侶の背中に皆で掛ける、黒の方かなり冷たそうな顔、そんなに冷たいはず無いのに。
-
家での儀式はすべて終わり両親に挨拶、記念撮影の後パレードの車に乗り込む、昨日は二人で乗ってきた車は今日は一人ずつ用意されており、私には後ろに乗るようにと運転手付きのバイクを用意してくれた。
-
運転席と助手席はシートベルトをしないと罰金だが、定員オーバーの無いタイ、トラックの荷台はすし詰め状態、昨日は歩いてきた農道を大音響のトラックの演奏でゆっくり走る。
-
農道から2163号線に出てもそれほどスピードは上げていないが、無理な追い越しをしていく車は無い、出家のパレードには寛大なのだろうか、
バイクの運転手は合図をすると止まってくれ写真を写す、なかなか良い気分、老人や子どもたちもトラックの荷台。 -
昨日車に乗り込んだチャクラワット運河手前で車を降り、両親を先頭に橋を渡りピマーイの町へ、今日はブルーのおばちゃんたち後方を固めている。
-
一行は大通りからピマーイ遺跡横の道へ、警官数人が交通整理に出ている。
-
今日から僧侶として修行を始めるワットドゥームへ到着、車を降りた一行は本堂をゆっくりと三回まわる。
-
本堂正面で線香と蓮の花を持ちお参り、足を洗い昨日腕に巻いてもらった糸を切る、
器に入った造花を取り後ろに投げ皆に拾ってもらい本堂の中へ。 -
両親から僧侶の衣を受け取り前に進む、しばらくお経が続いた後僧侶の長にずた袋を首から掛けてもらう。
-
衣を抱えて本堂の隅へ、先輩僧に手伝ってもらい衣に着替える。
-
立派な僧侶姿になった二人は両親から托鉢の器を受け取り前に進み、僧侶の長に挨拶、1000Bをはさんだお礼の品を渡す。
-
入口に戻り扉の前で先輩僧が、歓迎の言葉なのか、これからの心得なのか、なにやら二人にお説教を、
僧侶の長から手に水を掛けてもらい出家の儀式は終わった。
三人の写真を写した後僧侶に、私の撮影で失礼が有っただろう事をわびるつもりで、丁寧にワーイをすると、優しい顔で私の腕を三四回もみ、にこやかな笑顔で帰っていった。 -
僧侶が皆退席すると二人は一段上、下段の両親に水を掛けてもらい、僧侶へのお礼の品と同じ物を、僧になっての初めてのプレゼントとして受け取る。
-
身近な親戚だけが残り昼食の場所へ、お経の後代表者の挨拶、そして二人は僧として初めての食事が始まる、彼らは食事がすむと明日の朝まで水分しか取れない僧侶として修行の生活が始まる。
-
食事が終わり僧侶が席を立つと、食事を見守っていた親戚の人たちも食事を始める、私も初めてお寺での食事の経験をした。
僧になった彼らと別れの挨拶で、握手を求めたところ断られた、彼らは握手が出来る対等な人ではなく、私よりはるかに上の僧侶になっていたのだ。 -
今回彼らが出家する日数は仕事の関係で一週間、出家は長さではなく質なのかも知れないが、わずかな日数の出家を祝い大きな出費をする家族、お祝いに集まる友人知人の信仰心の深さ。
タイの男性がすべて女性関係にルーズだとは思わないが、今までお世話になった運転手四人は、皆出家の経験が有るのに、離婚して二人目の奥さんの人、奥さんが亡くなった後、仕事で乗せた日本の女性と仲良くなり、一人娘を実家に預け群馬県に来てしまった人、妻子を残し新しい女性と暮らしている人、今年の運転手は奥さんが二人居ると、私にとってうらやましい?ような事を言っている、いずれの人も母親への思いに比べ、妻子に対する思いは薄いのか。
今年の彼は冗談とは思うが、死んだら地獄へ行きたいと言う、自分の友達に極楽へ行けるような立派な奴はいない、極楽で一人寂しく居るよりも、地獄で友人と刺激的に暮らす方が良いのだそうだ。
出家は自分のためより、お母さんや奥さんに徳が行くように、修行に入る人が多いらしいが、立派な人になるために勉強するのでは、タイ人気質が少し解ったような、逆にますます理解出来なくなったような、複雑な思いを感じる旅だった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (4)
-
- Rockyさん 2006/10/06 09:27:40
- >複雑な思い
- botaさん、はじめまして...訪問ありがとう
>逆にますます理解出来なくなったような、複雑な思いを感じる旅だった。
タイ生活分析した旅行記に興味津々です
言葉の壁が有り困難でも有る旅を面白くしてるのは、botaさんの人柄によるのでしょうね
写真を上手くトリミングしてますが、どんな方法利用ですか?
自分の旅行記では、時折写真を拡大して楽しんでいます。
M.Rocky
- botaさん からの返信 2006/10/06 23:21:40
- RE: >複雑な思い
- Rockyさん今晩は タイにはまっているbota です,
メールありがとうございます。
イギリスやはり綺麗ですね、ヨーロッパ全般なのかも知れないが、町が綺麗、街路が綺麗、公園が、店が、民家のドアが、カウンターの椅子までも、湿気が無く空気が澄んでいるせいか写真のぬけが違いますね、Rockyさんの旅行記の中も、大きく伸ばしたくなる写真、たくさんありますよね。
私が写す旅の写真は、せっかく見た珍しい物を忘れないためのメモだと思い、考えもなく面白いと思った物をパチパチと(へたな写真のいいわけ)だから一枚の写真にろくな物がなく、組写真にする事にしました。使っているソフトはAdobe Photoshop 時間はかかりますが、アルバムの整理だと考え結構楽しんでやってます。
友人がイギリスへゴルフ旅行に行き、食べられる物が全くなかったと憤慨していました、(彼の仕事和食の板前です)イギリスの食事美味しくないとよく聞きますが、、ホームステイでしたら家庭料理の味が楽しめたのでは、食べることの好きな私、良くも悪くもぜひ食べてみたいと思うのですが、
旅行記ゆっくり見せていただきます。
-
- コンSPANさん 2006/09/27 17:33:51
- 待ってましたよ!
- botaさん、旅行記拝見させて頂きました。まさにあの私が一瞬途方に暮れた、あの交差点です。忘れませんよ!何にも無かったでしょ?標識も信号も・・・少し歩くと道幅も少し広く、ちょっとさびれてましたけど両側に商店らしきものがありました。そして運河を渡った所で助っ人おばちゃん達に会ったのです。そうですかー、botaさんも歩きましたか!^^それにしても出家するのも随分盛大にかつお金がかかってますよね。
私の夢は、botaさんのご覧になった歌や踊りをこの目で見る事なんです。とても楽しそうです!あー、誰か出家してくれないかな!555!!
それからピマーイの遺跡入場料は40Bでした。あともう一つ、ロウソクの山車はワット・ブーンと言うお寺で作っていました。(サイ・ンガーム公園に行く途中だったかな?)
もう一回行きたい!是非!!
- botaさん からの返信 2006/09/27 19:08:59
- RE: 待ってましたよ!
- コンヌアさん早速見ていただいておどろきました。ありがとうございます。
ひょっとして旅行記最後まで送りきらないうちに、開いていただいたのでは、
やはりあの交差点でしたか、知っていれば遺跡までどおって事無いだろうけど知らずに歩くには、かなり不安な距離ですよね。今回の旅行では空港を出てから帰るまで、日本人には誰にも会わなかったけど、あの橋を一ヶ月後に貴方が不安そうな顔をして歩いていると思うと、楽しいですね(ごめんなさい)
コラートでは朝、ナイトバザールとかラク・ムアン、同じような所歩いてますね、私も必ず朝の散歩をしていますが、昼間の町の顔と違って、とくにお寺へ行ってみると、地元の人とのふれあいが出来て捨てがたい物が有ります。
コンヌアさんの、私の悪い癖で、まずはこの町を探索にまた歩き出しますが・
それって新しい町を歩く基本だと思います。今回もピマーイへ明るいうちにつきたかったのだが、渋滞に遭い予定より一時間遅れてしまい、朝どっちへ歩こうかと迷いました。
蝋細工、2カ所のお寺で作っているのですね、 私が見たお寺よりコンヌアさんの写真を見るとワット・ブーンの方が広いスペースのように見えます。
チャクラワット運河では、9月にボートレースがあり、かなりの人が集まるようです。年三回タイに行くとううらやましいプロヒルが有りましたが、機会が会ったら調べてみて下さい。
出家は六月に多いようで、翌日コラートでも数台の車でパレードしているのを見ましたから、土日の朝お寺へ行ってみるのも良いかも知れません、タイ人は日本人を受け入れてくれるから、運良く出くわしたら度胸を決め図々しく付いて行く、拳闘を祈ります。
また色々な情報、お願いします。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
4
44