2005/09/08 - 2005/09/09
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glabraさん
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3つの宗教の聖地、エルサレム旧市街に2日間滞在しました。
エルサレム旧市街は、平面的には4つの地区(イスラム教地区、ユダヤ教地区、キリスト教地区、アルメニア人地区)に分かれていますし、立体的には「遺跡の上に遺跡がある」「建物の上に建物がある」という「歴史の重なり」を感じさせます。
観光客はすくないようでしたが、感動のあまり涙を流している巡礼の欧米のキリスト教徒も多数見られ、新市街から通ってくる独特の黒い服装のユダヤ教徒、旧市街では多数派であろうイスラム教徒の人たち、そしてもう一つ忘れてはならないアルメニア人と4つのグループが共存する不思議な空間です。
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エルサレム旧市街
まわりを城壁が取り囲んでいます。
世界の教科書ではヨルダン領(パレスチナ領)となっていますが、イスラエルはヨルダン川西岸に入れてパレスチナ自治区に入れる気はまったくありません。 -
エルサレム旧市街の土産物街
さすがに観光客も少ないようです。 -
エルサレム旧市街の土産物街
観光客がいません。 -
エルサレム旧市街の通り
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エルサレム旧市街の通り
遺跡とともにある町並みと言っていいかと思います。 -
こんなモザイクの壁もあります。
観光客が少ないのが可哀想です。 -
「嘆きの壁」、そして「岩のドーム」が見える神殿の丘。ユダヤ教とイスラム教の聖地が見えます。
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「嘆きの壁」のところにまでやって来ました。
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嘆きの壁で祈っているユダヤ人。
黒い服を着た人がもっとも敬虔なユダヤ人の服そうです。エイラートでは全くいませんでしたが、エルサレムの新市街とここ嘆きの壁では大勢見かけました。 -
嘆きの壁にも植物が生えています。
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嘆きの壁の上はイスラムの聖地「神殿の丘」です。
岩のドームが見えます。 -
嘆きの壁への道は警戒が厳重です。
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1日目の夕食はアルメニア人地区でアルメニア料理を食べました。
料理を食べる時間が早かったのか、客ははじめは1人だけでした。アルメニア料理はトルコで食べた料理とよく似ています。アルメニア人に言わせれば、「現在のトルコ人は、東からやってきた東洋系の元祖トルコ人の言葉を話し、南からやってきたイスラム教を信仰するようになった、昔はアルメニア人だった人々」なのだから、当然なのかもしれません。 -
宿泊したペトラホテルの窓からの夜景
ヤッフォ門の方向で、左側はダビデの塔
このホテルの部屋からの景色はすばらしいのですが、中はかなりボロいです。 -
宿泊したペトラホテルからの夜景
神殿の丘の方向。ライトアップされた岩のドームが見えます。 -
宿泊した旧市街のペトラホテルの部屋の窓から見たヤッフォ門方向の景色
左手はダビデの塔、右中央の奥はヤッフォ門。 -
エルサレム旧市街の門めぐり1
ヤッフォ門 -
正面から見たペトラホテル。昔は由緒あるホテルだったに違いありませんが、今はボロい安宿です。私は3階の右端の窓の部屋に宿泊しました。
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エルサレム旧市街の門めぐり2
新門 -
エルサレム旧市街の門めぐり3
ダマスカス門 -
旧市街側から見たダマスカス門
ダマスカム門から入ったら「イスラム地区」です。エルサレム旧市街の多数派、イスラム教徒の活気であふれていました。 -
嘆きの壁へ通ずる地下道にはX線検査機があり、荷物をチェックされる。
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嘆きの壁
男女の入れる場所は区別されています。 -
聖墳墓教会
キリストが十字架にかけられたゴルゴダの丘にある聖墳墓教会です。ゴルゴダの丘は旧市街の外だという説もあるようですが、カトリックを初め、ギリシャ正教、アルメニア正教などがこの教会を共同管理しています。 -
聖墳墓教会の内部
朝はやく行ったので内部には観光客は少なかったです。 -
聖墳墓教会内部のキリストの墓がある復活聖堂
この中にキリストの墓があります。朝早いせいかまだすいていました。その後、大勢の礼拝者の列が出来て、とてもこの様な写真は撮れなくなりました。そうじのおばさんの置いた掃除用具があります。 -
聖墳墓教会の内部
復活聖堂の内部。この奥にキリストの墓があります。
感動のあまり涙を流している欧米のキリスト教徒の姿を見ると、異教徒の私としてはこの奥の写真をとるのは遠慮しました。 -
聖墳墓教会の内部
ここも多くの巡礼者がお祈りをしていました。 -
聖墳墓教会の内部
この祭壇の下の場所にキリストの十字架が立てられ、キリストが息を引き取った場所になるそうです(帰国後ガイドブックを見て知りました。)。多くの人が順番に中に入ってお祈りをしておられましたが、私も(その場所の意味もわからず)中に入り祈ってきました。 -
アルメニア人地区にあるジエノサイドについての張り紙。
第一次世界大戦中に現在のトルコ国内で行われたといわれる「アルメニア人のジエノサイド」についての広告です。
アルメニア人とは現在のトルコ付近で最初にキリスト教を国教とする国家を作った民族です。第一次世界大戦までは現在のトルコ国内に大勢いたのですが、第一次世界大戦中のオスマントルコで迫害されほとんど追放(殺戮)された民族です。
第一次世界大戦後、アルメニア人の国家は旧ソ連に組み込まれて何とか生き延びました。現在はアルメニア共和国として独立していますが、当然トルコとは犬猿の中で、トルコ系のアゼルバイジヤンとは領土紛争があり、「コーカサスのイスラエル」のような国です。 -
アルメニア教会。
かってはアルメニア教会は異端のキリスト教としてカトリック教会と激しく対立していたのでしょうが、現在ではエルサレムで仲良く聖地を守っているようです。 -
アルメニア人地区のアルメニア料理店
昨日の夜はここで夕食を食べました。 -
エルサレム旧市街の門めぐり4
聖ステバノ門 -
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
この道を十字架を背負ったキリストが歩いたとされる。正面に見える道の上にある渡り廊下のような建造物は「エッケ・ホモ・アーチ」。西暦135年にローマ帝国のエルサレム征服を記念してハドリアヌス帝により建造された凱旋門の一部が残ったものだそうだ。この下をキリストが歩いた訳ではなく、キリストの歩いた悲しみの道の上に凱旋門が立てられたことになる。 -
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第3留にある小聖堂の内部
十字架を背負いキリストの倒れた姿の像がある。 -
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第3留 「キリストが十字架の重みに耐えかねて最初に倒れたところ」うーむ。本当だとすると凄い伝承です。 -
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
第4留 「聖母マリアが十字架を背負ったキリストを見た場所」とされる。このような場所が第1留から第14留まであり、最後の第14留は聖墳墓教会のキリストの墓になる。 -
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
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ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)
聖墳墓教会への道。十字架のあるドームが見えるところが聖墳墓教会です。もうすぐそこです。 -
エルサレム旧市街の門めぐり5「シオン門」
この門を出てエルサレム旧市街をあとにしました。 -
ホロコーストからユダヤ人を救ったドイツ人「オスカー・シンドラー」の墓
シオン門からでたところにあるシオンの丘にあります。
映画「シンドラーのリスト」を旅行前に見ました。映画の最後にあるように、墓の上にはたくさんの石が置いてあります。
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この旅行記へのコメント (4)
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- まみさん 2007/03/20 08:10:02
- いったいどこに……
- glabraさん、こんにちは。
こんな素敵なモザイク、いったいどこにあったのでしょう。残念!
エルサレム、空いていたとはうらやましい。
こんなご時世だからでしょうか。
それにしても、おっしゃるとおり、建物の上に建物というかんじの、とても凝縮された……蜜のつまった……混雑した空間でしたね、エルサレム。
抱いていた聖都のイメージと随分違いました。
- glabraさん からの返信 2007/03/20 21:15:17
- RE: いったいどこに……
- まみさん、こんばんは
まみさんのイスラエル旅行記拝見しました。充実した旅行でうらやましいです。
私のエルサレム滞在は1泊2日で実質24時間もない時間だったのですが、無理して行ってよかったです。時期はガザ返還の頃で、治安的には微妙な時期だったのですが、実際旅行していて危険な雰囲気はありませんでした。
また今のパスポートの期限が切れる頃に訪問したいです。その頃にイスラエルとパレスチナはどうなっているでしょうか?
glabra
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- katsu nagoyaさん 2006/10/24 21:24:44
- 初めまして
- 初めましてKatsuといいます。
海外旅行を始めたのが退職後の昨年から、
このサイトを見るようになって1ヶ月です。
書物やTVではなく自分の目で本物に接したいと
言うのが海外旅行の動機ですが、
皆さん旅慣れているというか勇気がありますね。
イスラム圏には興味があります。
貴兄のイスラエル旅行は緊張して拝見しました。
アルメリア人は古い民族で、第一次世界大戦で100万人が
トルコに虐殺されたと聞いていますがエルサルムに
居住しているのは今日初めて知りました。
又時々訪問させて頂きます。
- glabraさん からの返信 2006/10/24 23:29:15
- RE: 初めまして
- Katsu nagoyaさん、書き込みありがとうございました。
私は大学入試で世界史を勉強したのですが、トルコに初めていった時に、第一次世界大戦時のトルコの歴史「トルコ共和国の成立の過程」を「はじめて」知って感動した記憶があります。しかしこの時はアルメニアに関しては全く知りませんでした。実はトルコ領から旧ソ連領を見たのですが、そこが現在の(当時も)アルメニア共和国でした。その後、縁があって一人のアルメニア人と知り合いました。彼から、カラーテレビを発明した人と、ミグ戦闘機を開発した、「ミ」か「グ」の語源の人はアルメニア人という紹介を聞いたのですが、私がトルコ人と仲が良いのを遠慮してか、「ジェノサイド」の件は一切語りませんでした。彼の帰国後、あらためてアルメニアに関する本を読んで初めて「アルメニア人に対するジェノサイド」を知ったときは、すこし恥ずかしくなりました。これらのことから、私の習った(大学入試で勉強した)世界史は「主要国」の歴史であり、世界には忘れられた多くの少数民族の歴史があるということを教えてくれました。
すこし長い話になりましたが、私のアルメニアの経験をお話しました。
Katsu nagoyaさん、今後ともよろしくお願いいたします。
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