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1994年2月、シンガポールを振り出しにタイ、マレーシアとまわった。<br />マレー鉄道を利用して、シンガポールからバンコクまで 北上するつもりだったが、旧正月にぶつかり、やむなく、シンガポールから飛行機でバンコクに行き、先にタイを回って、マレーシア、シンガポールにもどってきた。<br /><br />まずはバンコク、当時も交通は渋滞しきりだった。<br />ホテルはスクムビッド通りをちょっとは行ったホテル ブールバード。<br />ここに3泊。ホテルの目の前がスーパーだった。で、スーパーへ行ってはマンゴスチンを買い込んできて冷蔵庫に入れておいて、むしゃむしゃ食べた。美味しくても、当時の日本へは地中海ミバエのせいもあって、輸入禁止の果物だったから。その後数年前からマンゴスチンの輸入が解禁となり、日本でも食べられるようになった。<br /><br />バンコクはMさんにガイドを頼んだ。MさんはNGOのスタッフである。通常観光客が行く王宮や寺院、アユタヤの遺跡、なども訪ねはしたが、ふたつ観光では訪れないところをまわった。ひとつはクロントイのスラムで活動している曹洞宗ボランティア会の現場が見たかったのである。そしてカンパをおいて来ようと思ったのである。<br /><br />曹洞宗ボランティア会の事務所兼訓練所兼作業所の少し先はプラティープさんの自宅。プラティープさんはスラムの天使とも呼ばれ、スラムの向上に努めてきた人。アジアのノーベル賞ともいわれるマグサイサイ賞を受けている。日本人でもこの賞を受けた人は多い。<br />作業所を見学した後、クロントイ・スラムに行った。細い通路、ゴチャゴチャの住居はかつての日本の下町の長屋を連想させた。<br /><br />場所の名前は覚えていないが定期船のロングテイル・ボートに乗って、チャオプラヤ川をさかのぼり、Mさんの知り合いを訪ねていった。チャオプラヤ川は運河のように細い川幅となって分かれている。川の両側には住宅。水浴びしているひともいる。<br /><br />船を下りると大きな寺院があり、知人宅はそこから数メートルさきにあった。川に張り出したテラス、テラスの先の水の中から伸びた大きな木、川風が心地よく家の中まで入ってくる。大きなパパイアを切って出してくれた。テラスに横になって、機の根元をのぞいていると、根元に何匹もエビの姿が見られた。<br /><br />定期船が来る頃だ、テラスから手を上げると船が横づけしてくれた。どこの家でも横付けしてくれるそうだ。定期船は水上タクシーも兼ねているみたいだ。<br /><br />Mさんは大学でデザインを教えていたので、その大学へ連れて行ってもらった。キャンパスで学食を食べ、学生たちとも仲良くなった。デザインはいまいちだったので、そんな点を指摘した。教授に教授の車で工業団地を案内してもらった。日本の有名メーカーがずいぶん進出していた。<br /><br />旧正月なのでMさんの奥さんの実家の集まりに招待された。お母さんの料理は美味しいですよ、といわれて。ほんと、美味しかった。タイでいろいろ食べたけど、お母さんの料理が一番美味しかった。タイの人たちは辛いものは平気。付け合せに何とかという唐辛子を細かく切って乗せるのだが、そのまま食べてしまう。試しにどう?といわれ、屋って、あまりの辛さに夫が涙を出して、大笑いした。<br /><br />夜のスクムビット通りは露天が軒をつらね、にぎやかだった。タイシルクのブラウスを値切って何枚も買った。旅行中の着替えのために。確かに洗濯してすぐ乾く。これは便利。このシルクは韓国から来ているといわれたけど。<br /><br />このときはタイの経済成長が目覚しいときだった。その後バーツの暴落が起こるのだが。<br />

バンコク

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1994/02 - 1994/02

24108位(同エリア24504件中)

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buchijoyce

buchijoyceさん

1994年2月、シンガポールを振り出しにタイ、マレーシアとまわった。
マレー鉄道を利用して、シンガポールからバンコクまで 北上するつもりだったが、旧正月にぶつかり、やむなく、シンガポールから飛行機でバンコクに行き、先にタイを回って、マレーシア、シンガポールにもどってきた。

まずはバンコク、当時も交通は渋滞しきりだった。
ホテルはスクムビッド通りをちょっとは行ったホテル ブールバード。
ここに3泊。ホテルの目の前がスーパーだった。で、スーパーへ行ってはマンゴスチンを買い込んできて冷蔵庫に入れておいて、むしゃむしゃ食べた。美味しくても、当時の日本へは地中海ミバエのせいもあって、輸入禁止の果物だったから。その後数年前からマンゴスチンの輸入が解禁となり、日本でも食べられるようになった。

バンコクはMさんにガイドを頼んだ。MさんはNGOのスタッフである。通常観光客が行く王宮や寺院、アユタヤの遺跡、なども訪ねはしたが、ふたつ観光では訪れないところをまわった。ひとつはクロントイのスラムで活動している曹洞宗ボランティア会の現場が見たかったのである。そしてカンパをおいて来ようと思ったのである。

曹洞宗ボランティア会の事務所兼訓練所兼作業所の少し先はプラティープさんの自宅。プラティープさんはスラムの天使とも呼ばれ、スラムの向上に努めてきた人。アジアのノーベル賞ともいわれるマグサイサイ賞を受けている。日本人でもこの賞を受けた人は多い。
作業所を見学した後、クロントイ・スラムに行った。細い通路、ゴチャゴチャの住居はかつての日本の下町の長屋を連想させた。

場所の名前は覚えていないが定期船のロングテイル・ボートに乗って、チャオプラヤ川をさかのぼり、Mさんの知り合いを訪ねていった。チャオプラヤ川は運河のように細い川幅となって分かれている。川の両側には住宅。水浴びしているひともいる。

船を下りると大きな寺院があり、知人宅はそこから数メートルさきにあった。川に張り出したテラス、テラスの先の水の中から伸びた大きな木、川風が心地よく家の中まで入ってくる。大きなパパイアを切って出してくれた。テラスに横になって、機の根元をのぞいていると、根元に何匹もエビの姿が見られた。

定期船が来る頃だ、テラスから手を上げると船が横づけしてくれた。どこの家でも横付けしてくれるそうだ。定期船は水上タクシーも兼ねているみたいだ。

Mさんは大学でデザインを教えていたので、その大学へ連れて行ってもらった。キャンパスで学食を食べ、学生たちとも仲良くなった。デザインはいまいちだったので、そんな点を指摘した。教授に教授の車で工業団地を案内してもらった。日本の有名メーカーがずいぶん進出していた。

旧正月なのでMさんの奥さんの実家の集まりに招待された。お母さんの料理は美味しいですよ、といわれて。ほんと、美味しかった。タイでいろいろ食べたけど、お母さんの料理が一番美味しかった。タイの人たちは辛いものは平気。付け合せに何とかという唐辛子を細かく切って乗せるのだが、そのまま食べてしまう。試しにどう?といわれ、屋って、あまりの辛さに夫が涙を出して、大笑いした。

夜のスクムビット通りは露天が軒をつらね、にぎやかだった。タイシルクのブラウスを値切って何枚も買った。旅行中の着替えのために。確かに洗濯してすぐ乾く。これは便利。このシルクは韓国から来ているといわれたけど。

このときはタイの経済成長が目覚しいときだった。その後バーツの暴落が起こるのだが。

同行者
カップル・夫婦
航空会社
シンガポール航空
  • 木になったブーゲンビリア

    木になったブーゲンビリア

  • アユタヤ

    アユタヤ

  • 一人静かに物を売る

    一人静かに物を売る

  • キャンパス

    キャンパス

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