2006/09/07 - 2006/09/07
4417位(同エリア4803件中)
adsawinさん
- adsawinさんTOP
- 旅行記296冊
- クチコミ2924件
- Q&A回答25件
- 1,436,457アクセス
- フォロワー26人
タイの寺院はあまり深い歴史がないようです・・色々な説明がありますがどれも正しいものがないのが不思議です。
どうしてこうも適当な案内が多いのか驚いてしまいます。
そういいながら辞書を開いて何とかたどり着いた歴史ですが・知れば知るほどあまり??深い歴史や意味がないのに少々ショックを受けているところがありました・・
それでも気になる気になる最近の姿・・・やっとあちらこちらの修理が済み全面顔を出して化粧直しをした美しい姿を見せているワットプラシンをご覧下さい。
**ワットプラシンの歴史**
チェンマイの中心に建てられチェンマイを代表する市内最大の寺院の一つとして昔から多くの人々から厚き信仰を受けて来た寺院である、・・だが残念なことにそのエメラルドの仏像は年に1−2度仏教式典でのみ公開される以外は見ることが出来ないのである。そしてそのエメラルドの仏像を祭る部屋へは男性のみしか入ることを許可されない神聖な場所である。
ランナー建築の代表でもあるお堂の中の壁は、14世紀ごろの生活の様子を描いた壁画が描かれており、学術的にも美術的にも高く評価されている。
ワットプラシンには古き名前があるそれはワットリーシアンという古い名前で、その場所はその昔タラートリーシアンと呼ばれる市場があったところから付けられた名前だったのです。
でも??それを語るものがアマリにも少ない寺院の説明です。少しでも役に立てれば幸いです。
-
-
仏暦1888年パヤーパーユー(バンライ朝第7番名の王様)王の父親であるカムフー王(バンライ朝第6番名の王様)の亡骸を納める為に大きなジェディーを建てたのが始りでした。
-
-
-
-
その後ランナー王朝第9代目のセンムアンマー王の時代まで何事もなく百年以上の年月が経過しています。
-
大事な歴史が残されている寺院専門の図書室とでもいいましょうか・・ここに残されて来た書物は洪水や色々な災害などを逃れとても素晴らしい保存状態だそうです・・が公開されることはありませんそれが仏の教えに関するものだから・・・・
そして今まであまりにも薄れて汚い色をしていたものがやっと美しく化粧直しをして姿を見せていました。 -
-
-
この建物の全体はそれほど大きいものでは在りませんそれでも土台になる部分があったからこそ現代にまで残されてきた書物がたくさんあるのだそうです。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
ランナー王朝第9代目のセンムアンマー王の時代になり、仏暦1983年プラチャオマーハーポン王(チェンライ王)はプラプッタッシヒン(仏像を)をカンペンペットからチェンマイのランナー王朝第9代目のセンムアンマー王へ贈り物として運んできたものでした
-
-
天使が舞い降りてきた??
-
-
-
-
当初の計画ではワットブッターラーム寺院へ安置するはずでしたが、途中チェンマイへ入りもう少しの場所までたどり着きながらこのワットリーシアンの前で運んできた車が壊れてしまい、そのワットリーシアンへ納めることとなったのです。
その後ワットリーシアンパッと名前を変えたのですが・・・長い年月と共に現在のワットプラシンへと名前が変わりました。 -
-
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
チェンマイ(タイ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30