1998/04/10 - 1998/05/12
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buchijoyceさん
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ノルマンディがノルマンゆかりの地ならブルターニュはケルトゆかりの地。
独特の文化が育まれている。
私がこの地に興味を持ったのはサラ・ベルナールが愛した地だったから。
サラ・ベルナールはコメディ・フランセーズの女優として世界的に名声を得た大女優。片足を切断しても舞台を続け、国葬された。バラの棺をベッドとして使っていたなど逸話も多い。
彼女の舞台ポスターをミシャが描いている。
「5人の家族がナントを発ってカナダへ旅行にでかけました」
ダークダックスが歌っていたナントから、ブルターニュに入ったと思う。
実際、天気しだいで、国内をあっちこっち神出鬼没に動いていたので、
コースをちゃんと覚えていない。
サラ・ベルナールゆかりの地は、ベル・イル。
電車を乗り継いでオーレイからバスでキブロンへ。
キブロンは明るい港町。海辺に沿ってホテルや土産物屋が立ち並ぶ。
港は距離があり、端から端まで歩くとかなりの時間がかかる。
吹きつける風の中を歩いた。ここはいつも風が強いところらしい。
木々が一方に傾いて立っている。その傾いた木の数が多いので面白い。
ベル・イルはキブロンから船で30分ぐらい。
ガイドブックに島内観光は1日で十分、島巡りにはバスをお勧めすると書いてあった。だからキブロンのホテルを引き払って、荷物を持ったまま出かけた。
船を下りるとタクシーが声をかけたが、バスで回ることにし、バスの周遊券を買った。これは失敗だった。
バスはまずシタデルへ行った。ここで自由行動。砦内の博物館にはサラ・ベルナールや「双頭の鷲」を演じた女優エドウィシュ・フィエール(この人も名女優)の写真や記念品が展示されている。
ここでまず失敗した。バス停に戻りバスに乗ろうとすると、バスが違う。
なんと私たちが乗ってきたバスはすでに出発してしまったのだった。
荷物だけのせて。あわてる私たちに、運転手が連絡をとってくれ、
バス会社から乗用車が迎えに来てくれた。
シタデルは港からも見える近さなので助かったが。バスは出発場所に止まっていた。
私たちのために、戻って待っていてくれたのかとものすごく恐縮した。
バスに乗って待っていると、乗客が集まってきた。
そこで、乗客に謝った。しかし、ここに戻るのは私たちを待つためではなかったのだった。
プーラン岬、景色はいいのだがなんせ風が強い。立っていられないくらいだ。
ここにサラ・ベルナールの別荘が廃墟となって立っている。
彼女はこの荒々しい自然をこよなく愛して、毎年リフレッシュのためにここに
来たと言うが、あんな四角い建物はこの地にはふさわしくない。
まして廃墟となって残っているのは邪魔そのもの。
バスは昼食のため、また港に戻る。
運転手お勧めのレストランで、私はたっぷりの生牡蠣と手長えびでメイン。それにシードル。生牡蠣も冷製のエビも美味しかった。
かつてはフランス語は英語の次に出来たのだが、もう記憶のかなた。
フランスに来るたびにそのときは少しずつは回復するが、帰ればまた忘れてしまう。
運転手さんは英語を話さない。説明もみんなフランス語。
そんなわけで、この観光バスが1日かけて島内をたのしむ行程だとは知らなかった。
それがわかっていたら、キブロンにもう1泊して荷物を置いてきたのに。
半日もかければ回れるだろうと思って、帰りの船の時間を予定していたのだが、
完全に狂ってしまった。バスは最終便に間に合うようにゆったりと組まれていたのだった。
キブロンに戻るとまだ明るい。オーレイ行きのバスはもうない。
ホテルを探すのも面倒。リゾート地であたふたするのは日本人だとは思ったが、
オーレイまでタクシーを飛ばして、先に入ってきた電車に乗った。
ブルターニュ半島へ入るつもりだったが、反対向へ戻ってしまった。
残念ながらブルーターニュの伝統文化にふれることなく。
まぁいいや、また来れば。
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