2006/07/06 - 2006/07/06
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片瀬貴文さん
2006年7月6日
1971年パリから三年ぶりに戻った私は、調査役として、新線建設を担当することになる。
大きな国家的プロジェクトとしては、青函トンネルと本四架橋だった。
東京や名古屋の、大環状線の建設も、仕事の山を迎えていた。
一番の苦労は、全国に多数ある地域サービス線の問題である。
これらの線路建設は、明治以来地元の人々の悲願であるにもかかわらず、国鉄が建設費を負担する時代はほとんど凍結状態だった。
ところが、建設母体として公団が設けられ、夢が果たせる可能性が急に増えたのだ。
しかし国鉄は、線路が出来ても、赤字経営を強いられるので、反対である。
公団から国鉄に同意を求められても、原則的にはOKの返事が出来ない。
すると地元から国鉄が悪者にされ、私はその矢面に立つ役目なのだ。
次々に地元の建設促進団体が、はるばる遠くから出かけてきて、代議士と一緒に陳情に来られる。
その応対を、一手に引き受けなければならないのだった。
さて、明石海峡大橋に戻ろう。
私は国会議員に多い推進派と、国鉄内部の反対派に挟まれて、苦しんだ。
外部の推進派は、プロジェクトに利害関係の深い、国会議員たちである。
1970年には、本四公団が設立されており、反対とは言っても、プロジェクトを白紙に戻すことは、不可能に近い。
反対派を説得するには、鉄道側の負担金を少なくすることしかなかった。
しかしこれは大きな政治問題で、私の力の及ぶところではなかった。
私は当面の策として、技術的な問題点をより深くつめるために、国鉄と本四公団の専門家からなる「技術委員会」を作り、急な動きにブレーキを掛けることを考える。
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