1993/09/24 - 1993/10/06
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雲の仙人さん
私が若い頃、日本人の若者が多く日本脱出し、世界の旅に出た!30年間思いを募らせたシベリア鉄道の旅がやっと実現した、新潟空港からウラジオストックへ、前もって予約していたホテルまで(当時は自由旅行が出来ない)バスが出てなかった、仕方なしに車にした、(白タク)結果的には30分の道のりを30ドルもとられた、翌日100ドル両替したらロシアの金がポケットに入らないほど分厚く両替できた、いよいよ憧れのシベリア鉄道、ウラジオストック駅は改札口もない、プラットホームもない、チケットを見せながら尋ね歩きようやく乗車口を見つけることが出来た、コンパーメントはイルクーツクに住む18才の青年と同室、私は新潟で買ってきたカップラーメンをその青年にすすめた、初めて食べたらしくものの見事に一気にたいらげた。お返しにジャガイモの蒸したのやロシアパン、ソーセージ、ゆで卵・・・ありったけの食料を小さなテーブルに広げてくれた、2日目の朝(9/26)は雪だった・・・18両編成の列車ロシア号は4088km約3日間走り続け定刻通りイルクーツクに駅に着いた、
この駅でも出口が分からず、ホームにしばらく突っ立っていたら「ヒロコ」「ヒロコ」と私に向かって声をかけてくる人がいる。私は日本人だがヒロコではない!しばらくすると列車からひとりの日本女性が降りてきた、20代半ばの可愛らしいお嬢さんだった。
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シベリア鉄道、片方が寝室、通路から雄大な景色を見ることが出来る
2週間(途中私はバイカル湖のイルクーツク1泊、モスクワ2泊、ペテルブルグ1泊)の旅は9297km、157時間に及ぶシベリア鉄道の旅だった。
暇な時間に友人宛にいっぱい葉書を書いた
「ロシアより愛をこめて」などと しゃれこんでみた -
イルクーツクからペテルブルグまでフィリップとうさぎちゃんが3人同室.
小さなコンパーメントの中での共同生活が始まった、列車が止まるたびに誰が金を出すという事なくお互いに駅で食料を買った、信じられないほど安かった。
昼間は出来るだけ眠らないようにおしゃべりした、覚え立てのロシア語交じりの英語の会話、うさぎちゃんは福岡のS大の英文科を出ていてかなり英語が上手かった。 -
同室のヒロコさんをうさぎちゃんと名前を付けた。
フィリップはイギリス人で豪州に住んでいる商社マン、結局3人はペテルブルグまで1週間ほどいっしょに過ごした、(モスクワ2泊) -
中国から来た列車からドイツ人やオランダ人の青年たちがペルミ駅で乗り込んできた、夜になると我々を呼びに来るラッパ飲み・・・
毎晩国際親善馬鹿騒ぎだった! -
中国から来た列車との合流点ペルミ駅(ボルガの街)での凄まじい光景をみた、
中国人商人がロシア人に売るだけのためにここまで列車に乗ってくる、ホームには1000人以上のロシア人が待っている。セーターや革ジャンを買い奪い合う。どっちが金持ちなのか?
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