2006/03/24 - 2006/03/25
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しんちゃんさん
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故春日八郎は福島県河沼郡会津坂下町(あいづばんげまち)で生まれました。大正13年(1924年)10月9日生まれです。会津坂下町塔寺(とうでら)で生まれたそうです。生家の近くに立木観音があり、現在その入り口に記念碑があります。子供の頃遊びに出た「春日八郎おもいで館」の場所に「一本杉」がありました。そんな話を昭和30年(1955年)作詞家の高野公男に話し、高野は故郷の笠間を思い出して「別れの一本杉」が生まれたそうです。(おもいで館の方が説明してくれました)本年お正月に訪問した時、記念公園は雪に埋もれていましたが、早春に再訪した時には雪はすっかり解けていました。
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「別れの一本杉」の元となった杉の木。春日八郎記念公園内にあります。福島県河沼郡会津坂下町大字船杉554 会津若松市から新潟に行く途中に会津盆地が山にさしかかろうとするときに通過する町です。故春日八郎はこの町で生まれ育ちました。現在その生家は残っていないそうです。貸家だったそうで今は記念碑があります。
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地蔵さん、杉の木、昔は空き地だったのでしょうか?子供は待ち合わせとか、かくれんぼとか、こんな傍で遊ぶものですね。現代は塾・お稽古・部活・クラブで遊ぶ時間がなさそうです。
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「子さずけ北向き地蔵さん」北向きって珍しいのかな?
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春日八郎はなんと40数年で1600曲もの曲を歌い上げたそうです。作詞家の高野公男に故郷を思い出して「泣けた泣けた こらえきれずに泣けたっけ…」「遠い遠い 想(おも)い出しても遠い空…」と語ったそうです。歌詞はそのまま歌になりました。この頃二人はどん底生活をしていたそうです。
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歌碑記念。1月に訪問時は雪に埋もれて、この記念碑までも歩いて近づけませんでした。
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二代目杉。二本並んでは、「一本杉」になりません!!
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「春日八郎おもいで館」全景。小さな小さな記念館です。無料です(寄付入れの募金箱があります)
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記念館前からです。会津盆地の東側に雪をいただいた「磐梯山」
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館内内部、本名は渡辺實(わたなべみのる)というそうです。14歳まで会津で暮らし、早稲田に入学、一時会津の陸軍に入隊、台湾にて終戦を向かえ新宿のムーランルージュに入団。
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熟年の春日八郎
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募金箱
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カラオケは無料です。
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若かりし頃の春日八郎
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「長崎の女(ひと)」原稿。しんちゃん十八番の曲です。
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愛用のピアノ・ギター
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本年1月1日訪問時の写真。
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場所が分からず、道行く方に二三度聞きました。道に人が居なくて走っている車を止めてです。
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1月のときの「子さずけ北向き地蔵さん」
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雪で記念碑に近づけず。
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雪・雪・雪、証拠写真。
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雪に埋もれた記念館
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本年お正月にはこんな道を走って観光しました。会津の桜は2005年は4月29日、2004年は4月17日に満開でした。本年は昨年より約一週間早い開花ですので、20日前後でしょうか?会津若松城のライブカメラを見て見学予定を立てます!!
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