2006/01/22 - 2006/01/22
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しんちゃんさん
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栃木県と茨城県の県境に近い栃木県芳賀郡茂木町に人口の「洞門」があります。長さ47m、幅15m、高さ2.6m。「木須川洞門」は那珂川の支流「木須川」にあります。本流から約600m、ツインリンク茂木から北へ直線距離で約2.5Km。那珂川が氾濫すると逆流した水により、田畑は洪水により被害が甚大。農民は蛇行した木須川をバイパスさせるトンネルを計画しました。明治時代に農民が組合を作り3年間かけて完成。工事は難航し死者一名も出ました。長い年月をかけてトンネルを掘る、大分県「青の洞門」の話もありますが、栃木県にも近代的な似た話があったんですね!百年前に苦労して掘った隧道(ずいどう)を見学しました。
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「大藤橋」から上流の那珂川。茂木町“河井(かわい)”地区と“牧野(まぎの)”地区を結びます。
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「木須川は茂木町牧野(まぎの)と小深(おぶか)の境界を北から南へ流れます……」説明版が道路の脇にありました。説明版がないと通り過ぎてしまいます。ネットで調べても詳しい説明が見つかりません。有名ではありません、村人が必死に作成した隧道(トンネル)の歴史があります。
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21日夜半から北関東の里は雪に見舞われました。
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見た感じは、自然に出来たとは思われません。やはり人の手が加わった感じです。
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洞門内に入って見ました。
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約100年で一箇所だけが削られて“堀”が出来ていました。
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以前は洞門北側から水を引いて田畑に利用していたようです。灌漑用水か何かコンクリートの堀の跡がありました。右側の小さな穴は灌漑用水専門のトンネルの跡と思います。
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近くの記念碑。洞門の完成で新たな1.5ヘクタールの田を得て農民に多大な恵みをもたらしたそうです。大正6年4月中旬との刻みがあります。
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記念碑の裏側に広がる田園「蛇行した木須川」は山側にあったのだろうか?川の跡が1.5ヘクタールの田になったのだろうか?
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記念碑の南側「田園」を眺める。
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木須川洞門の北側からみた洞門(上流から下流を見る)
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洞門北側の木須川に架かる「木須川橋」上流にはオーナー制度の棚田があります。入郷石畑(いりごういしばたけ)の棚田は全国でも有名な棚田です。
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長峰山の尾根が木須川を邪魔しています。右手に洞門を掘りました。費用は当時の金額で4424円。明治時代は5円金貨1枚で東京・銀座の高級な土地が1坪(3・3平方メートル)買えたそうです。
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木須川が以前削ったと思われる崖と、田が1.5ヘクタール増加した田園。
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