ユージノサハリンスク旅行記(ブログ) 一覧に戻る
*[サハリン(シュムシュ島)慰霊巡拝]「ユジノ・サハリンスク」<br />2005年9月10日<br />戦没者に対する慰霊巡拝は終わり帰国前出国手続きをするまでのつかの間観光が企画されていた。<br />10日の朝上陸して綺麗なバスで出発した。南樺太という意味の町までの2時間は眺めるものが珍しくてビデオを回し続けた。<br />左右の眺めはまだ未開発の地という印象で、ときどき人家がみられるが粗末な建物ばかりだった。途上国の発展のとくに遅れた地方という感じが漂う場所だった。<br /><br />都会に近づくにつれて大きな建物が目に入る。パネラークというプレハブの総合住宅が多い。共産主義の共同住宅としてたくさん建てられた箱形建築物だ。<br /><br />ロシア極東の大都市は人口18万で、ある程度の活気が見られる。<br />人の集まっている市場があるし、土曜日といういうので街には人があふれている。<br />ロシアの極東サハリン州であるが北千島と異なり人が住むことができる土地なのだな、と思った。<br /><br />劇場の一角にお土産を並べてある。我々の団体のために急ごしらえした屋台みたいなつくりだったが,日本語学生の女性が上手な日本語で接客するのだった。<br /><br />むかしと変わらない土産ばかりだというのが何回もロシアの旅を体験した母の印象だが、私はある程度工夫して飾り付けや色合いが明るくなった土産物が多いと思った。ロシアは私にとっては1968年以降初めての旅なのだから。<br /><br />マンモスの象牙を判子用に加工してあるのは日本人と中国人向けの商品だ。琥珀のネックレスなどは日本人の好みだろう。<br />この手の土産展は、観光者が大挙して町を訪問する場合に限って開くそうだ。だから値段は日本や西洋と同じレベルだった。<br /><br />スーパーマーケットにも出かけた。<br />写真撮影は駄目だといわれたが、その前に一枚パチリとやった。<br />ここで、私はコンデンス牛乳の缶詰をたくさん買った。船のバーのマダムが一個くれて試食したら、珍しいしとても美味しいので土産として考えていたものだった。<br />いくらの缶詰も買った。それとロシア製のチョコレート。<br />タバコは日本銘柄が一箱80円程度だったので驚いてしまう。数箱購入。<br /><br /><br />昼食は当初弁当だと聞いていたが粋な計らいに変更されてホテルの中華料理店で簡単ではあるがコースだった。料理は印象に残るものではないが、一応レストランの食事と雰囲気だった。<br /><br />このレストランは韓国系の経営かと案内兼通訳者に尋ねてみた。答えは、そうです韓国系の経営です、だった。<br /><br />戦争中に日本軍が韓国人を労働力としてサハリンに送り込んだ。そして多くがサハリンに残されてしまった。<br />片言の日本語を話すイーガリー号の韓国系男性の話だと日本人と同じくシベリアに抑留されたそうで、抑留後またサハリンに送り返されたようだ。日本語での会話だからよく分からなかったが、日本は韓国人にこの件でもすごく憎まれているのではないか、と思う。<br />その韓国系男性にその点質問したら返答は、日本を憎んでいるという話だった。<br /><br />ただし、むかし韓国の大飢饉の時代に多くの人がロシア極東に移住して現在の韓国系ロシア人になっているとの話も聞いた。<br /><br />ホテルにはカジノがあった。例の暗い雰囲気のゲーム場所だ。<br /><br /><br />ロシア極東の首都の私の印象は、中欧諸国の人口20万程度の街とだいたい同じだ。発展途上という印象以外はなにも感じなかった。<br />近代的ビルが少しあり、古い建物が改装されていたり、改装を待っている。<br />人々の暮らし振りを知る由もなかったが、暗い雰囲気はなかった。<br />ロシアは石油のお陰で現在好景気,極東にも恩恵が廻ってきているのだろう。<br /><br />印象に残るのは大きなレーニンの全身像が広場にあったことだ。<br />スターリンはその後ロシア人にでさえ憎まれて像も崩されたそうだが,レーニンはいまだに尊敬されているのだろうか。

ロシア樺太州での慰霊巡拝を終えて州都観光

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2005/09/10 - 2005/09/10

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*[サハリン(シュムシュ島)慰霊巡拝]「ユジノ・サハリンスク」
2005年9月10日
戦没者に対する慰霊巡拝は終わり帰国前出国手続きをするまでのつかの間観光が企画されていた。
10日の朝上陸して綺麗なバスで出発した。南樺太という意味の町までの2時間は眺めるものが珍しくてビデオを回し続けた。
左右の眺めはまだ未開発の地という印象で、ときどき人家がみられるが粗末な建物ばかりだった。途上国の発展のとくに遅れた地方という感じが漂う場所だった。

都会に近づくにつれて大きな建物が目に入る。パネラークというプレハブの総合住宅が多い。共産主義の共同住宅としてたくさん建てられた箱形建築物だ。

ロシア極東の大都市は人口18万で、ある程度の活気が見られる。
人の集まっている市場があるし、土曜日といういうので街には人があふれている。
ロシアの極東サハリン州であるが北千島と異なり人が住むことができる土地なのだな、と思った。

劇場の一角にお土産を並べてある。我々の団体のために急ごしらえした屋台みたいなつくりだったが,日本語学生の女性が上手な日本語で接客するのだった。

むかしと変わらない土産ばかりだというのが何回もロシアの旅を体験した母の印象だが、私はある程度工夫して飾り付けや色合いが明るくなった土産物が多いと思った。ロシアは私にとっては1968年以降初めての旅なのだから。

マンモスの象牙を判子用に加工してあるのは日本人と中国人向けの商品だ。琥珀のネックレスなどは日本人の好みだろう。
この手の土産展は、観光者が大挙して町を訪問する場合に限って開くそうだ。だから値段は日本や西洋と同じレベルだった。

スーパーマーケットにも出かけた。
写真撮影は駄目だといわれたが、その前に一枚パチリとやった。
ここで、私はコンデンス牛乳の缶詰をたくさん買った。船のバーのマダムが一個くれて試食したら、珍しいしとても美味しいので土産として考えていたものだった。
いくらの缶詰も買った。それとロシア製のチョコレート。
タバコは日本銘柄が一箱80円程度だったので驚いてしまう。数箱購入。


昼食は当初弁当だと聞いていたが粋な計らいに変更されてホテルの中華料理店で簡単ではあるがコースだった。料理は印象に残るものではないが、一応レストランの食事と雰囲気だった。

このレストランは韓国系の経営かと案内兼通訳者に尋ねてみた。答えは、そうです韓国系の経営です、だった。

戦争中に日本軍が韓国人を労働力としてサハリンに送り込んだ。そして多くがサハリンに残されてしまった。
片言の日本語を話すイーガリー号の韓国系男性の話だと日本人と同じくシベリアに抑留されたそうで、抑留後またサハリンに送り返されたようだ。日本語での会話だからよく分からなかったが、日本は韓国人にこの件でもすごく憎まれているのではないか、と思う。
その韓国系男性にその点質問したら返答は、日本を憎んでいるという話だった。

ただし、むかし韓国の大飢饉の時代に多くの人がロシア極東に移住して現在の韓国系ロシア人になっているとの話も聞いた。

ホテルにはカジノがあった。例の暗い雰囲気のゲーム場所だ。


ロシア極東の首都の私の印象は、中欧諸国の人口20万程度の街とだいたい同じだ。発展途上という印象以外はなにも感じなかった。
近代的ビルが少しあり、古い建物が改装されていたり、改装を待っている。
人々の暮らし振りを知る由もなかったが、暗い雰囲気はなかった。
ロシアは石油のお陰で現在好景気,極東にも恩恵が廻ってきているのだろう。

印象に残るのは大きなレーニンの全身像が広場にあったことだ。
スターリンはその後ロシア人にでさえ憎まれて像も崩されたそうだが,レーニンはいまだに尊敬されているのだろうか。

  • 買物の場を提供していただきました。<br />日本語学生の女性達は愛想が良かった。

    買物の場を提供していただきました。
    日本語学生の女性達は愛想が良かった。

  • ロシアにも少し親しみを感じる風景でした。

    ロシアにも少し親しみを感じる風景でした。

  • 警察の車が走っていたので写真を撮ろうとしましたが<br />ダメだという。<br />それで変哲もない通りを撮影しました。

    警察の車が走っていたので写真を撮ろうとしましたが
    ダメだという。
    それで変哲もない通りを撮影しました。

  • コースで食事しました。<br />レストランはまだ庶民の場所ではないという感じ。

    コースで食事しました。
    レストランはまだ庶民の場所ではないという感じ。

  • 日本の土地であったときは,日本人が山でスキーを楽しんだそうです。<br /><br />現在は又 冬にはスキー客が日本から訪れるそうです。<br /><br /><br />クルーズ船「飛鳥」が港に停泊していましたが,どこの観光に出かけるのだろうか? ユジノ・サハリンスクを観光するのだろうか,という疑問がわきました。遠くからわざわざ訪問する場所なのかな〜と。スキー客なのだろかな〜と。

    日本の土地であったときは,日本人が山でスキーを楽しんだそうです。

    現在は又 冬にはスキー客が日本から訪れるそうです。


    クルーズ船「飛鳥」が港に停泊していましたが,どこの観光に出かけるのだろうか? ユジノ・サハリンスクを観光するのだろうか,という疑問がわきました。遠くからわざわざ訪問する場所なのかな〜と。スキー客なのだろかな〜と。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • むんさん 2006/01/11 21:59:31
    fkさん、こんばんは。
    fkさん、こんばんは。

    サハリン、千島の慰霊巡拝記、拝見しました。
    今も戦争の傷痕が癒えず、戦後が続いていられる方々が数多くいらっしゃると
    いうことを改めて痛感しました。

    以前、宗谷岬から、かすかにサハリンを目にすることができたとき、こんなに
    距離は近いのに、とても遠い場所(当時はソ連)との印象を強く心に刻んだ
    記憶があります。
    ロシアとなり次第に開かれつつあるのでしょうが、まだまだ遠い場所との印象を
    受けたところです。

    fk

    fkさん からの返信 2006/01/11 22:41:04
    RE: fkさん、こんばんは。
    むんさん,

    国境辺りというのは歴史上どこでも戦争の場と化したのだろうと思えます。
    日本の場合は北方四島ですね。
    戦勝国が勝ち取った後には返還されることは希なのだろうと思います。

    この場合にはあの卑怯なスターリンのソ連だったのがにくたらしい。
    それを許した米国にも,責任があるだろうと考えています。
    何しろ戦後のことなのですから。

    歴史から忘却されることを待っているのでしょう。


    加害も被害も調べてはっきりとさせないと,他山の石として反省する事になりませんし,平和活動もむなしい。

    世界中にこの種の問題が多いですね。人類は本気で平和に取り組んでいないと嘆くばかりです。

    書き込み有り難う御座いました。

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