2003/04/23 - 2003/04/24
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こまちゃんさん
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慕田峪長城から降りて来て途中で昼食を摂った後、秦始皇帝博物館へ向かう。
しかし、八達嶺長城の近くにあったはずの博物館、八達嶺長城への高速道路開通と共に、訪問客が来なくなったと言う事で閉館していた・・・
急遽、八達嶺麓の「中国長城博物館」に切り替えるが、時間をロスしてしまった。
その後、5時前に十三陵に到着したのだが。。。
-
狗不理包子を堪能した後、一路八達嶺の方へ向けて高速を飛ばす・・・筈だが、年代物のベンツは調子が良くなく、若干登坂気味が続く道路で、50kmが限界のご様子。。。
いつになったら着く事やら・・・(@@; -
遠くに長城が見えている。
もうそろそろだが、なんだか時間がヤバイ感じ。
博物館は、多分時間も掛かるし、この後に十三陵でどれだけ時間が取れるか心配。。。 -
予感以外の最悪な情況。
依然あった秦始皇帝博物館は閉館・・・
場所が途中と言う事で、高速の出現によって観光客が立ち寄らなくなったことが原因。
現地の人に聞いて、八達例長城の「長城博物館」へ急いだ。 -
その中の長城配置地図。
甘肅省の嘉峪関のチョイ先まで広がっていた。
明の時代になってから、後の各国皇帝達によって、全てを繋ぐ作業が行われたと言うことらしい。 -
長城製作状況の模型。
作る所は容易に想像出来るが、材料はどうしたのか・・・
それは、現場で精製したそうだ。
険しい山が多い条件下、まず持っては来られないからね。 -
まだ見ぬ「嘉峪関」の勇姿。
航空写真。
兎に角中国は、何もない戈壁灘原野の開拓を得意とする民族だった。
(「だった」と言う所を協調したし!(~~;) -
抗戦の図。
右手から襲ってくるのはモンゴリアンか!?
あああっ!みんな!後に妙な敵がいるぞ!
アドバイス:酒を与えておけば攻撃してきません。 -
色々な資料も掲示されていた。
-
シルクロードを行く商人行脚の再現模型。
もしくは外交使節。 -
「民族芸術宝庫」と称して、各地の芸術の紹介が。
天井画が何を意味するものなんだか・・・ -
田中角栄が日中国交復旧で来た時に、八達嶺に立ち寄った写真。
横の「アー、ウー」おじさん、名前がぁ・・・・・飛んでしまって出てこない。。。(@@;
仕方がないので「歴代総理大臣」で検索。。。
http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html
大平さんか!!そうそう。
達ション便写真撮られたた人でしたね。これで寝られます〜。 -
毛沢東が残した書。
「長城に行かなければ、ナイスガイじゃない」
みたいな意味ですね。
「好漢」のピッタリした訳が浮かばない。
しかし、自分で簡体字化を実行しておきながら、自分では繁体字使ってるんですね。矛盾・・・ -
館内見学完了。
急いで十三陵へ向かおう! -
これこれ、急いで急いで!
あ、写真ね。ハイ。
のろいベンツが気掛かりなのと、4時半を回っているので時間も気掛かり。。。 -
到着。
5時一寸前だったが、係員は既に閉めていた。
理由は「客が居ないから」だった。。。
交渉するもムダだった。彼らの頭には「非典(SARS)」で外にいたくないと言う事だけだった。
時間も何とか間にあったものの、SARSのせいでこの1週間は、ここも観光客が激減しているそうだ。 -
仕方なく正面で記念撮影のみ。
ここ定陵には、地下深くにお墓があって、階段を下りて見に行くのだ。
大宮門、大碑亭を通り抜けると、十三陵の玄関口である石牌坊となっている。ここから長陵までは一直線に7キロメートルにもおよぶ陵道(神道)がある。
陵道には沢山の石像が並んでおり、石獣24体と、石人12体がある。 -
十三陵の中で、公開されているのは、定陵,長陵,昭陵の3つと陵道(神道)。
その陵道に有る大きな楼閣型の門。 -
門内にある石碑。
そそり立っている亀の首が・・・
それをさするクニクニ。(~_~; -
その石碑。
この下にさっきの亀が居る。 -
明の十三陵分布図。
3方を山に囲まれた山中に、13名分の皇帝陵が分布している。
この旅行のあと、ここは世界歴史遺産に認定される。 -
最後、転けてしまった北京観光だったが、定陵の階段はムリだったと考えると、コレもまた良かったと、自分自身に言い聞かせる。
西安での小山登山で、ああ言うコースは厳禁と痛感していたので。
戻ってくると、車を提供してくれた爺ぃの友人から教えられた穴場のレストラン。
朝陽賓館の後にある「鳳誉堂」。
焼き物や骨董が並ぶ個数な感じで落ち着いた店。 -
その中の個室で。
明日は帰るだけなので、バンバン飲んで食べて下さいね! -
みなさん、何やらお話に夢中です。
・・・ふと見ると、爺ぃが食べてばかりだったり・・・(^^; -
ほらね。
3枚とも食べているシーンだったので、3枚とも全部載せてしまいました。
つまんないシーンでゴメンなさい。 -
前回の三峡旅行同様、爺ぃのお手製記念品をみんなの部屋に持って行く。
その時に撮った記念撮影。 -
同じく、爺ぃのお手製記念品をドラちゃんご夫婦にも持って行く。
その時に撮った記念撮影。
ホテルの部屋、結構大きいですよね。
標準ルームでも、大きいサイズの部屋で600元ディスカウント。
ここは、車を提供してくれた方の息子さんの同級生が経理さんだったので、かなり優遇して貰った。 -
これが、今回皆さんに配った作品。
爺ぃの作品の絵を、簀の子に貼って作ったものです。
仙女に反弾琵琶に兵馬俑。 -
24日。
朝の便で日本へ旅発つ皆さん。
ドラちゃんご夫妻は東京へ、クニクニは大阪へ。
結構増えてしまった荷物を、カートから降ろしてチェックインで預けます。 -
チェックインが済んだので、皆さんにそれぞれパスポートとチケットを渡す爺ぃ。
「下次一定再来」
「謝謝!」 -
では、みなさん、バイバイ!
お気をつけて。 -
みんなを見送った後、車を提供してくれた爺ぃの友人から昼食に招待された。
何か反対・・・
一番左の方がその李さん。こっちを見ている人は彼の息子さん。 -
こちらはご親戚の方々。
-
こちらは別の友人ご夫婦。
元観光局の方。
昔からの大親友。
奥さんは昔、日本語通訳をしていたそうです。 -
食事の後、電話して別の友人宅へっ向かった。
こちらは遠い親戚で、爺ぃが莎車から山東省へくる手配をしてくれた恩人でもある。
外で食事を誘ったけど、やはりSARSで嫌がる有様。
それで仕方なくアパートまで出向いた。 -
この後、明日から使うホテル温特莱酒店へ引越。兆龍飯店に置いてあった荷物を、持ってきたところ。
李さんも駆けつけてくれる。
李さんは人民日報の編集長を最近退職された方。
こまの駐在中には、製品投書記事の件でお世話になっている方。
今回の北京滞在での色んな事は、全部彼のお陰。 -
十二支の栞を見せている所。
-
温特莱は3星ながら、この様に洒落たホテルだった。
-
角度を変えて・・・
この後3泊の予定だったが、2泊に切り上げて26日に上海へ戻った。SARSの為、予定していたアポが尽くキャンセルだったから。
すると、あの忌まわしい患者隠し事件だ。
幸い、発表したのが27日と、一日後だったので市内隔離を免れた!!間一髪〜
でも、上海衛生局から、「何処から帰ってきたのか」と頻繁に連絡が来た。でも、「敦煌」と答えてあったので、暫くして収まった。敦煌では発生者は居なかったから。
SARSに振り回された旅行だったが、それもまた良い思い出となる事でしょう。。。
今回の旅行記はこれでおしまいです。
長々とお付き合い戴き、どうも有り難うございました。
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