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22才、大学4年の夏、初の海外旅行、43日間、インド一人旅。<br /> インド最南端から北上、インドの4大都市、インド最南端でのサンライズ、バンガロールでのボランティア1週間、インド人家族との旅行、エローラ・アジャンタの世界遺産、バラナシでの沐浴、ブッタガヤの日本寺での座禅、ダージリンでのサンライズ。そして素晴らしい出会いの数々と下痢との奮闘。そして呼吸困難、現地病院での注射・・・。<br /> 向こうで感じたこと、見てきたこと、体験したこと、考えたこと等を中心とする旅初心者の日記。<br /> ※臨場感、瞬間瞬間での空気を伝えたく思いますので、ところどころ拙い文章もありますが、【当時の日記帳をそのまま】載せます。

☆Vol.1☆インドで考えた。~1日目~ 成田→デリー→ムンバイ

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2005/08/11 - 2005/09/22

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ダイサク

ダイサクさん

22才、大学4年の夏、初の海外旅行、43日間、インド一人旅。
 インド最南端から北上、インドの4大都市、インド最南端でのサンライズ、バンガロールでのボランティア1週間、インド人家族との旅行、エローラ・アジャンタの世界遺産、バラナシでの沐浴、ブッタガヤの日本寺での座禅、ダージリンでのサンライズ。そして素晴らしい出会いの数々と下痢との奮闘。そして呼吸困難、現地病院での注射・・・。
 向こうで感じたこと、見てきたこと、体験したこと、考えたこと等を中心とする旅初心者の日記。
 ※臨場感、瞬間瞬間での空気を伝えたく思いますので、ところどころ拙い文章もありますが、【当時の日記帳をそのまま】載せます。

  • 『旅のはじまり〜死ぬかと思った〜』<br />前日、予想外に荷積めの準備がかかり(左写真参照)、ベッドに横になったのは朝の4時過ぎだった。40lのカリマーのバックパックになんとか荷物を収めようと悪戦苦闘していた。結局、トイレットペーパーを2個から1個にしたり、Tシャツを1つ減らしたりして調整することになった。朝30分も寝れずに眠りから覚め、家族皆に送られ父の自動車に乗っかり国立駅まで行った。<br />父の心配する気配に自分も少しじんとなってしまった。<br />

    『旅のはじまり〜死ぬかと思った〜』
    前日、予想外に荷積めの準備がかかり(左写真参照)、ベッドに横になったのは朝の4時過ぎだった。40lのカリマーのバックパックになんとか荷物を収めようと悪戦苦闘していた。結局、トイレットペーパーを2個から1個にしたり、Tシャツを1つ減らしたりして調整することになった。朝30分も寝れずに眠りから覚め、家族皆に送られ父の自動車に乗っかり国立駅まで行った。
    父の心配する気配に自分も少しじんとなってしまった。

  • 初めての海外旅行にして、一人旅、場所はインド、期間は43日間である。当初、両親は大反対だった。さすがに心配しないわけはないことであった。しかし、僕は決心していた。大学時代はテニスばかり。最後の学生時代、昔から憧れていた一人旅をしないではいれれなかった。同時に、社会に出るこの時期のこの旅が、自分の人生にどのような影響を与えるかも知りたかった。漠然とではあるが、この旅は今後の自分の人生に決定的な影響を与えそうだという確信を抱きながら。<br /> インドに行こうと決めたのは、後付けの理由になってしまうが、インドと自分の縁があったのだろう。21世紀の経済大国、貧困の国、カースト制、ヒンズー教、仏教生誕の地、人口11億人で日本の9倍の国土、ガンジス河、混沌と混乱と狂熱の国。インドに行った人は「また絶対行きたい」という人と、「もう行きたくない」という人に別れるという。そのインドへ今日入国するのである。<br /> 成田に着き、まずは損害保険に入った。母から「高いのに入ってちょうだいネ」と言われていたが、まあまあの(死亡保険2000万)にした。損保ジャパンのおばさんは疲れていていらだっているようだった。その後、千葉銀行出張所にて100,000円をTC80,000円、$20,000に両替した。損ジャとは打って変わり、ここのおばさん、おじさんとすごく親切だった。やっぱりこうゆう何気ない印象で企業は得もすれば損もすると思った。その後、天丼とそばを食べてから、初チェックインし出国審査を受け、エア・インディア307号ゲートに向かった。エア・インディアは遅れるので有名な飛行機であったが、定刻に出発。が、滅茶苦茶揺れた。特にデリー→ムンバイのムンバイ近辺では何度も「死ぬのやだぁ(泣)」と思い、「本当助けて」と願ったことだろう。ムンバイはつい最近の洪水のせいもあり、街も湿気が高く、積乱雲なのか滅茶苦茶にカミナリが落ち、機体は左右は当然、何度か下に落ちる感じもあった。「本当に死ぬかも」ってくらいの揺れでした。そのおかげか、無事ムンバイに着いた時は、日本から8時間後飛行機に乗っていた疲れも忘れ「生きることの素晴らしさ」に胸を高鳴らせていました。ちなみに、エア・インディアの機内食はさすがは「カレーのインド」という位に、カレーが毎回出てきました。食事の後にはコーヒーやお茶もくれるのでおいしかったです。<br /> そして今、現地時間10:35分(日本時間3:08分)にこの日記を書いています。次の飛行機(午前6:00発)まで長すぎです。。。

    初めての海外旅行にして、一人旅、場所はインド、期間は43日間である。当初、両親は大反対だった。さすがに心配しないわけはないことであった。しかし、僕は決心していた。大学時代はテニスばかり。最後の学生時代、昔から憧れていた一人旅をしないではいれれなかった。同時に、社会に出るこの時期のこの旅が、自分の人生にどのような影響を与えるかも知りたかった。漠然とではあるが、この旅は今後の自分の人生に決定的な影響を与えそうだという確信を抱きながら。
     インドに行こうと決めたのは、後付けの理由になってしまうが、インドと自分の縁があったのだろう。21世紀の経済大国、貧困の国、カースト制、ヒンズー教、仏教生誕の地、人口11億人で日本の9倍の国土、ガンジス河、混沌と混乱と狂熱の国。インドに行った人は「また絶対行きたい」という人と、「もう行きたくない」という人に別れるという。そのインドへ今日入国するのである。
     成田に着き、まずは損害保険に入った。母から「高いのに入ってちょうだいネ」と言われていたが、まあまあの(死亡保険2000万)にした。損保ジャパンのおばさんは疲れていていらだっているようだった。その後、千葉銀行出張所にて100,000円をTC80,000円、$20,000に両替した。損ジャとは打って変わり、ここのおばさん、おじさんとすごく親切だった。やっぱりこうゆう何気ない印象で企業は得もすれば損もすると思った。その後、天丼とそばを食べてから、初チェックインし出国審査を受け、エア・インディア307号ゲートに向かった。エア・インディアは遅れるので有名な飛行機であったが、定刻に出発。が、滅茶苦茶揺れた。特にデリー→ムンバイのムンバイ近辺では何度も「死ぬのやだぁ(泣)」と思い、「本当助けて」と願ったことだろう。ムンバイはつい最近の洪水のせいもあり、街も湿気が高く、積乱雲なのか滅茶苦茶にカミナリが落ち、機体は左右は当然、何度か下に落ちる感じもあった。「本当に死ぬかも」ってくらいの揺れでした。そのおかげか、無事ムンバイに着いた時は、日本から8時間後飛行機に乗っていた疲れも忘れ「生きることの素晴らしさ」に胸を高鳴らせていました。ちなみに、エア・インディアの機内食はさすがは「カレーのインド」という位に、カレーが毎回出てきました。食事の後にはコーヒーやお茶もくれるのでおいしかったです。
     そして今、現地時間10:35分(日本時間3:08分)にこの日記を書いています。次の飛行機(午前6:00発)まで長すぎです。。。

  • 辿った路。

    辿った路。

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