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 阿寒国立公園では阿寒湖と雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネーを観光し、夜は阿寒湖畔のアイヌコタンでアイヌ民族舞踊を見てみやげ物店でアイヌの民族楽器、ムックリの鳴らし方を教わる。うまく鳴らなかったがアイヌコタンに住みアイヌ民族文化を守る約200人の人達は民族に誇りを持ち幸せに暮らしているのだろうか、とふと思った。<br /> 私がアイヌ民族に興味を持ったのは1950年代に石森延男の長編童話「コタンの口笛」を読んだ時からなので50年も前のことになる。「コタンの口笛」はアイヌ民族に対する差別をテーマにしている。アイヌの小学生、姉・マサと弟・ユタカの姉弟は財布泥棒の濡れ衣を着せられたり、試験に最高点を取るとカンニングだと疑われたり、アイヌと和人は血が違うとさげすまれたり、陰湿ないじめを受けていたが姉弟が励ましあいながら、周囲の善意ある理解者の支えもあり、差別と闘いながら成長し、やがて和解し友情を築くというストーリーだ。これは私も楽しみに聞いていたのだが、NHKで連続ドラマとしてラジオ放送をされ、テレビドラマになり、1959年には成瀬巳喜男監督によって映画化もされている。石森延男(1897−1987年)は札幌で生まれ育ち、小学校教師を経て作家・国語教育学者となった。教員時代より創作していた童話・童謡の中で高い評価を得た作品が「コタンの口笛」だった。石森には小学生時代、同級生のアイヌの子供達と別れるのがつらくて、中学に進学せずアイヌの子供達とともに高等小学校に進学したというエピソードがある。石森のアイヌの子供達との交際から育んだ友情、思いやりは「コタンの口笛」の創作の原点であり、アイヌ民族差別への反骨精神を築いたとも言われている。<br /> アイヌ民族が属する人種については諸説あるが現在は「南方系モンゴロイド説」が有力と言われる。古モンゴロイドには南方系と北方系の2つのタイプがあり、数万年前に南方系モンゴロイドが北に移動し沖縄を含む日本列島全体に定住し縄文文化を担うが、弥生〜古墳時代には北方系のモンゴロイドが渡来し急進化したのが和人(アイヌ以外の人々)、南方系モンゴロイドのまま小進化してきたのがアイヌ民族と琉球民族といわれている。従ってこの説によると、アイヌ民族と琉球民族は同民族ということになるが、顔立ちや文化に似たところがあるようにも思う。アイヌ民族は北海道、樺太、千島列島をアイヌモシリ(アイヌの住む大地)として、固有の言語と文化を持ち、独自の歴史を築き徳川幕府や松前藩の圧政にも耐え、民族としての自主性を固持してきた。<br /> しかし明治維新後日本政府は、アイヌモシリ全土を一方的に領土に組み入れ、また、帝政ロシアとの間に千島・樺太交換条約を締結して樺太および北千島のアイヌの安住の地を強制的に棄てさせたのである。<br /> 明治政府はアイヌ民族を差別する法律である北海道旧土人保護法を1899年に制定し、居住の自由、職業選択の自由、民族固有のアイヌ語教育の自由も奪い、「同化」政策によって民族の尊厳も踏みにじっている。<br /> 現在道内に住むアイヌ民族は数万人、道外では数千人といわれる。その多くは、季節労働者で生活は不安定で、生活環境、子弟の進学状況などでも他の日本人と格差をひろげていると言われる。<br />アイヌ民族差別法である北海道旧土人保護法を廃止し、1997年に民族の誇りが尊重される社会の実現のために、「アイヌ文化振興法」を制定しているが、アイヌ民族差別法と言われる法律が1997年まで100年も生きていたことは驚きであり、「アイヌ文化振興法」制定後もアイヌ民族の人達の声からは、まだ差別撤廃などの課題が解決されていないようだ。<br /> このような差別問題はネイティブ・アメリカン、アボリジニ、アイヌ、インディオ、マオリ、アジア各地の先住民など、世界中の先住民の間で共通した課題であり、1993 年を国際先住民年とし毎年夏至の日を「World Peace &amp; Prayer Day(WPPD) −世界平和と祈りの日」と設定し先住民族が活動してきている。2004 年6 月には世界の先住民が日本の広島に集い日本からはアイヌ民族、琉球民族が出席し、地球先住民ひろしま会議 を開催、先住民保護と地球環境保護を訴えている。<br /> 旅先の世界各地で出会う先住少数民族は民族舞踊紹介、みやげもの販売など観光業を生業にしている人達が多く一般的に低所得で教育を受けられない人も多いと聞く。だが20以上の少数民族が共生する中国雲南省では独自のトンパ文化を誇り、自分がナシ民族であることを誇らしげに語るナシ族ガイドにも出合った。日本は明治以降、民族の同化による単一民族化を目指してきているが日本の国際化が進めば米国のように多民族の文化が集まる訳で、独自の歴史文化を持つ民族が誇りを持って自分の民族を語れるように、アイヌ民族やその他の民族への愛情と理解と支援が近年はさらに必要ではないだろうか。アイヌ民族の人達にはアイヌ語、美術工芸、舞踊・音楽など長年培われた独自の文化を民族の誇りを持って育てほしいと願っている。<br />(アイヌ写真はオントネー)<br />

日本の旅 北海道、日本の先住少数民族「アイヌ民族の差別の歴史」を考える 阿寒湖畔

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2002/07/26 - 2002/07/28

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

阿寒国立公園では阿寒湖と雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネーを観光し、夜は阿寒湖畔のアイヌコタンでアイヌ民族舞踊を見てみやげ物店でアイヌの民族楽器、ムックリの鳴らし方を教わる。うまく鳴らなかったがアイヌコタンに住みアイヌ民族文化を守る約200人の人達は民族に誇りを持ち幸せに暮らしているのだろうか、とふと思った。
 私がアイヌ民族に興味を持ったのは1950年代に石森延男の長編童話「コタンの口笛」を読んだ時からなので50年も前のことになる。「コタンの口笛」はアイヌ民族に対する差別をテーマにしている。アイヌの小学生、姉・マサと弟・ユタカの姉弟は財布泥棒の濡れ衣を着せられたり、試験に最高点を取るとカンニングだと疑われたり、アイヌと和人は血が違うとさげすまれたり、陰湿ないじめを受けていたが姉弟が励ましあいながら、周囲の善意ある理解者の支えもあり、差別と闘いながら成長し、やがて和解し友情を築くというストーリーだ。これは私も楽しみに聞いていたのだが、NHKで連続ドラマとしてラジオ放送をされ、テレビドラマになり、1959年には成瀬巳喜男監督によって映画化もされている。石森延男(1897−1987年)は札幌で生まれ育ち、小学校教師を経て作家・国語教育学者となった。教員時代より創作していた童話・童謡の中で高い評価を得た作品が「コタンの口笛」だった。石森には小学生時代、同級生のアイヌの子供達と別れるのがつらくて、中学に進学せずアイヌの子供達とともに高等小学校に進学したというエピソードがある。石森のアイヌの子供達との交際から育んだ友情、思いやりは「コタンの口笛」の創作の原点であり、アイヌ民族差別への反骨精神を築いたとも言われている。
 アイヌ民族が属する人種については諸説あるが現在は「南方系モンゴロイド説」が有力と言われる。古モンゴロイドには南方系と北方系の2つのタイプがあり、数万年前に南方系モンゴロイドが北に移動し沖縄を含む日本列島全体に定住し縄文文化を担うが、弥生〜古墳時代には北方系のモンゴロイドが渡来し急進化したのが和人(アイヌ以外の人々)、南方系モンゴロイドのまま小進化してきたのがアイヌ民族と琉球民族といわれている。従ってこの説によると、アイヌ民族と琉球民族は同民族ということになるが、顔立ちや文化に似たところがあるようにも思う。アイヌ民族は北海道、樺太、千島列島をアイヌモシリ(アイヌの住む大地)として、固有の言語と文化を持ち、独自の歴史を築き徳川幕府や松前藩の圧政にも耐え、民族としての自主性を固持してきた。
 しかし明治維新後日本政府は、アイヌモシリ全土を一方的に領土に組み入れ、また、帝政ロシアとの間に千島・樺太交換条約を締結して樺太および北千島のアイヌの安住の地を強制的に棄てさせたのである。
 明治政府はアイヌ民族を差別する法律である北海道旧土人保護法を1899年に制定し、居住の自由、職業選択の自由、民族固有のアイヌ語教育の自由も奪い、「同化」政策によって民族の尊厳も踏みにじっている。
 現在道内に住むアイヌ民族は数万人、道外では数千人といわれる。その多くは、季節労働者で生活は不安定で、生活環境、子弟の進学状況などでも他の日本人と格差をひろげていると言われる。
アイヌ民族差別法である北海道旧土人保護法を廃止し、1997年に民族の誇りが尊重される社会の実現のために、「アイヌ文化振興法」を制定しているが、アイヌ民族差別法と言われる法律が1997年まで100年も生きていたことは驚きであり、「アイヌ文化振興法」制定後もアイヌ民族の人達の声からは、まだ差別撤廃などの課題が解決されていないようだ。
このような差別問題はネイティブ・アメリカン、アボリジニ、アイヌ、インディオ、マオリ、アジア各地の先住民など、世界中の先住民の間で共通した課題であり、1993 年を国際先住民年とし毎年夏至の日を「World Peace & Prayer Day(WPPD) −世界平和と祈りの日」と設定し先住民族が活動してきている。2004 年6 月には世界の先住民が日本の広島に集い日本からはアイヌ民族、琉球民族が出席し、地球先住民ひろしま会議 を開催、先住民保護と地球環境保護を訴えている。
 旅先の世界各地で出会う先住少数民族は民族舞踊紹介、みやげもの販売など観光業を生業にしている人達が多く一般的に低所得で教育を受けられない人も多いと聞く。だが20以上の少数民族が共生する中国雲南省では独自のトンパ文化を誇り、自分がナシ民族であることを誇らしげに語るナシ族ガイドにも出合った。日本は明治以降、民族の同化による単一民族化を目指してきているが日本の国際化が進めば米国のように多民族の文化が集まる訳で、独自の歴史文化を持つ民族が誇りを持って自分の民族を語れるように、アイヌ民族やその他の民族への愛情と理解と支援が近年はさらに必要ではないだろうか。アイヌ民族の人達にはアイヌ語、美術工芸、舞踊・音楽など長年培われた独自の文化を民族の誇りを持って育てほしいと願っている。
(アイヌ写真はオントネー)

  • 雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

    雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

  • 雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

    雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

  • 雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

    雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

  • 雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

    雌阿寒岳山麓の湖面の色が変化するオントネー。

  • 雌阿寒岳山麓のオントネーの説明。

    雌阿寒岳山麓のオントネーの説明。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊場。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊場。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。ムックリの演奏。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。ムックリの演奏。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。ムックリの演奏。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。ムックリの演奏。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

    阿寒湖畔のアイヌコタンでのアイヌ民族舞踊・音楽。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンのみやげもの店。ムックリを教える店員。

    阿寒湖畔のアイヌコタンのみやげもの店。ムックリを教える店員。

  • 阿寒湖畔のアイヌコタンのみやげもの店。ムックリを教える店員。

    阿寒湖畔のアイヌコタンのみやげもの店。ムックリを教える店員。

  • 阿寒湖畔の光景。

    阿寒湖畔の光景。

  • 阿寒湖畔の光景。

    阿寒湖畔の光景。

  • 阿寒湖畔の街並み。

    阿寒湖畔の街並み。

  • 阿寒湖畔の光景。

    阿寒湖畔の光景。

  • 阿寒湖畔の説明板。

    阿寒湖畔の説明板。

  • 阿寒湖畔の光景。

    阿寒湖畔の光景。

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この旅行記へのコメント (7)

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  • ホホデミさん 2005/08/26 00:02:09
    阿寒湖の旅行記
     さすらいおじさんへ

    阿寒湖の旅行記拝見しました。
    写真でムックリを吹く女性、きりっとして素敵ですね。
    彼採集民族なのでしょうか、女性も籠手をつけて勇ましく見えます。私はこういう女性たちに好意的です。彼女達は普通のことをやっているだけなのでしょうけれど。

    さて。
    「北海道旧土人保護法」を知らないので、ネットで見てみました。
    耕作地については明らかに分け隔てがみてとれますが、厚生面では一応、困窮しているアイヌ人を保護している気もしないでもないですが、そこがミソだな、と思いました。

    その現況はアイヌ人が作ったものなのか、それとも和人の社会システムが作ったものなのか、です。

    ただ、ちょっとネットで見てみましたら、アイヌ社会に乞食はいなかった、という記述に出会いました。それだけから見ると、和人の社会システムから生活に困窮するアイヌ人がでてきた、とも考えられます。

    同化させようという発想が、私には理解できませんでした。
    「ななな、何と、もったいない〜〜〜(><)」とっさにでた感想がこれです。
    権力側は、自分の有り方が一番という錯覚をおこしがちな気がします。
    そうした驕りから過去どのくらいの民族文化が葬り去られてきたことでしょう。
    そして、過去が(歴史)わからなくなるんですね。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/08/26 01:37:15
    RE: 阿寒湖の旅行記
    ホホデミさん 阿寒湖をご覧いただき丁寧なコメントをありがとうございます。


    >阿寒湖の旅行記拝見しました。
    写真でムックリを吹く女性、きりっとして素敵ですね。
    彼採集民族なのでしょうか、女性も籠手をつけて勇ましく見えます。私はこういう女性たちに好意的です。彼女達は普通のことをやっているだけなのでしょうけれど。

    彼女達からはアイヌ民族文化を守ろうとする意志が感じられたのが嬉しかったです。自分達の文化に誇りを持ち続けてほしいです。みやげもの屋でも仲間ゆきえのような美人がムックリを丁寧に教えてくれました。私は覚えが悪かったですが。

    >さて。
    「北海道旧土人保護法」を知らないので、ネットで見てみました。
    耕作地については明らかに分け隔てがみてとれますが、厚生面では一応、困窮しているアイヌ人を保護している気もしないでもないですが、そこがミソだな、と思いました。
    その現況はアイヌ人が作ったものなのか、それとも和人の社会システムが作ったものなのか、です。
    ただ、ちょっとネットで見てみましたら、アイヌ社会に乞食はいなかった、という記述に出会いました。それだけから見ると、和人の社会システムから生活に困窮するアイヌ人がでてきた、とも考えられます。

    ずいぶん調査されたのですね。先住民族のアイヌ社会に乞食がなかったのに土地を奪い、同化政策の一方で就職差別をしたから、貧富の差が大きくなったのではないでしょうか。

    >同化させようという発想が、私には理解できませんでした。
    「ななな、何と、もったいない〜〜〜(><)」とっさにでた感想がこれです。
    権力側は、自分の有り方が一番という錯覚をおこしがちな気がします。
    そうした驕りから過去どのくらいの民族文化が葬り去られてきたことでしょう。
    そして、過去が(歴史)わからなくなるんですね。


    明治以降、アジア進出で同化政策をとり、それ以降、敗戦後も国としてアイヌ文化、琉球文化を守ろうとする意識は薄く、日本の単一民族化は現在でも変わっていないと思います。「権力側の自分の有り方が一番という錯覚」は侵略戦争からずっと続いているのではないか、それが中国・朝鮮半島の反日感情の一つにもなっているのでは---などと考えてしまいます。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2005/08/27 01:11:59
    RE: RE: 阿寒湖の旅行記
    さすらいおじさんへ

    >明治以降、アジア進出で同化政策をとり、それ以降、敗戦後も国としてアイ
    >ヌ文化、琉球文化を守ろうとする意識は薄く、日本の単一民族化は現在でも
    >変わっていないと思います。

    同化政策はこれまでの歴史の中、きっと戦勝国の多くの%でやっているのかも知れないですね。
    「最後の授業」というお話がありました。
    フランスとドイツの国境付近にある地方で、ニ国がその時々の小競り合いで取り合いをしては「今日からドイツ語で話しましょう」「今日からフランス語で話しましょう」とやっていたそうです。(バイリンガルにはなれそうですね?(--;)?フクザツ)
    「最後の授業」でも「明日からドイツ語の授業」になるからアメル先生はいなくなる、そういう話だったかと思います。

     確かキュリー夫人が女学生だった頃、戦争のせいでポーランド語を禁じられていたにも係わらず、敵国の将校がくるとポーランド語で書かれた教科書を隠して一斉にお裁縫の授業!に早代わりして難を逃れたそうですね?

    >「権力側の自分の有り方が一番という錯覚」は侵略戦争からずっと続いてい
    >るのではないか、それが中国・朝鮮半島の反日感情の一つにもなっているの
    >では---などと考えてしまいます。

     そうですね、その辺のところは検証の難しいところなのでしょうね?
    但し、中国は一説によると歴史の授業で文革を(ウソみたい)習ってないとか。イギリスでの中国人のデモも「何でかな〜?」と思ったらどうも、アヘン戦争を習っていないようなのです。
    つまり、現在の共産の有り方は過去をみないあり方なので、清朝時代には触れていないようです。

    韓国側も、一説によるとイチローもゴジラも著名な人々は在日さんだと言っているようです。
    剣道も柔道も韓国が源流だそうです。人類の発祥も韓国人だそうです。
    歴史の授業もずいぶんと日本と食い違いがあるようですね。
    韓国は儒教の国。
    中国は兄、次に韓国、日本はその下である意識があるようです。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/08/27 11:00:24
    RE: RE: RE: 阿寒湖の旅行記
    ホホデミさん  詳細なコメント、情報をいただきありがとうございます。ホホデミさんの知識と情報の幅広さにはいつも感心しています。


    >明治以降、アジア進出で同化政策をとり、それ以降、敗戦後も国としてアイ
    >ヌ文化、琉球文化を守ろうとする意識は薄く、日本の単一民族化は現在でも
    >変わっていないと思います。
    同化政策はこれまでの歴史の中、きっと戦勝国の多くの%でやっているのかも知れないですね。
    「最後の授業」というお話がありました。
    フランスとドイツの国境付近にある地方で、ニ国がその時々の小競り合いで取り合いをしては「今日からドイツ語で話しましょう」「今日からフランス語で話しましょう」とやっていたそうです。(バイリンガルにはなれそうですね?(--;)?フクザツ)
    「最後の授業」でも「明日からドイツ語の授業」になるからアメル先生はいなくなる、そういう話だったかと思います。
     確かキュリー夫人が女学生だった頃、戦争のせいでポーランド語を禁じられていたにも係わらず、敵国の将校がくるとポーランド語で書かれた教科書を隠して一斉にお裁縫の授業!に早代わりして難を逃れたそうですね?

    「最後の授業」の話は初めてです。キュリー夫人の話はキュリー夫人の伝記を子供の頃読みました。
    ロシアは周辺国を力で同化しようとしてバルト3国、ポーランド、チェコ、ブルガリア、ルーマニアなどからは随分抵抗運動があり、日本の侵略戦争時のやりかたに似てると思いました。
    ヨーロッパは人種によって排他的で陣取りゲームをしてきた国が多いように思います。ユダヤ、ジプシー、スラブも差別するし、チュートン・ゲルマン系はラテン系を同化しようとしていないと思います。


    >「権力側の自分の有り方が一番という錯覚」は侵略戦争からずっと続いてい
    >るのではないか、それが中国・朝鮮半島の反日感情の一つにもなっているの
    >では---などと考えてしまいます。
     そうですね、その辺のところは検証の難しいところなのでしょうね?
    但し、中国は一説によると歴史の授業で文革を(ウソみたい)習ってないとか。イギリスでの中国人のデモも「何でかな〜?」と思ったらどうも、アヘン戦争を習っていないようなのです。
    つまり、現在の共産の有り方は過去をみないあり方なので、清朝時代には触れていないようです。

    中国の教育は偏っていると思います。特に毛沢東の文革の失政を批判していないし天安門事件もオープンにしない。日本を批判するが、評価をしない。つまり、他には反省を求めるが自分は反省しない。他を批判するが評価をしない。こういう教育はインターネットで情報を採れる時代には長続きしないでしょう。

    >韓国側も、一説によるとイチローもゴジラも著名な人々は在日さんだと言っているようです。
    剣道も柔道も韓国が源流だそうです。人類の発祥も韓国人だそうです。
    歴史の授業もずいぶんと日本と食い違いがあるようですね。
    韓国は儒教の国。
    中国は兄、次に韓国、日本はその下である意識があるようです。

    中国は兄、次に韓国、日本はその下である意識は感じます。兄2人に育ててもらいさんざん世話になりながら、歯向かった上に見下すとんでもないやつだ、という感覚を受けることがあります。
    「韓国側も、一説によるとイチローもゴジラも著名な人々は在日さんだと言っているようです」−−この話は聞いたことがありません。桓武天皇の母は百済人だし天皇家を含めて日本人の多くの祖先が朝鮮民族であることは間違いないでしょうが。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2005/08/28 02:05:50
    たつこ姫
    さすらいおじさんへ

    こんにちは。
    田尻湖のお話拝見しました♪
    一度は行きたい場所です。水がきれいなのですね、魚がいるなんて!

    たつこ姫のブロンズ像は有名で知っていましたが、由来は知りませんでした。アイヌの美少女だったのですか。わあ・・・!

     でも、でも、さすらいおじさん、観音さまたらヒドイじゃありませんか。
    美貌と若さを保つために和泉の水を飲んだから、アララ龍に大変身!ですよ?
    龍って、美貌だったけな〜?と頭をひねってみました。(爆笑)

    さて、話は変わりますが、桓武天皇のお母さんは高野新笠。
    多くの古墳発掘を宮内○が控えているのは案外これらの事情と関係があるかも知れませんね。 (^.')b
     百済、新羅、高句麗、中国大陸(呉あたり)は勿論、弥生時代には既にそれぞれテクノクラートとして、ボートピープルとして原住民を追い払ったり、はたまた融合したりそれを長きにわたって繰り返してきたのでしょうか。(想像)つまり元を辿れば繋がるんですよね。(笑)

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2005/08/28 02:27:23
    RE: たつこ姫
    す、すみませんっ。
    「田沢湖」でした。(*/o\*)

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/08/28 11:26:45
    RE: たつこ姫
    ホホデミさん

    >でも、でも、さすらいおじさん、観音さまたらヒドイじゃありませんか。
    美貌と若さを保つために和泉の水を飲んだから、アララ龍に大変身!ですよ?
    龍って、美貌だったけな〜?と頭をひねってみました。(爆笑)

    龍は神様としてインド、中国などで崇められてきていますが、美貌の象徴とは聞いたことがありません。竜宮は竜神の棲家で竜宮に住む乙姫さまは永遠の美女だから、説話も「田沢湖の竜宮の乙姫さまになった」と変えたほうがきれいですね。

    >さて、話は変わりますが、桓武天皇のお母さんは高野新笠。
    多くの古墳発掘を宮内○が控えているのは案外これらの事情と関係があるかも知れませんね。 (^.')b
     百済、新羅、高句麗、中国大陸(呉あたり)は勿論、弥生時代には既にそれぞれテクノクラートとして、ボートピープルとして原住民を追い払ったり、はたまた融合したりそれを長きにわたって繰り返してきたのでしょうか。(想像)つまり元を辿れば繋がるんですよね。(笑)

    日本の古墳の発掘調査は進みませんね。古墳調査をすれば、邪馬台国問題などの鍵ももっと出るでしょうし、中国・朝鮮半島の支配力や貴族の系図もできるかもしれませんね。日本人が北方系モンゴリアンが大半という説が正しければ元は大陸民だから同じ民族が移民してきたのでしょう。

    移民にしてもイギリスからアメリカへの移民は現在では国力が逆転していますが、イギリスはアメリカに従属、つまり兄が弟に従っているのが実情でしょう。でも中国・朝鮮半島は儒教思想もあって心情的にそれは許せないのかなあ、などと思っています。


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