2005/04/19 - 2005/04/19
124位(同エリア170件中)
ソフィさん
モネは列車の窓から見たジヴェルニーの美しさに心奪われ、人口300人のジヴェルニーに移り住む。
1833年、43才。
モネは手紙に「私は歓喜に酔っている。ジヴェルニーは私にとって最高の場所だ」と書いた。
印象派の巨匠クロード・モネがその半生を過ごし、「睡蓮」など多くの名作を生み出した舞台、ジヴェルニー。
彼は近くの小川の水を引き込んで理想の庭園を造り、86才で生涯を閉じるまでこの地を愛した。
モネが活躍した時代、画家たちの多くは室内のアトリエで、皿に盛った果物や花瓶の花などを描いていた。
また風景画を描く画家は、まず屋外でスケッチをしてからアトリエに入り、自分で気に入った構図で創作した。
しかし、印象派の画家たちは、直接戸外で描くことで、風景が変化する印象を描く。
なかでもモネは、自宅の庭を生きたキャンバス、生きたアトリエとして、自然が織りなす様々な情景をモチーフに、色と光の表情を描き続ける。
この庭は「光の画家」モネの創造の源泉である。
モネは、自分のキャンバスの上に絵を創作するのと同じように、自ら草花や木の種類を選んで庭に植え、「パレットのような庭」「生きた美術館」と評さた。
モネの親友だったフランスの政治家クレマンソーは、
「彼は色への自らの欲求を満たすため、自分の目が命ずるままに自分の庭園を造っていったのだ」
と述べている。
彼はこの庭に3つの温室を建て、6人の庭師を雇い、世界中から珍しい植物を集め、大変な情熱を傾けた。
多くの名作を生んだこの庭こそ、モネの生涯の最高傑作だったのかもしれない。
当時ジヴェルニーはパリから汽車の便がよく、セザンヌほか多数の印象派の画家が訪ねた。
また絵の勉強に来ているアメリカ人も、多数訪れた。
セザンヌの描いた景色は、景観保存協会の努力で、今も当時そのまま残されている。
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