2000/11/02 - 2000/11/11
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秋カボチャさん
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殆ど知識のなかった中欧。「中欧ってどこ?何があるの?」という私でしたが、新婚旅行の地としてここを選びました。
掲載なんて想像もつかなかった写真ですので、ところどころお見苦しい点があります。ご容赦ください。
某国内航空系列会社の上級パッケージツアーに、17名が参加。
家を出なくてはいけない時間に眼が覚め、着替えもそこそこにダッシュ! 仕事の都合で結婚前の旅行だったため、集合場所では連れ合いが呆れた顔で待っていました。
ベテラン添乗員さん&お天気に恵まれ&危ない目にも遭わず、ボヘミングラス・マイセン・アウガルテン・スワロフスキー・ヘレンドという、陶器・クリスタルで有名な場所巡り。
添乗員さんは「割れ物ツアー」と呼んでいましたが、割らずに沢山のお土産を抱えて楽しく帰国したのでした。
<1日目:NRT,CDG経由、ベルリン泊>
<2日目:東西ドイツ市内・ペルガモン博物館・ポツダム観光>
<3日目:ライプチヒ・マイセン工房見学・ドレスデン泊>
<4日目:ドレスデン市内・プラハ移動&泊>
<5日目:プラハ城・カレル橋・自由行動>
<6日目:ブダペスト移動&泊・マーチャーシュ教会等>
<7日目:列車にてウィーン移動・自由行動でシュターツオーパーへ>
<8日目:自由行動:ウィーン市内観光・買物>
<9日目:自由行動:シェーンブルン観光・帰国の途>
<10日目:NRT着、オツカレサマ・・・>
-
ミレニアムを挟む時期だったので、あちこちで補修・改装の嵐でした。
しょっぱなはここ、ブランデンブルグ門。
しかし、白い幕にも門の絵を書いておいてくれる辺り、同じことがあったら日本も真似してはどうかと思います。
よーく見ると、白幕の絵(私のすぐ左側)は彼の地のエッフェルタワーではありませんか?? -
同じくブランデンブルグ門近く。
こんな熊たちのオブジェが設置されていたのですが、彼らのポーズが不思議。
私が隣に立つと、「女王様!」と讃えるために(?)手を掲げているような雰囲気。
(「 」の中は女王でなくてもいいんですけどね♪)
別の解釈では、太極拳を想像。 -
悪名高き「東西ドイツの壁」跡。
本当にいろんなことがこの場所で起こったんでしょう。
壁を壊すテレビでの映像は、鮮烈に焼きついています。
私の父は、壁のあった頃に東西それぞれのドイツを訪問したことがあります。
彼はフラフラと市内を散策し、とあるスーパーに行列が出来ているのに興味を惹かれ、写真を撮ったんだそうです。すると、それに気づいた地元の人数人がこちらに向かってきたので、思いっきり走って逃げたんだとか。
いったいなんだったんでしょう??
それだけでも十分話になるんですが、私が思ったこと。
うちの父は(出来る、出来ないに関わらず)”必死で走る”人ではありません。
また、”人の目に見える形で一生懸命になる”人でもありません。
「そのお父さんが走ったんだね・・・」ということで、面白い話でした。 -
後ろが一部残っている壁の後です。
歴史の愚行を知らしめるためか? わざわざ残しているのでしょうか。
ところで壁が崩壊する前、東は共産圏。
今でも「旧共産圏」の国で資本主義・サービスの精神が根付いていない国があります。
添乗員さん曰く、「今でも東出身の人にはイマイチ愛想がないので、どちらの人か分かります」ということでした。
と言うのも、
レストランでぶっきらぼうな瞬間があり、添乗員さんがすかさず「あの人は多分、東の出身ですよ」と話し、皆が納得し、固まっていた場が和んだ一瞬ではありました。
今はどうなっているでしょう? -
これはユダヤ人収容の部屋で、そこを写真展示に使っている様子です。
-
これはナチスの本部として使われていた建物だそうです。
あれは、一体どういう時代だったのか。 -
これはナチスというより、ヒットラーが
”よそから奪って収集した”美術品を納めた美術館の跡だそうです。
彼が美術(描く方面で)に一時期傾倒していたことは有名ですが、権力を持って、それが違う方面に向かったようで・・・。 -
暫く市内ペルガモン美術館の様子です。イヤホンガイドでじっくり見て回りました。
これはヘレニズム様式の建築物の様子。
ここは本物だけではなく、かなりの数の複製品(再現品?)が展示してあります。 -
ヘレニズム様式の建築、と書いてあります。
-
当時のアルバムには
Ishter gate from Babylone と書いてあります。
って、私が書いたんですが。 -
これも、最初は(というよりつい最近まで)何か気づかずにいました。
先日、スペイン・アルハンブラの写真を整理していた後にこの写真を見て、同じ様式だと分かりました。
鍾乳洞を模した室内装飾の一部と似ています。 -
これも「?」でしたが、きれいな色だったのでパチリ☆
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日本人にも興味深い、あの「ポツダム」。
ここはツェツィリエンホーフ宮殿と呼ばれるところで、会議の会場です。
撮影禁止で記憶のみですが、このように、見た目木造の地味な建物。
中を見学し、「ここはチャーチルが座りました」等の説明を受けました。 -
これはサンスーシー宮殿。
当時の王が、奥方から逃れ、「お好みの男性仲間」と気楽に過ごすために造られた建物。
聞くところによると、急いで造ったため地下構造がなく、よって湿気がたまりやすいんだとか。
確かに黒かび? 外壁が黒く変色してきています。
でも造った人はもういいんじゃないでしょうか。
だって自分が使うために造ったんだから。
ここで説明を聞き、一行の友人同士参加の主婦の方。
おばさまA
「(王は妻と別居)いいわねー、気楽で。理想的だわ」
おばさまB
「そんなこと言っちゃだめよ、新婚さんがいるんだから」
おばさまC
「そうよ、最初はみんな夢があるんだし」
まぁ、そうお気遣いなさらず・・・ 私は大丈夫ですけど。 -
ホテルの部屋から見たウンダーデンリンデン通りの様子。
ドイツ滞在中はずっと曇っており、なんか暗い国だなあ、との印象があります。
それって一時的なものだと思うんですが、一度しか行ったことがないため、私の中の全て。
(注:気に入らない、嫌い、という意味ではありません。ドイツはまた行くつもりです) -
ライプチヒのトーマス教会前。
これは音楽家バッハの銅像です。
旅行記のあちこちに書きなぐっている通り、連れ合いはクラシックオタクです。
だから薀蓄を披露してくれるんですが、左→右へと電流は放出されます。
バッハと写れて嬉しいのかもね・・・。
ところで、バッハは子沢山で貧乏人だったとか。
ポケットが裏返しになっているのは「お金がありません」
という意味だそうです。 -
これはニコライ教会内部。
-
車窓から見たドイツの田園風景です。
アウトバーンは、車が物凄いスピードでビュンビュン走ります。
食事が合わなかったか、たまたま体調が悪かったか、この辺りからウィーンまで車酔いに悩まされました。
(注:普段は酔いません)
だからドライバーは鬼に見え、乗っている間は殆ど記憶なし。
車酔いに国境はない。
男だからかクルマも好きな連れ合いは「日本にはないベンツのバスだ。あれは日本にないビーエムだ、云々」と大層喜んでおりました。 -
マイセンの工房に到着しました。
日本語のパンフや説明も備えられていますが、なんかおかしな日本語。
「日本の皆さん、来て買ってね!」て感じではありますが。
こんなデモをしてくれるスペースがありました。
マイセンは激・高額なんですが、
もともと西洋の陶磁器は日本の真似っこです。
日本の技術は凄いなぁ〜! -
これは絵付けの模様。
このあと展示室とショップへ順路が繋がっています。
買いました。大枚はたいて少々。「買える&欲しい物」を見つけるのにえらく苦労しましたが。
あまりに高額な壷やら皿が大量に展示されていたので、「この国には地震がないのか?」と人事を心配しました。
・・・数年後(2003年)・・・
この地域、洪水で一部水没。
天災は地震だけじゃないんでした。
夜は「肉か魚」のメニュー選択。いい加減ウインナー疲れしていたので、お魚を頼みました。
この日はドレスデン「ウエスティン・ベルビュー」泊。 -
ドレスデンの朝。空気がきれいでした。
これは、ブリューリュのテラスと呼ばれる場所。
人も少なく、かつ日本人も他におらず
とってもヨーロッパ満喫な瞬間でした。
ちなみにこの奥はエルベ川です。 -
美しいエルベ川と私。
(句読点はどこに打とうかな・・・?) -
ドレスデンの町並み。
-
君主の行列。
戦争で奇跡的に残ったタイルを、そっくり移植してきたんだそうです。
驚くべきことに、このタイルは全てマイセン焼きです。 -
同じく君主の行列。
こちらが正しいアウグスト(二つあります)。 -
旧城壁。またしてもどこへ行っても改装中。
-
真ん中下に黒っぽく見える渡り廊下を使って、王様は右側の教会へ通ったとのこと。
良くありますね、こういうの。 -
ゼンパー・オペラ。
ゴットフリート・ゼンパーによって造られたルネッサンス様式の歌劇場。
”1985年”に再建されたそうなんですが、なんでこんなに汚いんでしょう?? -
-
ツビンガー宮殿中庭の様子。
【番外編:税金生活の思い出】
当時、ヨーロッパはユーロじゃありませんでした。
4カ国には4つの通貨が必要。
国境を越える度に「換金・タックスリファンド」が発生。
リファンド書類に必要事項を書き込んで係員に出すと、どの通貨で返して欲しいか聞かれます。だからここで「次に入る国」の通貨をもらいます。
すると・・・どうせパッケージツアーですから、アルコール代、チップ、ちょっとした土産の支払いがこの”ありがたいリファンドされた税金”で賄えてしまいます。
実際、追加のお金を出すこともなく、しかも税金がつくような高額品は殆どカード払いなので、実質「まだ決済していない税金」で過ごしたことになります。
たまに、「その国の通貨はない」と言われることも。
そんな時は、ドルかヨーロッパで当時強かったマルクに換えるとよい、とアドバイスを受けました。
でも日本で換えられるのは紙幣だけ。マルクは紙幣にすると高額になり、細かい金額はジャラジャラ小銭が返ってきてしまいます。
だから小額でも紙幣のオーストリア通貨に換えてもらったこともありました。
ケチはこんなとき、脳みそがフル回転。
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この旅行記へのコメント (3)
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- さすらいおじさんさん 2005/04/25 10:27:09
- ペルガモン美術館の展示品がきれいに撮れてますね。
- ペルガモン美術館の展示品がきれいに撮れてますね。
私も昨年12月に行きましたが、いい写真が撮れず、楽しませていただきました。ドレスデン、マイセンの写真もきれいです。
- 秋カボチャさん からの返信 2005/04/25 23:32:26
- RE: ペルガモン美術館の展示品がきれいに撮れてますね。
- さすらいおじさん さん
再びのご訪問、ありがとうございます。
私はつい最近知ったのですが(ご存知ですよね?)、アスワン・ハイダム建造への出資見返りとして、門の一部をベルリンが贈与を受けたんですよね・・・
知らないことが一杯です。
もっと勉強しなくては〜。
ところで明後日からそのエジプトへ行ってきます。
また暫くしたら、覗いてやってください。
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/04/26 00:37:57
- RE: RE: ペルガモン美術館の展示品がきれいに撮れてますね。
- >私はつい最近知ったのですが(ご存知ですよね?)、アスワン・ハイダム建造への出資見返りとして、門の一部をベルリンが贈与を受けたんですよね・・・
知らないことが一杯です。
もっと勉強しなくては〜。
そうですか、知りませんでした。エジプトの門ですか?
2年前にトルコのベルガモンに行った時は『ドイツに盗まれた』とガイドが怒っていました。国と国は金で解決していてもトルコ国民は納得していないのかもしれませんね。
>ところで明後日からそのエジプトへ行ってきます。
また暫くしたら、覗いてやってください。
エジプトは見所いっぱいですよ。私もなかなかUPできてませんが、特にツタンカーメンが好きです。
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