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翌朝、遅い時間に目覚めた私は、身支度を手短に終え、フロントで連泊の手続きを済ませ市内地図を手に入れ、<タイ・大丸>へのバスでのアクセスを尋ねた。おそらく数カ月以上、日本食を摂っていなかった私は バンコックに着いたら、カツ丼とざる蕎麦を食べたいという深い願望に長い間、囚われていた。 タイ大丸の日本レストランの事は、エジプトのカイロの安宿で出逢った日系ブラジル人から聞いて以来、いつも頭の中にあった。世界中には華僑社会があり故に中華街も至る所にあり、中華料理は店さえ間違わなければ比較的リーズナブルな価格で貧乏なバックパッカーでも食することが出来たが、日本レストランは数もまだ少なく高かった。ゆえに敬遠していたがどうしても食べておきたいという気持ちが、日系ブラジル人からタイ大丸の日本レストランの存在を聞かされた後、沸々と沸き上がって抑えられなくなり、深夜にバンコックに到着した翌朝には私を日本レストランに足を向けさせたのだ。<br /><br />昼間の閑散とした歓楽街パッポン通りを横切りホテルから程近いラマ四世通りに徒歩で出て、バス停を見つけた。街中は噂通りの交通渋滞だった。タイ大丸へは4番のバスということを確認し乗り込むと ワンマンバスではなく、年端のいかない娘が車掌としてキップを切っていた。黒いバッグを肩からたすきに提げ額に汗をかきながら大きく揺れるバスの中で小柄な身体をふらつかせながらの仕事ぶりは健気にさえ見えた。運賃は1バーツ(10円)だった。<br /> <br />タイ大丸はおそらくバンコックに進出した流通系の日本企業としてはおそらく一番早かったと思う。デパート内は若い人達でどのフロアもとても混んでいた。しかし私は、そんなモノには目もくれず、日本レストランのテナントが入っている最上階に近いフロアに真っ直ぐに向かった。頭の中はたとえ宿代より高くなろうとも、カツ丼とざる蕎麦を食する事で渦巻いていた。 目指す日本レストランはこじんまりとした入り口だった。タイ女性のウエートレスが「イラサーイマセェ」と云いながらメニューと日本茶を持ってきた。<br />久しぶりに飲む日本茶さえとても懐かしく美味しく愛おしくさえ感じた。メニューにはカツ丼、天丼、鍋焼きうどんさえ有った。しかしメニュー価格はやはり高かった。 カツ丼100バーツ(¥1000)天丼120バーツ、ざる蕎麦、70バーツだった。 カツ丼とざる蕎麦を注文したら明日から移るはずのホテル<プライバシーホテル>の二泊分に相当したが、初志貫徹、思いを成就させたい私はカツ丼とざる蕎麦を注文した。<br /><br />大きく期待し、ひたすら日本食を摂る夢を育んでバンコックに乗り込んで12時間後に食したカツ丼とざる蕎麦は筆舌に尽くしがたい程にひたすら不味かった。 薄切りハムのようなカツと衣は既に乖離し、その上に半熟卵がかかっているしろものだった。更にしょっぱいのが決定的だっだ。 食事をおよそ残すことを良しとしない私が食べ残した程だった。 ざる蕎麦のほうが、不味いなりにもまだ良かった。日本茶のみが懐かしい思いで美味しく感じられただけだった。 更に会計の時、10%のサービス料のようなものも載せられ血管が切れそうになりながら、レストランを後にした。<br /><br />二度と海外で日本レストランになぞ行くまいと固く誓った。 期待はずれということは世の常だと云うことも悟った。 <食べ物の恨みは恐ろしい>とは良く云ったもので真理をついている。 期待が大きかった分、落胆も大きかった。 <br /><br />しかし日本レストランの不味さに閉口した私はその後、更に不機嫌になる出来事に遭遇する。<br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />不味い食事を終え、デパート見物をすることもなく、建物の外に出た私はホテルで僅かのタイバーツへの両替えをしたのみで高い食事をした所為もあり、現地貨幣は既に邦貨で100円程度しかなかった。しかし、バスは僅か10円で乗れるのだ。ラマ四世通り付近に東京銀行のバンコック支店が有ったのを行きの走るバスから見ていた。 そこで両替をしようと思った。<br />  <br /> デパートから再びバス停に向かう道すがら数人の二十歳くらいの男達に道を塞ぐように取り囲まれた。彼等は首に掛けるハワイのレイのような花輪を差し出し私の首にいきなり掛けようとしてくる。<br /><br />「今日は仏陀のめでたい日です。一緒にお祝いしましょう〜」<br />「何だよ???」 私はぶっきらぼうに不機嫌がちに答える。期待に反する不味い食事をした直後だったので尚更、不機嫌に答えた。<br />「要らないよ〜俺はブディスト(仏教徒)ではない」 <br />「いいえ この花輪はプレゼントです。差し上げます」と 微笑みを浮かべながら男達はいう。その微笑みに厭なモノを感じたが、強引な彼等のやり方に一度は折れて受け取った。<br />しかしそれが間違いの元だった。<br /><br />「寄付をしてください。百バーツです。」とリーダー格の男が当然の如く言い出した。<br />「お前、プレゼントと寄付は別の意味なのかよ?はっ!?」 相手の顔に顔を近づけて、つまらない事で怒る自分自身が厭だったが、<br />不味い飯を喰った直後の不機嫌な私に絡んできた相手に私が絡みたくなる心境だった。 <br /> 様子が怪しいと私の剣幕に相手もたじろいでいるのが判った。怒り心頭気味の気分の私に絡んでくる相手の方が悪いのだ。<br />「幾らでも結構ですから寄付して貰えませんか?」<br />「10バーツしか持ってない俺から金を取るのかよ?」 私は必要以上に苛立っていた。<br />首にかけられた花輪を外し、リーダー格の男に黙って渡した。男は黙って受け取り、周りの男に目配せをしながら私から離れていった。 気持ちがささくれてきている自分が厭だった。<br /> <br /> 東京銀行の両替を待つ間、同じく両替えにきていた、バックパッカーの長期滞在の数人の日本人と言葉を交わした。私とほぼ同世代かと思われた。 彼等は皆、同じ宿に泊まっているようだった。先ほど 私が遭遇した花の押しつけ寄付の事を話すと、仏陀の祭りだ、誕生日だと云いながら、観光客に花を法外な価格で押し売りする商法だということを聞いた。知られた押し売り商法らしい。あまり熱くならない方がいいよ、刺されたらつまらないよ?と彼等の複数から云われた。 ただ頷くしかなかった。。不味いカツ丼さえ食べることがなければ穏やかに対処していたかとも思う。 明日からマレーシアホテルの側のホテルに移る予定だと話すと幾らだ? と尋ねてきた。88バーツ位らしいと答えると、彼等は皆 高いな〜と声を揃える。邦貨に換算して900円に満たないホテルが高いのか、、、今は250バーツ<2500円>の部屋にいると云うと皆 目を剥いた。 250バーツのの部屋を見たいと異口同音に言い出した。ここから近いから構わないよ おいで、、 ところで君らは 何処の幾らの、何という安宿に泊まってる? <br /> 彼等は答えた。<ラッキュウ> ラッキュウ?<br />  一泊、邦貨換算で300円という日本人貧乏旅行者のたまり場的安宿らしい。<br />見に来るかい? 私は断る理由もなかった。まず私の滞在している10ドルの部屋を見てから楽宮<ラッキュウ>に向かおうと云う事になった。気に入ればそこに滞在しても良いなと思った。<br /><br /><楽宮旅社>、、 後に作家の谷恒生がこの安宿に巣喰い蠢く日本人の生態を一冊の書物にまとめた。<バンコック楽宮ホテル> この書物のモデルになった伝説的な安宿だった。<br /><br />

NO2 日本食恋しさにタイ・大丸へ、、不味さに閉口、 更に花の押し売りに怒怒怒

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1979/02 - 1980/01

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kio

kioさん

翌朝、遅い時間に目覚めた私は、身支度を手短に終え、フロントで連泊の手続きを済ませ市内地図を手に入れ、<タイ・大丸>へのバスでのアクセスを尋ねた。おそらく数カ月以上、日本食を摂っていなかった私は バンコックに着いたら、カツ丼とざる蕎麦を食べたいという深い願望に長い間、囚われていた。 タイ大丸の日本レストランの事は、エジプトのカイロの安宿で出逢った日系ブラジル人から聞いて以来、いつも頭の中にあった。世界中には華僑社会があり故に中華街も至る所にあり、中華料理は店さえ間違わなければ比較的リーズナブルな価格で貧乏なバックパッカーでも食することが出来たが、日本レストランは数もまだ少なく高かった。ゆえに敬遠していたがどうしても食べておきたいという気持ちが、日系ブラジル人からタイ大丸の日本レストランの存在を聞かされた後、沸々と沸き上がって抑えられなくなり、深夜にバンコックに到着した翌朝には私を日本レストランに足を向けさせたのだ。

昼間の閑散とした歓楽街パッポン通りを横切りホテルから程近いラマ四世通りに徒歩で出て、バス停を見つけた。街中は噂通りの交通渋滞だった。タイ大丸へは4番のバスということを確認し乗り込むと ワンマンバスではなく、年端のいかない娘が車掌としてキップを切っていた。黒いバッグを肩からたすきに提げ額に汗をかきながら大きく揺れるバスの中で小柄な身体をふらつかせながらの仕事ぶりは健気にさえ見えた。運賃は1バーツ(10円)だった。

タイ大丸はおそらくバンコックに進出した流通系の日本企業としてはおそらく一番早かったと思う。デパート内は若い人達でどのフロアもとても混んでいた。しかし私は、そんなモノには目もくれず、日本レストランのテナントが入っている最上階に近いフロアに真っ直ぐに向かった。頭の中はたとえ宿代より高くなろうとも、カツ丼とざる蕎麦を食する事で渦巻いていた。 目指す日本レストランはこじんまりとした入り口だった。タイ女性のウエートレスが「イラサーイマセェ」と云いながらメニューと日本茶を持ってきた。
久しぶりに飲む日本茶さえとても懐かしく美味しく愛おしくさえ感じた。メニューにはカツ丼、天丼、鍋焼きうどんさえ有った。しかしメニュー価格はやはり高かった。 カツ丼100バーツ(¥1000)天丼120バーツ、ざる蕎麦、70バーツだった。 カツ丼とざる蕎麦を注文したら明日から移るはずのホテル<プライバシーホテル>の二泊分に相当したが、初志貫徹、思いを成就させたい私はカツ丼とざる蕎麦を注文した。

大きく期待し、ひたすら日本食を摂る夢を育んでバンコックに乗り込んで12時間後に食したカツ丼とざる蕎麦は筆舌に尽くしがたい程にひたすら不味かった。 薄切りハムのようなカツと衣は既に乖離し、その上に半熟卵がかかっているしろものだった。更にしょっぱいのが決定的だっだ。 食事をおよそ残すことを良しとしない私が食べ残した程だった。 ざる蕎麦のほうが、不味いなりにもまだ良かった。日本茶のみが懐かしい思いで美味しく感じられただけだった。 更に会計の時、10%のサービス料のようなものも載せられ血管が切れそうになりながら、レストランを後にした。

二度と海外で日本レストランになぞ行くまいと固く誓った。 期待はずれということは世の常だと云うことも悟った。 <食べ物の恨みは恐ろしい>とは良く云ったもので真理をついている。 期待が大きかった分、落胆も大きかった。

しかし日本レストランの不味さに閉口した私はその後、更に不機嫌になる出来事に遭遇する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

不味い食事を終え、デパート見物をすることもなく、建物の外に出た私はホテルで僅かのタイバーツへの両替えをしたのみで高い食事をした所為もあり、現地貨幣は既に邦貨で100円程度しかなかった。しかし、バスは僅か10円で乗れるのだ。ラマ四世通り付近に東京銀行のバンコック支店が有ったのを行きの走るバスから見ていた。 そこで両替をしようと思った。

デパートから再びバス停に向かう道すがら数人の二十歳くらいの男達に道を塞ぐように取り囲まれた。彼等は首に掛けるハワイのレイのような花輪を差し出し私の首にいきなり掛けようとしてくる。

「今日は仏陀のめでたい日です。一緒にお祝いしましょう〜」
「何だよ???」 私はぶっきらぼうに不機嫌がちに答える。期待に反する不味い食事をした直後だったので尚更、不機嫌に答えた。
「要らないよ〜俺はブディスト(仏教徒)ではない」
「いいえ この花輪はプレゼントです。差し上げます」と 微笑みを浮かべながら男達はいう。その微笑みに厭なモノを感じたが、強引な彼等のやり方に一度は折れて受け取った。
しかしそれが間違いの元だった。

「寄付をしてください。百バーツです。」とリーダー格の男が当然の如く言い出した。
「お前、プレゼントと寄付は別の意味なのかよ?はっ!?」 相手の顔に顔を近づけて、つまらない事で怒る自分自身が厭だったが、
不味い飯を喰った直後の不機嫌な私に絡んできた相手に私が絡みたくなる心境だった。
様子が怪しいと私の剣幕に相手もたじろいでいるのが判った。怒り心頭気味の気分の私に絡んでくる相手の方が悪いのだ。
「幾らでも結構ですから寄付して貰えませんか?」
「10バーツしか持ってない俺から金を取るのかよ?」 私は必要以上に苛立っていた。
首にかけられた花輪を外し、リーダー格の男に黙って渡した。男は黙って受け取り、周りの男に目配せをしながら私から離れていった。 気持ちがささくれてきている自分が厭だった。

 東京銀行の両替を待つ間、同じく両替えにきていた、バックパッカーの長期滞在の数人の日本人と言葉を交わした。私とほぼ同世代かと思われた。 彼等は皆、同じ宿に泊まっているようだった。先ほど 私が遭遇した花の押しつけ寄付の事を話すと、仏陀の祭りだ、誕生日だと云いながら、観光客に花を法外な価格で押し売りする商法だということを聞いた。知られた押し売り商法らしい。あまり熱くならない方がいいよ、刺されたらつまらないよ?と彼等の複数から云われた。 ただ頷くしかなかった。。不味いカツ丼さえ食べることがなければ穏やかに対処していたかとも思う。 明日からマレーシアホテルの側のホテルに移る予定だと話すと幾らだ? と尋ねてきた。88バーツ位らしいと答えると、彼等は皆 高いな〜と声を揃える。邦貨に換算して900円に満たないホテルが高いのか、、、今は250バーツ<2500円>の部屋にいると云うと皆 目を剥いた。 250バーツのの部屋を見たいと異口同音に言い出した。ここから近いから構わないよ おいで、、 ところで君らは 何処の幾らの、何という安宿に泊まってる?
彼等は答えた。<ラッキュウ> ラッキュウ?
一泊、邦貨換算で300円という日本人貧乏旅行者のたまり場的安宿らしい。
見に来るかい? 私は断る理由もなかった。まず私の滞在している10ドルの部屋を見てから楽宮<ラッキュウ>に向かおうと云う事になった。気に入ればそこに滞在しても良いなと思った。

<楽宮旅社>、、 後に作家の谷恒生がこの安宿に巣喰い蠢く日本人の生態を一冊の書物にまとめた。<バンコック楽宮ホテル> この書物のモデルになった伝説的な安宿だった。

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