なうたくえさんへのコメント一覧全17件
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モウシュエジャンへの行き方?
今晩はなうたくえさん、来年ミヤンマーへ行くので大変参考になります。
なうたくえさんと同じような旅の仕方が理想なのですが・・・。
観光化されていないモウシュエ」ジャンのビーチへ行ってみたいと考えてるのですが・・・。
北上コースはかなり難義のようですね??
ブログではモウ〜・・・からカバリ方面に行かれなのかな?
では?カバリ方面から南下してモウシュエジャンに行けるのですか?
どのコースがいいのでしょうか?
来年3月に16日位の予定で・・・ヤンゴン〜バガン、インレー湖、タウングー?
何処か??海岸(モウシュエジャン)〜ヤンゴンこんな感じ?のルートを
予定しております。
また・・・この地で無念の死を遂げた多くの日本兵の方々を弔うため
何処かで??線香をあげ、ふるさとの歌を唄い供養したいと考えています。
2015年07月28日20時40分返信する -
タウングーとニャウンレビンに行ってきました
日本語ガイド雇ってミャンマー旅行をし、タウングーのMyanmar Beauty Guest Houseに泊まりました。
とても居心地の良いホテルで、なうたくえさんの言うように無理をしてでも行く価値のあるホテルだと思います。
また、ニャウンレビンのThita Oo Motelにも泊まりました。
5ドルの部屋は小さかったので、8ドルのベットが2つの部屋にしました。
宿の主人が何しにきた、どこでこの町を知ったなど色々と聞くのは役所へ外国人が泊まることを届け出る際の準備ということで、悪い人ではありませんでした。
色々と情報ありがとうございました。楽しいミャンマー旅行ができました。 -
Re:もうひとつ(追加情報です)
忘れていました。
メイミョウは 戦時中には 陸軍の師団司令部がおかれていて
「明妙」と書かれていました。
1974年ころには 当時の木札が 残っていました。
司令官や参謀たちは 涼しいメイミョウに滞在していていたのに 私が住んでいた農業地帯は 平野の暑い地区で激戦地でした。
兵隊たちは一人一個ずつ掘った タコツボと称するちいさな穴に入って 支給された弾がなくなるまで戦って 死んでいったそうです。
その当時は タコツボがはっきり残っていて 個人の意思とは関係なく行われてきた 悲惨な戦争の証拠を 目の前にして つらい思いをしたことでした。
こんなことを思い出したので 追加しておきます。
ごきげんよう。
ANZdrifter2009年08月31日11時19分返信する -
Re:メイミョウのこと
なうたくえさん はじめまして
35年ほど前に マンダレーのはるか西に 4ヶ月滞在しました。
宿舎の対岸のモニワという町には 戦時中に 南方特別留学生(南特と略称した)として現在の山梨大学にきて 山梨県人の奥さんをつれて 当時のビルマに帰国した人が 紡績工場を経営していました。
水祭り休暇をとって 涼しいメイミョウを訪れたことがありましたので 貴旅行記の写真を 興味ふかく拝見しました。
マンダレーまでの帰り道に 道端の子供から泥水をかけられて カメラが不調になったこと などを思い出しました。
そのときの話ですが 仲間のひとりがチンドウイン河を泳いでわたり 1時間半歩いて宿舎までかえるあいだに そのことがラジオで全国放送されました。
我々の電話はなかなか通じないのに 我々を監視していた誰かが中央に報告して 1時間で全国放送されるシステムがあることを見せ付けられて 政治の恐ろしさを つくづく感じました。
ともあれ おりにふれて昔を思い出すのは 楽しいことです。
ありがとうございました。
これからも良い旅をお続けください。
ANZdrifter -
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Saunazukeさんからいただいたコメント
以下のコメントを”イラワジデルタ”への返信コメントでいただきました。
ありがとうございます。
今回の被災に関して、どういう場所でどうして起こったのかが、あまりに報道されないのに苛立ってしまい、他の場所でも当該旅行記のURLを紹介してしまいました。
同一ページにコメントをいただいた、Saunazukeさんにご迷惑をお掛けする可能性がありますので、お詫びし、ご了承をいただいた上で、こちらに移させていただきました。
以下がSaunazukeさんからいただいたコメントです。
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なうたくえさん おはようございます^^。
ご無沙汰しております。
今朝5/9の 読売新聞の【編集手帳】に
家屋の95%が倒壊、消失した被災地では 音楽はおろか、
悲鳴や嗚咽さえ途絶えた沈黙の村もあるに違いない。
疫病と飢えが被災者に迫り来る今、軍事政権は不可解にも
各国の人的支援を拒み続けている。
国情をつぶさに知られたくないからか、人命よりも政権の体面が大事らしい。
人の心にも竪琴はある。住む家もないお年寄りや腹を空かせた子供達に
涙して鳴る琴線は 諸外国の人々でも持っている。
同じ国のましてや政治に携わる者が持たずして どうやって国を治めていくのだ。
と 載っておりました。
読めばやはり 私は なうたくえさんを思い出すのです。
そんな中 なうたくえさんは【イラワジデルタ】をUPされたのですね!
涙して鳴る琴線に近い気持ちでいる同志に再会した気持ちになりました。
私が言うのも変ですが…なうたくえさん ありがとう!
==========================================2008年05月10日11時44分返信する



