旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

アヌラダプーラの観光スポット ランキング

3.39
アクセス
3.16
コロンボからは列車でアクセスは良い by 270winさん
コスパ
3.13
チケット25ドル高い! by さすらいの旅人マーさん
人混みの少なさ
3.43
遺跡が点在。人は少ない by さすらいの旅人マーさん
展示内容
3.71
みごたえあり by さすらいの旅人マーさん
  • 満足度の高いクチコミ(26件)

    灼熱地獄のように暑い

    4.0

    旅行時期:2016/06(約5年前)

    灼熱地獄のように猛烈な太陽光が降りそそく広大な遺跡群を、大汗かきながら自転車で巡り... 
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    ました。日中はとにかく曇らない限りとても暑いため、多様な方法での日焼け止め対策が不可欠です。有料エリアでないスリー・マハー菩提樹やイスルムニヤ精舎、ルワンウェリ・サーヤを巡っただけで、ほぼお腹いっぱいになりました。 このほかの遺跡などを含め1日で全体を巡るのであれば、タクシーなどで効率的に回る必要がありますね。  
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    てくてく

    てくてくさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:5件

  • 満足度の低いクチコミ(2件)

    敷地が広く、歩き回るのが大変

    2.5

    旅行時期:2017/03(約5年前)

    シギリヤからタクシーをチャーターして訪れました。シギリヤからですと、2時間以上掛か... 
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    ったと思います。かなり遠く感じました。 アヌラーダプラを訪れる前日にポロンナルワを訪れたのですが、ポロンナルワに比べると、遺跡の整備がまだ途中のように感じました。 アバヤギリ大塔の周辺は見どころが集まっていますが、それ以外の場所は見どころが点在しているため、自転車で回るのは少し厳しいと思います。(ポロンナルワは自転車が快適そうでしたが) 分かりやすい見どころがあまりなく、博物館も充実していないため、もし日数が少ない場合はアヌラーダプラを訪れるよりも、シギリヤとポロンナルワを1日で回ったほうが良いように思えました。 
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    akiko_03

    akiko_03さん(女性)

    アヌラダプーラのクチコミ:11件

3.34
アクセス
3.08
コスパ
3.18
人混みの少なさ
3.46
現地の中学、高校にあたる学校の生徒が校外実習に来てました by イーグランスさん
展示内容
3.92
  • 満足度の高いクチコミ(12件)

    ロック・テンプルと呼ばれる寺院

    4.0

    旅行時期:2016/06(約5年前)

    アヌラーダプラにある通称「ロック・テンプル」と呼ばれる寺院です。参観料を支払い施設に入場すると... 
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    、正面には寺院の本堂、その脇には池があります。 観光客も岩の上に上がれますが、その入口は本堂の裏手でそんなに高くないので数分で登り切り、田園風景そのものの周囲の風景を見下ろすことができます。 
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    てくてく

    てくてくさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:5件

住所
Isurumuniya, Anuradhapura, Sri Lanka
3.33
アクセス
3.17
ルワンウェリセーヤの南にあります。 by beanbagさん
コスパ
3.30
アヌラーダプラ遺跡地区全体の入場料はUS$25です。 by beanbagさん
景観
3.46
歴史を知ると厳かに見えます。 by beanbagさん
人混みの少なさ
2.73
敬虔な信者が数多く訪れます。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(10件)

    スリランカの歴史を彩る大菩提樹の物語

    4.0

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    スリー・マハー菩提樹の来歴は、歴史書「マハーワンサ」の重要な一部です。第18章「大菩提樹の受納... 
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    」、第19章「大菩提樹の渡来」に生き生きと描写されています。 般涅槃の床に横になられた釈尊は5つの大きな決意をします。 ①大菩提樹の南枝はアショーカ王が採ろうとすると、自ら枝から離れ、花瓶に入ること ②その枝は諸方を輝かしながら、果実と葉から6種の輝かしい光を放つこと ③その枝は黄金の花瓶とともに虚空に昇り、7日の間、雪雲の中に入って見えなくなること ④我が右鎖骨がトゥーパーラーマ(塔園)に安置されるならば、虚空に上がって一対の神変を行うこと ⑤我が清浄なる1ドーナ量の舎利がランカー島の荘厳なるヘーママーリカ塔(マハートゥーパ)に安置されるならば、その舎利は私(釈尊)の姿となって、虚空に昇って留まり、一対の神変を示すこと デヴァーナンピヤティッサ王(BC307~267)は、ランカー島に仏教をもたらした長老マヒンダが「大菩提樹とともに長老尼を島に招聘する」と言ったことを思い出し、甥のアリッタ大臣を呼び出し、マウリヤ朝の首都「華子の都(パータリプッタ)」に遣わします。 アリッタはアショーカ王に会い、比丘尼サンガミッタ(アショーカ王の娘、マヒンダの妹)とともに、大菩提樹の南枝を遣わすよう申し出ます。 その方法を思い悩むアショーカ王に、長老モッガリブッタは釈尊が涅槃の床でなした五大決意を語り、「その地に送らねければなりませぬ」と説得します。その後の展開は予言通りとなり、アショーカ王は高貴な大菩提樹の南枝を刃物で傷つけることなく黄金の花瓶の中に得ることが出来ました。 アショーカ王は大菩提樹をガンジス川の川船に運び、11人の比丘尼とともに長老尼サンガミッタを乗せ、大使アリッタも同じ船に乗せて河口のターマリッティー海港まで運びます。そこから大菩提樹は、数々の奇跡、神変を起こしながらランカー島北部のジャンブコーラ港を経て、アヌラーダの都に運ばれ、デヴァーナンピヤティッサ王と王の装身具をつけた16人の良家の者たちの手で定植されます。王の手から大菩提樹が離れるや、大菩提樹は80肘(ラタナ、1ラタナ≒40cm)の空中に昇って止まり、美しい6色の光明を放ちます。その美しい光明は全島に広がり、上は梵天界に達し、それは日没まで続きます。この神変に歓喜した1万の人々は、精神的な啓発を受け、この場で阿羅漢の域に達し、出家したと言うことです。 この神変に驚いている大群衆の目の前で、菩提樹はたちまち東の枝を伸ばし、熟した完璧な1個の果実が生じます。王がその果実を黄金の瓶に植えると、見る間に8本の芽が出てそこに立ち、高さ4肘(1.5m)の若い菩提樹となりました。このように生じた8株の若木を王はジャンブコーラの港とティヴァッカ婆羅門の村、トゥーパラーマ、イッサラサマナーラーマ(現イスルムニヤ)、第一塔の広場、支提那山園およびカージャラ村(現カタラガマ)とチャンダナ村に植えさせました。残りの4個の果実からもそれぞれ8本の若枝が生じ、合計32本の菩提樹の若木は周囲1由旬(ヨージャナ、1ヨージャナ≒11.3~14.5km)内にあるここかしこの精舎に植えつけたと言うことです。 植樹は紀元前288年、人間の手により植樹された樹木では最古のものです。スリランカで最も重要な宗教的遺物の一つで、世界中の仏教徒から崇拝されています。 大菩提樹は高い塀に囲まれ、近づくことはできません。四方に大きく枝を伸ばした姿から遠い昔に思いを馳せることにしましょう。 
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Sri Maha Boodhi Temple, Anuradhapura, Sri Lanka

ピックアップ特集

3.31
アクセス
3.50
アヌラーダプラ遺跡地区の中心です。 by beanbagさん
コスパ
3.43
遺跡地区全体の入場料は25US$です。 by beanbagさん
人混みの少なさ
3.06
スリランカ仏教の中心。多くの参拝者が訪れます。 by beanbagさん
展示内容
4.31
スリランカ観光は、ここに始まりここで終わります。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(7件)

    スリランカの歴史そのものです。

    4.5

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    ルワンウェリセーヤは言うまでもなくスリランカ仏教の中心です。その来歴は数多くのエピソードで彩ら... 
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    れています。 ルワンウェリセーヤの建つマハーヴィハーラは、大王デヴァーナンピヤティッサ(BC247~207)の治世、インド・マウリヤ朝アショーカ王の息子でスリランカに仏教をもたらした長老マヒンダが来島日後1日目(来島当日を含めると2日目)に都城(アヌラーダプラ)を訪れ、最初の夜を過ごして気に入ったマハーメーガ林園が寄進されたものです。長老は大王に「この場所は生類の安楽のために、過去四仏(カクサンダ(拘留孫)仏、コーナーガマナ(拘那含牟尼)仏、カッサパ(迦葉)仏、ゴータマ(釈尊))が訪れた場所で、大塔を建てるのにふさわしい場所でございます」と答えました。 王はすぐさまマハーヴィハーラの結界設定作業をし、その後マヒンダは結界内に32の聖区画(マーラカ)とトゥーパーラーマ(塔園)のための結界を割り当てました。 王はまず初めに建築用レンガを用意させ、長老のために殿楼(パーサーダ)を建てさせ、その後、大菩提樹のための堂、青銅殿(ローハパーサーダ)、配食堂、食堂、多くの坊舎、沐浴池、休憩堂などを建設、マハーヴィハーラが形作られていきます。 デヴァーナンピヤティッサ王の死後、5人の王が王国を統治、うち2人はタミル人王です。その2代目のタミル人王エラーラ(公明公正な王と伝わっています)を倒して王位についたのが、デヴァーナンピヤティッサの血筋を受け継ぐドゥッタガマーニ王(BC161~137)です。 王はマリチャヴァッティ精舎や青銅殿(ローハパーサーダ)を竣工させ奉献祭を催します。さらに大塔建立の場所にある、かつて大王デヴァーナンピヤティッサが目印としておいた石柱を取り去ることを命じ、大塔(ルワンウェリセーヤ)建立に着手します。盛大な地鎮祭には国の内外から9億6千万人の比丘たちが集まったと伝えられます。 ブッダ入滅後、遺体は荼毘に付され遺骨(舎利)は8分されます。その内コーリヤ族(釈迦族の分族)に分け与えられた舎利がさまざまな因縁を経てランカー島にもたらされ、大塔の舎利室に奉安されていると伝わっています。 塔の上に傘をおく作業とレンガの上への漆喰塗り作業がまだ終わらないうちに、ドゥッタガマーニ王は危篤となり、兜率天の都に赴き(死去し)ます。大塔の建設はドゥッタガマーニ王の弟、サッダーティッサ王(BC137~119)に受継がれ、その治世に完成することになります。 このようにルワンウェリセーヤはスリランカの歴史のごく初期から、常にその中心に位置する存在です。とりわけ1165年、パラッカマバーフ1世(1153~1186)による三宗派統一以降は、上座部仏教の拠点として確固たる地位を占めることになります。今なお数多くの信者たちが連日参拝に訪れるのも得心が行きます。 アヌラーダプラはスリランカで一番行きたかったところ、そしてこのルワンウェリセーヤを見ることが一番の目的でした。私はツーリストカーで回ったので駐車場から一番近い門から入場しました。そのため、スリーマハー菩提樹から続く長い参道を通らなかったので、青銅殿(ローハパーサーダ)の遺構を見られなかったのが心残りです。 ルワンウェリセーヤ境内は靴を脱いで裸足になる必要があります。礎石は太陽で熱せられてとても熱く、私は足の裏を火傷しました。靴下を履いて参拝することをお勧めします。  
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Sri Barathindra Mawatha、Anuradhapura
3.23
アクセス
3.38
アヌラーダプラ遺跡地区の北端にあります。 by beanbagさん
コスパ
3.25
遺跡地区全体の入場料は25US$です。 by beanbagさん
人混みの少なさ
3.75
広いので混み合っていません。 by beanbagさん
展示内容
3.63
アバヤギリ精舎全体はアヌラーダプラで必見です。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(2件)

    スリランカにおける大乗仏教の総本山でした。

    4.0

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    アヌラーダプラの北端にあるアバヤギリ精舎(無毘山寺)は最も重要な史跡の一つです。 その来歴は... 
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    マハーワンサ第33章「十王章」に述べられています。 サッダーティッサ王の息子ヴァッタガーマニアバヤ王(BC43~17、新説BC89~77)は、彼の兄弟トゥーラタナ王(治世1ヶ月と10日)、ランジャティッサ王(9年半)、カッラータナーガ王(6年)の後に即位します。 彼が王位に就いた5ヶ月目に、ローハナ地方のティッサという名の若いバラモンが愚かにも反逆者となり、多数の配下を得ます。ちょうどその時、7名のタミル人が軍を率いランカー島に上陸します。そして、バラモンティッサと7名のタミル人は結託して、ヴァッタガーマニに王位の禅譲を求める書状を送ります。怜悧な王ヴァッタガーマニはバラモンティッサにタミル人を討って王位につくようそそのかす書状を書き送ります。しかし、ティッサは逆にタミル人たちに捕らえられ、ヴァッタガーマニもタミル人たちに敗れ、外道寺院ティッターラーマの門前付近から車に乗って敗走します。その姿を見てギリという名のジャイナ教の裸形修行者が「身体のでかい色黒のシンハラ人が逃げて行く」と大声で叫びました。この声を聞いてヴァッタガーマニは「もし、余の願いが成就したら、余はここに精舎を建立するであろう」と心に決めます。 ヴァッタガーマニの隠遁生活は14年に及びます。その間、5人のタミル人王がランカー島を統治し、通算在位年数は14年7ヶ月となりました。 しかし、ヴァッタガーマニは反攻の機会を伺い、身近に従者たちを集め、8人の有名な勇士を大臣に据えるなど準備を整え、ついにタミル人王ダーティカを殺して、王国を取り戻します。そして例のジャイナ教の寺院ティッターラーマを破壊し、そこに12の坊舎を持つ精舎を建立します。デヴァーナンピヤティッサ王のマハーヴィハーラ建立以来、217年10ヶ月と10日を経た時、敬虔な王ヴァッタガーマニはアバヤギリ精舎を建立しました。 さて、マハーヴィハーラにマハーティッサの名で知られた1人の長老がいました。彼は在家の人々とたびたび交わったため、その過ちにより僧団によって精舎から追放されました。彼の弟子のバハラマッスティッサ長老は怒って、マハーヴィハーラを出てアバヤギリ精舎に赴き、そこで別の一派を立てて住みます。こうして彼らアバヤギリ精舎の比丘たちは上座部仏教から分離します。その後、さらにアバヤギリ精舎派の僧たちからダッキナ精舎派が分離、上座部から二派の僧団が生まれました。 こうしてアバヤギリ精舎はスリランカにおける大乗仏教の総本山となります。 アバヤギリ精舎にはサマーディ仏像、クッタム・ポクナ(ツイン・ポンズ)、クイーンズ・パビリオンやラトゥナ・プラサーダなど数多くの遺構があります。2000年の歴史に思いを馳せてゆっくり見学するのが良いと思います。 
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Watawandana Rd、Anuradhapura
3.22
アクセス
2.33
コスパ
2.67
景観
4.67
人混みの少なさ
3.67
  • 満足度の高いクチコミ(3件)

    ウィルパットゥ国立公園はパサパサに乾いていました。

    5.0

    旅行時期:2017/08(約4年前)

    スリランカでサファリというとヤーラ国立公園が有名ですが、そこに比べればまだまだ観光客の少ないウ... 
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    ィルパットゥ国立公園では、貴重動物に出会える可能性が高いことを期待して、訪れる計画を立てました。しかし、訪れた今年(2017年)の8月は、ウィルパットゥ国立公園はひどい乾燥状態で、一定条件を満たした観光客にのみ、限定された時間だけ開園されていました。そんな中、頑張って訪れたご褒美の様に、貴重動物であるヒョウとクマに出会うことが出来ました。  
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    リラクマ

    リラクマさん(女性)

    アヌラダプーラのクチコミ:5件

住所
off Chilaw Anuradhapura road, Sri Lanka
3.22
アクセス
2.00
アヌラーダプラから車で30分です。 by beanbagさん
景観
3.88
インビテーションロックの麓に仏塔や大仏があります。 by beanbagさん
人混みの少なさ
4.67
まだ観光客は多くありません。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(3件)

    長老マヒンダとデヴァーナンピヤティッサ王が出会った場所

    4.0

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    スリランカに仏教がもたらされた経緯は、歴史書「マーハーワンサ」に詳しく述べられています。第13... 
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    章「長老マヒンダの来島」、第14章「長老マヒンダの入都」です。 アショーカ王の息子で大賢者である大長老マヒンダは、彼の親教師・長老モッガリブッタティッサと僧団の命を受け、ランカー島を教化する適時を待っていました。彼は、老齢のムタシーヴァ王に代わりその息子のデヴァーナンピヤティッサが王になった時点をその時機と考えてました。 そして大王デヴァーナンピヤティッサが即位の儀式を挙げると、ジェッタ月の布薩日に眉沙迦山(現ミヒンタレー)に登るはずだと考え、その日に合わせてランカー島に行こうと決意します。こうして長老マヒンダは4人の長老たちと妹サンガミッタの子(甥)スマナ(須摩那)と在俗のバンドゥカを連れて精舎から空中に昇り、ランカー島のミッサカ(眉沙迦)山のシーラ峰の下の台地、けがれのないアンバッタラに降り立ちました。 一方、デヴァーナンピヤティッサ王(BC247~207)は、狩を楽しもうと4万の人々を伴い、徒歩でミッサカ(眉沙迦)山に赴きます。山の神(帝釈天)は、王を長老たちに会わせようと強く望み、1頭の大鹿の姿になって王を待ち受け、王が弓の弦を引いて音を立てると山の奥に逃げ込みます。王はその後を追い、長老マヒンダの許にたどり着きます。 長老を夜叉だと直感した王は警戒しますが、長老は「大王よ、私たちは法の王(釈尊)の弟子の沙門です。王への愛懍の情けからここに参りました」と言います。王は友(アショーカ王)の書信を思い出して納得し、弓と矢を脇に置き、賢人に近づき、親しく挨拶して彼の隣に座りました。 賢者マヒンダは王の知恵を探ろうと巧みに質問すると、王は問われるままに一つ一つその質問に答えます。王が機知に富む賢者であると知ったマヒンダは王のために小象跡喩経を説きます。説法が終わったときに、王は4万の人々とともに三宝に帰依します。このようにしてランカー島の教化が始まります。 長老マヒンダとデヴァーナンピヤティッサ王が出会ったアンバッタラには小さな仏塔が建立されています。あたり一帯は仏教の聖地として近年整備が進んでいます。まだ観光客の姿は多くありませんが、敬虔な仏教徒が巡礼に訪れています。広い台地の全てが聖域とされ靴を脱がなければなりません。境内にはマハー・サーヤ大塔や大仏、マヒンダの洞窟など見所が多いのですが、区域を歩き回ると足の裏が痛くなり、観光客の多くが閉口しています。この辺りが改善されるともっと人気の出る観光地になるのではないでしょうか。 
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Mihintale Anuradhapura, Sri Lanka
3.21
アクセス
3.00
コスパ
2.83
人混みの少なさ
3.17
展示内容
3.83
  • 満足度の高いクチコミ(2件)

    柵に囲まれたムーンストーン

    4.0

    旅行時期:2017/12(約4年前)

    スリランカ各地にある仏教遺跡には、階段の入口に彫刻が施された半円の石=ムーンストーンがあります... 
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    。こちらのムーンストーンはクイーンズ・パビリオン=王妃の建物の入り口にあり、スリランカ最古のものと言われています。残念ながら建物自体はほとんど残っていません。 このムーンストーンの特徴は、4種類の動物の彫刻が施されていることです。一番外側の炎は人間の世界を表し、その中に掘られたゾウが誕生、馬が老齢、ライオンが病、そして牛が死を表しているそうです。この中で牛はヒンズー教では神聖な動物とされているため、ヒンズー教がインドより伝播した後の王都だったポロンナルワのムーンストーンには見られず、ヒンズー教伝播前のスリランカ王朝の世界観が窺える貴重な資料となっています。ポロンナルワのものと見比べてみると面白いです。 
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    ぱんスキュ

    ぱんスキュさん(女性)

    アヌラダプーラのクチコミ:11件

住所
Baswakkulama Rd Anuradhapura
3.21
アクセス
3.25
アヌラーダプラのチケットオフィスのすぐ裏にあります。 by beanbagさん
コスパ
3.00
遺跡地区全体の入場料はUS$25です。 by beanbagさん
人混みの少なさ
3.63
季節にもよりますが、広いので混み合うことはないと思います。 by beanbagさん
展示内容
3.38
巨大な仏塔は一見の価値があります。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(1件)

    世界一高い仏塔です。

    4.0

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    アヌラーダプラ3大仏塔の一つで一番最後に創建されました。チケットオフィスのすぐ裏にあります。 ... 
    続きを読む
    スリランカの古事記とも言われるマハーワンサ最終章に登場するマハーセーナ王(334~361、新説276~303、諸説あり)が建立しました。 高さ122メートルで世界一高い仏塔、古代建造物としても世界一高いものの一つです。 兄王ジェッタティッサ1世(323~333)の死後、王位を継承したマハーセーナは、大乗仏教の長老サンガミッタ(マハーワンサでは「邪智の長老」)の進言に従い、マハーヴィハーラを拠点とする上座部仏教を粛清し、ローハーパーサーダ(青銅殿)を破壊してアバヤギリ精舎の建築資材とするなど悪事を重ねました。 また、マハーセーナは邪悪の友であり、偽善者であり、陰謀者であり、不法でもある長老ティッサを気に入り、その進言に従いマハーヴィハーラの結界内にあるジョーティ(光明)と呼ばれる庭に、ジェータワナ・ヴィハーラ(精舎)を創設しました。その時建立されたのがこのジェータワナ・ラーマヤです。ジェータワナ・ヴィハーラは、約5.6ヘクタールの広さを持ち、結界内には10,000人の比丘たちが暮らしたとされています。 王の虐待により食糧不足に陥ったマハーヴィハーラ在住の比丘たちは、マラヤ地方やローハナ地方へと赴きます。こうしてマハーヴィハーラは9年間、打ち棄てられ荒廃します。 このような状況で、王務に関する全ての雑務を行い、王の支持者であったメーガヴァンナーバヤと呼ばれる大臣は、王がマハーヴィハーラを破壊することに激怒し、反旗を翻します。そこで王は忠勤の大臣に陳謝し、和解したのでマハーヴィハーラ派の比丘たちは再びマハーヴィハーラに戻り、移り住みました。悪徳の長老サンガミッタは殺害されます。 その後、ジェータワナ・ヴィハーラはスリランカにおける密教(Sagalika sect)の拠点となり、1165年、パラッカマバーフ1世(1153~1186)による三宗派統一まで確固たる地位を保持することになります。 ジェータワナ・ラーマヤは1909年まで低木のジャングルで覆われ放置されていましたが、占有権をめぐる係争が起き、その後は保護活動の対象となり現在に至っています。 巨大な仏塔を回りながら、複雑な歴史に思いを馳せるのも楽しみの一つです。  
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Watawandana Rd Anuradhapura
3.20
アクセス
3.25
マハーヴィハーラとアバヤギリ精舎の中間にあります。 by beanbagさん
コスパ
3.00
遺跡全体の入場料は25US$です。 by beanbagさん
人混みの少なさ
3.75
多くはありません。 by beanbagさん
展示内容
3.75
美しいダーガバです。 by beanbagさん
  • 満足度の高いクチコミ(1件)

    スリランカ最初の仏塔。釈尊の右鎖骨が奉安されています。

    4.0

    旅行時期:2018/06(約3年前)

    スリランカ第7代デヴァーナンピヤティッサ王(BC247~207)により建立された最初のダーガバ... 
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    (仏塔)です。 デヴァーナンピヤティッサ在位40年の治世は、マハーワンサ第11~20章に詳しく述べられています。インド・マウリヤ朝アショーカ王への進貢使節派遣、長老マヒンダの来島、マハーヴィハーラの受納、チェーティヤパッバタ精舎の受納、舎利(右鎖骨)の招来、大菩提樹の渡来、イスルムニヤ精舎の建立など、スリランカ初期の重要事が全てこのデヴァーナンピヤティッサ王の治世に実現しています。 「舎利の招来」は第17章です。 スリランカに仏教をもたらした長老マヒンダの提案に従い、デヴァーナンピヤティッサ王は沙弥スマナ(マヒンダの甥)をアショーカ王の許に遣わし、釈尊の右鎖骨を得ました。 到来した舎利は様々な不可思議、神変を引き起こしたので人々は釈尊に信心を起こし、王弟のマッターバヤも1000人の従者とともに出家、5つの村からは各々500人の青年たちが出家、このようにして都城の内外からやってきた全ての人々が出家したので比丘の数は3万人に達したそうです。 王はそこに美しい塔を竣工させ、さまざまな宝石などの供物で常に供養しました。この場所は、はじめにトゥーパ(塔)ができ、その後に精舎(アーラーマ)を建立したので、塔園(トゥパーラーマ)の名で知られるようになりました。 スリランカ仏教初期に重要な役割を果たした仏塔です。 ダーガバはその後何度も破壊されたので、現在見られるのは1842年に再建されたものです。ロンリー・プラネットの表紙にも使われる美しい仏塔、必見です。  
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    beanbag

    beanbagさん(男性)

    アヌラダプーラのクチコミ:6件

住所
Thuparama Mawatha、Anuradhapura
3.13
アクセス
3.00
コスパ
3.33
人混みの少なさ
3.00
展示内容
2.83
住所
Watawandana Rd、Anuradhapura
3.07
アクセス
3.00
コスパ
3.00
人混みの少なさ
3.00
展示内容
2.75
住所
Anuradhapura
3.00
アクセス
3.00
アヌラーダプラ遺跡の中心よりも北側で、2km程離れています。 by サトテツさん
コスパ
2.50
人混みの少なさ
2.50
参拝者が絶えないですが、人混みは気になりません。 by サトテツさん
展示内容
2.75
穏やかな表情のブッダ像に癒されます。 by サトテツさん
住所
Anuradhapura
3.00
アクセス
3.00
コスパ
3.00
人混みの少なさ
3.00
展示内容
3.50
営業時間
8:00~17:00
休業日
なし
予算
無料

1件目~14件目を表示(全14件中)

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