兄弟殺しの慣習を作ったスルタンにより建てられた砦
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- 旅行時期:2015/05(約11年前)
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by ウェンディさん(女性)
イスタンブール クチコミ:47件
第二ボスポラス大橋よりも少しマルマラ海寄りの所に建つ砦のルメリ・ヒサール。
ルメリ・ヒサールは、15世紀にメフメット2世がコンスタンチノープルを攻略するために僅か4か月で作らせたという砦だ。
メフメット2世がルメリ・ヒサールを作ったことで、ボスポラス海峡を通過する船を監視し、敵対する勢力への監視力の増加、そしてぞスポラス海峡の通行税の徴収が容易になり、オスマン帝国への基盤造りとなったそうだ。
ところで、ルメリ・ヒサール作ったメフメット2世だが、この方は美男子で有名だったスルタンだ。しかし、それ以上に彼を有名にした事柄がある。
それは、弟殺し。
オスマン帝国のスルタンは世襲制。
親から子へと、スルタンへの順番が廻ってくる。
メフメット二世の父親が死に、その知らせを受け次のスルタンとなった彼が、まずしたこと。
それは兄弟殺し。
スルタンに男の兄弟が居る場合、それは跡目争いの要らぬ災いを呼ぶ。
だから、彼は自分が即位すると同時に次の王位継承権を持つ弟全てを殺害した。
そして、この王位継承権をもつ候補者を殺し国内における紛争を未然に防ぐ「兄弟殺し」の行為は、メフメット2世以降には慣習化されオスマン帝国の法律的にも何の問題もないとされた…そうだ。
だが、この習慣はあまりにも残酷すぎるとして、後の世には【鳥籠】と呼ばれる王子収容施設がハレムに作られ、年功序列制のスルタン制度となったのだが…これはこれで常軌を逸したスルタンを産むこととなってしまった…。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- ボスポラス海峡クルーズから見える
クチコミ投稿日:2015/09/10
いいね!:6票
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