シンガポールの日本人墓地公園
- 4.5
- 旅行時期:2011/06(約15年前)
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by SUR SHANGHAIさん(女性)
シンガポール クチコミ:452件
シンガポールの日本人墓地公園には、日本人で初めてシンガポールに居住したという山本音吉氏の遺灰が納骨堂に納められているほか、明治から戦後にかけてシンガポールで亡くなった一万数千人の日本の方々が眠っています。
江戸時代の文政2年生まれの船乗りだったという山本音吉氏の一生については、下記のウィキペディアのページで見てみるといいですよ。
その文字通り波乱万丈の人生に驚きます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E5%90%89
この日本人墓地公園は、1888年(明治21年)に二木多賀治郎という人物が、自身のゴム園の一画を墓地にしたいと願い出たのが始まりだったのだそう。
観光地ではありませんが、誰でも訪れることが出来るので、歴史に興味がある方は訪れてみるといいと思います。
古い墓碑が並ぶ一画の奥には、著名人のほかにもからゆきさんなどが眠る場所もあり、これまでのシンガポールにおける日本人の歴史の一面を垣間見た思いになります。
公園風に整備された敷地内には、日本語の説明看板が随所に立てられているので、この墓地公園の由来などを読みながら敷地を巡ってみるといいと思います。
納骨堂とお堂そばには墓地公園内の絵地図もあって、著名な墓碑や記念碑の場所が示されていたり、英語・日本語で説明も出ていました。
墓地公園の面積は約3万?。ゆっくり見て回りましょう。一通り回って一時間くらいを予定していくといいと思います。
敷地内の木陰にベンチが設置されてあるほか、お堂近くに飲み物の自販機がありました。
お花やお線香などを売るお店は気付いた限りでは見かけなかったので、市街地で用意していくのがよし。
●注: この日本人墓地公園にある石碑は、すべてが墓碑なのではなく、記念碑も多数混じっています。
たとえば、小説家の二葉亭四迷や、マレーの盗賊団を率いていたハリマオ(谷豊)の碑もありますが、これは墓碑ではなく記念碑です。
所在地: YIO CHU KANG ROAD((楊厝港路)からCHUAN HOE AVENUE(泉和道)に入って行った場所。周りは閑静な高級住宅街。
●注: 番地は22 CHUAN HOE AVE. (泉和道22号)と聞いていましたが、民家になっていました。探してみたところ、墓地公園入り口はそこから50mほど離れた場所で、門には825Bと番号が付いたのでご注意を。
最寄の地下鉄駅は南北線のANG MO KIO駅のようですが、そこから歩いていくのはちょっときつい距離。
私たちは市の中心からタクシーで行ってみました。所要時間20分程度。タクシーの運転手さんも場所が分からない人が多いので要注意。Japanese Cemetery Park Singaporeで検索した地図を用意していくといいですよ。
帰り道は、YIO CHU KANG ROAD((楊厝港路)あたりで、タクシーが拾えます。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- タクシーの運転手さんでも場所を知らない人が多いので、地図を用意していくと憂い無し。
- 景観:
- 4.0
- 新しく造られた記念碑が並ぶ区画は一見公園風で、隣接する古い墓地の区画とは雰囲気が違って見えます。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 慰霊祭などの行事がある時以外は、訪れる人は少ないようです。私たちが行った時には、清掃の人以外には訪問者はいませんでした。
クチコミ投稿日:2011/06/28
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