1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツです。
ドイツの誇る世界遺産の町々(ブレーメン、リューベック、ヴィスマール、ヒ...
続きを読むルデスハイム、更にクウェートリンブルグ、ゴスラー)や、ハンザ諸都市・エリカ街道(塩の道)・ハルツ山地(魔女伝説)・メルヘン街道を巡る、盛りだくさんの旅をした。
<使用レンタカー>
Renaut Espace R157-ディーゼル2200cc Automatic
7人乗りのルノーのバンで、長さ4.86m、高さ1.74m、幅1.89mと、今までルノー車にも、こんな大きい車にも乗ったことが無く、どうなる事か?!!
2005.04.24.北ドイツ周遊:一日でリューベック=>ヴィスマール=>ロストック=>シュヴェリーン=>リューベックを回遊した。
4月24日はリューベックと1295年にハンザ同盟を結んだWismarヴィスマール、
294km Rostockロストック、Stralsundシュトラールズントの北方三都市のうち、ヴィスマール、ロストックを訪ね、帰途7つの湖の町と称される古都Schwerinシュヴェリーンを経由して、リューベックに戻るというコースを計画した。
この時期は、町々のマルクト広場の朝市や農家(道路際でも)の直売所で、朝一番の新鮮なSpargelシュパーゲルを買う事が出来る。
ドイツでは"Volksgemueseフォルクスゲミューゼ(ドイツ人に最も好まれる野菜)" と呼ばれているほど、季節になると好んで食べる。
レストランには“Die Spargelzeit ist da !!!(さー、春の旬、シュパーゲルがあるよ!!!)”といった看板が立つ。
日本では白アスパラの缶詰めが多く、まだまだ、なじみのないものだ。また、緑のアスパラが主流で、明治の北海道開拓と共に生産が始まったと云われている。
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2005年4月24日11:30世界遺産ハンザ都市Wismarヴィスマールを発ち、B105で*ロストックに向かう。
道路沿いには“アスパラ、卵 売ります!!”の看板が目に付く。
12:30、Hansestadt Rostockハンザ都市ロストックに到着し、旧市街の入口となるSteintor城門のところで、左折し、旧城壁の跡を横にみて、市電の走るLange通りに駐車する。
この世界遺産【2002年登録】のハンザ都市は800年にわたり、“北方の門”として、繁栄してきた。冷戦下においては、旧東独最大の港湾都市で、造船業が主力であったが、東西統一後は経済の不況にあえいでいるそうだ。
日曜日の所為か、人口の割に歩いている人々も、車も少ないが、やはり不況の影響もあるのだろうか?!
この町の過去の繁栄を象徴しているのは、ハンザ同盟圏で“北の光と讃えられた---バルト海沿岸で最古の大学(1419年創立)“のロストック大学---ヴィルヘルム・ピーク大学---があることだ。
大学前には英雄ブルヒャー将軍の銅像がある。プロイセン軍人で、ナポレオンを破るワーテルローの戦いに功績があったという。その横のクレペリナー通りは町一番の通り、その通りを真直ぐ行くと、ノイアー・マルクト広場に至る。
旧市街は東西1.5km、南北1kmの楕円形をしていて、その真中にノイアー・マルクトがあり、7つの小さな尖塔を持つピンク色の市庁舎を中心に、北ドイツ特有のレンガ造りの建物が立ち並び、その先に、聖マリエン教会が見える。1472年製の天文時計、1290年製の青銅洗礼盤が内部にあるそうだが、閉まっていて、残念ながら断念した。
<昼食:Ratskeller-Arkadenラーツケラー・アーケード>
0.3Lのビール、オレンジジュース込みで、Euro30と嬉しい安さだ。
(13:00~14:00)
此処では、店の前の案内板に“Die Spargelzeit ist da !!!(さー、春の旬、白アスパラがあるよ!!!)”とあるのが、目に付いた。この言葉に弱い私共は、これは食べねば、とラーツケラーに入ることにしたわけです。
“Goldhenne(黄金のメンドリ)”---豊穣や多産を祈って、ドイツでは卵や鶏をシンボルとして飾る---という名を付けた席に座って、“小さくきざんだ鮭と白アスパラのクリームスープ、オランダ風ソースをかけ、パセリ・ジャガイモを添えた、200gのフレッシュなアスパラ(大きいのを選択すると400gと倍の量です)を食べる。いやー、なんとも美味しい春の恵みだ。
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投稿日:2025/01/30