カルロス5世宮殿 Palace of Carlos V
城・宮殿
3.59
クチコミ 3ページ目(100件)
41~60件(全100件中)
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パレスとは実感できません。
- 3.0
- 旅行時期:2016/05(約10年前)
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ここだけ異質な円形の宮殿
- 2.0
- 旅行時期:2016/05(約10年前)
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迫力がすごい
- 3.0
- 旅行時期:2016/04(約10年前)
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イスラム調ではなくルネッサンス調の宮殿だった
- 4.0
- 旅行時期:2016/03(約10年前)
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キリスト教時代のルネッサンス様式で中程にありました
- 4.0
- 旅行時期:2016/03(約10年前)
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カルロス5世宮殿
- 3.0
- 旅行時期:2016/02(約10年前)
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イザベル女王の死後、跡を継いだのは次女のフアナ王女でした。しかし彼女が精神に異常をきたしたため、1516年、16歳だった長... 続きを読む男のカルロスがスペイン王に即位し、カルロス1世となりました。3年後、彼はカール5世として神聖ローマ帝国の皇帝にも即位しました。1526年、カルロス1世はポルトガルのイサベル王女と結婚します。新婚旅行でグラナダを訪れ、アルハンブラ宮殿に泊まりました。アルハンブラが気に入った彼の命によって、このカルロス5世宮殿の建設がはじまりました。ルネサンス様式でつくられた正方形の建物の内部に1階はドーリス式、2階はイオニア式の列柱に囲まれた円形の中庭を設けました。いる。設計したのはミケランジェロの弟子だそうです。中庭は音響効果が抜群とのことで、毎年、夏に開催されるグラナダ国際音楽祭の会場にもなっています。現在、1階部分が美術館として利用されています。
閉じる投稿日:2016/02/13
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カルロス五世が建築した新宮殿
- 4.0
- 旅行時期:2016/01(約10年前)
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中には博物館や美術館も
- 2.5
- 旅行時期:2015/11(約10年前)
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アルハンブラ宮殿にはそぐわない異質な建物です。
- 3.5
- 旅行時期:2015/09(約10年前)
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っぽくないかな
- 3.0
- 旅行時期:2015/08(約11年前)
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正方形と真円形の宮殿
- 3.5
- 旅行時期:2015/08(約11年前)
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アルハンブラ宮殿の引き立て役となってしまった建物
- 3.0
- 旅行時期:2015/07(約11年前)
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カルロス五世宮殿はアルハンブラ宮殿の中にある異質な建築物で、欧州風のドーリス式、イオニア式、コリント式の混合様式で建てられ... 続きを読むている。
この宮殿の建築を命じたのはカルロス五世で、アルハンブラを陥落したカトリック両王(イザベラとフェルナンド)の孫にあたる人物だ。
カルロス五世はコルドバの世界遺産メスキータの中に異様に豪華なカトリック大聖堂を作る許可を与えてしまったカルロス一世と同一人物(カルロス五世=カルロス一世となるのだが、彼はスペイン王のみならずドイツ王でもあったためスペインではカルロス一世、ドイツではカルロス五世の名を持つ)だ。
カルロス五世は幼い頃に母である狂王妃ファナと離別し外国で育てられたため、祖父母が創立した国であるスペイン王国の歴史に疎い王であった。
それ故に、コルドバの美しいメスキータの柱を壊してまでカトリック大聖堂を作る許可を与え、アルハンブラの中にもこのような異質の建物を作ってしまったのだろう。
カルロス五世は祖国スペインで己の名を残すために、ムーア人の王よりも素晴らしい建物を作り自分の名を後世に残そうと必死だったのだろう。
しかし結果的には彼が作らせたカルロス五世宮殿は、逆にその存在がアルハンブラの他のムーア建築物の美しさを引き立て役となってしまっているとは、皮肉なことだ。
閉じる投稿日:2015/10/28
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コロッセオのような建物
- 3.0
- 旅行時期:2015/07(約11年前)
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建物は四角、中身はまる
- 3.0
- 旅行時期:2015/03(約11年前)
- 13
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複雑表記
- 4.0
- 旅行時期:2015/02(約11年前)
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未完の宮殿
- 4.0
- 旅行時期:2015/01(約11年前)
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カルロス5世宮殿
- 3.5
- 旅行時期:2015/01(約11年前)
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キリスト教徒によって建設・・・
- 4.0
- 旅行時期:2014/09(約11年前)
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ナスル朝宮殿に入る前の時間つぶしに…
- 3.5
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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アルハンブラ宮殿の中でとーっても異質な建築物、カルロスⅤ宮殿。
この王様は新婚旅行でグラナダに来て、アルハンブラをす... 続きを読むっかり気に入ってしまい
いろんなものを取り壊して自分の宮殿を作ってしまいました。
しかも資金はモーロ人からの徴収でまかなっていたのに
モーロ人追放令が発令されて、徴収できなくなってしまうという残念なお話…
ずっと建設が中断されていて屋根が付いたのはずーっと後の18世紀に入ってからなんだそうです。
旦那と「残念建築物だねー」って言い合いながらも、ナスル朝宮殿の入場時間まで少し時間があったので、中も見学しました。
中は円形の広い簡素な作りでした。
あまり人もおらず、のびのびと写真を撮って楽しみました。
閉じる投稿日:2016/11/20
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さらっと
- 3.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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