戦士の神殿 Templo de los Guerreros
建造物
3.43
クチコミ 2ページ目(34件)
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隣の千本柱の神殿は人が来ないので、静かです。
- 5.0
- 旅行時期:2015/08(約11年前)
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登頂したかった
- 4.0
- 旅行時期:2015/05(約11年前)
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立派な神殿
- 4.5
- 旅行時期:2015/01(約11年前)
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こここそ、登りたかったのに!
- 4.0
- 旅行時期:2014/11(約11年前)
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チャックモール像のある神殿
- 4.0
- 旅行時期:2014/10(約11年前)
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登ってみたかった
- 3.0
- 旅行時期:2013/12(約12年前)
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チャックモール像が見えます
- 4.0
- 旅行時期:2013/11(約12年前)
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チャックモール像撮影は超高倍率ズーム必携
- 5.0
- 旅行時期:2013/08(約13年前)
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チャック・モール
- 4.5
- 旅行時期:2013/07(約13年前)
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チチェンイツァ遺跡の戦士の神殿
- 5.0
- 旅行時期:2013/03(約13年前)
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千本柱
- 4.5
- 旅行時期:2012/12(約13年前)
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生贄の血を吸い続けたチャックモール
- 5.0
- 旅行時期:2012/08(約14年前)
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チチェン・イツァー遺跡の中でひときわマイナスのオーラを放っている場所がある。
それは、戦士の神殿の上にポツンと一つだけ残... 続きを読むされている石の像。
その像はお腹を上にし、手をその腹の上に乗せ、顔を横に向け、戦士の神殿の下から彼を見上げる私達をじっと見ている。
像の顔の彫刻はパッと見は幼い子供のようだが、よく見ると目は笑っていなく、子無き爺のように老成した顔をしている。
この像の名前はチャックモール。
その昔、マヤの人々がこの場所で生活をしていた頃、チャックモールは、生贄のために存在していた。
マヤの王は神のために生贄の体を引き裂き、その心臓を取り出し、チャックモールの腹の上に乗せ、神への供物とした。
生贄となるのは戦いで捕虜となった人達であることも多かったが、マヤの人達にとって生贄となって死ぬことは誉(ほまれ)とされていたため、同じ村の出身者が立候補で生贄となることもあったそうだ。
この生贄の習慣はスペインによる中米侵略後、宣教師たちの説得により中止されたそうだが、多くの宣教師たちが、説得に失敗し、このチャックモールの上で心臓をとりだされた…。
最終的にはスペインのカトリック教会から送り込まれた宣教師たちは、マヤの土着の神を信仰する人々をカトリックに改宗させ、その地を植民地化し資源と労働力の搾取には一応の成功を収めた…と云うことだ。
そんな昔話を知って、このチャックモールを見ると、なんだか像が笑っているようにも見え、その顔は、最近は生贄がとんと来ていないなぁ…と言っているようにも見える。
もしかして、チャックモールの像は、今でも昔の事を忘れられないのかもしれない。 閉じる投稿日:2015/09/13
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登れませんでした
- 4.0
- 旅行時期:2009/09(約16年前)
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