サクレクール寺院 Sacré-Coeur Basilica
寺院・教会
4.33
クチコミ 9ページ目(450件)
161~180件(全450件中)
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定番の観光地ですが
- 4.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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クリスマスミサのさわりを見ることができた。
- 4.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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丘の下と上とのギャップが大き過ぎ。信仰の装置としての聖堂の雰囲気はすごい。
- 3.5
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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初めての海外一人旅一日目。
ホテルに荷物をあずけセクシーなお店が並ぶピガール駅辺りから
「モンマルトル、エロいな。知ら... 続きを読むなかった。。」と思いながら坂道を登ってたどり着きました。結構急な坂や階段を上っていくので坂道好きには垂涎ものですがそうでもない方にはきついかもしれないですね。
下界のエロさから一転、荘厳なドームのある聖堂でした。
西洋の聖堂を初体験だったのですが天井は高く、音は響くし、ありがたいものが一杯あるし信仰を支える装置としての聖堂の雰囲気に圧倒されました。
それまで勝手な思い込みで内部の正面だけにありがたいものが設置されていると思っていたのですが、両壁側にも色々と有難いものが設置されるんですね。
(表現が正しいかどうか分かりませんがお寺で言うと、正面にお釈迦様。両壁に色々な有難い仏像がありそれぞれにお参りできるようになっているというイメージでしょうか。)
圧倒され外に出ると丘の上からパリの街が見渡せます。
丘を降りるところの正面階段が一本道になっていてミサンガ売りが沢山待ち構えていますので、脇の階段を下りるか人ごみにまぎれて降りた方がいいと思います。
無視を決め込んだのですが腕を掴まれました。
振り切って逃げましたが、ちょっと怖かったです。
閉じる投稿日:2015/01/28
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空に映える真っ白な建物
- 3.5
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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パリの街が見渡せます!
- 4.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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モンマルトルの丘へ~
- 3.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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白亜の美しい教会
- 5.0
- 旅行時期:2014/11(約11年前)
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丘の上 大寺院
- 4.0
- 旅行時期:2014/11(約11年前)
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階段がきついが眺めが良い
- 4.5
- 旅行時期:2014/11(約11年前)
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雰囲気がある
- 4.0
- 旅行時期:2014/10(約11年前)
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ペリグー,アングレーム,カオールなどドーム式ロマネスク教会の修復をしたアバディー建築 Basilique du Sacre Coeur
- 4.5
- 旅行時期:2014/10(約11年前)
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ロマネスクの教会の中で、天井にドーム(円蓋)をもつ特徴的な教会・・ ペリグーのサン・フロン大聖堂 (Cathedrale ... 続きを読むSaint-Front de Perigueux) 、アングレームのサン・ピエール大聖堂 (Cathedrale Saint-Pierre d'Angouleme) 、カオールのサン・テティエンヌ大聖堂 (Cathedrale Saint-Etienne de Cahors) ・・ などが有名ですが、これらのドーム式ロマネスク教会の修復をしたのは、ポール・アバディー Paul Abadie という建築家。
モンマルトルの丘にたつ白亜のドーム式教会、サクレ・クールも、建築家ポール・アバディーの考案による建築物なんですって ! (ポール・アバディは、1845- パリのノートルダム大聖堂の修復をしたヴィオレ・ル・デュクの協力者としても知られるらしい。)
アバディーはペリグーのサン・フロン大聖堂の形式にヒントを得て、(サクレ・クールの)量感溢れる大建築の構想をたてたとされますが、結局、サクレ・クールの完成は、彼の死後となったそうです。
ロマネスクの教会を少し知っている方なら、 「そう言われてみれば、なるほどね~!」 、と、この繋がりに頷けるのではないでしょうか !
モンマルトルは、長い間、パリから独立した村でしたが、1860年、オスマンの命により、徴税請負人の壁とティエールの城壁の間にあった近郊の村がパリ市に組み込まれて(それまではパリ市域は12区から成っていたのが)20区となりました。 モンマルトルの丘もこれによりパリ市の一部となりました。
1870年、普仏戦争の敗北後、カトリック教徒たちは、教会ならびにフランスの未来に対する信頼のしるしとして、 『 サクレ・クール(キリストの聖心) 』 に捧げる教会堂をモンマルトルの丘の上に建てることを発願。 1873年、国民議会は 「公益に役に立つ建物」 「公共建造物」 として建立することを議決。 1876年に工事がはじまり、1919年に完成。 ロマネスク・ビザンチン様式。
しかし、モンマルトルの古くからの住民は、サクレ・クールを自分たちの村への異質の分子の侵入のように感じ、当初、芸術家たちは、美的な見地から、パリの空にそびえたつ白亜の壮大な建築物(サクレ・クール)の出現については批判的だったそうです。
サクレ・クールを含むモンマルトルの風景を描いた画家として、モーリス・ユトリロは有名ですが、彼は、1883年生まれ(-1955)。 サクレ・クールは、ユトリロの人生とともに建設がすすみ、(ユトリロ時代には)まだパリの新しい建築物でした。 ユトリロの描いたサクレ・クールを見る時、そんなことも考えながら見るのもおもしろいですね。
建物正面の 中央 には、サクレ・クール(キリストの心臓=聖なる心)像、左に 聖王ルイ騎馬像、右に 聖ジャンヌ・ダルク騎馬像が建っています。 ジャンヌ・ダルクは、サクレ・クール建築中に列聖されました(1909年)。
建築家・修復家 ポール・アバディー(1812-84)
https://fr.wikipedia.org/wiki/Paul_Abadie
La Basilique du Sacre Coeur de Montmartre
35 Rue du Chevalier de la Barre, 75018 Paris
http://www.sacre-coeur-montmartre.com/
閉じる投稿日:2015/09/20
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モンマルトル
- 5.0
- 旅行時期:2014/10(約11年前)
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パリを見下ろす寺院
- 4.5
- 旅行時期:2014/09(約12年前)
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パリの王道観光地(好き)
- 4.5
- 旅行時期:2014/09(約12年前)
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モンマルトルの丘
- 5.0
- 旅行時期:2014/09(約12年前)
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白亜の聖堂サクレクール寺院
- 5.0
- 旅行時期:2014/09(約12年前)
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モンマルトルの丘にそびえ立つ白亜の聖堂。金曜の午後と日曜の午後の2回行きました。金曜の午後は曇っていたので、晴れた日曜日に... 続きを読むもう一度行ったのです。晴れと曇りでは見え方が全然違います。是非晴れた日に行って下さい。
寺院の中で座って休憩していると突然ミサが始まりました。一種のコンサートみたいでもありましたが、とても荘厳なものを感じました。
噂に聞く黒人のミサンガ売りにも会いました。日本人男性とわかったのか、何故か“ナガトモ”と声を掛けてきました。“ミテ、ミテ、ナガトモ”とミサンガを売りつけようとしてきたので、“ノン”と言って振り払ったら、それ以上は追いかけてきませんでした。
閉じる投稿日:2014/09/28
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モンマントルに建つ白亜の聖堂
- 4.5
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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ミサに参列できました
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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歩いて登ると結構、疲れますよ
- 3.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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長い階段を登った後の最高の景色
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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