琉球王統のルーツは首里ではなく浦添
- 4.5
- 旅行時期:2024/07(約1年前)
-
-
by たびたびさん(男性)
宜野湾・北谷・中城 クチコミ:23件
浦添ようどれは、国指定史跡、浦添城跡の北側の崖の中腹。専用の入り口があって、そこを進んだ先です。
二つの墓室があって、向かって右側の西室が英祖王陵、左側の東室が尚寧王陵。ちなみに、琉球王統は、舜天、英祖、察度から第一尚氏、第二尚氏。舜天は伝説上の王統で、英祖からが実在。浦添グスクは英祖、察度の王城で、浦添ようどれは英祖が1261年に築きます。第一尚氏の時代は首里城が王城。尚寧は、第二尚氏の時代、浦添グスクには浦添王子が派遣され浦添家を建てますが、その浦添家から出た琉球国王。琉球王統の歴史全体への思いが深かったのではないかと思います。
琉球王統のルーツは首里ではなく浦添。周辺はきれいに整備されていて、それに相応しい神聖さも感じる場所です。
- 施設の満足度
-
4.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2025/01/19
いいね!:1票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する